見もの・読みもの日記

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肖像彫刻の名品も/相模川流域のみほとけ(神奈川歴博)

2020-10-28 22:57:09 | 行ったもの(美術館・見仏)

神奈川県立歴史博物館 特別展『相模川流域のみほとけ』(2020年10月10日~11月29日)

 今年は新型コロナの影響で仏像をメインとした大きな展覧会がいくつも中止・延期になってしまったので、とりあえず開催できてよかった。本展は、相模川流域の仏像が一堂に会するはじめての展覧会。神奈川県のほぼ中央を流れる相模川の流域には、奈良時代から仏教文化が栄え、相模国の国府、国分寺、国分尼寺も造営されており、今日までたくさんの仏像が伝えられているという。

 私はかつて2年間だけ神奈川県民だったことがあるのだが、海岸寄りに住んでいたいたので「相模川流域」と言われてもピンと来ない(相模国分寺と国分寺跡は一回だけ行った)。会場に飾られた地図を見ながら、そうか、相模川を遡ると相模湖を経て山梨県なんだーと地理を確認した。本展に出品している寺院の所在地は広く、海岸部では鎌倉の瑞泉寺や大船の常楽寺から小田原の蓮台寺、内陸は海老名や相模原、山梨県にも至る。

 本展のポスターにもなっている、海老名市・龍峰市の千手観音菩薩立像が冒頭に飾られていて、これがとにかく逸品。長くて細い二本の腕が頭上に小さな化仏をかかげる、清水式千手観音の形式である。重厚感のある体躯、威厳のある落ち着いた表情、くっきりした翻波式の衣文、両足の間の渦文など、平安時代かな?という印象を受けた。しかしよく見ると切れ長の細い目は玉眼が用いられている。では鎌倉時代?と思ってリストを見たら「奈良~鎌倉時代」とあった。学芸員の方もだいぶ困ったみたい。図録の解説には「鎌倉時代の擬古作と考えるよりも奈良時代後期から平安時代前期に造られたと考えた方が自然ではないだろうか」「本体の大部分に奈良時代の遺風を留めていると考えらないだろうか」などと考察されている。今回の公開をきっかけに、議論が深まると面白いと思う。

 ほかにも平安・鎌倉の古仏が多数出ていた。尊像の種類によらず、顔が小さくてスラリとした体形の仏像が多くて、東国の好みなのかなと思った。鎌倉以降は玉眼が標準装備のようだ。相模原市・井原寺の聖観音菩薩立像、相模原市・正覚寺の聖観音菩薩立像、藤沢市・慈眼寺の十一面観音菩薩立像、平塚市・宝積院薬師堂の薬師如来立像など、「秘仏本尊」の仏像が公開されているのは、もったいなくもありがたいことである。慈眼寺の十一面観音(鎌倉時代)は私の好み。

 「高僧たちの肖像」が特集されていたのも見応えがあった。鎌倉~南北朝の肖像彫刻の完成度には舌を巻く。小田原市・蓮台寺の他阿真教坐像(時宗二祖)は蓮のつぼみを前に突き出すようなポーズに見覚えがあった。京博の『国宝一遍聖絵と時宗の名宝』で見たのかしら。左右の目の大きさが極端に違い、下唇が斜めに歪んだような面貌にリアリティがある。

 常楽寺の小柄な蘭渓道隆坐像は思索的・内省的な風貌。夢窓疎石坐像は、瑞泉寺のものと山梨県・古長禅寺のものでは少し印象が異なる。後者のほうが老けてやつれた感じ。山梨県甲州市・栖雲寺の中峰明本坐像は好きだ。四角い頭部に四角いガタイ。はだけた襟の波打ち方がよい。神奈川歴博所蔵の『中峰明本像』(絵画)も並んでいて興味深かった。絵画の方がだいぶ若そう。画面に添えられた文字は中峰明本の自賛だと思う。

 このほか面白かったものとしては、愛川町・八菅神社の賓頭盧尊者坐像。素朴な造形で、名のある仏師の作とは思えないが、内部の墨書銘に足利尊氏、高師直の名前は見えるという(墨書銘の写真等はなし)。相模原市・安養寺の摩利支天騎猪像(室町時代)は異形すぎて笑った。イノシシがヒキガエルか何かに見える。

 最後に関連で、戦時中、鎌倉や横浜の文化財が、津久井郡(現・相模原市)の「個人宅の土蔵」に疎開していたことを示す文書資料が展示されていた。ただ、文化財の移動にかかわった文部省技官の藤原経世氏の名前はあったが、「個人宅」が誰の家だったのかは明確な記述がなく、気になった。


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