見もの・読みもの日記

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王様と政治家/悪党たちの大英帝国(君塚直隆)

2020-12-01 22:48:32 | 読んだもの(書籍)

〇君塚直隆『悪党たちの大英帝国』(新潮選書) 新潮社 2020.8

 大英帝国を築いた「悪党」7人の生涯を紹介する。本書でいう「悪党」とは、日本中世史に登場する「悪党」のような(おお!)アウトサイダーを意味する。7人は、王様であったり首相であったり、普通に体制側に見えるが、実は何らかの意味でアウトサイダー(よそ者)だった。このことは本書を読み終えて初めて納得がいく。

 7人の面子は、ヘンリ八世、クロムウェル、ウィリアム三世、ジョージ3世、パーマストン子爵、ディヴィッド・ロイド・ジョージ、ウィンストン・チャーチル。ヘンリ八世は『王様でたどるイギリス史』でだいぶ見直したのだが、さらにイメージが好転した。六人の妻を持った好色漢だが、弱肉強食の乱世を乗り切るためにどうしても男子継承者が欲しかったと聞くと仕方ないなと思う。議会を重視し、重要な政策は必ず議会に相談して議会制定法のかたちで臣民に命じた。国をまとめるために議会を利用したとも言えるが、賢明な方法と言えるだろう。

 それに比べると「神の摂理」だけを信じたクロムウェルの強引さと残忍さよ。しかし著者は、クロムウェルには宗教的理念よりも「国益」を優先する現実感覚があるという。フランスの宰相リシュリューにも相通じる「国家理性」の考え方だという。それゆえ、彼こそが大英帝国発展の基礎を築いたとも言える。

 不人気をきわめるウィリアム三世、ジョージ三世の事蹟を再評価し、いよいよ議会政治が本格化する19世紀へ突入する。パーマストン子爵(1784-1865)は外務大臣・首相として、国内では新聞を通じて「世論」を支配し、外交では国益が損なわれることを許容しない強硬外交(砲艦外交)を行ったことで知られる。特にアジア・アフリカに対する帝国主義的拡張には容赦なく、アヘン戦争や薩英戦争、下関戦争にも関与している。一方で、ヨーロッパを幾度も全面戦争の危機から救ったこと、大西洋から奴隷貿易を一掃したことを著者は評価している。人物、特に政治リーダーの評価は簡単ではない。

 ロイド・ジョージ(1863-1945)は毀誉褒貶が激しくて、実におもしろかった。地主貴族階級を目の敵とし、弱い者のための福祉政策に取り組み、老齢年金や国民保険法を実現する。すごい!第一次世界大戦を総動員体制で乗り切り、兵役や勤労動員を担った男女に国政選挙権を付与した。けれども第一世界大戦後の「大衆民主政治」では労働党が支持を伸ばし、もはや彼は必要とされなくなる。最晩年のロイド・ジョージが、あれほど嫌った「貴族」に叙せられたというのは、なんというか英国的な皮肉が効きすぎていると思った。

 ウィンストン・チャーチル(1874-1965)は若い頃の無鉄砲ぶりがめちゃくちゃ気に入った。名門貴族のお坊っちゃまなのに、キューバ、インド、アフリカなど戦闘と冒険を求めて動き回る。海相・内相を歴任後にも(いい歳をして)第一次世界大戦の西部戦線に従軍している。戦後、チェンバレンの「宥和政策」全盛の中で、ヒトラーのナチス政権に警鐘を鳴らし続け「戦争屋」と陰口をたたかれた、というのを読むと、現代の国際政治を見る目を少し正さなければと思う。首相に就任したチャーチルは、勝利のため猛烈に行動する。アメリカからの支援をとりつけ、あれほど嫌っていたソ連にも近づく。フランクリン・ローズベルトと交わした往復書簡が1700通以上。クレムリン宮殿ではスターリンの7時間にわたる大宴会につきあったという。70歳を超えてこの行動力と体力、大悪党と呼んでいいだろう。

 最晩年、エリザベス二世はチャーチルを公爵に叙したいと申し出たが、彼は爵位を辞退した。庶民出身のロイド・ジョージは貴族として、貴族出身のチャーチルは庶民として人生を終えた。そして英国の国会議事堂の庶民院議事堂へ向かうアーチには、彼ら二人の銅像が立っているのだという。大悪党にして大宰相の先輩二人に見守られる議員たちがうらやましい。

 著者は「はじめに」と「おわりに」で、英国の『国民伝記辞典(DNB)』に触れ、イギリスの評伝文化に言及している。イギリスには、歴史を動かすのはあくまでも人間とその決断であるという史観が比較的強く残っているという。ちょっと中国の伝統的な歴史観を思い出させるもので、著者が、全く専門の違う岡本隆司氏に謝辞を表明しているのが腑に落ちる感じがした。


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