見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2019師走・大和三寺巡礼

2019-12-09 22:02:24 | 行ったもの(美術館・見仏)

 この夏、東京国立博物館に安倍文殊院、長谷寺、岡寺、室生寺ゆかりの仏像や寺宝が集合する『奈良大和四寺のみほとけ』展が開催され、私は友達から譲ってもらったチケットで、仏像大使のみうらじゅん・いとうせいこうのトークショーを聴きに行った。四寺のうち、安倍文殊院だけは行ったことがなかったので、「この秋、本気で参拝したい」と書いていたら、このブログを読んでいる友人からお誘いがあって、初冬の大和古寺巡礼が実現した。

 土曜の朝、桜井駅集合だったので、私は金曜の仕事を終えてから京都まで移動して1泊。東京在住の友人は朝イチの新幹線で出てきた。もうひとりの友人は大阪から。9:50のバスに乗り、10分ほどで聖林寺前に到着。右手のなだらかな坂の途中に、こじんまりした瓦屋根が見えている。

 安倍文殊院に行くのなら、ぜひここも!とリクエストしたのだ。霊園山(りょうおんざん)聖林寺(桜井市)の本尊は、大きな地蔵菩薩坐像(江戸時代、石造彩色像)だが、なんといっても国宝・十一面観音立像(天平時代)が有名だ。私が初めて十一面を拝したのは、40年もむかしの高校の修学旅行で、その後も1、2回訪れている。しかし、寺外の展覧会などでお会いした記憶はない。ないよね?ということを友人たちとも確認し合った。

 この像は、フェノロサや和辻哲郎に激賞された一方で、天平末期の形式化した作という評価もあるそうだ。そうかもしれない。全身くまなく名作ではなくて、妙にぶっきらぼうで棒立ちなところと、優美で柔らかな表現が共存しているのが、この像の魅力だと思う。収蔵庫は、人が中に入ったら、入り口の扉を閉める形式になっていて、暗闇の中でひたすら十一面と向き合っていられる。この日は他のお客がいなかったので、30分くらい三人で貸し切り状態だった。贅沢!

 お寺のホームページを拝見すると、収蔵庫の耐震改修も必要になっており、経営に苦労なさっているのではないかと思うが、ぜひこれからも変わらぬ佇まいであってほしい。

 聖林寺から安倍文殊院(桜井市)までは、のどかな田舎道を30分ほど歩く。製材工場や杉玉を吊るした酒造所、古い自販機などの風景を楽しみながら。安倍文殊院に程近い「御門神社」は安倍晴明を祀る。この一帯は安倍(阿部)氏の本貫の地で、遣唐使の安倍仲麻呂、陰陽師の安倍晴明もここで生まれたという説がある。御門神社の名前は土御門家に由来するとのこと。

 安倍文殊院は、山号も安倍山。安倍(阿部)倉橋麻呂が建てた安倍寺に由来するそうで、近くに「安倍史跡公園」もあった。合格祈願とぼけ封じの祈祷寺として、善男善女の信仰を集めており、なんというか客あしらいがうまい。

 拝観をお願いすると、次の解説まで時間があったので、まず客殿でお抹茶の接待を受ける。五芒星のお干菓子つき。

 本堂は、外観からはそんなに大きい建物とは思わなかったが、中に入ると、拝殿の奥に新しい収蔵庫がつながっていて、広くて天井も高い。そして巨大な木造騎獅文殊菩薩の姿は、あたかも手を伸ばせばすぐそこにいらっしゃるかのように見える。拝殿でお寺の説明を聞いたあと、収蔵庫の入り口まで歩を進めて、あらためて騎獅文殊菩薩と一群のみなさん(渡海文殊群像)を拝する。善財童子が愛らしい。優填王はガタイがよくて、かなりこわもて。巨大な獅子を平然と威圧する文殊菩薩。怪物のようにデカいのに破綻なく美しいものをつくれるのが、仏師・快慶の趣味と力量である。素晴らしい。

 本堂には、このほか多様な仏像が集められていた。境内の西古墳(奈良時代)を覗き、池の上の金閣浮御堂で「七まいり」をして寺宝を拝観する。金谷の石仏の拓本があったのが興味深かった。

 バスで桜井駅に戻り、近鉄で大和西大寺へ。再びバスに乗って、最後の訪問地・秋篠寺へ向かう。今回の三寺の中では、秋篠寺だけはこのブログを書き始めて以降(2010年11月)に拝観した記録があった。9年ぶりの訪問だが、あまり雰囲気が変わっていなくてよかった。拝観券売り場のお姉さんは何かの原稿に朱を入れていて、美大か史学科の院生さんだろうか?と噂し合った。

  境内の石碑や樹木の名前も興味深く、のんびり過ごした。そのあとは大阪に出て、近鉄・難波の駅ナカの立ち呑みで打ち上げ。楽しい見仏旅行でした。私は翌日も大阪で観光。


コメント   この記事についてブログを書く
« 根強い通俗道徳/生きづらい... | トップ | 太陽の塔・内部見学とEXPO’70... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

行ったもの(美術館・見仏)」カテゴリの最新記事