らいん屋☆親父の『しらしんけん』に『一寸ずり』

大分の人生修行中の五十路親父です。
先の見えた人生です。『しらしんけん』⇒一所懸命・『一寸ずり』⇒少しずつ前進する。

別府の湯 40年ぶりの恩師との修学旅行

2008年11月23日 19時25分53秒 | 親父の人生・思い出
朝から別府湾を右に高崎山を左に一路、別府へ
恩師も親父も昨晩の良き酒もすっかり抜け、快調

別府八湯、浜脇・観海寺・堀田を通り、明礬温泉へ
硫黄の匂いがスゴイ。湯の花小屋を見学。
ちょっと足を伸ばしてAPU(立命館アジア太平洋大学)へ
日本一、高い所にある大学と違うかな?

急降下し、亀川へおり竜巻地獄・柴石を過ぎ
海地獄へ。観光客でいっぱいです。
全部の地獄を回れば良いが、今回は此処だけです。


いよいよ、恩師との裸の付き合いです。
鉄輪(かんなわ)の「ひょうたん温泉」です。


うたせ湯に恩師と並び。
40年前に大分別府でこんな事が出来るとは
本当に有難いことです。感謝・感謝
1時間ぐらいゆっくりと骨休め。
ポカポカしたまんま、大分へユーターン。



昼食は臼杵ふぐの「良の家」大分店。
今話題のKEIKOの「山田屋」より有名店です。
いつもながら、ここのふぐは最高です。
昔話・教育の話・ライン工事の話等、盛り上がりました。

3時過ぎの電車で帰られるので、大分駅へ。
先生は18時間の大分滞在でしたが
親父の勝手なスケジュールで忙しくしてしまった。
このブログをアップした頃は、帰宅されるだろう。

次回は奥さんと、本当にゆっくりできる
大分温泉旅行に来ていただきたいと思う。



恩師との再会

2008年11月23日 07時26分29秒 | 親父の人生・思い出
まさか、大分で会えるとは。
昨夜、親父が小学校5.6年生の時の恩師がみえました。
大分駅で会った時、感じたことの無い感動がありました。

その後、焼酎居酒屋で昔話に華が咲きました。
懐かしい級友の名前が次々と先生・親父から出てきます。
親父から出るのは当たり前なんですが
何千人という生徒を教育してこられた
先生から親父の年の生徒の名前が出ることに
教育者の凄さを感じました。
まぁ教育者はみんなそんなことは無いと思います。
さすが、全国的に有名な先生です。
そんな、すばらしい教育者に教えられたことを
有難く思うと共に、親父が今、何とか生活できているのも
あの頃の教育のお陰であると再認識しました。

悲しいことがありました。
小学校1・2年生の担任の恩師が
今年、亡くなられたらしいです。
良い先生でした。よく怒られました。
大好きな先生でした。
ご冥福をお祈り申し上げます。     合掌

今日はこれから
別府へ40年ぶりの修学旅行です。