●世間のB面<暮らしの落書き帳> (太田肇司:著/Tany/JF3TBM/JA3-35122)

日々の話題を落書き風に綴っています。
文責:太田肇司(319Tany)
jf3tbm@yahoo.co.jp

●SWLは、野球で言うところの素振りである

2014年02月28日 | アマチュア無線・BCL
【写真:包みの中身はSWLカード。実に400枚/月】

まぁ、設備的な面や住宅事情で、
SWLに力が入っているというのもありますが、
寒いし移動運用もアンテナの整備も面倒だし、
ついつい『眠る前のひととき』を、
静かにSWLにふけっています。

自分のアマチュアとしての『基礎体力づくり』みたいな・・・

素人でもない、プロでもない、
アマチュアがなせる技・・・、
それは『熱意』ではないでしょうか。

私はDX'erではない(今のところ・・・)

DXが入感していればSWLもやりーの、
電波も出しぃーのですが・・・。
とりあえずは日々、SWLでやっています。
しかし、SWLってのはイメージが悪い(低い)・・・?

電波を出せないヤツがしょぼくれてやる(みたいな、暗っ!!)

SWLもエネルギーを少し注いでやってみると『おもろい』ですよ。
パワーを意識せんでもいいですし、
インターフェアの心配が全くない(あたりまえ・・・)

加えて良くも悪くもバンド内の傾向がよくわかる。

スポーツ選手が基礎体力づくりでランニングしたり、
野球選手がバッティングの基礎で素振りしたり。

だいたい名選手ってのは、
ランニングや素振りを大事に考えて行動に移している。
基礎がなっていないと、
どの分野でも芽が出ない。


▲素振りではメダルは無理だがアワードは手にできる(笑)

タクシーの運転手でも同じ

ワンメーターの乗客をないがしろにしているドライバーは、
売上高ばかり気にして、勢い『遠距離客』を狙う。
遠距離客を取り込んで『直電話』で走る。
客が移動する時間帯が集中するので、
『今の客を下ろしたら、ぶっ飛ばして迎えに行く』。

待っているのは交通違反や交通事故・・・ハイリスク・ハイリターン!!

今のアマチュア無線界って、
すごく『らくちん』にQSOができる環境にあります。
昔では考えられない性能の無線機が、
オンボロ中古車並みの価格で買えたりします。
加えてQSO情報もクラスターで入ってくる。
否定はしませんが『らくちん』の裏返しに、
達成感が非常に薄い。


▲クラスターは『らくちん』だが・・・

まぁ、300カントリーをやって・・・

権威あるオナーロールですが、
これをやらないとアマチュアじゃない、みたいなのは、
なんちゅうか、オナニーロール(笑)。
自己満足というか行きすぎたら自慰行為に近い。
周囲が見えなくなって『アマチュア無線破産』を多くみました。
まぁ、このブログだって『マスターベーション』に過ぎない(爆)。

自己満足⇒自慰行為⇒自殺行為・・・

何事もほどほどに・・・が大事。
意外とSWLとHAMを平行してやっている局も多いようで。
分母がSWL。分子がQSOみたいな。
なんだかんだ言っても、
1000単位の基礎づくりを日々コツコツやっている人には、
オーラがあるし世界がある。当然、実績がある。

今のアマチュア界には、
そんな憧れの人が少ないと感じるのは、
私だけでしょうか・・・?

●まち歩き(西区安治川から川口界隈・・・3)

2014年02月27日 | ぶらぶら、まち歩き

▲粋(いき)なネーミングのマンション

ウエストナインとは『西九条』の意味です。
ちょいと笑えますね。
なんちゅうか、大阪人のノリというのか、
なんでもありというのか・・・。

不思議だった九条の地名のなぞ

普通は九条があるのなら、
十条とか三条とかありますよね。
ところが西区の九条は『九条』しかない。

なんでか・・・!?

衢壌島(くじょうじま)が本来。
この字には『土地が栄える=繁栄する』という意味があります。
ところが『一般庶民』には書けないし読めない。

そこで『九条』が充てられた


▲かつては荷役などで『繁栄』しただろう・・・


▲以前は税関の出先機関だった建物


▲外国人居留区とは一線を画する『外人雑居地』の看板

華僑も多く暮らしていたこの界隈、
飲食店や理髪店などを営む中華系の人たちが多かったようです。


▲江戸堀川の跡地

江戸時代初期に開削されたから『江戸堀』だそう。
京町堀や立売堀、阿波座堀など、
西区にも多くの堀川がありましたが、
水運の衰退と戦時下の空襲で瓦礫処理などで、
埋め立てられてしまいました。

平和に感謝!!

来月(25日)は『鶴橋』界隈を歩いてくる予定です。







●まち歩き(西区安治川から川口界隈・・・2)

2014年02月26日 | ぶらぶら、まち歩き

【写真:西区がかつて大阪の中心だった】

今でこそ淀屋橋や梅田界隈が大阪の中心ですが、
かつて水運・海運で栄えた国際的だった西区。
初代の大阪市役所や大阪府庁は、
川口の近所にありました。


▲大阪市電発祥の地

今はタクシーが止まっていますが(笑)、
九条の辺りから市電がスタートしたそうです。
それも、今の市内方向に向けてではなく、
築港方面に市電が走ったとか。

海に近いところが栄えた

空襲がなかったらどんな街並みだったのでしょうね。
そんな風情が残る建物が、
あちこちに残っています。


▲昭和初期の華僑の建物

今は普通の日本の会社が入っています。
石造りで頑丈な作りです。


▲川口教会

阪神淡路大震災で壊滅的な打撃を受けたが、
京大の専門家の分析のもと修復されました。
本当は『再建不可能』とされたそうですが、
信者や近隣の方々の熱い思いが、
教会再建につながりました。


▲教会内部のステンドグラス

心が洗われる思いがします。
とかく『損得勘定』ばかりの昨今ですが。


▲教会にあるパイプオルガン

定期的に演奏会が開催されています。
日本では『三味線』がせいぜいの頃、
西洋では『パイプオルガン』があったのですね。


▲大正時代の建造物

空襲を免れた建造物が少し残っています。
かつては教会の近所に『こんなカフェ』があったとか。


▲カフェがあったことを示す案内板


▲道の真ん中が盛り上がっているのは・・・

道の真ん中が盛り上がっています。
こういう場所は『昔、川だった』証拠です。
なぜなら、川には堤防があり、
その高さまで土を盛らないと埋め立てができない。

川が埋められたようですが、
何が埋まっているのでしょう・・・。

多くは空襲で焼けた瓦礫だとか。

まち歩きでは、
本当に平和のありがたみを感じずにはいられません。

来月は『鶴橋』界隈を歩いてくる予定です。


●まち歩き(西区安治川から川口界隈・・・1)

2014年02月25日 | ぶらぶら、まち歩き

【写真:安治川は人工的に開削された川だった】

西区の九条を出発して、
安治川界隈を古地図片手に散歩してきました。

1684年まで『島』だったところを開削された

島になっているということは、
大雨が降ったりすると、
増水した川は島にぶち当たり周辺は洪水になりました。
そこで治水に長けた『河村瑞賢(かわむらずいけん)』という人が、
人工的に開削し、現在の安治川ができたそうです。

重機もない時代によくぞ開削できたものです

島をぶち抜いて川の水をまっすぐに大阪湾に流す大工事。
工法は省略しますがこの時代に『人海戦術』は驚き。


▲かつて安治川は物流の拠点だった

今でこそ寂れた雰囲気の漂う九条界隈ですが、
かつては税関や荷役の会社が多くあった名残が見えます。
九条の対岸には福島区の中央市場がありますが、
これも水運が物流の中心だった証拠ですね。


▲福島区の中央市場(九条側から見る)

海運・水運が栄えた九条界隈は、
国際的にも栄えたそうです。
戦時下の空襲がなければ、
横浜・神戸・長崎に連なる外国人居留区として、
今も栄えたことでしょうね。


▲川口居留地跡を示す石碑


▲住友倉庫の建物は空襲を免れた

空襲を免れた住友の倉庫は、
上空から見て、建物自体が『くの字』になっていて、
米軍機の『通過ポイント』として、
空襲の目標から外されたそうです。
皮肉なものですねぇ・・・。


▲松島公園は『松島遊郭』の跡地

今も松島新地は現存していますが、
戦時中の空襲で松島遊郭は『ほぼ全滅』しました。
当時270名の娼婦が空襲の犠牲になったそうです。
それも『鍵がかかった部屋』から逃げることも許されず・・・。


▲松島遊郭にいた娼婦の無縁仏の霊が安置されている

大阪のまち歩きに参加すると、
多くの戦争遺跡に出合います。
その上に今の繁栄があることを、
忘れてはなりません。




●運転免許の更新してきました。

2014年02月24日 | 雲助稼業のボヤキ

【写真:門真の免許試験場】

5年更新の運転免許証の更新をしてきました。
職業ドライバーでは5年更新が少ない・・・!?

まぁ、走っている距離が多いから事故・違反の率も高い

とはいえ、安全輸送をせんでもいいというわけはない。
これからも日々、安全輸送に努めます!!