Good News Report

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「マルコ」30分de一巻 Vol.41

2017年10月14日 | Good News
「本当にこの人は神の子だった」(15:39)

こう告白したのはローマの百人隊長。イエスを十字架につけた当事者である。

彼はイエスが十字架上で語った言葉が、詩編の言葉だったなどとは知る由もなく、このイエスの十字架が聖書預言の成就だったのだという事以前に、彼は聖書自体を全く知らない。

そんな人物が何故、イエスが神の子であると悟る事が出来たのか?その理由は大きく二つ考えられる。

一つは、急に全地が暗くなり、地震が起き、神殿の垂れ幕が真二つに裂けたという、奇跡(超状現象)を見たからである。

そしてもう一つは、十字架上でのイエスの姿であった。

彼はプロの戦争指揮官として、緊急事態における人間の行動形態という事を体験的によく知っていた。人は、現実の死を前にすると、嘘をつくことも、虚勢を張ることも出来ない。その時はその人の本音だけが出るのである。

ところが、十字架という極限状態の中で、恐れもせず、わめきもせず、恨みもせず、最後の最後迄、自らの死を全うしたイエスの姿を見て、「この男は本物だ。この男が言っていた事は本当だったのだ..」という事を、彼は理屈抜きで悟ったのである。

この世で最初に書かれた福音書は、この百人隊長(ローマ人)や日本人のように、歴史的、民族的に聖書的バックグラウンドが全くない人たちに向けに書かれた。これがマルコ福音書の第一の視点である。(メッセージより抜粋)



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7 コメント

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善き証人 (Kent)
2017-10-17 13:04:18
今日のメッセージで、学べたことは色々とありましたが、一番励みになって、感動したは、神様はどんな人でも用いられるという事です。また、マルコ書は福音書の中でも特に、イエス様の情感的な優しさに溢れていることを知って、とても感じる所がありました。

僕は今でも、クリスチャンとして全然良い証人ではなく、弱い点を沢山持っていますが、それでも、神様は、見捨てられることなく、僕の弱い所に働きかけて下さっています。神様は本当に恵み深いお方なので、今立たされている場所で、神様の栄光を輝かせて行きたいと思っています!
マルコの感想 (Takashi)
2017-10-17 13:19:37
マルコの福音書がユダヤ人以外に向けて書かれた書簡であり、迫害の中にある初代教会を励ます為の、最初の福音書であるという事に、とても納得が出来た。死刑の立ち合いを数多く経験していた百人隊長が、イエスの死にざまを見て、イエスが神の子である事を信じるに至った経緯もよく分かった。

また、お金持ちのボンボンで、トラブルメーカーであったであろうマルコを、神様は決して見捨てる事なく、彼に助け手を送り続けて、このような福音書を書き残せるまで成長させた。私も自分の欠点を嘆くのではなく、どの様な至らない者であっても、神様は用いてくださるという希望を忘れず、日々歩んで行きたいと思った。
マルコ君について (奈都)
2017-10-19 15:28:15
どうやら彼は12弟子として居たのではなく、
最初は群衆の一人で
なんか知らないけど、凄い事する兄さんが
いるらしいから、付いていこう。
みたいな感じだったらしいです。
これは、聖書に出て来るユダヤの王
ヘロデの感覚と一緒だし
うちの教会みたく、ノン・クリ以上教会以下

イエス・キリスト同好会または、ファンクラブに
等しい。

だからゲッセマネで、ローマ兵に囲まれた時
掴まれた着物を脱ぎ捨てて《どんな格好だろ》
逃げました。
彼の又の名は、ヨハネ。
つまりマルコ・ヨハネ。
世間的には、お金持ちの御曹司だし
信仰的にも、本人はさておき
叔父上はパウロの恩人で、諸教会の指導者
バルナバ先生。
母上はペテロが危機を脱して、真っ先に訪ね
また初めて聖霊の降誕があった
家の教会の会堂主、肝っ玉母さんなのである!

にも関わらず多分、多分ですよ?
かれこれ成人に近いか、超えたかの年にも
関わらず
ふ〜〜らふ〜〜ら、ふ〜〜らふ〜〜ら
してるマルコを心配した母や叔父が
パウロ先生の命懸けの宣教旅行に
推薦という名の嘆願を、して
付いて行かせたのではないでしょうか?

だって、信仰が無ければ結局何処行くの?
王様だろうと金持ちだろうと
シェオールですよ。日本語だと地獄。

バルナバも母上も、パウロの妥協しない性格や
ローマやサンヘドリンの手先に
囚われたら命が無いぐらい、分かってましたとも!
それでも神の慈悲に、かけたと思います。
きっとこの世では、もう会えない。
お母さんの気持ちは、どんなだったでしょうね。

ところがこのヨハネ・マルコ君。
呆気なく途中で、や〜〜めた!
と、帰っちゃったんです。
パウロ先生の怒ったこと怒ったこと。
烈火の如くでした。
でもバルナバは、マルコについて取り成して
もう一度だけ、チャンスを与えて欲しいと
訴えています。
ダメ出しされますけどね。
お陰で、パウロとバルナバの間も分裂し
別行動を取ることになりました。

つまりマルコとは、やっちまった
残念な金持ちで、クリスチャン界の
サラブレッド坊やなのです。

こういう奴は、大概周りをイラっとさせます。

しかし神はその、やらかした事すら益にして
福音をより広い地域に広め
迫害を受ける教会を励ます
マルコの福音書を書かせました。

皆んなから、去られたであろうマルコは
12弟子の筆頭、ペテロの弟子になり
彼の話す福音を、書き記したのでは無いかとの事です。
ペテロならば、マルコの失敗を理解できたのでは無いかと、私は思います。
イエス様に、厳しく叱られたペテロ。
3回もイエス様を否定し、逃げてしまったペテロ。
生真面目で秀才肌、努力家のパウロには
マルコの失敗は、理解不能で
許しがたいものだったんでしょうね。
案外、可愛いお姉さんにヨロヨロっと
してしまったとか。

その真相は、天の御国で
教えてもらいますけどね!
マルコ君その2 (奈都)
2017-10-19 20:02:59
大切な事を書き忘れましたので。

日本語訳では、余り感じられませんが
マルコの福音書は、非常に叙情的かつ感情豊かに
イエス様をまた、周りの人々を書いています。
これは、一つはマルコと言う人が
喜怒哀楽が豊かで、分かりやすい人だった事。
もう一つは、共に居て彼を導いた
ペテロもまた、感情が豊かだったとおもいます。

たとえ火の中水の中、あなたに付いて行きます!
と言ってみたり
イエス様がワタシの足を洗うなんて、
滅相もないと言ったら
それならば、私とあなたは何の関わりも無くなると言われたら、頭のテッペンから
つま先まで洗って!と言うし。
ゲッセマネでは、あのローマ兵の耳を切り落と。したらしいし。
多分、子供にあっち行け!
と言ってイエス様から叱られたのも
ペテロかな?(笑)
だからこそ、イエス様が昇天された後
練られた晩年のペテロは、マルコ・ヨハネが
愛おしかったんじゃないかな。
で、ペテロが話すイエス様を
分かりやすく、大いに叙情的に書いたのでは
ないでしょうか。


もう一つは、バルナバとパウロの
喧嘩別れですが
本当のクリスチャンは、必ず仲直り出来るんですね。
これ大事!
クリスチャンだって、喧嘩はします。
ええ、しますともさ!
でもね仲直りは、必ずするのです。
だって神様が、そう言われるし
そう仕向けられますから。
だからパウロもバルナバも、またパウロは
ヨハネ・マルコにも優しい言葉を
手紙にて送ってます。

喧嘩はね、人間だからあるものです。
でも仲直りが、大切ですね。

あなたは日が暮れるまで、怒ってはいけない。

アーメン
エキサイティング! (Mu)
2017-10-20 14:41:27
マルコの福音書を読む上での視点を「6」つ教えてもらった。
1.万人向けに書かれている
2.イエス様の教えよりも、イエス様の行動に焦点が当てられている
3.休みなく躍動的に活躍されておられるイエス様
4.マタイは王としてのイエス様、マルコは僕(しもべ)としてのイエス様
5.他の福音書より情感的に書かれている
6.著者マルコの人物像。

前回のマタイ伝でも、マタイにしかない記事があるから探すとよいように言われ、今回もマルコの9割以上がマタイとルカにあるものの、マルコ特有の記事もあるとのこと。それを探すのは『エキサイティング!』と叫ぶえんぢぇる師の感動が、メッセージを受ける私たちにもうつる。そして、この6つの視点でもう一度読み直して見る時、普遍的で、活動的で、情感豊かで、優しく、仕えるためにこの世にいらしたというイエス様をはっきりと見ることができる。まさに、『エキサイティング!』

また、その対比のように若者であり、弱さを持つ人間であったマルコの姿が浮かび上がる。そのマルコが記した最初の福音書は、神様が初代教会にプレゼントしてくださったものであり、しばしば巷で言われることだけど、神様の思いがいっぱい詰め込まれたラブレターなのだ、と感じた。
マルコのテーマ:福音 (Mimita)
2017-10-29 11:40:12
マルコによる福音書は、世界で始めて書かれた福音書。
そのテーマは、まさしく「福音=Good News」
福音書は、最初と最後の文章が呼応していると言うことをこの30分de聖書で学びました。
マルコによる福音書は、
「悔い改めて福音を信じなさい。」で始り、
「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」で終わります。
福音を信じることの大切さ、福音を信じた者として、神様から与えられている使命がマルコによる福音書には一貫して書かれています。
そのお手本がイエス様。
4つの福音書は、それぞれのイエス様像を提示していますが、マルコによる福音書は、
「神様と人に仕える『僕』としてのイエス様」が描かれています。
ですから、イエス様が「何をされたか」と言うことが中心に書かれています。
また、今回のメッセージで新たに気づかされたことは、マルコによる福音書が、実に情感豊かに文章が綴られていると言うことです。
イエス様が、深く憐れまれたこと(マルコ1:41、6:34)、憤られたこと(マルコ10:14)、慈しんまれたこと(マルコ10:21)など、イエス様が、多くの感情を表現されたことを描いています。

最後に著者である、マルコは、お金持ちの息子で、使徒言行録(使徒行伝)では、宣教旅行を途中でやめて家に帰ってしまい、パウロとバルナバが別々の道を歩むきっかけとなった青年でした。
しかし、彼は、受けた福音を捨てることなく、諦めることなく、イエス様の弟子として歩み続け、最後には、パウロに最も信頼される弟子の一人となりました。
マルコ自身、福音の素晴らしさを経験したからこそ、その福音を全世界に行って、宣べ伝える必要性を切実に実感していたのでしょう。
神様は、そのことをご存知だったからこそ、マルコを世界で始めての福音書の著者として選ばれたのでしょう。
イエス様の熱い人間味 (由佳)
2017-10-31 22:27:11
聖書に触れた事の無い人に、どうやってイエス様の話をすれば良いのだろうか? 常々の悩みである。 案外、クリスチャンは無意識の内にクリスチャン用語を多用してしまう。福音、聖霊、罪、恵み、平安etc…。しかし、聖書で言う「罪」と言う概念すらない日本人に、これらの言葉を使って説明したところで、何も伝わらないのである。

さて、マルコの福音書は、聖書を知らない人を対象に書かれた書簡である。だから、ユダヤ人にとって必要な系図であったり、たとえ話の様なものが少なく、イエス様が「何を教えたのか?」ではなく、イエス様が「何をされたのか?」に特化して書かれてある。

そして、その文面からは、実に情感的・熱情的なイエス様を感じる事が出来る。 イエス様は完全な神でありながら、完全な人間でもあったのだ。それが、マルコからとてもよく伝わる。正直、今まで四福音書の中で1番読んでいないのがマルコだったのだが、今回の学びで改めてイエス様の熱い人間味を感じることが出来た。

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