Jerry Emma Laura Piano

Mina, Dalida, Barbara, Laura, Lara....美人大好き! あっ、Mihoが一番好き

無窮 第四章

2013年06月17日 | 腰折れ文

 ()この物語の登場人物、場所はすべて架空です。

 

  木曽福島を朝六時発の特急に後藤は乗った。何年来、関西に出張したことはなかった。名古屋駅で新幹線に乗り換え、定刻よりやや早めに大阪局の会議室についた。会議が始まると、途端に眠くなった。まわりの連中も殆ど同様である。会議が終わると配布された資料を見ずに鞄にいれると、誰とも挨拶せず、紀伊田辺に向かった。

  鞄には、阿寺ダムの写真集と五平餅の真空パックの土産がはいっている。電車の中では、斉藤との再会を前に、どう話を切り出すか考えを巡らした。今夜の宿は紀伊田辺の駅前のステーションホテルを予約してあったが、粗末なビルにあるホテルで想像がはずれた。遅い昼食を食べることにした。狭いがにぎやかな繁華街の一角に銀魚という小料理屋があった。もしかすると、斉藤さんと意気投合し、酒でも呑むこともあるかもしれないので、偵察の意味で暖簾をくぐった。入り口には大きな水槽があり、魚が群をなして泳いでいる。木曽谷では想像もつかない光景である。

 「いらっしゃい。お一人ですか」

 「昼飯ですが、よろしいですか」

 「はいどうぞ」といって女将がメニューを渡した。

 焼き魚定食を頼んで、煙草に火をつけた。飲み屋らしくたくさんの品書きがつりさげられている。案外安い。もし呑むことになってもここでいいなと後藤は思った。飯はうまかった。やはり魚は新鮮である。なんて贅沢な食事かと思った。良枝にも食べさせたいと考えたが、なかなかここまで足をのばすことはことなど出来ないとも思った。

  残さず食べたあとで、女将に斉藤保育園の場所を聞いた。海に向かって二十分ぐらいということであったので、歩くことにした。店から出て公衆電話から保育園に電話したが、話し中であった。

  和歌山は暖かい。木曽とくらべると暑いと表現したほうが適切である。暫く歩くと繁華街を抜け下町の風景となった。路地の奥に白い建物が見え、近づくと黄色い声がした。まわりは生け垣で囲まれ、ひまわりの絵のかかったゲートがあった。

 「こんにちは。後藤と申します。園長の斉藤さんをお願いします」

 「はい」

 保母さんに声をかけると、大きな返事をして、子供たちにまっているように諭し、部屋に入っていった。

 「やあ、後藤さん。久しぶりですね」

 斉藤が表にでると、子供たちがまとわりついた。子供に「お客さんだよ」といって道をあけさせ、私を入り口まで案内した。

 「こちらこそ、ご無沙汰しています。いい所ですね」

 「細々とやっています。立ち話もなんですからこちらにどうぞ」

  園長室は狭いながら、木製のしっかりした机と、大きな本箱があった。本箱を正面にして椅子に腰掛けると、本箱の本を見渡した。児童心理学、保育概論と別世界の書籍が整然と並べられている。本来の専門であるはずの土木工学の本は一冊もない。

 「家内の淳子です」

 「はじめまして、後藤晋平と申します。斉藤さんには昔大変お世話になりました」

 「こちらこそ、遠い所足をのばしていただきまして、さぞお疲れの事でしょう。主人も電話があっていらい、そわそわして楽しみにしていたようです」

 「突然おじゃまして申し訳ありません。つまらないものですが」

 「結構なものをありがとうございます。お茶をいれてきますので失礼します」

 淳子は言葉丁寧であか抜けた才女に見えた。壁に目をむけると、初めて土木の香りがするものを見つけた。高山ダムの写真である。

 「高山ダムですね」

 「おはずかしい。青春の一頁です」

 「ところで、阿寺ダムが完成しました。今日は写真をお持ちしましたので、見ていただければと思いまして」

 斉藤は、写真集をみながら、思い出話を後藤と交わした。突然目の色がかわった。急に沈黙して、ある写真に見入っていた。後藤はしめたと思った。故意に第七断層の写真を忍ばせていた。その写真を見ているのである。

 「後藤さん、これはどこですか」

 「ええ、第七断層です」

 「山下はなんといっていますか」

 斉藤が急に山下の名を口にした。

 「お茶をどうぞ」

 淳子がお茶を差し出したが、テーブルには写真を広げているので、置場所がなく後藤は会釈して受け取った。斉藤も手を伸ばしている。淳子はその手にお茶を渡した。

「奥様、申し訳ありませんが、灰皿をおかりできますか」

 「すいません。気がつきませんで」

 淳子が灰皿を差し出し部屋から出ていった。

 後藤は煙草に火をつけ、一呼吸おいてきりだした。

 「実は、斉藤さん。所長が一度お逢いしたいとのことなんです」

 斉藤は椅子にもたれた。

 「斉藤さんの提案で設置した高感度地震計が変な微動をキャッチしておりまして、所長は悩んでいるようです。勿論設備の不具合かもしれませんので、点検をおこなっているのですが。先日も所長とディスカッションしました。所長は、断層が活動を始めたのではないかとの懸念を持っているようです」

 「後藤さん、私は現役を退いたものです。著名な学者や中央の人もいるでしょう。まあ、会ったとしても私の意見が参考になるとはとても思えませんがね」

 「斉藤さん。私は経験だけの男です。所長や斉藤さんにダムの技術をおしえてもらった一人です。作ってきたダムは、きざですがわが子と遜色ないくらいに思っています。もし、その子が病んでいたとしたら、なんとか治してやりたい。そう思っています。力をかしてください」

「大桑村は私にとって鬼門です。木曽谷から追い出された男ですよ。管理所に出向けば、小さな村のことです。噂も広がり山下にも迷惑がかかるでしょう」

「いや、私の個人のお客として案内します。南木曽に私の姉が民宿をやっておりますので、そちらに泊まっていただいて、深夜に現場をみてもらいます。昼間は民宿で観測記録をみてもらえれば、誰一人とも会わなくてすみます」

 「この話はどこまで知っていますか」

 「所長と私、それと担当の小川という若い者です」

 「小川というと」

 「局長の息子です」斉藤の顔色が険しくなった。

 「この男は、所長が鍛えており、決して情報の漏れる男ではありません」後藤は、斉藤の気持ちをやわらげるように所長と公介の関係を話した。

  暫く斉藤は考え込んだ。後藤は二本目の煙草に火をつけた。しばらくして、斉藤の口から、期待した言葉が発せられた。しかし、この言葉が関係者の苦悩の始まりになることはだれもが予測しなかった。

 「わかりました。ところでいつがいいですか」

 「早ければ早いほうがいいです。所長もそうおっしゃっていました」

 普通なら所長の予定を再確認するのに、今回だけは一か八かの芝居をうった。

 「いつでも段取りできます。なんなら明日からでもかまいませんが、日曜日は赤沢美林の森林祭りがありますので、人の出入りも多いし、ダム見学者も多いので目立たないかもしれません」

 「わかりました。保育所も土日をからめれば融通もききますので」

 「ありがとうございます」

 「ところで今日の予定は」

 「駅前に宿をとっています。明日朝戻ろうと思っています」

 「今夜おつきあい出来ればよいのですが、市内の保育所の集まりがありまして大変申し訳ありません。土曜日に南木曽に参ります。山下によろしく伝えてください」

 「後藤ですが、小川君を頼む」

 「はい小川です」

 「後藤だが、何かあるかな」

 「地震計の点検は終わりました。全く問題はないそうです。所長には連絡しました。あっ、それと見積もり出ました。」

 「だいたい幾らぐらいだ」

 「千五百万です」

 「この電話所長にまわしてくれ」

 「所長は村長から電話があり、役場に行きました」

 「そうか、じゃ伝言してくれ。今週土曜日南木曾で合流、と伝えてくれ」

 「それでわかるんですか」

 「ああ。明日の午後に戻る。ところで勝本の職員はまだいるか」

 「はい。今日こちらに泊まりますので」

 「じゃ、明日午後打ち合わせをしたい旨、話しておいてくれ。それとレーザー変位計の在庫を調べておいてくれ」