見もの・読みもの日記

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ふつう、時々奇想/ふつうの系譜(府中市美術館)

2020-03-17 22:36:20 | 行ったもの(美術館・見仏)

府中市美術館 企画展・春の江戸絵画まつり『ふつうの系譜 「奇想」があるなら「ふつう」もあります-京の絵画と敦賀コレクション』(2020年3月14日~5月10日)

 新型コロナウイルス感染症の影響が続く毎日、フォローしていた府中市美術館のSNSアカウントから「予定どおり開催します」のお知らせが流れてきたときは嬉しかった。初日の土曜日は雨だったので、晴れた日曜日に出かけた。美術館から「マスクもしくは咳エチケット用のハンカチ等をご用意ください」というお知らせが公表されていたので、こういうときのために保管していた唯一の使い捨てマスクを着用して見に行った。

 いま「奇想」の日本絵画がブームを呼ぶ中で、あえて美術史のメインストリーム「ふつう」の魅力に着目する展覧会。中心となるのは、敦賀市立博物館の江戸絵画コレクションである。ここまでは予習の上で会場に入った。

 さあ「ふつう」って、何が来るかな?と思ったら、冒頭に見覚えのある作品。え?ええ?と思ったら、伝・岩佐又兵衛筆『妖怪退治図屏風』ではないか。昨年の東京都美術館『奇想の系譜展』の目玉のひとつだったもの。坂上田村麻呂の鬼神討伐を描いたという説明を興味深く読む。確かに源氏の白旗が舞っている。武士の軍団が弓を引いていないにもかかわらず、妖怪たちの上に矢が降り注いでいるのは、上空(画面の外)の観音菩薩が降らせているのだという。さらに蕭白が『山水図』『鍾馗図』『騎驢人物図』の3件。これらは全て個人蔵だった。

 そして「奇想」を眺めた上で「ふつう画」に向き合う。はじめにやまと絵の土佐派。愛らしく美しい貴族たちを描いた作品を、この展覧会では「まろ絵」と呼ぶ。なお、本展のメインビジュアルである土佐光起の『伊勢図』は後期展示。幕末の冷泉為恭も「まろ絵」の系譜なのだろうが、妙なリアリズムから生まれるおかしみが好き。『五位鷺図』とか。一方、中国絵画の魅力を再現しようとしたのが狩野派。探幽に始まる江戸狩野は、各地の大名の御用をつとめたり、町絵師にも広まり、江戸の「ふつう画」になっていく。

 18世紀に登場した円山応挙は、写生をもとに新しい「ふつう画」をつくり出すが、そのスタイルは、あっという間に弟子たちに広まり、応挙系の円山派と呉春系の四条派が成立する。応挙は「奇想」の対極にあるように言われるが、よく見ると変な作品が多いと思う。『紅葉白鹿図』も、なんだかぞわぞわする薄気味悪さがある。源琦、蘆雪、松村景文なども紹介。

 このあと、あまり意識したことのなかった原派(原在中、原在明)と岸派(岸駒、岸連山など)の作品が続く。全て敦賀市立博物館のコレクション。初めて見る作品が多くてとても面白かった。原在中は、京都のお寺などに行くとよく見る名前である。「パーフェクトな形」に特徴があるというが、きれいに整い過ぎて、時々「ふつう画」を踏み越えかけているように感じる。岸駒はさらに厄介で、『白蓮翡翠図』の、写実なのに物の怪のような蓮の葉は、どう見ても普通ではない。緑の描き分け(塗り分け)が異様。さらには「春の江戸絵画まつり」に何度か招かれている『寒山拾得図』のあやしさ(赤い靴と青い靴)。

 最後にもう一度「ふつう」に立ち返り、きれいな色ときれいな形を素直な心で楽しむ。と思ったら、墨画の楽しみ方の中に、橋本長兵衛(初代)の『仙人図』6幅の3幅が展示されており、その楽しさに頬がゆるんでしまった。特に琴高仙人、鯉に乗っているのだが、シン・ゴジラの蒲田くんに乗っているように見える。これは反則。中島来章の『三国志武将図屏風』にも驚いた。ギラギラした色彩で、とても円山派とは思えない。一見して「しつこい…」と思う作品、という、見る者の反応を見透かしたような解説には笑ってしまった。

 あらためて展示リストを見ると、106件のほとんど(90件以上)が敦賀市立博物館の所蔵品である。前後期でほぼ半分ずつ入れ替わるので、もちろん後期も見に来るつもり。図録をじっくり読んだ上で再訪したい。いつか敦賀も時間をとって観光してみたいな。

 お土産は「ふつう展」オリジナルの豆箱。「まめや金澤萬久」の商品である。中身は有機大豆の炒り豆(しおみつ、うめの2種類)。もう1種類、別の絵柄は後期展の楽しみにしているのだけど、残っているかしら。


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