やっせんBO医

日本の教科書に記載されていない事項を中心にした個人的見解ですが、環境に恵まれず孤独に研鑽に励んでいる方に。

喘息に対するβ2刺激薬のベネフィットとリスク

2013年06月10日 04時01分44秒 | 気道病変
β2刺激薬が喘息治療の領域で大きな役割を果たしていることについては改めて指摘するまでもない。とりわけ自覚症状を速やかに改善させる短時間作用性吸入β2刺激薬(SABA)はプライマリケアの現場にすでに広く浸透しているけれども、一方で、必ずしも適切な管理下に使用されているとはいいがたいようだ。いくら説明してもSABAさえあればいいと言い募る患者が後を絶たず、ついには普段の治療状況もまったくわからない者の要求に屈し処方箋を切る。そんな光景が今日もどこかで繰り広げられているのではないだろうか。

軽い喘息症状がごくまれ(月1回未満)にしか生じない症例であればSABA頓用のみで足りるかもしれないが、そのようなケースは例外的だろう(日本アレルギー学会 喘息予防・管理ガイドライン2012、協和企画)。大部分の患者では吸入ステロイド(ICS)などの長期管理薬が治療の根幹となるはずだ。SABAは気管支を強力に拡張させることで自覚症状の改善に直接的に寄与するとはいえ、むしろその連用により気道過敏性やコントロールは悪化し(Lancet 1990; 336: 1391-1396)、喘息死も増加すると警告されたのである(N Engl J Med 1992; 326: 501-506、Lancet 1998; 1: 917-922)。長時間作用性吸入β2刺激薬(LABA)にしても事情は異なるものではなく、長期使用により刺激に対する気道の収縮抑制効果は減弱し(Respir Med 1994; 88: 363-368)、気道過敏性も亢進する(Am J Respir Crit Care Med 1997; 156: 688-695)。Salmeterol吸入の安全性に関する大規模臨床試験や、これを含むメタアナリシスでもLABA使用群に喘息の悪化や死亡のリスクが高かった(Chest 2006; 129: 15-26、Ann Intern Med 2006; 144: 904-912、N Engl J Med 2010; 362: 1169-1171)。これらの結果は世界中で衝撃をもって受け止められ、今なお深刻な反省を促しているのだ。

β2刺激薬単独では喘息の本態である気道炎症を抑制できないのは当然であるけれども、そればかりではない。desensitization(受容体のuncouplingとinternalization)と、その結果引き起こされるβ受容体の減少、すなわちdown regulation(J Allergy Clin Immunol 1983; 72: 495-503、J Clin Invest 1995; 95: 1635-1641)については周知だろう。加えて低酸素血症の存在下ではβ刺激薬に対する心血管系の反応が強くなること(Thorax 1992; 47: 814-817)、さらにはβ2刺激薬が気道炎症組織で高濃度になると、Th2優位に傾いて喘息病態を助長する可能性も指摘されている(J Clin Invest 1997; 100: 1513-1519)。

したがってLABAの使用はICSで効果不十分な症例に限られ、単独使用は避けるべきだというのが現在の一般的な考え方になっている。つまりICSなどと併用するのが原則だ。これは互いの欠点を補い合うという意味でもきわめて理解しやすいのだが、基礎レベルの研究によればさらに相乗効果をも期待しうるという。たとえば、ステロイドはβ2受容体の合成を促進させ、β2刺激薬への反復暴露による耐性の進展を防止する(J Clin Invest 1995; 96: 99-106)。一方でβ2刺激薬はステロイド受容体を活性化し、核内への移動を増加させるらしい(J Biol Chem 1999; 274: 1005-1010)。

臨床的にも、ごく短期間の投与に対する少数例の観察ではあるものの、Budesonide/Formoterol併用はBudesonide単独吸入よりもアレルゲン誘発性の喀痰好酸球増加や気道過敏性亢進を抑制し、さらにmyofibroblast数も減少させたことから抗リモデリング効果を発揮する可能性も示唆された(J Allergy Clin Immunol 2010; 125: 349-356)。ICSとLABAの併用は喘息増悪を減らすとする研究も少なからずあり(N Engl J Med 1997; 337: 1405-1411、Am J Respir Crit Care Med 2001; 164: 1392-1397)、ランダム化比較試験10研究を統合したメタアナリシスにおいても、LABA併用群はICS単独に比べ増悪をさらに26%減少させ、さらに、ICSにて十分な臨床効果が得られない場合にはステロイドを倍量に増やすよりもLABAを併用したほうが、やはり悪化リスクは併用群で0.86(95%CI: 0.76~0.79)と有意に低かったことが示されているのだ(JAMA 2004; 292: 367-376)。

いかにも魅力的な組み合わせにみえるのだが、ICSを併用することによりβ2刺激薬に関連した安全性上の懸念が完全に払拭されるわけではないとの意見も根強い。たしかに呼吸機能改善効果は吸入LABAを併用したほうが良好だ。しかしながら、気道炎症の面からは否定的な意見も少なくない。LABAを併用して一見、何事もなくICSを減量できたときでも、喀痰好酸球数は増加していたことが観察され(Am J Respir Crit Care Med 1998; 158: 924-930)、さらに、ICS投与により呼気NO、すなわち気道の炎症マーカーは低下するものの、Salmeterol併用はこの効果を抑制するという報告もあるのだ(Am J Respir Crit Care Med 2003; 167: 1232-1238)。

実際、ICSを併用していてもLABAは喘息患者の重篤な増悪と喘息関連死のリスクを高めるとする臨床試験、メタアナリシスが発表されている(Ann Intern Med 2006; 144: 904-912、N Engl J Med 2011; 365: 2247-2249)。前に述べたものと正反対の結果に戸惑わざるを得ないのだが、少なくとも12週の治療を行った成人喘息患者を対象とした35研究(13447例)と小児患者を対象とした5研究(1862例)を統合した最新のコクランレビューにおいては、Salmeterol/ICS併用群と同量のICS治療群の間に、有意な死亡ないし重篤な有害事象の差はみられず、リスクに差があるとしてもその絶対的な差は極めて小さいものだろうと考察されている。とはいうものの、有害事象の頻度が極めて低く、ICSにSalmeterolを併用することで有害事象が増えないと信頼性をもって結論づけることはできないとも述べているのだ(Cochrane Database Syst Rev 2013; 3: CD006922)。これらを踏まえれば、米国FDAがβ2刺激薬の安全性に関して繰り返し注意を喚起しているのも十分に理解できるだろう。

診療の基礎に置かれるべきもの、それはエビデンスレベルの高い研究成果である。たまにしか顔を見せないMR氏が提供する情報に偏りがあるのはもちろん、陰に陽に製薬企業の影響を受けているであろうその道の権威や学会の見解にさえ盲従しない。今や常識ともなったEvidence-Based Medicine(EBM)であるけれども、それまでの医学のあり方をまったく覆すようなものではなく、むしろ西洋医学の伝統を純粋に受け継いだともいえる。“もっともらしい理説に頼らず事実への密着に努めよ”と説いていたのが、まさにヒポクラテス学派だった(古い医術について、岩波文庫 1963年)。EBMの精神はすでに紀元前の世界に生まれていたのである。 (2013.6.10)