見もの・読みもの日記

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ポスターの時代、戦争の表象(東大情報学環シンポジウム)

2006-06-25 21:29:26 | 行ったもの2(講演・公演)
○東大情報学環シンポジウム『ポスターの時代、戦争の表象』

http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/gnrl_info/news/list06/08.html

 上記のリンク先では『第一次世界大戦期プロパガンダ・ポスターコレクション デジタル・アーカイブ公開記念シンポジウム』という長い名前になっているが、会場でもらったプログラムには『ポスターの時代、戦争の表象』というタイトルが付いていた。

 4月にも紹介したとおり、このポスターコレクションは、情報学環の前身である新聞研究所に伝えられてきたものだ。終戦直後、外務省情報部から譲り受けたものであることは、かなりはっきりしたらしい。1962年に東大の五月祭で展示されたことがある(初耳!)ほかは、長く研究所に眠っていた。

 このプロジェクトのリーダーである吉見俊哉氏によれば、2004年、社会情報研究所(新聞研究所の後身)が廃止され、情報学環と合併したことが、ポスターコレクションのデジタル・アーカイブ化を進める大きな要因になったという。情報学環は、理系の知と文系の知の融合を目指して設置された研究組織であるが、まさにその実践例になったといえる。

 同時に吉見氏が強調していたのは、「印刷をめぐる大先輩たち」の絶大な力である。具体的には、森啓さん(女子美術大学)の基調講演を聴こう。森さんは、デザイナーとして、グラフィック、編集、タイポグラフィなどを手がけ、現在は大学でグラフィックデザイン史、印刷技術史などを教えている。その森さんを、このプロジェクトに誘ったのは、柏木博さん(武蔵野美術大学、近代デザイン史)だという。

 森さんは、長い間、参加をためらっていた。ひとつは「いまさら戦争宣伝のポスター」という心情的なものだった。もうひとつは、ちょうどこの時期(19世紀末から20世紀初め)というのは「ビジュアルデザインの空白時代」と言われていて、デザインの面でも、印刷技術の面でも分からないことが多いのだという。それでも、たぶん石板印刷だろうと予想をつけて調べ始めたら、諸先輩から「20年遅い」と言われてしまった。気づいてみれば、1910年代の石板印刷を知っている技術者は、もうわずかしか存命していない。それでも、印刷博物館、印刷学会、凸版印刷などを通じて、現場の技術者から、貴重な助力を得ることができたという。

 とりわけ、司会の吉見氏も報告者たちも、感謝の言葉を惜しまなかったのは、印刷学会の山本隆太郎氏である。客席には、ステッキをついたまま、静かに話に聞き入る小柄な老人の姿があった。

 私はシンポジウムのプログラムを見たとき、まず第2部に惹かれた。ジェンダー研究の若桑みどりさん、メディア史の佐藤卓己さんなど、癖のある有名人揃いで、絶対に面白いに違いない、と思ったのだ。それに比べると、物理的媒体(紙)や印刷技術をテーマとする第1部には、あまり期待をしていなかった。

 ところが、この予想は大きく外れた。第1部の話は、圧倒的にものめずらしくて面白かった。そして、第1部の報告者が、私大の教員のほか、デザイナーや学芸員など、全て「東京大学(あるいは国立大学)」の外部から招かれた人々であることが感慨深かった。第1部では、質疑応答にも印象的な場面があった。客席で立ち上がった老人が「先生たちは、石板の現物を見たことがあるのか」と、やや興奮気味に問いかけたのだ。かつて石板印刷に携わった経験のある技術者らしかった。「うちにも博物館や印刷会社の人が話を聞きにくるが、現場の人間を連れてこないから、話が通じやしない」と老人は怒りを露わにし、一瞬、会場の空気も緊張したかに感じた。

 彼の怒りは正しい。私はそう思った。「現場」にしか伝わらない技術や思想はたくさんある。大学に認められた「知」は、人間の営為のごく一部でしかない。

 かつては周縁テーマであった「ジェンダー」も「メディア」も、近年は、どうやらアカデミズムの中に位置を得ている。だが、「グラフィック・デザイン(ファイン・アート=美術=でないもの)」「広告/プロパガンダ」「印刷技術」などは、相変わらず、大学アカデミズムが研究対象とし、守り伝えていくものとは考えられていないのが現状である。

 このポスターコレクションには、植民地向けに製作されたため、非常に珍しい言語で書かれた作品を含む。しかし、そこは東京大学の底力で、「どんな少数言語でも、探していくと、解読できる研究者が見つかるのです」と吉見氏は述べていた。それはその通りであろう。また、理系と文系の融合が、実践レベルで進むのもいいことだと思う。しかし、それでもなお、今日の大学は大学だけではやっていけないのだと思う。伝統的なアカデミズムの境界を乗り越え、外部の「知」と出会うことの意義を深く感じたシンポジウムだった。

 ちなみに前出の山本隆太郎氏は、ちょっと調べてみたら1924年生まれ(82歳)、森啓さんと若桑みどりさんは1935年生まれである。一方には、若い学部生や院生も参加しており、拙いながら、自分の言葉で質疑に加わろうとしていた。世代差を越えた「知」の交流を感じることもできて、楽しかった。

 付記しておけば、こうした戦時プロパガンダポスターが新聞研究所に伝わった背景には、東京大学が日本の政治中枢に根深く食い入ってきた事実がある。そのことの意味と責任を問い直すとともに、今日、このアーカイブ公開にあたっての、アメリカが主導する暴力主義、日本の政治状況に対する「クリティカルな視点」を、司会の吉見俊哉氏が、最後まで確認していたことが印象的だった。
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