見もの・読みもの日記

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安心から信頼へ/ネット評判社会(山岸俊男)

2009-12-29 23:42:09 | 読んだもの(書籍)
○山岸俊男、吉開範章『ネット評判社会』 NTT出版 2009.10

 立ち読みしていて、やれやれ、学者って、変なことを証明するために、変な実験を考えつくんだなあ、と思って呆れた。あんまり「変」なので、詳しく読みたくなって買ってしまった。

 まず前提である。著者らは「安心」と「信頼」を分けて考える。相手の人間性を見極めた上で、その人に投資したり、お金を貸したりするのは「信頼」関係である。しかし、「信頼」がなくても、私たちは人にお金を貸すことができる。それは、嘘をつけば確実な報復を受ける、いわば「針千本マシン」を相手が装着している場合だ。この状態を「安心」関係と呼ぶ。伝統的なな共同体においては、相互監視(評判の共有)と、裏切り者の集団からの排除が、強力な針千本マシンとして機能してきた。このような集団主義的な秩序に基づく「安心」社会は、個人主義的な「信頼」社会(司法や警察組織の整備、社会的知性の涵養)に比べて、コストがかからないという点ですぐれている。しかし、集団の外部に対して新たな関係を開拓することは困難である。

 では、集団主義的な不正の解決方法は、ネットの上でも有効か否か。著者らは、模擬的なネットオークション市場のプログラムを開発し、参加者の行動を観察・解析してみた。その結果、完全な匿名市場では、詐欺をはたらいた参加者が別IDで再参入できる(集団が閉じられていない)ため、商品の品質がどんどん落ちていくことが観察された。売り手が誰であるか分かる顕名市場や、売り手の評判値を知ることのできる評判市場では、商品の品質は比較的高く保たれた。当たり前の結果のようだけど、「同じ人間の行動でも、どのような社会制度に置かれるかによって大幅に変わってくる」という指摘は、けっこう含蓄するところが深いと思う。

 でも、評価や評判というのは、あればいいというものではない。「適切な評価がなされるためには、適切な評価をすることで、そうした評価をした人間の評価が上昇する必要がある」。そうなんだなー。学生による教員評価とか、部下による上司の評価システムを取り入れている経営者に、ぜひとも読ませたいところだ。また、「いくら評価者が適切な能力をもっていても、その評価が評判の利用者にとって適切な評判を作り出すとは限らない」。具体例をあげれば、ネットで格安ビジネスホテルを探すとき、「部屋が狭い」という理由で星の数が少なくても私はあまり気にならない、というようなことである。

 本書で最も面白いところ(私が本書を買って読もうと決意したところ)は、実は最終章である。「この社会のほとんどの人は信頼できる」と思うかどうかを訊ねた国際調査によると、日本人の信頼水準は、アジアで最低であり、紛争の絶えないアフリカや東欧の国々並みに低いのだそうだ。いやー笑った。そうなんだよな、日本って「信頼」社会でなくて、「安心」社会なんだよな。しかし、「安心社会では信頼が生まれにくい」(裏切られる心配がない→社会的知性が育たない)という著者の指摘は重要である。政府と諸官庁は「安心・安全」の回復を一生懸命めざしているようだが、本当に志すべきは、「信頼」社会なのではなかろうか。

 ちなみに上記の調査で、騙しと偽装が横行し、不信の国と見られている中国は、北欧諸国並みに一般的信頼が高いのだそうだ。著者たちは「この調査結果に大きな衝撃を受け、頭を抱え込んでしまった」って、正直すぎ(笑)。これも上記の裏返しと考えれば、よく分かる。中国社会は、日本に比べれば、ずっと個人主義的で、相互に「信頼」を示し合うことによって、はじめて人と人との「関係」が作られる傾向があるのだと思う。

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 会社関係の方からいただいたので読んでみた本です。 山岸俊男氏の著作は以前、「日本の「安心」はなぜ、消えたのか―社会心理学から見た現代日本の問題点」を読んでいます。そこでも論じられていたコンセプトが「
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