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「Ⅰペテロ」30分de一巻 Vol.60

2018年06月03日 | Good News
思い煩いは、何もかも神にお任せしなさい。神が、あなたがたのことを心にかけていてくださるからです。(5:7)

何かと話題に事欠かないペテロさんであるが、彼の記録は、使徒15章のエルサレム会議以降はない。伝承によると、ペテロはローマ教会の監督になり、ネロの迫害によってパウロが殉教した少し後に、ローマで殉教していると伝えられている。

本書がローマから西アジアの諸教会に宛てて書き送られていることを考えると、ペテロは初代教会のリーダーとして、エルサレム・アンテオケ教会だけに留まらず、パウロが構築したアジアの諸教会を巡回していたと考えられる。

この手紙には「苦しみ」という言葉が全部で16回登場するが、本書が書かれた理由は、アジア州にいるクリスチャン達に、ローマによる迫害の備えをさせるためであった。激しい迫害の中でクリスチャンとしてどう生きるべきか?また、迫害の中を生き抜くための力は、天国民としての自覚から来るのだと言うことを強調した、実践的且つ霊的な手紙である。(メッセージより抜粋)

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3 コメント

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幸福ではなく成長 (Kent)
2018-06-04 14:51:59
今日の1ペテロ書で学んだ事は、この手紙は、クリスチャンが、これからの迫害に耐える為に、イエス様の再臨を心して待ち望むように書かれた手紙だということでした。迫害に耐え忍ぶ事。それは、神様からの計り知れない愛と希望を信じる事です。

私達は神様の前に正しい生活をおくるように心掛ける。「あなた方は神様の前に善と(聖別)された者として、日々信仰を新たにして歩んで行きなさい」この事は僕がもう一度心に留めなければいけない事だと思いました。

それと、少し驚かされたは、神様が一番望んでおられる事は、クリスチャンの「幸せ」ではなく、クリスチャンの「成長」だと言うことでした。神様は私達の幸せよりも、成長を望んでおられる。何故なら、私達クリスチャンの人生の本番は、天国にあるのであって、この地上の生活にあるのではないからです。

神様の栄光の為に、神様の愛を受けながら、生活して行きたいと改めて思いました。
ダアトの木 (Mu)
2018-06-08 20:45:38
この手紙には「苦しみ」という言葉が全部で16回登場するそうだ。 当時、ペテロは各教会を巡回しつつ、近い将来起こり来る迫害の備えを勧め、また、その中で生き抜くための力は天国民としての自覚から来ることを強調した。

ペテロ書はそういった実践的且つ霊的な手紙であり、それは今の私たちへの励ましでもある。書かれた背景と目的を理解し、すばらしい御言葉を心に蓄えること。ヤコブ書同様、勉強などする必要などない。ただ彼の励ましを受け取るだけだ、と教えられた。

また、冒頭の挨拶文から、深い真理を教えられた。1章2節には、ダアト(ヘブル語で予知・知識)という言葉で教会が形容されている。この語は実に創世記にのエデンの園にあった二本の木の内の一つ、「善悪を知る木=ダアトの木」に使われた言葉。

神様が私に、そして、教会(エクレシア)に予知された計画がある。何が善で神様に受け入れられ、何が悪で神様に喜ばれずに滅びに至るのか、それをはっきり分けることを知る。善悪を区別することが神様の予知であり、「予め立てられた御計画」なのだ。

人間はそれが悪だと思って悪を行うと言う事はしない。自分にとっては、それがプラスになる、善となると信じて取る行動が、結果的に悪になってしまうのだ。今世界に起きているテロにしても、戦争にしても、また人間関係の躓きにしても。この世の中の悲惨は、それぞれの間違った自己本位の善の追求から起きている。ダアトの木の実を食べてしまった結果、人間は善悪の判断ができなくなってしまったのだ。

続く3節では、同じく「分ける」と言う言葉をキーワードに祝祷が献げられる。聖別され、祝福される。それは、この世では非常に困難な状況に置かれながらも、信仰に生きる人々への励ましだ。神様に予知された者、クリスチャンが聖別された目的は、それを広く伝えること。 神様は、その使命が与えられたクリスチャンの成長を望まれ、それを喜んでくださる。その思いに応えたい!と励まされた今回のメッセージに感謝です。
神様定規 (Mimita)
2018-06-10 18:39:23
今回のメッセージで新しく学んだことが2つ。

1つは、神様が「分ける」と言う行為をされること。
もう1つは、「善悪の見分け方」。

神様は、創世記の頃から神様は「分ける」と言う行為をされています。天地創造も「光と闇」を分けられ、「大空の上の水」と「大空の下の水」分けられ、「昼と夜」を分けられておられます。
クリスチャンは、神様に選び分けられた人々のことで、その理由は、「福音を伝えるため」です。

もう1つの善と悪の見分け方
それは、「神様に喜ばれるか、喜ばれないか?」
善悪の見分け方は、意外とシンプルだと言うことに気づかされました。
とは言え、人は、自分の定規で何事も測ってしまいます。それをどれだけ、「自分定規」ではなく、「神様定規」にしていくか…。
そして、神様定規の目盛りをどれだけ精密にしていくか。そのためには、常に神様との対話(祈りと聖書精読)を大切にしていこうと思いを新たにさせていただきました。


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