見もの・読みもの日記

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荒ぶる幽霊、可憐な幽霊/歌舞伎・東海道四谷怪談

2015-12-23 22:26:20 | 行ったもの2(講演・公演)
国立劇場 12月歌舞伎公演『通し狂言 東海道四谷怪談(とうかいどうよつやかいだん)』(2015年12月23日)

 今年は年末までキリキリと働かされていたのが、ようやく今週前半で一段落した。最後の山を乗り切るモチベーションを高めるために、自分への「ごほうび」として用意したのが今日のチケットだった。鶴屋南北の『東海道四谷怪談』が演劇史や文化史において重要な作品であることは、いろいろ読んできている。しかし、舞台は全くの初見である。参考までに、今日のプログラムを記録しておこう。

・発端 鎌倉足利館門前の場
・序幕 第一場:浅草観世音額堂の場/第二場:浅草田圃地蔵前の場/第三場:同裏田圃の場 
・二幕目 第一場:雑司ヶ谷四谷町民谷伊右衛門浪宅の場/第二場:同伊藤喜兵衛宅の場/第三場:元の伊右衛門浪宅の場
・大詰 第一場:本所砂村隠亡堀の場/第二場:深川寺町小汐田又之丞隠れ家の場/第三場:本所蛇山庵室の場/第四場:鎌倉高師直館夜討の場

 幕が上がる前に、花道に鶴屋南北(市川染五郎)が登場し、口上を述べる。『東海道四谷怪談』は『仮名手本忠臣蔵』の世界を背景に成り立っている。初演では両作品を少しずつ区切って交互に上演する方式を取った。今回、平成のお客様にもこの構造を理解していただくため、初めと終わりに原作にない場面を付け加えております、云々。そして「鎌倉足利館門前の場」では、今まさに館内で、塩治判官が高師直に斬りつけたことが語られる。

 序幕では、多数の主要登場人物が一気に登場し、その複雑な愛憎関係が明らかになる。民谷伊右衛門(松本幸四郎)は、舅の四谷左門に身重の妻・お岩(染五郎)を返してくれるよう懇願するが、伊右衛門の悪人の本性を見抜いてしまった左門は聞き入れない。腹を立てた伊右衛門は左門を殺害する。序幕の伊右衛門は身勝手ではあるけれど、まだお岩への愛情があるように感じられた。お岩は頬かむりして筵をもった体で登場し、妹のお袖に「まさか夜鷹を」を驚かれ「父を助けるため」とこぼす(お袖も「私も地獄に」と打ち明ける)。塩治家の断絶によって浪人・四谷左門は、娘たちが身売りするほど困窮していたのである。さらっと流していたけど壮絶な設定。

 二幕目。男子を出産したお岩は産後の肥立ちが悪く、伊右衛門はお岩を疎んじている。しかし、お岩の着物を取り上げて質屋に入れるくらい困窮しているわりには、按摩の宅悦とか下男の小仏小平とか、家内に人を置いているんだな。隣家の伊藤喜兵衛(高家の家老で羽振りがいい)から、お岩のために薬が届けられる。伊右衛門が伊藤家に挨拶に行くと、喜兵衛の孫娘のお梅が伊右衛門に恋慕している、どうか婿になってほしい、と懇願される。先刻の薬は、お岩の面体を醜くする毒薬であると打ち明けられ、驚愕する伊右衛門。ええ~『東海道四谷怪談』では、民谷伊右衛門こそ「悪」の権化と思っていたが、この伊藤喜兵衛こそ極悪非道じゃないか。それも孫娘の幸福を願うあまりの凶行というのが酷い。人間は怖い。いや、本当に怖いのは、何の手も汚さないお嬢様のお梅かもしれないと思って、さらに怖くなった。

 伊右衛門は請われるままにお梅との結婚を承諾。家に戻り、醜く変貌したお岩に愛想を尽かし、按摩の宅悦にお岩に言い寄るよう命ずる。お岩は宅悦と争ううちに自分の脇差で命を落とす。伊右衛門は下男の小平(染五郎)にお岩殺しの罪を着せて、小平も殺してしまう。お梅が嫁入りしてきたが、角隠しをあげるとお岩の顔。伊右衛門が斬りかかるとお梅の首が落ちた。続いて小平の亡霊と思って斬りかかると、喜兵衛の首が。ううむ、諸悪の根源というべき父娘なのに、殺されかたが簡単すぎて物足りないなあ。もっといじめてくれないとスッキリしない。

 大詰。「隠亡堀」の戸板返しとか「蛇山庵室」の提灯抜け、仏壇返しなど、知識としては知っていたので、舞台上に提灯や仏壇が見えただけで、くるぞくるぞとわくわくした。そして期待以上の演出だった! 提灯抜けから、まさかフライング(ワイヤーアクション)しようとは思ってなかった。伊右衛門の母のお熊もお岩に取り殺されるのだが、百万遍の念仏の輪の中にいるところを、上空から飛来したお岩に掴み上げられてしまう。このとき、お岩がくるりと逆立ち状態になるのは、おおお!「さかさまの幽霊」(by 服部幸雄)だ!と興奮した。お岩の幽霊は、ひたすら荒ぶり、恨みある者全てに復讐を果たす。その後、成仏したのかどうかは定かでない。

 一方、小仏小平の幽霊は、足を患っていた小汐田又之丞に民谷家伝来の妙薬をもたらす。薬のおかげで全快した又之丞は、義士の一人として討ち入りに参加する。恩ある人に尽くしたいという念を残す、可憐な幽霊もいるのだと思って、少しほっとする。「夜討の場」は白一色の舞台を背景に絵画的で、舞踊のようで、華やかだった。丸谷才一さんが『忠臣蔵とは何か』で、これは冬の王を殺して新たな春を迎える冬至の祭りだと(大意)書いていたことを思い出す。禍々しいものは全て去り、豊かで明るい新年がめぐってくるように感じた。年末に見るには、たいへんいい狂言だった。

 お岩の造形には、今年の夏に芸大美術館で見た『うらめしや~、冥途のみやげ展』を思い出すところも多かった。お岩の幽霊が、腰から下を赤く染めた衣で跋扈するのは、生んだばかりの赤子を(結果的に)死に至らしめた悔恨が、産女(うぶめ)の姿を取らせていたのではないかと思う。あの図録、もう一回眺めてみよう。

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