見もの・読みもの日記

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ここまで書いて大丈夫?/工学部ヒラノ教授の事件ファイル(今野浩)

2012-09-02 01:37:07 | 読んだもの(書籍)
○今野浩『工学部ヒラノ教授の事件ファイル』 新潮社 2012.6

 大学工学部の実態を赤裸々に描いた前作『工学部ヒラノ教授』は、実に「面白くてためになる」本だった。ずいぶん知人にも薦めてまわったが、しばらく忘れていた。それが、数ヵ月前から「今野浩」「ヒラノ教授」をキーワードにした訪問者が急に増えたので、何かあったのか?と思っていたら、本書発売の影響だったようだ。

 前著は、一般人から見れば謎につつまれた工学部エンジニアの正体が、基本的にはまともな”働き蜂”であることを示し「工学部平(ヒラ)教授ほど素敵な商売はなかった」で結ばれていた。さて、しかし、続編である本書は、2011年に中央大学を定年退職し、フリーの身となった著者が「現役時代には書けなかった(工学部教授の)裏側」を綴ったものだという。ちなみに「97%真実、3%脚色」というのが著者の弁。

 読んで見たが、す、すごい。全13章からなる内容は、後になるほど過激になっていく。冒頭は、アメリカ出張を目前に控えて足を負傷してしまった著者が、事務官から「1週間自宅に隠れていてください」と言い渡され、出張費の不正使用に加担した話。今、こんなことを言うと叱られるだろうが、海外出張の取り消し手続きは煩雑だし、単年度会計を厳しい原則とする国立大学では、使い切れると予定していたお金が年度末に戻ってくると、扱いに困るのだ。だから、その当時(1995年)こういう措置はあっただろうな~と思う。

 アメリカの大学に招聘される際、当初は「教授」待遇の予定だったものが「准教授」になってしまったのを、敢えて本務先に訂正せず、「経歴詐称」を決め込んだとか、オーストリアの研究所に滞在中、無届で近隣国に観光や用務(シンポジウム参加)に出かけたなどは、まだ笑い話。国家公務員は、大学教授たりとも、本務先に無届で他国に出入国してはいけないのである。業務でも私用でも。

 著者がアメリカで経験した、女子学生によるハニートラップ。これ、実話なのか…。日本では、涙を流して同情を買おうとする女子学生がせいぜいで、身体を投げ出してまで単位をもらおうとする人は見たことがない、と著者の分析は冷静である。それだけ、アメリカの競争が厳しく、大学の成績の意味が重いということになるのだろう。

 学生を卒業させるための単位操作、留学生にまつわる多額の奨学寄附金(こんな制度があるのかー)、本格的な不正経理、自殺者を出すに至る凄惨なアカハラ…と、ことは次第に深刻になっていく。登場人物は、いちおう匿名やイニシャル表記になっているが、大学事情に詳しい人なら、ああ、あの事件か、と分かってしまうだろう。大丈夫なのか、ここまで書いて。

 さらに筑波大学草創期の「計算機科学科」と「物理工学科」の闘争は、初めて聞く話だが、酷いと思った。ソフトウェア科学の世界的拠点構想をもとに創設された計算機科学科は、ハードウェア(ものづくり)重視の物理帝国のゴリ押しによって、あえなく領土(教官定員・カリキュラム)の一部を削り取られてしまう。派閥闘争は文系(経済学部や教育学部)の専売特許と思っていたが、理工系でもあるんだな。

 最終章は、福島第一原発事故を受けて、かつて原子力エンジニアと一緒に仕事をしたことのある著者からの提言。詳しくは読んでもらうことにして「新エネルギーに関する最も楽観的な見通しと、原発に関する最も悲観的見通しのもとに、即時原発廃止を叫ぶのは、バランスを欠いている」という見解に同感する。そして、前著に載せた「工学部の教え7ヶ条」を、

 第2条 一流の専門家になって、仲間たちの信頼を勝ち取るべく努力すること
 (追記:専門家以外の言葉にも耳を傾けること)
 第3条 専門外のことには、軽々に口出ししないこと
 (修正:専門以外のことにも目を向け、必要とあれば積極的に発言すること

( )のように改訂したいというのは、20世紀的エンジニアから、21世紀的エンジニアへの転換を示しているように思った。また、今回の原発事故が「たとえ一流のエンジニアであっても、競争のない閉じた世界で暮らすうちに、自らの専門に対して忠実な存在でなくなる」ことを示しているという指摘は、エンジニアに限らず、全ての専門職とよばれる人々が自戒とすべき厳粛な教訓であると思う。

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1 コメント

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私も読みました (本のソムリエ)
2013-04-01 06:30:07
確かに、ここまで出していいの?というくらい書かれていますね。

アメリカで女生徒から襲われたのには、うらやましく?、驚きました。

会社でもこうした裏事情がありますが、なかなか書けません。
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