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「救済者」30分de一巻 Vol-7

2016年10月03日 | Good News
聖書の原題は、1章1節からの由来でしたが、士師記というタイトルは、2章16節から来ています。

主は士師たちを立てて、彼らを略奪者の手から救い出された。

この箇所の「Shofetim・裁く・助ける」という言葉から来ているのですが、「士師」とか「裁き司」では一般的に意味が通じませんので、「解放者、救済者」と理解すれば分かりやすいと思います。

やっと約束の地に入ったイスラエル部族には、それぞれ土地が割り当てられましたが、その段階で先住民との戦いは未だ終わっていませんでした。反イスラエル勢力は未だ各地に点在しており、イスラエル民族を脅かしていたのです。当時のイスラエルには、モーヤやヨシュアのような指導者はおらず、約束の地に入ったと言う安心感の故か、烏合の衆と化した民は早くも偶像礼拝に陥っていました。それで神はその時、その地域、その相手ごとに、救済者を送ってイスラエルの民を守られたのです。

本書は、彼らがカナンの地に入ってから、イスラエルが王制によって建国される迄(BC1400-1100)約300年間の、政治的指導者、宗教的指導者、国を導く預言者、それどころか政府も、首都さえなかった混沌とした時代に活動した12人の救済者たちと、イスラエル民族の歴史が記されているのが本書の内容です。

さて、本書のキ−ワードとなる御言葉が、21章中計4回(17:6、18:1、19:1、21:2)登場します。

その頃イスラエルには王がなく、めいめいが自分の目に正しいと見える事を行っていた。 

実は本書を歴史的観点から見ますと、本書は旧約中でも、私達にとって非常にメッセージ性が濃い、ある意味身近な書巻であると言えます。何故なら、この士師の時代は今の日本の状態と重なるものがあります。それでは、現代に生きる私たちに士師記がどのように適応できるのでしょうか?今日は、本書から4つポイントでお話しをします。



人間の失敗の歴史から学ぶ
イスラエル民族の歴史には、有史以来、繰り返されている一つのサイクルがあります。

①神に選ばれ、神と契約を結んだ民にもかかわらず神を忘れ、神との関係から離れて行く( 背信)
②他の神々にひれ伏す( 偶像礼拝)
③イスラエルの人々の生活が脅かされる( 堕落)
④イスラエルの部族間や異民族間での争いが起きる( 崩壊)
⑤イスラエルの人々が主に助けを求める( 悔い改め)
⑥神が救済者や預言者を遣わしてイスラエルの人々を助ける( 回復)

このようなことが繰り返されるのは、士師記の2章10節に書かれているように、「信仰の継承(自分の家族は勿論、次世代への継承)」が成されていない事が原因です。そしてそれは、私たちの生活が、危機的な状況に陥ることを意味しています。

現代におけるクリスチャンの立場
現代に生きる私たちクリスチャンは、この世に神様から遣わされた「士師!」であるという自覚を持つことが大切です。12士師は、12部族や12弟子に比べると、非常にマイナーな存在です。彼らはダビデやエリアのような国民的ヒーローではなく、ごく普通の人、非常にクセのある人、女性に弱い乱暴者や仲間たちからのけ者にされているような人たちでした。神は聖人君子のような人物でなく、欠陥だらけの人間をあえて選ばれるのです。そして彼らは限られた時代・部族・地域の救いに向けて神様から派遣された地域限定型救済者でした。 私達も現代日本という特殊な時代・国に神様から使わされている存在なのです。

自分が与えられているもので行動する
当時のペリシテ人は、すでに鉄器を武器として使用していました。しかし、当時のイスラエルの人々には、鉄を精製する技術はなく、そんな状況の中で、サムソンはロバの顎の骨を武器にペリシテ人を倒したのです。また、シャムガルの武器は何と牛追い棒でした。「そんな、まさか?!」と思われるかも知れませんが、ここに神様の力が士師を通して現されています。そして今も、神様を信じるクリスチャンには、常識を超越した神様の力が聖霊様によって与えられているのです。

2コリント8章11-12説には、このように書かれています。
だから、今それをやり遂げなさい。進んで実行しようと思ったとおりに、自分が持っているものでやり遂げることです。進んで行う気持があれば、持たないものではなく、持っているものに応じて、神に受け入れられるのです。

聖霊の力により頼む
士師たちはどのようにして神様の使命を成し遂げることができたのでしょうか?彼らの力の秘訣が聖書にこう記されています。
オテニエル 主の霊が彼の上に臨み(3:10)
ギデオン   主の霊がギデオンを覆った(6:34)
エフタ    主の霊がエフタに臨んだ(11:29)
サムソン 主の霊が彼を奮い立たせた(13:25)、主の霊が激しく彼に降った(14:6、19、15:14)

また、新約聖書(ヘブル書11:32)に取り上げられている士師が4人(ギデオン、バラク、サムソン、エフタ)います。上記の4人と比較すると、オトニエルのかわりにバラクの名が挙げられていますが、彼ら12人は全て神によって立てられた救済者であり、神様に用いられるの力はいつも聖霊から来ます。

私たちの力はいつも神様から来るという事を信じ、聖霊に依り頼むこと、それは士師記の時代も、現代に生きる私たちの時代も同じです。いつも御声に耳を傾け、聖霊に従い、自分の思いで先走らないことが大切です。イエス様と繋がること。それが、聖霊の力を得るという事につながります。イエス様とつながってさえいれば、私たちクリスチャンは必ず、自分が置かれた場所で花を咲かす事が出来るのです (Report by Mimita


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14 コメント

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真の王に従いたい (なつ)
2016-10-10 10:22:47
「その頃イスラエルには王がなく、それぞれが正しいと思う事を行っていた」

では王が居れば良かったかのか?
それは次の列王紀を見れば、分かるように
余計混迷をするだけである。

クリスチャンなら、お分かりだろうが
王の王、主の主と言えば、イエス様のことだ。
つまり自分の全てを、イエス様に支配されれば
シャロームに満たされる。

しかし此処で問題は、古い自我がイエス様つまり聖霊の働きに、戦いを挑むのである。
私は、まだまだ自我がのさばっていて
聖霊を邪魔しているが、祈って神の戦いを繰り広げるしかない。
皆さんも頑張ってください!
聖霊の導き (田中賢人)
2016-10-10 10:51:12
今日のメッセージで特に僕の心に入った事は、何故クリスチャンなのに様々な失敗をくりかえしてしまうのか?それが僕にとっての大きな疑問でした。僕達クリスチャンには全能なる神様が付いており、僕達を導いて下さると聖書に約束されています。だけど現実問題、沢山の苦難や失敗で多くのクリスチャンが挫折してしまいます。クリスチャンとしてこれから歩み、何かをする時に大切なのは聖霊の思いよりも、先に自分の思いが出てはいけないという事です。様々な問題が教会、家庭、仕事で起きる理由は、聖霊の思いよりも自分の自我が先に出てしまうからです。僕のこれからの歩みにおいて沢山の苦難や壁が出て来ると思いますが、それを自力で立ち向かうのでは無く、聖霊の力によって進み、勝利を得る事が出来るように、日々聖霊に満たされるように祈ります!
私たちは現代の士師! (Mu)
2016-10-11 16:55:37
確固としたリーダーもなく、混沌とした時代。それは遥か昔のイスラエル民族だけの話ではない。現代を生きる私たちひとりひとりにも語られている。決して他人事ではない。士師は、限られた条件下での限定枠救済者だ。私は私の家族、職場、友人たちという限定枠での救済者としての責務を神様から預かっている。今は問題がないように見えたとしても、内面の崩壊はいつか表に出る。タイタニック号からイエス丸に乗り換えなければ、どんなに今が快適でもいずれはは沈むのだ。

私には未だよく分かっていないかも知れないけれど、私にしかできないことがある。そしてそのために神様から与えられ、手にしている「もの」がある。その真理の御言葉と祈りをもって、現代士師としての責務に目覚めなければならない。リバイバルは現場から始まるのだから。置かれた場所で花を咲かせよう

今回も目を醒まさせられるメッセージをありがとうございました
伝道の大切さ (Mimita)
2016-10-12 20:40:09
士師記を通して、現代の私たちの現状を知ることができ、感謝でした。
そして何よりも伝道することの大切さを実感しました。
自分の与えられている賜物で日々の生活の中で証し、伝道をしていきます
士師記と私。 (伊東 孝文)
2016-10-22 00:51:57
ハレルーヤ。

 おぞましい事ばかりが続く旧約聖書の世界。
新約聖書の世界もそうですが。
これはとりもなおさず、私自身の世界と思います。

かつて、新約聖書を読んでいて、イエス様が言われている事を「うん、うん」とうなずいて読んでいました。
ある時、ふっと、言われている人たちの事は自分だと気づきました。 涙が止まりませんでした。
主を裏切ったイスカリオテのユダさえも私だと示されました。
イエス様はイスカリオテのユダすらも愛しておられています。

この士師記の講解を聞くとその事が思い出されました。
士師たちは、この世界に染まり神が与えて下さった律法もなく、今の日本人の様に自分たちで良いと思う事をやっている事が見れました。
士師の違う所は聖霊様が臨まれると言う事です。

生まれながらの人間では、義なる事はできないという経験をしてきました。 深い闇です。 
 今は、新約の時代です。 イエス様がわれらの主になられて下さり、ほんと幸せです。
行く道を造られ示してくださいます。
自分たちだけでは正義に立つ事はできません。

一人一人が、イエス様体験をする必要を感じています。
この方に正義があり、この方に力がある事をなを思わせられました。
イエス様と会話をし、イエス様にお従いし、イエス様のものとなります。

「牛の突き棒」の事を示して下さり、有るもので戦います。
「聖霊様が臨まれれば力を受ける。」とあります。使徒1:8

感謝します。

御心が天で行われるように地でもおこなわれますように。


 
現代の士師 (渡邊由佳)
2016-12-27 11:47:03
士師記を読む時は何時も、神様から見たら悪い事を何度も繰り返すイスラエルの民が、自分なんだと思って読んできた。まず、これは間違いないと思う。失敗をやらかして、目の前が真っ暗になって、神様に謝罪しつつ助けを求める。その繰り返しだ・・。

だが、今回のメッセージで、現代日本における士師は、実は私達なのだと言う事を知った。何時までも、罪の中でぐるぐると回っていないで、置かれた場所で、現代の士師として戦わなくてはならない。

そのためにも、もっとシッカリと神様と繋がって、神様の声を聞き分けつつ、行動しなければと、改めてとても強く思った。
士師記の意味 (えんぢぇる)
2016-12-27 11:59:29
何故、このような残虐で、極悪で、愚かな記録が聖書に収められているでしょう?それは、それが偽らざる人間の歴史だからです。神様はイスラエルという民族を、来るべき全人類救済計画のプロトタイプとして創造され、その存続をゆるされました。ですから、たとえ彼らがどんなに弱く、愚かで、邪悪であっても、神様はその計画を変えることなく、貫かれました。イスラエルに士師や預言者を遣わされたのはそのためです。その神様からの援助がなければ、イスラエルという国はとっくの昔に滅亡していたのです。
悔い改め (takashi)
2017-01-28 15:48:56
士師記で知らされた事は、日々の我々が生活の中で、神をないがしろにして自分の思いだけで事を起こし、結果失敗や挫折や困難に遭遇し、
礼拝のメッセージで心に響く言葉を投げかけられ、ふと神の存在を忘れていたことに気付き悔い改める。といったように、私たちの置かれている日常と近い状況と感じた。
しかし我々人間はおろかであるから繰り返してしまう。どんな状況でも神をないがしろにしないような生活をしていきたい。
また、親として、信仰の継承がしっかりとできるように生活しなければいけないと感じた。
不思議な存在 2回目のコメントです (なつ)
2017-01-28 16:20:04
士師記は旧約聖書の中でも、惨い記事が多いです。またノンクリスチャンに、説明が難しい箇所でもあります。

でも今回メッセージを聞いて、イスラエル民族と神の関係で腑に落ちました。

イスラエル民族は、来たるべき人類救済計画の
プロトタイプとして、立たされているので
彼らの有史以来のサイクルを、馬鹿には出来ないのです。
何故なら全人類、全てのがこのサイクルに
入ります。
多分クリスチャンで、あろうと無かろうと
関係無く当てはまると思いました。

それから信仰の継承が、大切。
十戒の両親を敬いなさいや、マラキ書の最後に
父の心を子に、子の心を父に向けさせる。
私が来て、破滅をもって
この地を撃つことがないように。
とか他にも沢山、信仰の伝承の必要性が
書いてありますね。

私達クリスチャンは、目立たなくても
現代の士師となって
主の為に戦わなくてはなりません。

但しその場合、これは自分の為にやるのか
純粋に、神様のお手伝いをしたいのか
よくよく祈り求めるべきです。
誇るなら主を誇れ!と聖書にありますから。
コツとしては、聖霊様より前に出ない事ですね。
さて外国は知りませんが、日本は本当に

「王もなく各自が、自分の目に正しいと
する事を行っている」

つまり「自分教」ですよ。
よくウチは仏教ですから。
とか言ってますが、違います。
だってテレビを、つけて見れば分かりますが
1日何回
自分を信じて!
俺を信じろ!
その曇り無き眼(まなこ)で★★Д╬彡するのじゃ

などと耳に入って来ます。
それを推奨している人に、質問なのですが、
昨日まで仲良しだった人が、簡単に険悪な関係になったり、心に誓った恋人が去って行ったりするのでしょう?他にも色々有りますが
そんな人間のどこら辺を、信じたら良いのでしょう?
それは特別な人達ですか?
そうでは無いですよね?

信じるに足るものは、神のみにあるのです。
そこら辺を、はっきり書き記した聖書とは
本当にCOOLな書簡だと思います。
正に・・ (えんぢぇる)
2017-01-29 07:42:29
Bible is Cool !!!

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