見もの・読みもの日記

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写真による全著作解題/木下直之を全ぶ集めた(木下直之)

2019-05-23 23:20:26 | 読んだもの(書籍)
〇木下直之『木下直之を全ぶ集めた』 晶文社 2019.1

  今年2月、東陽町のギャラリーエークワッドで開催された展覧会『木下直之全集-近くても遠い場所へ-』を見に行った。会場には、木下先生の著作を年表ふうに並べたコーナーがあって、ふむふむ、これは読んだ、これも買った、とチェックしながら眺めていたら、最後の1冊だけ知らなかった。慌てて書店に走って購入したのが本書である(途中まで読んで、しばらく放っていた)。

 内容は、第1章から第11章ではなく「第1巻から第11巻」という表記になっており、各巻(各章)で著者がこれまでに刊行した書籍11点が紹介されている。ほぼ内容の要約になっているものもあれば、タイトルの由来や執筆の背景を語ったものもある。ポルノ写真の掲載をめぐる編集者との駆け引きと後日談も興味深い。もっとも、これらが書き下ろしの文章であるのか、旧著の要約なのかはよく分からない。

 各章は、4ページほどの文章のあとに写真を主としたページが続く。著者がそれぞれの著書に提供した写真であるようだ。近年の著書、たとえば『動物園巡礼』(東京大学出版会、2018)の写真はかなり見覚えがある。ギャラリーエークワッドの会場で目にした写真もあった。古いものだが『美術という見世物』(平凡社、1993)は、内容をほとんど忘れているのに、横浜のランドマークタワーに向かう井伊直弼の銅像の写真には強い印象があって、これは木下先生の本で見た、ということをはっきり覚えていた。

 『ハリボテの町』(朝日新聞社、1995)は読んだかどうか自信のない本だが、「駅前彫刻」と題した見覚えのある風景の写真が目に飛び込んできた。錦糸町駅前にある陰陽マークみたいな抽象彫刻。2年前、江東区民になって錦糸町に行くことが増えて、なじみになった。その隣りは著者の生家のあった浜松駅前。ただし比較的最近の写真である。私は、この数年、なぜか浜松に行く縁があって、この風景を覚えた。もし1995年の著者の本でこの写真に出会っていても、何の感慨も抱かなかっただろうと思うと不思議な感じがする。『写真画論』(岩波書店、1996)には、1995年の阪神淡路大震災の日、著者が撮影した写真が2点掲載されている。「瓦礫と化した多くの建物があっという間に片づけられてしまった」という証言には、なるほどなあと思う。

 『近くても遠い場所』(晶文社、2016)には東大の総合図書館前の広場の写真がある。かなり長い間、図書館の改修工事で一帯がフェンスに覆われていたから、本当に最近の写真だと思う。そして、気になる記述があったのでここに書き抜いておく。――広場の曼荼羅。東京大学本郷キャンパスの図書館前広場。1986年、広場の整備を手掛けた建築家大谷幸夫の構想。「曼荼羅」と名づけて、戦没学徒の慰霊の場にしようとした。実は、終戦まで図書館内には戦没者記念室が設けられていた。大学による慰霊の場は先代の図書館内にもあり、日露戦争の戦死者が祀られていた。戦後は、それらのすべてが大学から放り出された。そのひとり市川紀元二は銅像にまでなっていたが、構内に止まることを許されず、故郷の静岡県護国神社に引き取られて行った。東京大学が戦争の記憶に背を背けている。

 また別の箇所では「隣接する文学部三号館の壁に、彼ら(戦没学生)に捧げる言葉を刻む話もあったが実らなかった」ともいう。文学部三号館も建築家・大谷幸夫(おおたに さちお、1924-2013)の設計だそうだ。そして、ちょっと調べたら、このひとの建築作品、京都国際会館とか川崎の河原町団地とか、すごく私好みである。河原町団地は一度見に行ってみたい。いや、むしろ住んでみたい。

 本書の最終章(巻)「麦殿大明神ののんびりした一日」は、ギャラリーエークワッドに飾られていた麦殿大明神、すなわちポリバケツや湯タンポ、ジョウロ、ヤカン等々による「つくりもの」の誕生の一部始終。展覧会のウェブサイトに載っていた文章だが、ここに収録されて一安心。ちなみに、木下先生とギャラリースタッフが「部品」を買い集めに行った金沢文庫駅前の藤屋金物店は、私が金沢文庫(博物館)に行くときにいつも眺める風景の一部なのが嬉しい。

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