見もの・読みもの日記

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時空を超えて/江戸の天文学者、星空を翔ける(中村士)

2009-05-28 00:10:42 | 読んだもの(書籍)
○中村士『江戸の天文学者、星空を翔ける:幕府天文方、渋川春海から伊能忠敬まで』(知りたい!サイエンス) 技術評論社 2008.6

 江戸時代の天文学者や知識人たちは、限られた情報源をもとに、どのように西洋天文学を学び取っていったのか。それは苦難の連続であるけれど、知る喜びにあふれた、楽しい歴史でもある。

 本書の特色は、国立天文台で実際に観測や研究に従事した著者らしく、具体的な儀器(装置)に即した記述が豊富なことだろう。たとえば、「円弧上に精密な目盛を刻む」ことは、非常に高度なテクニックだった。ヨーロッパでは、1774年に目盛自動刻印機(!)が発明されて、天文測量装置の価格は大幅に下がったという。一方、伊能忠敬の内妻お栄は「象限儀の目盛などは見事に仕上げます」と伝えられている。これ、普通の人なら「漢文の素読を好み」「算術もできます」には注目しても、「目盛」云々の価値は分からないと思う。それから、オクタント(八分儀)やセキスタント(六分儀)の使用法で、いちばん難しかったのが、副尺(最小目盛以下の数値を読み取る仕掛け)の原理を理解することだったというのも。たかが目盛と侮れない。

 望遠鏡の製作には、レンズを滑らかな曲面に磨き上げる技術がなくてはならない。日本には、オランダ人とは別に、長崎に来航した中国人から、レンズ磨きの技術が伝わっていたのではないか、と著者は考える。なぜなら、京都の万福寺には、隠元とその弟子たちがもたらした水晶の丸い文鎮や印材が多数残されているが、これらの製造技術は「レンズ磨きの技術そのもの」なのだという。えー!考えてもみなかった。

 古い中国製の望遠鏡は、紙筒を糊で固めた「一閑張り」という技法で作られており、これは、その後、日本の望遠鏡の伝統的製法として定着する。飛来一閑(ひきいっかん、1624-1644)は浙江省杭州の出身。茶道にかかわる千家十職の一でもある。茶道具三昧で覚えた用語と、思わぬところで巡り会って、びっくりした。

 登場人物も多士済々。日本初の国産暦である貞享暦の作成者・渋川春海(1639-1715)や、反射望遠鏡を作った国友藤兵衛(一貫斎、1778-1840)が、その技術力だけでなく、愛される人柄や広い人脈によって、大きな事業を成したのに対して、孤高を好んで、地方に埋もれた技術もあったことは感慨深い。幕府の天文方が、組織全体を統括する「長」を置かない、合議制の組織であったというのも。8代将軍吉宗(1684-1751)の天文マニアぶりはよく知られているが、儒学者の佐藤一斎や松崎慊堂、紀行文で知られる橘南谿なども、天体観測を楽しんでいたことは初めて知った。

 「エピローグ」にいう、天文観測の楽しみは、精巧な大望遠鏡で観測することにあらずして、「皆でわいわい言いながら小望遠鏡で夜空を眺め、宇宙について語り合うに限る」という一文に共感する天文ファンであれば、江戸の天文学者たちは、今なお近しい仲間に感じられるはずである。

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