見もの・読みもの日記

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ヘイト本を考える/私は本屋が好きでした(永江朗)

2020-03-07 23:05:59 | 読んだもの(書籍)

〇永江朗『私は本屋が好きでした:あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』 太郎次郎社エディタス 2019.11

 永江さんの名前は『ときどき、京都人』や『65歳からの京都歩き』などの引っ越しエッセイで覚えたつもりだったが、検索したら、2014年に『「本が売れない」というけれど』を読んでいた。著者は、1980年代から、書店員、ライター、編集者として、本と書店にかかわってきた経歴を持つ。本屋の経営者やマネージャー、売り場担当者に取材した仕事も多い。けれども数年前から本屋をのぞくのが苦痛になってきたという。その原因はヘイト本である。

 そこで本書は「本屋にとってヘイト本とはなにか」を考える目的で書かれている。ヘイト本の制作、出版、流通、販売という各段階の関係者、すなわち(読者に近い方から)書店経営者、出版取次、出版社、編集者、ライターへのインタビューを紹介したあと、各段階の問題点を指摘し、著者なりの提言を行う。なお、注記によれば、収録された座談会やインタビューは、2015年から2016年にかけて行われたもので、やや情報は古い感じがした。

 著者は「ヘイト本」という曖昧な表現にも疑問を呈している。何かを批判し攻撃する本が全てダメなのではない。しかし「差別を助長し、少数者への攻撃を扇動する、憎悪に満ちた本」は必要なのか、無責任に本屋に並べていいのか、というのが著者の問題意識である。一方、お行儀のよい本を並べただけの本屋がつまらないことは著者もよく分かっている。だから著者の悩みは深いわけだが、本書に登場する書店や出版関係者はおおむねもっと醒めていて、著者の真剣さとのズレが、申し訳ないが面白かった。

 ライターの古谷経衡さんは、ヘイト本の読者はネット右翼ではないという。嫌韓反中本を買うのは七十代前後。ネット右翼は四十代で、彼らは動画に依拠している。しかしヘイト本のつくり手はそういう構造を知らないので四十代が買っていると思っている、と指摘する。これは書店経営者の証言、買い手は「圧倒的に中高年の男性が多い」「六十代、七十代の男性」と符合している。ある書店経営者による「おじいちゃんにとっては、ファンタジーみたいなものなんだと思う」「そう、癒し」という発言には苦笑してしまった。ビジネスマンが自己啓発本や財テク成功本を求め、女性が美容コスメ本を求めるようなものだろうか。

 ある取次関係者は「そもそも、ヘイト本のブームなんてありましたっけ?」と聞き返す。ヘイト本がブームというなら、片づけ本やダイエット本はその何十倍も売れているというのだ。また、嫌韓反中本を多く出している青林堂の元社員によれば、ヘイト本の初版は3000部から5000部だそうで、著者は「人文系の中堅出版社と同じくらいだろうか」と冷静に比較している。そんなわけで、確かにヘイト本の存在は悩ましいけれど、あまり過大評価する必要もないことが理解できた。

 むしろ日本の出版業界にとっての宿痾は、独特の流通システムだと思う。日本の出版業界には「仕入れて売る」という他の小売業では当たり前の概念が存在しない。配本を決めるのは取次である。取次は、出版社の発行部数に応じて仕入れ部数を決め、書店の販売実績に応じて配本する。このことは、いくつかのルポルタージュで読んで知っていたつもりだが、あらためて「そうだった」と思い当たった。

  しかし、POSデータに基づくランキングを過度に信用することは、さまざまな危険性を伴う。その関連で言及されている「本屋大賞」の問題点も興味深かった。「書店員は本のことをよく知っている」も「本屋大賞は全国の書店員が選んだ良書」というのも幻想に過ぎないのだ。

 本屋は見計らい配本を止め、本を選んで仕入れる/取次は仕入れに役立つ情報を本屋に提供する/出版社は、その本をつくった者の氏名を明らかにし、責任の所在を明らかにするという、著者の「ヘイト本対策」に異論はない。というか、これが実践されれば、ヘイト本うんぬんよりも、魅力的な本屋が街に増えることは確実だと思う。


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