●世間のB面<暮らしの落書き帳> (太田肇司:著/Tany/JF3TBM/JA3-35122)

日々の話題を落書き風に綴っています。
文責:太田肇司(319Tany)
jf3tbm@yahoo.co.jp

●谷町筋のくぼみは奈良時代から・・・

2013年06月29日 | アマチュア無線・BCL
【写真:谷町筋の四天王寺前を南下すると地形がアップダウンする】

谷町筋を天王寺の方に向けて走り、
右手に茶臼山公園の茂みを見ると、
道路はアップダウンして、
少し西にカーブして天王寺駅に着きます。

ここは、何と奈良時代に、
和気清麻呂(わけのきよまろ)が、
上町台地の東側で起こる水害を無くすために、
大阪湾へ水路を通すために、
奈良時代に開削された『堀の跡』なんですね。

『へぇ~』って思いませんか・・・?

堀の底に当たる部分は、
写真の左に写っている緑のテントがある店や、
反対車線を走る白い車のあたりです。

その証拠に?
堀の横らへんに『堀越神社』ってのもある!!

乗客に説明すると、
間違いなく『へぇ~』『ほぉ~』といわれます。

そのとき、
わたしは『やった!!』と、
心の中で喜びます。

ははは!

●新世界の喧騒を離れて見ると・・・

2013年06月28日 | アマチュア無線・BCL
【写真:閑静な茶臼山公園と西を望む】

通天閣は二代目ってことを、
ご存知の方も多いかと。

初代の通天閣は、
明治45年完成。

通天閣ができる直前の明治31年(1903)に、
内国勧業博覧会が開催され、
五ヵ月間で530万人を集客したとか。

会場周辺は開催後に民間に払い下げられ、
シンボルである通天閣をはじめ、
パリの町並みを模して、
放射状に開発されたそう。

それが『新世界』なのです。

初代の通天閣のデザインも凝っていて、
凱旋門の上にエッフェル塔を重ねたようなデザイン。

『なんでもあり』が大阪人の気質なんでしょうね。

この初代通天閣も、
昭和18年(1943)に、
戦中の金属供出で解体されました。

●ベルリンの壁

2013年06月28日 | アマチュア無線・BCL
【写真:大阪にベルリンの壁がある】

現在は統一された、
ドイツの東西を隔てていた、
ベルリンの壁が、
天王寺の近郊にあります。

韓国系の寺で『統国寺(とうこくじ)』に、
ベルリンの壁が移設されています。

このコンクリートの塊を、
大阪まで運んできたのもすごいですが、
さらに韓国系のお寺にあるのも、
すごく意味深いですね。

朝鮮戦争の『休戦中』朝鮮半島ですが、
38度線はベルリンの壁みたく、
単純な構造ではなく、
幾重もの鉄条網と地雷畑・・・。

かの大戦も長期化していたら、
東日本と西日本に分断統治されていたかも・・・、
そう思いながら移設されたベルリンの壁を見れば、
日本のツケを韓国・朝鮮の人々が背負っている・・・
そんな複雑な気持ちになりました。

ここで述べているのは、
イデオロギーとかではなく、
戦争を知らない私たち世代こそが、
平和を守らねばならないってことを、
戦争遺跡を見直しながら、
後世に伝えねばならんと、
そう思っておるのです。

●身近な戦争遺跡

2013年06月27日 | アマチュア無線・BCL
【写真:石垣が黒ずんでいるところは・・・?】

写真の石垣も、
天王寺七坂のひとつにあって、
黒ずんでいるのは、
太平洋戦争末期に、
米軍が投下して炸裂した、
焼夷弾で焦げついた跡だそうです。

こういうのを見ると、
現代の平和のありがたさを感じますね。

しかし、橋下大阪市長の発言って、
どうなんですかねぇ・・・。
わざわざ蜂の巣を突付くような発言・・・。
発言する前に、
大阪市内に残っている戦争遺跡とか、
見たことあるんでしょうかね。
実際に血を流した世代じゃない人が、
慰安所の是非云々と、
いろいろ誤解を招く発言って、
ちょっと政治家として、
ふさわしくないんじゃないか・・・って、
ふと感じましたなぁ。

●天王寺七坂巡り

2013年06月26日 | アマチュア無線・BCL
【写真:谷町筋から静寂な坂をのぞむ】

大阪って、
観光名所になりそうなところが、
いっぱいあるのに、
大阪城・吉本・タコヤキくらいしか、
観光にされていないような気がします。

豊臣時代に大阪城が築城され、
以来『城下町』として栄えてきたためか、
同時期に『宿場町』として、
栄えてきた地域と比較すると、
『旅人』を『もてなす』という、
土壌というのか、
そういうのが不足しているんじゃないか・・・と、
ふと思うときがあるんですねぇ。

写真の坂も、
周囲は寺が建ち並び、
木々の枝葉に覆われたところで、
『えっ!ホンマにこれが大阪なん?』と思うくらい、
すごく静寂なところがあるんですね。

石畳が敷かれて風情があって、
織田作之助が幾度も登り下りしていたとか。

そんな『天王寺七坂』を歩いてきました。