見もの・読みもの日記

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学習指導要領の虚妄/国語教育 混迷する改革(紅野謙介)

2020-03-16 23:25:27 | 読んだもの(書籍)

〇紅野謙介『国語教育 混迷する改革』(ちくま新書) 筑摩書房 2020.1

 近代日本文学の専門家である紅野謙介氏が、政府の国語教育改革に批判的な論陣を張っていることは承知していたが、最近読んだ石井洋二郎氏の『危機に立つ東大』で、記述式プレテストの精緻な分析を行っていることを知って読んでみたくなった。紅野氏には、すでに第1回プレテスト(2017年11月)を扱った『国語教育の危機』(2018)の著書があるが、本書は第2回プレテスト(2018年11月)の問題と、この間に改訂された「学習指導要領」の解説本を読み解いたものである。

 プレテストについては、まあこんなものか、という感想しか湧かなかった。問題文の選択は悪くなかったが、設問にいろいろ無駄な配慮が過ぎる。たとえば架空の人物「まことさん」が問題文から読み取った「考え」を120字以内でまとめさせる問題。出題者の「考え」を問うことによる異論や批判を避けたいのだろうが、無意味だと思う。また「第1文は~について、第2文は~について書け」「~という語句で書き始め、文末は~で結べ」などの煩瑣な条件付けは、記述式が得意でない生徒には助けになるのかもしれないが、回答を画一化させ、記述式のよさを殺している。

 より憂慮すべきは、名和小太郎氏の『著作権2.0』を題材とした2問目である。名和氏の文章が従来の著作権法の限界を指摘し、さまざまな思考実験によって、新たな著作権法を導き出そうとする試みであるにもかかわらず、設問は従来の著作権法の理解を問うにとどまっている。こういう「問題文は面白いのに的外れな記述式問題」は、世の中にけっこうあるものだが、褒められたものではない。

 後半は高校国語の『学習指導要領 解説』の解説本を読んでいく。最初に取り上げるのは、「要領」改訂作業の中心人物、文部科学省の大滝一登氏が書いた『高校国語 新学習指導要領を踏まえた授業づくり 理論編』である。ここでは文科省のお役人が、自分たちの主張に同意しない者を恫喝するときの「手口」が赤裸々に解き明かされていて面白かった。「ように感じる」「可能性が高い」程度の推測を前提に、突然強い口調で断定する論理の飛躍。仮想敵をつくるために積み上げられる妄想。「神の存在」や「大きな物語」の共有の時代は終わった、など、自説を装飾する大言壮語(これは笑った)。こういう文章を書いてはいけないという素晴らしい見本である。

 次に『高校国語 新学習指導要領を踏まえた授業づくり 実践編』(編著)に沿って、「現代の国語」「言語文化」「論理国語」「文学国語」「国語表現」「古典探究」の各科目が何を教えようとしているか、どんな授業計画を想定しているかを見ていく。いま高校国語はこんなことになっているのか…。確かに「話すこと」「聞くこと」の重視はいいだろう。しかし「話す」ことは、いじめや暴力を誘発しかねない。人は二次方程式では傷つかないし、英語の例文や文法でも傷つかないが、第一言語を扱う「国語」はもっと慎重であるべきだと著者はいう。

 それから「読むこと」に関して、「学習指導要領」や「大学共通テスト」が、複数の資料を読んで1つの回答を導くことに強く拘泥している姿勢は、私も不思議に思っていたが、著者の解説で腑に落ちた。情報化社会において、多様な意見、多様な資料から必要な情報を抜き出す力が必要なのはそのとおりである。しかし「要領」解説者や問題作成者の根本的な誤解は「ひとつの資料から導き出される情報はひとつ」と考えていることだ。複数の資料を統合的に読むのではなく、ひとつの資料の中にある複数の情報に目を向けることこそが、情報を読み解く力になる、という著者の提言に共感する。

 そして著者は、複数性の極致というべき言語教材が小説であると解き、「要領」の解説者たちは小説を芸術だと思い込んでいる点において間違っている、と述べる。この小気味よい断定、思わず著者のいう「芸術」とは何か、という記述式の設問をつくりたくなる箇所である。本文ではこのあとに「小説」と「物語」を対比した説明がある。世界を一定のストーリーのうちに捉え、目に見えるかたちにするのが「物語」であり、類型的・典型的で、先入観や差別とも親しい。これに対して「小説」は、物語に支えられながらもそれを逸脱し、多様で個性的な表現を切り拓いてきたものだと説明されている。だからこそ、国語の時間に教師の指導で、そして教室のみんなで、小説一編をじっくり読むことは、無数の資料を読むことにまさるのだ。

 もうひとつ言っておけば、「要領」解説者の大滝氏は古典の「訓詁注釈」が嫌いであるようだが、私は高校と大学できちんと「訓詁」の手法を習ったことに感謝している。古典に限らず、文章を正確に読むために必要なことを教わったと思っている。


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