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「KINGS II」30分de一巻 Vol-12

2016年12月11日 | Good News
本書は、エリヤが活躍した時代から、北王国がアッシリアに、南王国がバビロンに滅ぼされる迄の約250年間(BC850〜600年)の歴史で、聖書全体から見ても非常にエピソードが豊富な書巻である。しかし大切なことは、やっと400年間の奴隷生活から解放され、神の約束の地にやっと辿り着き、イスラエル国家をやっと創設したのもつかの間、国は二つに分裂し、今度はバビロンの奴隷にされてしまう所で本書が終わっている事である。私達はこのようなイスラエルの歴史の背後にある霊的教訓を学び、それを私達の人生に適応させることが必要である。

イスラエルの歴史において、神の奇跡が頻繁に起きた時代は大きく3つの期間に限られる。1つはモーセが活躍した出エジプトの時代、2つ目はエリア・エリシャが戦ったこの列王記の時代。そしてイエス・キリストの時代である。その目的を一言で言えば、“偶像礼拝と戦い”である。

神はこの時代に、民を悔い改めに導くさために、預言者を派遣された。その北王国 代表が、エリヤとエリシャであり、南王国がイザヤとエレミアである。彼らに託されたメッセージは、“神に従えば国は栄え、神に反すれば国は滅びる。外国に頼るのではなく主に信頼せよ”特にこの時代に、イザヤによってキリストの十字架の救いと、エレミアによってキリストによる新しい契約(福音)の預言がされた事は特筆される。 

また、エリシャが行なった10の奇跡の内、4章42-44節に記されている“パンの奇跡”は、4つの福音書全ての登場する“5千人の給食”の奇跡のモデルであり、“ナアマンの癒しの奇蹟”は、異邦人であっても、神の前にへりくだり、御言葉に従順に従えば、救われるという、キリストの福音の原則につながる奇跡である。

      

彼のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった。(23章25節)

ヨシアは、ソロモン以降の王様の中で、神から最大級の賛辞を与えられている王である。ところが彼は、何の意味もない戦いで、非業の死後を遂げてしまう。このように、私達の人生には、この世の知恵ではどうにも理解不能で、計り知る事が出来ない事が起きて来る。ただ、神の目的は、一人でも多くの魂の救いであって、それの計画遂行のために、私達が神にどのような形で用いられるのか?それは神にしか分からない。

神を愛する者達、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、私達は知っています。(ローマ8章28節)  

「共に」とは、「神の計画に従って召された者たち」が、「神の計画に従って召された者たち」のために働く。つまり、他の誰かの救いのために、自分の人生が用いられる。それが、「万事相働きて益と成す」という意味なのである。

従って、一見無謀に思えるヨシアの死も、実は神の計画の一部として、民全体の救いの為に用いられた。何故、ヨシアの死を早める必要があったのか?それは私達には分からない。しかし、大切なことは、自分の頭で納得出来るか・出来ないかではなく、神の計画は必ず時に叶って成就するのだという事を知り、神の愛と正義に信頼する者として、その事実を謙虚に受け止める事にある。

神の視点による歴史的・時間的スパン。私達にはその時は分からないが、時が来て、歴史の点と点が結ばれた時、そこにイスラエルの歴史の経過全般にわたって、人々を悔い改めさせ、祝福に導くために神が働かれていた意図を知ることが出来る。イスラエルの民を悔い改めと救いに導こうとしておられる神と、それを必死で阻止しようとするサタンとの霊的戦い。今、その戦いが、終末時代に向け、佳境に入って来ているのである。




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10 コメント

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将来と希望 (Kent)
2016-12-11 08:49:24
今日の30分de一巻で学んだ事は、どんな苦しい状況の中にいても、そこには神様の計画があるという事を忘れてはならない事でした。

「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである」(エレミヤ29:11)

この聖書箇所は僕の好きな聖句ですが、この箇所を語られた時、イスラエルは捕囚の中にありました。人々は絶望と苦しみの中にいた時に、神様はこの御言葉を語られたのです。

僕も苦しい状況の中で、神様に文句を言うことがよくあるのですが、不思議にそういった中でも、何か平安を感じることがあります。神様の目的は一人でも多くの人々の魂を救うことです。

そこで心に留めておきたい事は、自分がどのような苦しい状況の中でも、神様は僕を導き、最終的には希望で満たして下さるということです。神様を従って行きたいと思います。
神様の目線 (Mimita)
2016-12-11 09:10:13
今回のメッセージの中でヨシヤの名前の意味とお話は少し、衝撃でした。
そう感じたのは、私の霊的状況が、自分中心の目線で生活しているからだと気づかされました。
神の御心は「万事が益となるように働く」と言うこと。
それをいつも心に留め、先日、語られた自分の十字架を担って日々生活させていただけるように強く願います。
神への信頼 (Takashi)
2016-12-11 13:05:09
日々の生活の中で、神が何故このようなことをしたのかというような、不幸な出来事に遭遇することもある。
その時には神に対して訴え祈り、時には神を信頼できなくなるような状況もある。しかし神は最善以外はなされない方で、そのことを通して成されることがある。
どんなときにも神を信頼し歩まなければいけない、しかしそれができないのも人間である。このような状況でも、神から見放されないような歩みたい。
30分deインタビュー (Mu)
2016-12-11 22:28:05
私は報道記者に憧れたことはない。が、この30分de一巻が、66人とのインタビューなのだと聞いた時は、かなりワクワクした。66人との会談を通して私が出会えるのは、イエス・キリスト。より深く、より正確に、そしてより親しくイエス様を知るために、一つ一つの会談の準備は決しておろそかにできないと実感した。

さて、12 番目のKINGS II。数多くの王様の名前を見るだけでも、如何に混迷を極めた時代であったかが推測できる。加えて、多くの奇跡の記述。しかしそこから、「アソート満載!聖書中最もバラエティに富んだ書簡!!」と言うユニークな紹介は、驚き且つ嬉しい大発見だった。これによって一挙に「グッ!」と深く切り込めたインタビューとなり、紹介者(えんぢぇる‟大”師)に毎回のことながら、感謝!!

神様の奇蹟が頻繁に起きたのは、聖書中でも3つの時代に特化できる。モーセの時代、イエス様の時代、そしてこの列王記の時代。その背後にあるのは、「偶像崇拝との戦い」で、その霊的戦いの中で奇跡があり、預言者にメッセージが託された。その中には、メシア誕生と十字架の救い、また福音を明確に示す新しい契約も告げられた。それは正に、神に従う者に「将来と希望が与えられる」約束だ。預言者たちが見えなかったものを、今、私は見ることができる。そして、時空を超越した神様の働きと意図が確かにあることを知る。 終末へと佳境に入っている今、霊の目をしっかりと開いて神様からのメッセージを受け取り、理解し、伝えていく。それがヴィジョンを得たクリスチャンの使命だ。
全てが益に! (渡邊 由佳 )
2017-01-24 11:28:14
どんな人にも、何故こんなに苦しまなくてはならないのか?とか、何故こんな事が起きてしまうのか?と言う事がある。私の人生も、まだまだ半分にもなっていないが、そんな事が沢山あった。しかし、今振り返ってみるとそんな辛かったことも、点と点が繋がって意味を成している。

人間的にはどんなに無意味だと思えるような事であっても、神様の前では全て意味があることなのだ。辛くて折れてしまいそうな事があっても、神様から離れないように歩んでいれば、必ず神様が助けてくれるし、その苦難も意味のあるものにしてくれる。たとえ最悪の事でも益として下さる神様に感謝だ!
良い番組づくり (えんぢぇる)
2017-02-27 09:21:13
30分間の聖書番組があるとして、あなたがその進行係・インタビュアーだとすると、毎週のゲスト(66巻き)を招いて本番に入る前に、当然、色々と下準備しますよね。それがなければ番組は成り立ちません。「お互い、良い番組にしましょう!」というメッセージでした
時が良くても悪くても! (奈都)
2017-02-27 10:22:46
エリヤ、エリシャの大預言者と、必ずセットになって登場するのが
アハブ王とイゼベルだと思います。
イスラエル史上最低最悪の、夫婦ですよね。

多分、子供を生贄として火にくべたり
神事と称して、姦淫やら裸踊りやらしてたんでしょうよ。

しかし我らが神は、それを見逃す訳がありません。イゼベルは窓から叩き落とされ、馬に踏まれ、野犬に喰われると
預言がありました。
でもその預言は、
列王記の上で、エリシャの師匠のエリヤに
臨んだのです。
その時、彼女は凄い権力者であって
人間的に見たら、かないっこないですよね。

神様の御言葉って、すぐに実現するときもありますが、割と先の事って多くないですか、
サラにイサクが、授かった事や
絶体絶命の時に、恐れるなと御言葉が
与えられたり。

だから私達は、時が良くても悪くても
神様と共にいなければ、ならないのですね。
名も無き働き人 (伊東孝文)
2017-06-11 21:35:35
主を賛美します。メッセージをありがとうございます。ダイナミックな神様の力がエリシャを通して顕わされた素晴らしい書簡ですね。

神様の奇跡が頻繁に起きた三つの書簡の一つと言う見方は恵みでした。奇跡の目的は偶像礼拝を廃し、本当の神様はここにいるぞ、と言う示しでもあり戦いでもあるのですね。

ヨシヤ王に焦点を置いてその他を照らし出してのメッセージに恵まれました。もう一度イスラエル民族を神の民にするリセットボタンとしてヨシヤ王は立てられていた事アーメンです。この様な役割を担っている方は大勢いると思います。

ヨシヤ王は神様から高い評価を得ているのですから、その方が非業の死を遂げるには何か神様のご計画があると言う事ですね。 それにしても、民も含めつらい事と思います。それこそ、先生の言われるローマ8章26節ですね。

私達生きていると色んなことがあります。ヨシヤ王にはかないませんが、悪く見える事は実は後になってそれが自分の整えとなっていた。より、働けるようになったと言う事と思います。

「イザヤによって、イエスキリストの十字架の救いが語られている事、エレミヤによってイエスキリストの福音による新しい契約が語られている。」この事は学びになりました。

今この様にたくましい神様を頂いて喜び勇んで進む時となっていると思います。名も無き社会の底辺に住む者たちから、沢山の主の働き人が出て来る時が来ていると思います。その兆しが色んな所から聞こえてきています。心して、本気で、主の智慧と力を頂きます。

田中先生の労に感謝します。次の歴代誌上をお送りくださいませ。力強い主に感謝します。
神への信頼追記 (Takashi)
2017-12-31 11:48:10
あれほど神によしとされていたヨシアが、あのような悲惨な死を遂げたのに疑問だったが、
今回のメッセージで改めて納得した。
前回聞いた時はそのような思いはなかったが、今回のメッセージで神は良しとしたクリスチャンでも、
その死を用いることによって、神のご計画を成し遂げることがある。このような用いられ方をする者もいるという事に驚かされた。
見える形で用いられるのではなく、見えない形で用いられる。
神の計画においてクリスチャンの死は、単なる死ではなく神の計画につながる最善(希望につながる)の死であることが分かった。
我が子よ! (奈都)
2017-12-31 12:18:15
詩篇朗読 6編
この中で、まさに「あら~」と思ったのは
6章です。

【死の国へ行けば、誰もあなたの名前を唱えず
陰府に入れば、誰もあなたに感謝を捧げません】

つまり主に、悔い改めるのは今しか無いのです。

さて列王紀下巻です。
お馴染みの顔ぶれが、登場して本来大変面白い筈なのに、面倒臭い感じでした。
でもケースケ牧師に、全体の流れと
ポイントを教えて頂いたので、なるほどー!
となりました。
特に北イスラエル、南ユダの王様の血筋とか
スッキリした感じです。

王様の中で特筆するのは、ヨシヤ王。
まず名前がびっくり。
【神は諦めた】
です。
余り嬉しくない名前ですよね。
昔、おツムがアレな方が、我が子に
悪魔ちゃんと名付け、騒ぎになりましたが。

さてこのヨシヤ王、南ユダの王様として
徹底的な宗教改革を行いました。
偶像を破壊していきますが、それは
ソロモンから始まって、マナセに至るまでの
神の怒りの尻拭いをしている様です。
あと、神殿の奥から巻物が出て来たのも
神が、信仰の取扱説明書を
ヨシヤ王に、手渡して下さったと思います。

そんなヨシヤ王ですが、エジプト王の
ネコと戦って、呆気なく死んでしまいます。
それは神が、イスラエルの民の為に
バビロン捕囚と言う、強烈な悔い改めの
チャンスを与えて下さり、
またヨハネ3章16節にある様に
1人でも、救いたいと切望されているからです。

故にヨシヤ王は、神の業が早まる為
ネコと戦って、呆気なく死んで行ったのです。
私はこれに、イエス様の十字架を
重ねて仕舞います。
当然ヨシヤ王は、天の御国でしょう。
でも父なる神は、イスラエルの民のため
泣く泣くヨシヤ王を諦めた。
私はそんな気がしてなりません。

ヨハネ12章24節

1粒の麦は、地に落ちて死ななければ
1粒のままである。
アーメン

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