自由自律(日本国&仙台&東京)・千葉 潤(無所属、jchiba)のきょうのひとこと

「他人事」のようにコメントしていた元総理大臣やマスコミとは別の視点で政治関連の動きをコメント。

「地震と津波」(2010/2/28)

2010-02-28 07:10:50 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/28()です。

「地震と津波」(2010/2/28)

 きのう南米チリで強い地震が発生しました(→2/27午後(PM3:30,現地時間2/27AM3:00)。マグニチュード(M)8.8)。きょうの午後以降に日本にも津波が到達する可能性があるということです。

 今回の地震発生のニュースを知ったときに、私はすぐに50年前のチリ地震津波のことを思い出しました。もっとも私がまだ生まれる前の出来事でしたが、太平洋を越えてやってきた津波があったということは、子どもの頃にあちこちで何度も聞かされたものです。

 地震と津波の脅威は世界共通です。しかも自然災害の脅威は大昔から続いています。日本としてもできるだけのことはしたいものです。今回、鳩山由紀夫首相が迅速に支援の準備を指示するなどしたことは評価できます。

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「続・結果と中身」(2010/2/27)

2010-02-27 08:21:33 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/27(土)です。

「続・結果と中身」(2010/2/27)

 きのう2/26に行われたバンクーバー冬季五輪のフィギュアスケート女子は、韓国のキム・ヨナ選手が世界歴代最高得点で金メダル、浅田真央選手が自己最高得点で銀メダルという結果になりました。きのうからきょうにかけて何度も何度もこのニュースが伝えられています。

 以前にも書きましたが、確かにメダルを獲得した選手たちは素晴らしいと私も思っています。でも、メダルという「結果」がなかったら素晴らしくないのでしょうか? メダルを獲得できなかった選手たちは本当に素晴らしくないのでしょうか? 私は、成功と失敗の違いは「結果」の違いでしかなく、「中身」や「過程」に注目するとその違いは分かりにくくなると考えています。読者の皆さんはいったいどのように考えるのでしょうか? (参考:http://www.jchiba.net/politics/basic100214.htm)

 さて、きのう与党・民主党と野党・自民党、公明党が、2010年度予算案の3/2の衆院通過で合意したそうです。確かに国会の中ではほとんどの物事は多数決で決められます。ですから、巨大与党の前では野党は全く無力な存在です。でも、「与党」だということはそんなにすごいことなのでしょうか? 「野党」だということはそんなにダメなことなのでしょうか? 私は、「与党」と「野党」の違いも、「結果」の違いにすぎないと考えています。野党にいても大きな存在感を示している政治家たちはたくさんいますし、与党にいてもほとんど存在感がない人間たちもいるはずです。ですから、政治でも、「与党」「野党」という「結果」だけではなく、「中身」や「過程」に注目する必要があると私は考えています。

 どうやら少なくとも現時点ではまだ鳩山由紀夫首相の発言がブレたり「迷走」したりはしていないようです。でも、やはり高校の実質無償化の対象から朝鮮学校を除外するかどうかの問題では政府・与党内の意見はバラバラです。この問題については今はあえてコメントしません。

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「注目」(2010/2/26)

2010-02-26 07:33:36 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/26(金)です。

「注目」(2010/2/26)

 きのうからきょうにかけてテレビなどはバンクーバー冬季五輪のフィギュアスケート女子の話題であふれています。フィギュアスケートは本当に多くの人たちが注目しているのだろうと私は思っています。

 そしてトヨタ自動車の豊田章男社長はとりあえずきのうの米下院公聴会は無難に乗り越えたのかもしれません。一連のトヨタのリコール問題は、日本や米国だけではなく、世界中から注目されているのだろうと私は思っています。

 さて、きのう審議拒否を続けていた自民党が衆議院議長の不信任決議案などの採決をきっかけに審議に復帰しました。野党・自民党の「迷走」は続いています。言うまでもなく「審議拒否」などは「野党共闘」とセットでなければほとんど注目されることはありません。もっとも「野党共闘」とセットであったとしても、見るべき成果はほとんど得られないわけですが…。くどいようですが、審議拒否や物理的抵抗からは何も生まれないと私は思っています。

 ちなみにあまり注目されませんでしたが、どこかの国の内閣総理大臣は記名投票後になぜか本会議場内を少し「迷走」しながら議席に戻っていました。指導内容などが必ずしも見えないから高校無償化の対象外の方向性だと聞いている? また発言がブレたり「迷走」したりしないといいのですが…。

 くどいようですが、私は、今の民主党を中心とする政治勢力が「総裁」や「内閣総理大臣」を次々と交代させた少し前の与党・自民党と同じ道を歩み始めなければいいと心から思っています。今の野党・自民党は少し前のダメな野党・民主党とそっくりになり、今の与党・民主党は数の力で強引に物事を進めていた少し前の巨大与党・自民党とそっくりになる…。多くの人たちが期待した「政権交代」というのは本当にこういうことで良かったのでしょうか? 私は、国民の間に無力感が漂い始めると様々な怪しげな動きも出てくるので警戒が必要だと考えています。

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「迷路」(2010/2/25)

2010-02-25 08:01:38 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/25(木)です。

「迷路」(2010/2/25)

 相変わらず日本の政治は「迷路」に入り込んだような状態になっています。

 私は、今の民主党を中心とする政治勢力が「総裁」や「内閣総理大臣」を次々と交代させた少し前の与党・自民党と同じ道を歩み始めなければいいと心から思っています。今の野党・自民党は少し前のダメな野党・民主党とそっくりになり、今の与党・民主党は数の力で強引に物事を進めていた少し前の巨大与党・自民党とそっくりになる…。多くの人たちが期待した「政権交代」というのは本当にこういうことで良かったのでしょうか? 私は、国民の間に無力感が漂い始めると様々な怪しげな動きも出てくるので警戒が必要だと考えています。

 きのう衆院予算委では自民党が欠席する中で中央公聴会が行われたそうです。同じ「公聴会」でも、米議会のトヨタのリコール問題での公聴会とはずいぶんと注目度が違うものです。どうやら審議を「強行」する与党側も、欠席する野党・自民党も、新しい「迷路」に入り込んでしまったようです。野党・自民党はそろそろ審議拒否の効果に気づき始めてきたようですが、やはり審議拒否や物理的抵抗からは何も生まれないと私は思っています。

 一発大逆転を狙って「風」に期待したり、勘違いした無意味なパフォーマンスをテレビカメラの前などで繰り返するようなことをすれば、日本の政治は「迷路」から抜け出せなくなる危険性が高くなってしまうと私は考えています。日本の政治が「迷路」から抜け出すためには、たとえ世の中からほとんど注目されなかったとしても、たとえ様々な思い込みや偏見を持っている人たちからまともに話を聞いてもらえなかったとしても、結局は自らの主張を地道に訴えていくという正攻法が最も確実な方法であるということに気づくべきだと私は考えています。

 ちなみにきのう2/24には2009年総選挙での「一票の格差」を「違憲」とする3つ目の判決が東京高裁でも言い渡されました。「一票の格差」でも「迷路」から抜け出したいものです。

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「無力感」(2010/2/24)

2010-02-24 07:54:09 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/24(水)です。

「無力感」(2010/2/24)

 きのうも自民党の審議拒否は続いています。そして衆院本会議では、与党と自民党以外の野党が参加して、鳩山由紀夫内閣と民主党を中心とする政治勢力の目玉政策である「子ども手当」を支給するための法案の趣旨説明と質疑が行われました。少なくとも現時点では、恒久的な財源の裏付けがないなどという「子ども手当」の問題点よりも、審議拒否の方がずっと注目を集めています。

 それにしても今の野党・自民党は少し前のダメな野党・民主党にますますそっくりになってきました。「プラカード」というか、主張を書いた「紙」を掲げながら審議拒否をするなどというところはもうそっくり…。そのうち野党・自民党も「○○隊」などというノボリを掲げて騒ぎ出すようになるのではないかと心配になってしまいます。でも、やはり野党は野党です。いくら審議拒否や物理的抵抗を示しても、巨大与党の数の力の前では全くなす術がありません。永田町周辺では無力感が漂い始めています。

 確かに「政治とカネ」の問題はまだ十分に説明が尽くされていないと私も思います。でも、やはり審議拒否や物理的抵抗からは何も生まれないと私は思います。そのことは当時の与党・自民党が当時の野党・民主党に嫌というほど分からせたことではなかったのでしょうか? 野党になると与党だった時代のことはすっかり忘れてしまうということでもないのでしょう。野党・自民党にはアピールする方法が他にはあまりないということなのかもしれません。もちろん参院で与党が過半数割れしている「ねじれ国会」にでもなれば話は違ってきます。でも、「ねじれ国会」は少なくとも国民にとってはあまり良いものではなかったはずです。くどいようですが、永田町周辺では無力感が漂い始めています。

 そして「政治とカネ」の問題でも無力感が漂い始めています。いくら記者会見やテレビカメラの前などで叫んでみても、少なくとも現時点では「NO1」や「NO2」や「力のある政治家」を辞めさせることができるというわけではありません。また仮に辞めさせることができたとしても、一度失われた国民の期待感や信頼はそれだけで回復するというわけでもないはずです。いくら約1年前に代表を辞めさせて支持率が回復したからといっても、今度も辞めればそれだけで支持率が回復するとは限らないはずです。

 私は、失われた国民の期待感や信頼は、辞めさせたり交代させれば回復するなどという段階ではなくなってきているのではないかと思っています。もしかすると今の与党・民主党もかつての与党・自民党にそっくりになってきたのかもしれません。私は、多くの普通の国民のことを考えれば考えるほど、今の民主党を中心とする政治勢力が「総裁」や「内閣総理大臣」を次々と交代させた少し前の与党・自民党と同じ道を歩み始めなければいいと心から思っています。国民の間に無力感が漂い始めると様々な怪しげな動きも出てくるので警戒が必要だと私は考えています。

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「『非ブタ』から『非・非ブタ』へ」(2010/2/23)

2010-02-23 08:57:53 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/23(火)です。

「『非ブタ』から『非・非ブタ』へ」(2010/2/23)

 きのうから野党・自民党は「政治とカネ」の問題を理由に衆院予算委で審議拒否をしています。そして一方の与党・民主党は審議を「強行」しました。やはり既成の政党は、野党になれば「紋切り型の野党役」を、与党になれば「紋切り型の与党役」を演じることしかできないのかもしれません。しかし、だからと言って「民主党ではなく、自民党でもない、『第三極』が必要」ということにはならないと私は考えています。

 私は、あえて今、昨年2009年の出来事を思い出してみる必要があると考えています。確かに政権交代直前の自民党はダメだったと私も思っています。私は「政権交代」自体が間違いだったとは考えていませんし、「政権交代」はある意味で必然だったのかもしれないと思っています。でも、いくら自民党がダメだったとしても、だからと言って「非自民」の「野党共闘」が良いということにはならなかったはずです。

 いくら「自民党がダメ」だったとしても「自民党でなければ良い」などということにはならないということは、少し冷静になって一歩踏み込んで考えてみれば、すぐに気づくことができたのではないかと私は考えています。それにもかかわらず、結果的に多くの人たちは、あえて一歩踏み込んで考えてみることもなく、民主党を中心とする「非自民」の政治勢力への「政権交代」を望んだということになるのではないかと私は思っています。

 あえて少し前の野党党首のような言葉を使えば、「ブタ」がダメだと本当に「非ブタ」が良くなるのでしょうか? 最近では「『非ブタ』から『非・非ブタ』へ」という流れも強まってきているようです。しかし、いくら「民主党を中心とする政治勢力がダメ」だったとしても、「民主党を中心とする政治勢力でなければ良い」ということにはならないはずです。そして今はまだ自民党がダメだった記憶が鮮明に残っているから、じゃあ、「第三極」ということで本当に良いのでしょうか? このままでは似たようなことの繰り返しになってしまいます。

 私は、そんな「非ブタ」の論理からの脱却が必要だと考え続けています(→参考:http://www.jchiba.net/message/090618-1.htm)。鳩山由紀夫内閣や民主党への期待感がしぼんでいる今だからこそ、あえて「政権交代」直前の状況を思い出してみる必要があると私は考えています。繰り返しますが、私は「政権交代」自体が間違いだったとは考えていません。しかし、それでもやはり、もしも「ブタ」が本当に嫌だというのならば、まずは「イヌ」でも「ネコ」でも「ハト」でも、あるいは、その他の何かでも、とにかく自分が本当に好きなものを選び出すという当たり前すぎるくらい当たり前のことから始めなければならないと私は考えています。このまま「『非ブタ』から『非・非ブタ』へ」という流れが止められなくなってしまえば、また同じ失敗を繰り返すことになってしまうと私は考えています。

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「住民投票?」(2010/2/22)

2010-02-22 07:43:02 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/22(月)です。

「住民投票?」(2010/2/22)

 きのう投・開票が行われた長崎県知事選で自民、公明両党の支援を受けた無所属で新人の中村法道氏が民主党などの推薦を受けた候補らを破って当選しました。確かに政府・民主党にとっては大きな打撃です。しかし、いくら民主党などが野党時代に地方選挙と国政を強引に結び付けて自分勝手な主張を繰り返してきたとしても、それでもやはり、基本的には地方選挙は国政とは無関係のはずです。地方選挙は「住民投票」ではないはずです。コメントは以上です。

 自民党がまた審議拒否? コメントすることはありません。

 ちなみにきのうどこかの国の内閣総理大臣は「引退後に農業をやりたい」などと言ったらしいです。いったいどこで何を耕すつもりなのかはよく分かりません。でも、どうやらすぐにこの世界から足を洗って引退するというわけではないようです。何にしてもどこかの国の内閣総理大臣の「弟」にまた何か「証言」をされてしまいそうです。コメントは以上です。

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「続・暮らしの経済学」(2010/2/21)

2010-02-21 09:40:30 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/21()です。

「続・暮らしの経済学」(2010/2/21)

 きょうは久しぶりに「暮らしの経済学」の話です。

 「ある家庭」ではどうやら毎年の支出の約10%が無駄遣いだと言われているそうです。そして今年は「去年の支出」を徹底的に見直して新たな財源を捻出するという「約束」になっていました。「ある家庭」の毎年の総支出を仮に500万円とすれば、無駄の削減でざっと50万円の新たな財源(?)が生まれる計算になっていました。

 ところが、いくらテレビカメラの前で「事業仕分け」騒動などを引き起こしてみても、実際には無駄の削減はわずか数万円程度だったのです。しかも新たな財源には全くならなかったのです。ですから、「話が全然違うじゃないか」「ウソをついたのか」などと追及されることになったわけです。

 すると、「いやいや、今年は時間が十分にはなかった。それに未曾有の経済危機があったから、残業もボーナスもなくなって年収が350万円に減ってしまった。だからダメだった。これから4年間で無駄の削減を進めて約束したことはすべて実現する」などと苦しい言い訳を始めたようです。

 しかし、これは明らかなごまかしです。言うまでもなく、「支出」の中から無駄遣いを探し出すことは、「収入」の減少とは全く無関係にできるはずです。ですから、今年も無駄遣いがあることを分かっていながら、そのまま無駄遣いを続けることになるわけです。

 さらに、年収が激減したから、新たに200万円の借金をして家計を支えるといいます。そういうことになると、去年よりも50万円も支出が増えることになるわけです。部分的に約束を守るために新たに支出が50万円増えるわけです。一方の無駄の削減はわずか数万円程度でしたから、計算上は今年も40万円以上の無駄遣いを続けることになります。つまり、新たに借金を増やして無駄遣いも続けるということだけは間違いのない事実になるわけです。

 民主党を中心とする政治勢力のごまかしや開き直りには呆れるばかりです。まずはしっかりと現実を直視する必要があるはずです。

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「結果と中身」(2010/2/20)

2010-02-20 08:55:29 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/20(土)です。

「結果と中身」(2010/2/20)

 鳩山由紀夫内閣の支持率や民主党を中心とする政治勢力への期待感が低下しています。「まだ政権交代したばかり」とか「まだハネムーン期間中」などと言いながら「結論」を次々と先送りしている間に、あれだけ高かった支持率も期待感もすっかり低下してしまいました。

 相変わらずの政治とカネの問題、根拠のない強い思い込みに基づいた異常なまでの検察批判、そして「事業仕分け」騒動などのように、テレビカメラの前で議員バッチを付けただけの能力のない人間たちが繰り広げていた様々な勘違いしたパフォーマンス…。また予算案では、暫定税率維持をはじめとする数々の「マニフェスト違反」が明らかになり、さらには「個所付け」漏洩などをはじめとする数々の公私混同が疑われる事例も指摘されるようになってきています。最近の民主党を中心とする政治勢力には「驕り」が出ているのではないかと私は思っています。

 民主党を中心とする政治勢力は、政権交代実現後のこの約5カ月間にいったい何をやってきたのでしょうか? 少なくともこの約5カ月の間に多くの国民が十分に満足できるような「結果」を残すことができなかったことだけは事実です。何度も結論の先送りを繰り返していても、十分な「中身」のある約5カ月間だったのでしょうか? いくらなんでももう政権交代の「中身」が問われなければならない時期になっているはずです。

 さて、私は、政治家らによる様々な不適切な政治的活動を排除するためには、できるだけ多くの人たちが政治を自分自身の問題として考え続けることが必要だと考えています。そして読者の皆さんに「政治を自分自身の問題として考え続けるための問い」を提案しています。その中に「(4) 成功と失敗の違いは何か。なぜ努力は無駄にならないのか」というものがあります。

 私は、成功と失敗の違いは「結果」の違いだと考えています。そして努力というものは、それなりに体系的に積み重ねていけば、少なくとも「中身」や「過程」には確実に反映されると考えています。

 今はバンクーバー五輪の真っ最中です。メダルを獲得した選手たちは確かに素晴らしいと私も思っています。でも、もしもメダルという「結果」が残せなかったとしたらいったいどうだったのでしょうか? メダルを獲得できなかった選手たちは本当に素晴らしくないのでしょうか? そんなことを少し考えながら、今の日本の政治を見てみると、「政権交代」というものの本質が分かりやすくなるかもしれないと私は思っています。読者の皆さんは民主党を中心とする政治勢力による「政権交代」をいったいどのように考えているのでしょうか? 「政権交代」からもう5カ月が経過しています。

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「蚊帳の外」(2010/2/19)

2010-02-19 07:42:40 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/19(金)です。

「蚊帳の外」(2010/2/19)

 相変わらず政府・与党内では米軍普天間基地の移設問題で迷走劇が続いているようです。いちいちコメントするのもどうかという気分になってきました。「私案」とか調整の途中経過などを逐一「情報公開」するのは基本的には結構なことだと私は思っています。でも、不確かな情報に何度も振り回されることになる人たちはたまったものではありません。そして幸か不幸か、そうした情報に触れるためにあまり多くの時間を費やすことができない大多数の普通の人たちは、結果的に「迷走劇」の蚊帳の外に置かれています。

 どんなに価値のある情報であったとしても、あるいは、どんなに有害な情報であったとしても、もしも時間を費やすことができるごく一部の人たちしかそうした情報を事実上入手することができないのならば、本当の意味で「情報公開」されたことにはなっていないわけです。たとえどれだけ幅広く情報を「公開」していたとしても、情報を入手したり、入手した情報を活用するためにはそれなりの時間が必要になります。いくらインターネットなどを最大限に活用したとしても、例えばツイッターなどのように、内容を頻繁にチェックしなければすぐに流れについていけなくなるような場合には、事実上、多くの時間を費やすことができる人たちだけが情報を入手することができたり参加することができたりする状態になってしまうということにも注意が必要です。さて、普天間移設問題で「迷走劇」の蚊帳の外に置かれている大多数の普通の人たちは幸福なのか、それとも不幸なのか…。

 繰り返しになりますが、私は、政治にカネだけではなく、多くの時間を費やすことができない大多数の普通の人たちが、いつでも、どこでも、どの程度でも、自由に参加することができる形で政治活動を展開し、「政治というものは政治家が行うものであり、国民や有権者は何かをやってもらう側」などと思い込む「お任せ民主主義」からの脱却を目指していきたいと考えています。

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「進言」(2010/2/18)

2010-02-18 07:37:50 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/18(木)です。

「進言」(2010/2/18)

 きのうは鳩山由紀夫内閣が発足してから初めてとなる党首討論が開かれました。「政治とカネ」がほとんどだったと言うべきなのか…。それともほとんど同じ答弁ばかりを繰り返していたというべきなのか…。そしてやはりテレビ的な面白さはほとんどありませんでした。

 ちなみにどこかの国の内閣総理大臣には、独り歩きした「証言」の釈明のために記者会見を開かないように「弟」にも「進言」してもらいたいなどと思っている人たちも少なくはないのかもしれません。「一国民」としては、幹事長に「進言」すると言っていた内閣総理大臣の日本語の乱れが最も気になりました。コメントは以上です。

 繰り返しになりますが、私は、政治にカネだけではなく、多くの時間を費やすことができない大多数の普通の人たちが、いつでも、どこでも、どの程度でも、自由に参加することができる形で政治活動を展開し、「政治というものは政治家が行うものであり、国民や有権者は何かをやってもらう側」などと思い込む「お任せ民主主義」からの脱却を目指していきたいと考えています。

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「ポスト○○」(2010/2/17)

2010-02-17 07:42:10 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/17(水)です。

「ポスト○○」(2010/2/17)

 きょうは久しぶりに「党首討論」が行われます。私としては、「テレビ的な面白さ」などは全く期待せず、日本国の内閣総理大臣にふさわしい政治指導者がいるかどうかだけをじっくりと判断することにしようと思っています。

 どうやら久しぶりに「ポスト○○」などという言葉が流行の兆しを見せているようです。最近の永田町周辺では、与野党の党首の評判がそれほど良くないと分かると、すぐに「このままでは選挙を戦えない」などという声が強まったり、「ポスト○○」などという言葉が踊り始めたりするようです。私としては、かつて「ポスト○○」などと呼ばれた人たちが実際にはどうだったのかということを少し思い出してみた方がいいとだけコメントしておくことにします。

 もしかすると世の中の多くの人たちが「今の閉塞感を打破してくれる何か」や「強力なリーダー」の出現などを期待しているのかもしれません。もちろん多くの人たちのそういう気持ちが全く分からないというわけではありません。しかし、そういう類の安易な期待感だけでは、結局のところは「政権交代」騒動や「郵政民営化」騒動のような騒動を何度も繰り返していくだけの結果に終わってしまうのではないかと私は考えています。確かに「政権交代」によって一時的には閉塞感が打破されたのかもしれません。しかし、「政権交代」騒動が収まった今になってみると、多くの人たちも「政権交代」という言葉だけでは肝心の部分にはほとんど何も変化が見られなかったということに気づき始めているのではないかと私は思います。

 繰り返しになりますが、私は、政治にカネだけではなく、多くの時間を費やすことができない大多数の普通の人たちが、いつでも、どこでも、どの程度でも、自由に参加することができる形で政治活動を展開し、「政治というものは政治家が行うものであり、国民や有権者は何かをやってもらう側」などと思い込む「お任せ民主主義」からの脱却を目指していきたいと考えています。

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「思いつき政治」(2010/2/16)

2010-02-16 08:05:14 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/16(火)です。

「思いつき政治」(2010/2/16)

 2009年10-12月期の国内総生産(GDP)の成長率が実質で4.6%(年率換算、名目は0.9%(年率換算))となって3四半期連続で増加しました。この結果、2009年の日本のGDPはなんとか中国を上回って世界2位を維持しました。輸出、そしてエコポイントやエコカー減税などの「前政権」の経済対策に支えられたプラス成長だということには注意が必要です。言うまでもなく「新政権」の経済運営の「成果」はこれから出てくることになります。コメントは以上です。

 それにしても最近の政府・与党による低レベルの「思いつき政治」にはうんざりさせられます。

 昨年はどういうわけかとりあえず「デフレ宣言」だけをしてみて、予算案編成後に「泥縄式」によく分からない「成長戦略」だか何だかをポンと出してみたりしました。そして今年になると、「どれだけ税率を上げるのか」や「いつ実施するのか」もサッパリ分からない状態で消費税の議論だけを始めると唐突に騒ぎ出しています。さらに米軍普天間飛行場の移設問題でも「移転先の思いつき」は止まらないようです。

 将来不安を撒き散らすだけの「思いつき政治」にはもううんざりだという人たちも少なくないのではないかと私は思っています。もちろん「思いつき」で政治をやるいいかげんさにも許しがたいものがあります。しかし、いくら真剣に考えても「思いつきレベルのもの」しか出てこないということになるのならば事態はさらに深刻になってしまいます。

 繰り返しになりますが、私は、政治にカネだけではなく、多くの時間を費やすことができない大多数の普通の人たちが、いつでも、どこでも、どの程度でも、自由に参加することができる形で政治活動を展開し、「政治というものは政治家が行うものであり、国民や有権者は何かをやってもらう側」などと思い込む「お任せ民主主義」からの脱却を目指していきたいと考えています。

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「壁のない政治活動」(2010/2/15)

2010-02-15 02:36:36 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/15(月)です。

「壁のない政治活動」(2010/2/15)

 きょうは久しぶりにタイムリーではない話です。これから「風変わりな政治活動」を本格的に開始します(→詳細は長文なのでPCでhttp://www.jchiba.net/からお願いします)。

<政治を自分自身の問題として考え続けるための問い(2010/2/14)
(1) なぜ人を殺してはいけないのか。
(2) なぜカネでは買えないものがあるのか。
(3) 何のために勉強するのか。
(4) 成功と失敗の違いは何か。なぜ努力は無駄にならないのか。
(5) あなたが一番大切にしているものは何か。そしてそれはなぜ大切なのか。

 読者の皆さんはこれらの問いにどのように答えるのでしょうか? 実はこれらの問いは、政治を自分自身の問題として考え続けていくうちに少しずつ答えが変わっていく可能性が高いものばかりなのです。個別具体的な政治的課題を自分自身の問題として判断するときに、これらの問いに立ち返るたびに、「支持」「不支持」、「YES」「NO」などと「選択肢」を選んでいくだけの世論調査からはなかなか見えてこない自分自身の政治的価値観とその変化が少しずつ見えてくるのではないかと私は考えています。

 これからも私自身もこれらの「入口が広くて奥行きのある問い」とその答えを考え続けることにします。できるだけ多くの人たちにこれらの問いが個別具体的な政治的課題を自分自身の問題として考え続けるために役に立つということを実感してもらいたいと心から願っています。

 政治にカネだけではなく、多くの時間を費やすことができない大多数の普通の人たちが、いつでも、どこでも、どの程度でも、自由に参加することができる形で政治活動を展開し、「政治というものは政治家が行うものであり、国民や有権者は何かをやってもらう側」などと思い込む「お任せ民主主義」からの脱却を目指していきたいと考えています。

(ブログ版:http://blog.goo.ne.jp/jchiba_pol「壁のない政治活動」)

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「出口」(2010/2/14)

2010-02-14 07:45:43 | 政治・時事
 

きょうは2010/2/14()です。

「出口」(2010/2/14)

 アフガニスタン南部のヘルマンド州マルジャで米軍などが反政府武装勢力・タリバンの大規模な掃討作戦をきのう2/13から始めたそうです。確かに現時点ではアフガニスタン問題で「出口」が見えてくるかどうかは不透明です。しかし、それでもやはり米国を含めた国際社会は途中で逃げ出すことなくなんとか「出口」を見つけ出さなければならないと私は考えています。

 きのう鳩山由紀夫首相は終日公邸で過ごしました。そしてどこかの国の総理大臣の子分を養うカネの問題で総理大臣の弟が「兄が母にカネを無心したという話は母から聞いておりませんし…(後略)」などと2/12に続いてきのうも改めて記者会見で強調していました。いずれにしても、政治とカネの問題を抜本的に解決するためには、カネの「入口」だけではなく「出口」もしっかりと検証する必要があるはずです。「選挙のための活動」を日常的に行うために大勢の秘書を雇ったり、「子分」を培養したり…。そんなことに本当にカネをかける必要があるのでしょうか? 私は、どのようにしたら必要以上のカネをかけずに中身のある政治活動を効率的に続けることができるのかを考え続けています。

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