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「第53回京の冬の旅」に行ってきました③

2019-01-14 | 御朱印めぐり
第53回京の冬の旅」の非公開寺院巡りの続きです。


ここまでは以下をご覧ください。

「第53回京の冬の旅」に行ってきました①
「第53回京の冬の旅」に行ってきました②

①②で西半分を見て回りましたので残る洛東のお寺、建仁寺の塔頭や相国寺の慈照院を回ります。特別公開で行ってみたいのは3カ所しかないので周辺の寺院を合わせて回ってみます。

[1/14(祝)]
六道珍皇寺→霊源院→八坂の塔→日体寺→正伝永源院→仲源寺→慈照院

早速建仁寺方面に行ってみましょう。両足院は一昨年拝観しましたので霊源院と正伝永源院を回る予定です。建仁寺に行くにはJR京都駅から市バスの206番か100番で清水道下車が便利です。清水寺へのアクセスと同じですので外国人観光客を含め通年混み合うのが悩ましいです。早めに行くしかありません。

ちなみに100番は一部のバス停を通過しますが、清水道までの間で先に発車した206番を追い抜くことはほぼないので100番を選んで乗る必要はありません。次に来るバスに乗るのが正解です。


今日は回るお寺が少ないため建仁寺の南にある六道珍皇寺も回ってみます。奈良時代末期の創建とされ、鎌倉時代に臨済宗建仁寺派に属しています。本尊は薬師如来で、朝9時からお参りできます。

京都では現世とあの世の境とされる六道の辻にあり、京都ではお盆の精霊迎えにお参りすることで知られています。

1/12~16まで「初ゑんま詣」で特別公開中です。合わせて限定御朱印2種を出しています。金屏風仕立なのですが2種セット+新年厄除け御札で2,500円だそうです。さらに紺紙金泥御朱印が3種+通常の御朱印あわせ7種あるそうです。さすがに多すぎますので通常の御朱印のみとします。最近どの宗派でも限定御朱印をたくさん出してくるお寺が見られるようになりましたね。

特別公開では本堂内で寺宝の地獄絵図や小野篁が冥界へ行く際に利用したと伝えられる井戸などを公開しています。

この井戸、ブラタモリでも紹介されましたが当時のアシスタントだった近江アナが興味なさげな表情で一番後ろにいたのを覚えています。今の林田アナは恐らく興味がないと思われる内容でもニコニコしながら聞いていて好印象だな、と思っています。

地獄絵図の中には「こんなことしたら地獄に行きますよ」という説明の絵があり、よく見ると「子供を産めなかった女性」というのがあります。描かれた当時はそういう考えだったのでしょうが、今時こう発言したら人権問題になるのでしょうね。

また境内には日新電機の創業記念碑があります。電力機器メーカーの日新電機は現在右京区梅津に本社兼工場を構えていますが、1917年に六道珍皇寺のお隣で創業したのだそうです。日新電機のほか京都で創業し各々の分野で最先端の技術を誇る企業としては島津製作所・京セラ・日本電産・オムロンなど錚々たる会社が並びますが、その多くが京都に本社を構え続けています。

六道珍皇寺の御朱印です。


六道珍皇寺のすぐ北が建仁寺です。臨済宗の開祖・栄西が創建しています。栄西は中国で禅宗を学び、あわせてお茶を伝えたとされます。浄土宗の開祖・法然とは同じ時代(栄西が1141-1215、法然が1133-1212)に生きており、どちらも都から離れた岡山県出身というのが興味深いです。ちなみにやや後の世代である道元(曹洞宗開祖)、親鸞(浄土真宗開祖)は都の近くで生まれています。

まずは霊源院から。またしてもちょうど10時です。いい感じですね。

鎌倉時代の応永年間に一庵一麟によって創建、今川義元も学んだお寺だそうです。

今年は今川義元の生誕500年にあたるそうです。五男だった義元は家督の継承が難しいと考えられ出家し建仁寺で学んでいましたが、兄たちが相次いで亡くなり還俗して当主となっています。従来「貴族趣味で和歌にふける無能」とのイメージでしたが近年の研究では逆に戦国大名として巧みな領国経営をしてきたと再評価されています。

その義元の書状に加え義元を討った織田信長の書状などが展示されています。加えて昨年4月に収蔵庫整理を行った際に発見された狩野山楽の「布袋図」などが初公開されています。「布袋図」は京都の豪商から寄進を受け、200年ほど前の寛政年間に修復作業が行われたらしいのですが、以降のことは分かっていないそうです。

長年日の目を見なかった布袋図は一部虫食いがあります。大切な文化財ですので今後修復されることを期待したいです。

霊源院の御朱印です。こちらは以前から御朱印は書き置きのみです。


両足院は2017年に行っていますので今回はパスです。若冲の絵などが鑑賞できますのでまだの方は一度どうぞ。


一旦建仁寺を外れて八坂の塔へ。昨年末に御朱印帳の残りが少なく断念していますので再挑戦です。南側の門にある通りを東に歩いて5分ほどになります。

途中に今日の冬の旅スタンプラリーで「ちょっと一服サービス」が受けられる本家八ッ橋八坂店がありますが、こちらのサービスはソフトクリーム。この寒さでは・・・と断念しました。本家八ッ橋五条坂のお店でのサービスはお茶にお菓子ですが、わざわざ行くのも時間の無駄ですよね。

正式には法観寺といい、こちらも建仁寺派に属しています。589年に聖徳太子が創建したとされますが伝説の域を出ず、678年頃に渡来系の豪族・八坂氏が創建したという説が有力です。1440年に再建された重要文化財の五重塔が「八坂の塔」と呼ばれています。境内には「八坂の塔」以外には薬師堂など小さなお堂しかなく、いつしか法観寺自体を「八坂の塔」と呼ぶようになりました。

五重塔は2層目まで上ることができます。この太い心柱が塔を支えています。階段は激しく急です。2層目からは四方が見えるよう窓がありますが、それくらいしかないので足の弱い方は無理しなくてもいいと思います。

八坂の塔の御朱印です。


八坂の塔から南に下り、清水道沿いに日体寺があります。

1721年に日體上人が開創した日蓮宗のお寺です。洛陽十二支妙見のうち巳の北辰妙見大菩薩が祀られており、災いを除き家を守る守護神だそうです。能勢の妙見山もそうですが、北極星の化身である妙見菩薩を日蓮宗は守り神として祀っています。観音霊場などの霊場になることがない日蓮宗のお寺でほぼ唯一の霊場巡りとなるのが妙見巡りです。大本山クラス以外は入りづらい日蓮宗のお寺の中では洛陽十二支妙見のお寺は御首題を頂きやすいと思います(霊鑑寺のみ臨済宗南禅寺派なのでご注意を)。

ちなみに日蓮宗での本尊は三宝(仏は釈迦如来・経典は法華経・僧は日蓮)となっています。

妙見巡りの札所なのでもちろん御朱印・御首題に対応してもらえます。こちらの上人(日蓮宗での住職)は話し好きなのかいろいろ話しながら書いて頂けますのでちょっと時間がかかります。私の時は御首題帳を書くために広げた際に「これどこのお寺なの?」「東京の池上本門寺の塔頭です」と話すると「そうなの、向こうの方にも行ったの」と話しかけてくれました。

日体寺の御首題です。

このほか近くの大漸寺でも御首題が頂けますが、ちょうど上人が外出されるところで断念しました。


京の冬の旅に戻りましょう。続きます。
③で回ったお寺の御朱印情報は④の最後にまとめてご紹介します。
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