自由自律(日本国&仙台&東京)・千葉 潤(無所属、jchiba)のきょうのひとこと

「他人事」のようにコメントしていた元総理大臣やマスコミとは別の視点で政治関連の動きをコメント。

「ミスマッチ」(2010/1/31)

2010-01-31 08:30:45 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/31()です。

「ミスマッチ」(2010/1/31)

 先週から鳩山由紀夫首相は週末の地方訪問を始めています。きのうは山梨県、先週は栃木県を訪問しました。どうやら鳩山由紀夫首相の訪問は、「視察」というよりも、「選挙のための活動」といった意味の方が大きいようです。今後の小沢一郎幹事長周辺の「政治とカネ」の問題の展開によっては事実上の「お詫び行脚」になる可能性もあります。もちろん鳩山由紀夫首相本人の「政治とカネ」の問題のお詫びも続けなければならないのでしょう。これから首相官邸での「リアル鳩カフェ」で鳩山由紀夫首相は国民との対話も始めるそうです。国民の関心事と鳩山由紀夫首相と民主党を中心とする政治勢力の動きのミスマッチが少し気になってきました。

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「『友愛』から『いのち』へ」(2010/1/30)

2010-01-30 08:18:02 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/30(土)です。

「『友愛』から『いのち』へ」(2010/1/30)

 きのう鳩山由紀夫首相による施政方針演説や岡田克也外相による外交演説などが行われました。鳩山由紀夫首相の施政方針演説はとても長い演説でした(→参照:http://www.kantei.go.jp/jp/hatoyama/statement/201001/29siseihousin.html)。またニュースなどで繰り返し伝えられているように、鳩山由紀夫首相は「いのちを、守りたい。いのちを守りたいと、願うのです」などといつもの「友愛」ではなく「いのち」を連発していました。マスコミでは「理念」中心で「具体論」に乏しいなどと言われています。

 私としても指摘したいことはいろいろとあります。しかし、現時点においては、あえて「『友愛』から『いのち』へ」とだけコメントしておくことにします。そして鳩山由紀夫首相の言葉にどれだけ説得力があるのかということについては「いったい誰の『いのちを守る予算』なのか」などということと共にこれから少しずつ明らかになっていくのだろうと私は思っています。きょうのところは以上です。

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「学級崩壊」(2010/1/29)

2010-01-29 06:57:38 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/29(金)です。

「学級崩壊」(2010/1/29)

 きのう2009年度第2次補正予算が成立しました。きょうは施政方針演説や外交演説などが行われます。最近の国会は「不規則発言」やら何やらでまるで「学級崩壊」のような状態になっているようです。きょうの演説は少しぐらいは「火消し」になるのか、それとも「火に油を注ぐ」ことになるのか…。

 最近の永田町周辺では「モンスター・ペアレント(ツ)力」が披露され続けているようです。私がここで問題にしている「モンスター・ペアレント(ツ)力」とは、自分自身の無知や不見識や非常識さなどの責任をどれだけ多く相手側に押し付けることができるのかという能力です。与党でも、野党でも、そしてマスコミでも…、かなり高い「モンスター・ペアレント(ツ)力」を発揮している人間たちが増えています。特に政府・民主党では類稀なる高度な「モンスター・ペアレント(ツ)力」を発揮し続けている人間たちが少なくありません。いつまでも「政権交代してから十分な時間がなかった」「自民党政権時代はもっとひどかった」などという類のことを「壊れたテープレコーダー」ように繰り返しているだけならば、ますます「学級崩壊」の状況は悪化していくはずです。

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「○○仕分け」(2010/1/28)

2010-01-28 08:10:18 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/28(木)です。

「○○仕分け」(2010/1/28)

 きのう鳩山由紀夫首相が参院予算委で参院選後の省庁再編に前向きな考えを示しました。私に言わせれば「鳩山由紀夫首相、あなたもか…」という感じです。あくまでも一般論ですが、どうやら政権運営に行き詰まってくると、まずは「外交」に逃げ、その外交も行き詰まってくると今度は「組織いじり」を始める傾向があるようです。

 例えば、「幼稚園は文部科学省、保育所は厚生労働省」という状態を解消する「幼保一元化」の問題などは具体例としてよく取り上げられています。確かに「縦割り行政」の弊害はあちこちで見られると私も思います。でも、そういう話ならば、「省庁再編」ではなく、むしろ「事業仕分け」のようなことをやった方がいいのではないのかと思っている人たちも少なくはないのではないかと私は思います。

 例えば、「幼保一元化」が実現すればどのくらい税金の無駄遣いを削減して新たな財源を捻出できるというのでしょうか? あるいは、もしも幼稚園・保育所関係の予算に「成果の乏しい事業」や「税金の無駄遣い」などがあった場合には、それだけで「廃止」や「予算計上の見送りに限りなく近い縮減」などと判定されることになるのでしょうか? 多くの国民がその必要性を認めている予算の場合には、そんなメチャクチャな話が全く通用しないことはあえて説明するまでもないことなのかもしれません。仮に税金の無駄遣いなどがある場合であっても、「だから予算を削減する」という考え方だけではなく、「予算を削減せずにもっと有効に使うように改める」などという考え方もできるはずです。そしてどちらが適切なのかということを正しく判断することができるのは十分な専門的な知識と能力を持った本物の専門家だけであり、そういう本物の専門家の判断などを踏まえた上で最終的な決断を下すことができるのは正統な権限を持った政治指導者だけのはずです。もしも縦割り行政の見直しの問題に「事業仕分け」のようなものを導入すれば、昨年の「事業仕分け」騒動で見られた「税金の無駄遣い=廃止・削減=財源捻出」などという単純極まりない発想がいかにデタラメでメチャクチャなものだったのかということが多くの人たちにもよく分かってもらえるのではないかと私は思っています。

 もしも政府・与党がテレビカメラの前で議員バッチを付けただけの十分な能力も専門知識も持たない人間たちが無責任にもっともらしいことを言っていただけに過ぎない「事業仕分け」騒動の「化けの皮」がはがれるのを恐れていないのならば、縦割り行政の見直しの問題でこそ本物の「事業仕分け」のようなことをやった方がいいと私は考えています。そろそろ議員バッチを付けただけの能力のない人間たちをきちんと「仕分け」しておかなければ選挙で有権者に正しく判定してもらうことができなくなってしまいます。

 ちなみにきょう2009年度第2次補正予算が成立する見通しになっています。私にはバカバカしい質問や答弁や不規則発言がとても多かったような印象ばかりが強く残っています。あえて審議時間の無駄遣いとまでは言いませんが…。

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「情報公開」(2010/1/27)

2010-01-27 07:44:32 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/27(水)です。

「情報公開」(2010/1/27)

 どこかの国の官房長官が普天間移設問題をめぐって民意を「斟酌してやらなければいけないという理由はない」などと発言、さらに地元の合意がなくても「法律的にやれる場合もある」などと発言した波紋が広がっているらしいです。私にはどういうつもりなのかはよく分かりません。でも、そういう発言をするのならば、昨年の総選挙や少し前の名護市長選の前から包み隠さずにきちんと「情報公開」していてもらいたかったものです。コメントは以上です。

 また、どこかの国では、たとえどれだけ基礎的な経済知識を欠いた「経済オンチ」であっても、どうやら財務大臣や経済財政担当相などにはなれるらしいです。「子ども手当」などの経済効果をまともな経済的な根拠もなしに「カルト宗教」のように強く信じ込んでいるのには非常に困ったものです。そして野党から少し批判されると、「政権交代してから十分な時間がなかった」「自民党政権時代はもっとひどかった」などという類のことを「壊れたテープレコーダー」ように何度も繰り返すだけ…。そういう自己中心的で「経済オンチ」のトンチンカンな発言を繰り返すのならば、どんなに少なくとも昨年の総選挙の前や大臣就任前からその「経済オンチ」ぶりを幅広い多くの国民に包み隠さずにきちんと「情報公開」しておく必要があったはずです。きょうのところは「任命したのは誰か」などということについてはあえてコメントしないことにしておきます。

 さて、きょうも参院予算委が行われます。テレビ中継があったしても、いつものようにインターネット中継をやっていたとしても、なぜかツイッターなどで勝手に「実況中継」などをやっていたとしても、どれだけ多くの政治関係者とは全く無関係の普通の人たちが見ているのかは実はよく分からないところです。大多数の普通の人たちは、そもそも政治のために費やすことができる時間はそれほど多くないのではないかと私は思っています。

 もちろん「情報公開」は実に結構なことだと私も思っています。でも、いくら「情報公開」を進めても、そもそも政治にそれほど多くのカネや時間を費やすことができない大多数の普通の人たちには実際には「公開」された情報はほとんど届かないという現実を見失ってはならないと私は考えています。政治により多くのカネを費やすことができる人間たちによって政治が歪められてしまう危険性があることについては非常によく知られています。しかし、政治により多くの時間を費やすことができる人間たちによって政治が結果的に歪められてしまう危険性があるということはどういうわけかまだ多くの人たちには十分に知られていないようです。政治にそれほど多くのカネや時間を費やすことができない大多数の普通の人たちのことをもっと強く意識する必要があると私は考えています。

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「重要な問題」(2010/1/26)

2010-01-26 07:45:34 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/26(火)です。

「重要な問題」(2010/1/26)

 きのう政府は大地震の被害を受けたハイチの復興支援活動に国連平和維持活動(PKO)協力法に基づいて自衛隊の施設部隊を派遣する方針を決めたそうです。また日本のハイチへの支援額も増額して7000万ドルにするということです。私としては、政府の意外なほど積極的な姿勢に少し驚きましたが、基本的には自衛隊の派遣や支援強化には賛成です。もちろん派遣には様々なリスクがあるわけですが、「安全な場所」であればあるほどわざわざ自衛隊を派遣しなければならない意味は小さくなっていくと私は考えています。国際社会としても、日本としても、ハイチの復興支援は重要な問題だと私は思っていますが…。

 そしてきのう広島高裁でもいわゆる「一票の格差」が2倍以上あった2009年8月の衆議院議員選挙が「違憲」と判断されました。昨年末の大阪高裁に続いての違憲判決です(→参考:2009/12/29)。言うまでもなく、一人ひとりの有権者にとっても、国会議員たちにとっても、いわゆる「一票の格差」は重要な問題のはずです。

 もしもこれからもいわゆる「一票の格差」の問題が存在し続けるのならば、格差が2倍以上ある選挙区選出の代議士の票は「0.5票」と数えるなどという形で、本会議や委員会の採決で「一票の格差」をまとめて調整することも真剣に考えなくてはならなくなるのかもしれません。一昔前の永田町周辺では、小選挙区で当選した衆議院議員は「金」、比例単独で当選した議員は「銀」、小選挙区で落選して比例で復活した議員は「銅」などと言われていたこともありました。もしかすると、そう遠くない将来に「議員バッチ」の円が欠けて「1/3」とか「1/2」になったバッチを付けて歩いている国会議員たちが誕生することもあるのかもしれません。「1/2の議員バッチ」や「1/3の議員バッチ」などを導入すれば嫌でも定数是正に真剣に取り組まざるを得なくなるのではないかと私は思ってしまいます。

 さて、きのう2009年度第2次補正予算案が衆院を通過しました。きょうからは参院予算委での審議が始まります。もちろん国の予算がとても重要な問題だということは私もよく承知していますが、それでもやはりコメントすることは特にありません。

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「最悪の事態」(2010/1/25)

2010-01-25 08:33:11 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/25(月)です。

「最悪の事態」(2010/1/25)

 きのう投・開票が行われた名護市長選で、米軍普天間飛行場の同市・辺野古沖への移設に反対する新人の稲嶺進氏が現職の島袋吉和氏を破って初当選しました。日米が合意した辺野古沖への移設はさらに困難になったと見られています。鳩山由紀夫首相が5月末までに新たな移設先を決めることができるのかどうかは分かりませんが、結果的に普天間飛行場がほぼ現状のまま存続し続けることになってしまうという最悪の事態だけはなんとか避けたいものだと私は思っています。「政権交代」で実現したのは日米合意の破壊だけという最悪の事態にならないことを私は心から望んでいます。コメントは以上です。

 最近のどこかの野党第一党周辺の動きを見ていると、これからも「議員バッチ」を得るために所属する政党も主張する政策も変えていく節操のない人間たちがますます増えていきそうな非常に嫌な予感がしています。一昔前には、そんな節操のない人間たちの中でも、実態はともかくとしても、とりあえずは「政策の実現のため」などという「大義名分らしきもの」を掲げることができる人間たちの方が多数派だったはずです。しかし、今ではその「大義名分らしきもの」すらも掲げずに露骨に「議員バッチ」を求めて所属する政党も主張する政策も変えていく人間たちの方が多数派になってしまっているようです。残念ながら日本の政治は最悪の状態になりつつあるようです。

 そもそも彼・彼女たちはいったい何のために政治家になったのでしょうか? そしていったい何のために政治家であり続けたいのでしょうか? もちろん政治家にも「生活」はあります。しかし、それでもやはり、政治は政治家の生活のためにあるわけではないはずです。様々な意味で政治の浄化が必要だということを改めて実感しています。

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「終わりの始まり」(2010/1/24)

2010-01-24 08:09:59 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/24()です。

「終わりの始まり」(2010/1/24)

 きのう民主党の小沢一郎幹事長が自身の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件で東京地検特捜部による任意の事情聴取に応じた上で記者会見を行いました。小沢一郎幹事長は、土地購入の原資の4億円は自身の個人資産だったと主張、また自身の政治資金収支報告書の虚偽記載への関与を否定しました。私に言わせれば、完全に予想通りの展開です。そしておそらくきのうは「終わりの始まり」だったのだろうと私は思っています。現時点ではいったい何の「終わり」なのかはまだよく分かりませんが…。きょうのところはコメントは以上です。

 その上で、あえて付け加えるのならば、政治家は「金融業」ではないはずです。事務所の金庫に数億円という巨額の現金を何年間もそのまま入れておくということは、確かに経済的な常識から判断すれば、あまりにも不思議な行動です。でも、間違いなく法律違反ではありませんし、社会常識から大きく逸脱するような悪いことでもないのだろうと思います。やはり政治にはカネがかかるのかもしれません。でも、多くの普通の人たちにとっては、政治家は何のためにそんなにたくさんのカネが必要なのだろうかという素朴な疑問も浮かんでくるはずです。いったいいつになったら「政治とカネ」の問題の「終わり」は始まるのでしょうか? 私は「政治とカネ」の問題の「終わりの始まり」を考え続けています。

 ちなみにきょうは自民党大会が開かれます。たとえどんなに話題になっている人たちが出席したり司会を務めたりしても、多くの普通の人たちが興味や関心を持つことはあまり期待できない状態です。

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「内部告発」(2010/1/23)

2010-01-23 08:18:38 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/23(土)です。

「内部告発」(2010/1/23)

 きのうからずっとテレビなどはきょうにも行われると見られている民主党の小沢一郎幹事長の「参考人聴取」「任意の事情聴取」関係のニュースであふれています。率直な話、私は少し過剰な報道ではないかと思っています。聴取が終わった後にまとめて詳しく報道すればいいのではないかと思っているのは私だけでしょうか?

 それにしても自分たちの「親分」や「同志」は絶対に間違っていないなどと固く信じ込んで検察やマスコミを批判している政府・民主党内の狂信的な人間たちには本当に困ったものです。もしもこのまま「政治圧力」が強まっていくのならば、仮にどこかから「リーク」があった場合には、それは限りなく「内部告発」に近い状態になるということをあえて指摘しておくことにします。多くの普通の人たちは「権力」が隠そうとしている不都合な情報を「内部告発」する重要性をきっと理解してくれると私は思います。

 相変わらず鳩山由紀夫首相の失言や軽はずみな発言の波紋が広がっています。同志である幹事長に「どうぞ戦ってください」などと言ったことを釈明したかと思ったら、今度は逮捕された党所属議員が「起訴されないことを望みたい」と言ったことも撤回しました。一連の失言や軽はずみな発言で明らかになったことは、鳩山由紀夫首相は「ハネムーン期間」が終わってもまだ自分自身の立場がよく分かっていないということです。あえて言い換えれば、少なくとも現時点においては鳩山由紀夫首相には内閣総理大臣としての自覚が欠けているということになります。鳩山由紀夫首相はいつまでも「野党党首」の気分のままで「同志」のことを考えているから、公私のけじめが曖昧になって失言や軽はずみな発言を繰り返しているというだけの話なのだろうと私は思っています。「宇宙人」とか「地球人」などというトンチンカンな話では全くないと私は思っています。

 国民にとっては、内閣総理大臣が自分自身の立場を正確に理解しているかどうかを本人の口から「内部告発」されたということになるのかもしれません。例えば、衆院予算委で「朝三暮四」を「朝令暮改」と勘違いしてしまったようなことならば「内部告発」する意味はあまりないのかもしれません。でも、日本国の内閣総理大臣が自分自身が日本国の内閣総理大臣であるとしっかりと認識しているかどうかということは国民にとっては非常に重要な情報になります。もしかすると危機感を強める首相周辺が「不都合な真実」を覆い隠そうとして首相の発言を封じようとするかもしれませんが、鳩山由紀夫首相にはこれからも国会答弁や記者会見などの場で積極的に「内部告発」を続けてもらいたいものです。

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「政教分離」(2010/1/22)

2010-01-22 07:32:11 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/22(金)です。

「政教分離」(2010/1/22)

 きのう衆院予算委で鳩山由紀夫首相と自民党の谷垣禎一総裁が直接対決しました。「可もなく不可もなし」とだけコメントしておくことにします。ちなみに、もしも実母からの贈与を知っていたのならば辞めるのかと問われた鳩山由紀夫首相は「天地神明に誓って申し上げたことですから、そのことが、もし違うという事実が出てきたら、当然、バッチを付けている資格はない、そのように思います」などと答弁していました。なるほど。きょうも鳩山由紀夫首相と全閣僚が出席して衆院予算委が行われます。

 最近は永田町周辺でも様々な形で「政教分離」の問題が浮上しています。例えば、鳩山由紀夫首相は、秘書を「信じていた」とか「信じている」、そして同志の幹事長も「信じています」などと…。さらにきのうは「天地神明」(=天地の神々(広辞苑))などと…。私は、言葉尻を捉えてどうのこうのと言うつもりは基本的にはありませんが、こうも鳩山由紀夫首相に「信じている」などを連発されると、ある意味で「政教分離」の問題に発展する危険性も出てくるのではないかと心配になってきます。このまま多くの国民が鳩山由紀夫首相の言葉に説得力を感じなければ様々な意味でかなり危険な状態になってしまいます。

 もちろん「政教分離」の問題としては、検察やマスコミを厳しく批判している民主党内の狂信的な人間たちのケースの方が深刻な状態です。まるで自分たちの「親分」や「同志」だけは絶対に間違っていないなどと固く信じ込んでいるかのような姿勢は外部から見ればかなり異様な光景です。ちなみにもしもこのまま「政治圧力」が強まっていくのならば、仮にどこかから「リーク」があった場合には、それは限りなく「内部告発」に近い状態になるのだろうと私は思っています。そろそろ多くの人たちも永田町周辺の「政教分離」の問題の重要性に気づき始めているのではないかと私は思っています。

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「指導力」(2010/1/21)

2010-01-21 08:12:49 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/21(木)です。

「指導力」(2010/1/21)

 きょうは鳩山由紀夫首相と全閣僚が出席して衆院予算委が行われます。午前中は民主党の「与党質問」、そして午後には自民党の谷垣禎一総裁が質問に立って鳩山由紀夫首相との直接対決が行われます。きょうの対決が鳩山由紀夫首相と谷垣禎一総裁のそれぞれの指導力や求心力に大きな影響を与える可能性があると私は見ています。そういう意味では注目です。

 きのう鳩山由紀夫首相は、小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件で、民主党内から検察を批判するなどの動きが出ていることについて、政治圧力などと受け止められないように冷静に対応するべきだという考えを示しています。私に言わせれば、鳩山由紀夫首相が最近では珍しく指導力を発揮したということになります。鳩山由紀夫首相に民主党内の狂信的な人間たちとは「どうぞ戦ってください」と言っておくことにしたいと思っている国民も少なくはないのだろうと私は思っています。でも、そう遠くない将来に「小鳩」から「小」が取れる日がやってくるのかどうかはまだよく分かりません。いずれにしてもこれからますます鳩山由紀夫首相の指導力が問われることになるはずです。

 くどいようですが、そもそも「政権交代」とはいったいどういうことだったのでしょうか? ただ単に「表紙」が「自民」から「非自民」、あるいは、「ブタ」から「非ブタ」に交代するだけで「中身」はほとんど変わらないという話だったのでしょうか? あくまでも念のために言っておきますが、有権者の側から見れば、「小選挙区比例代表並立制」では、「民主党の公認で当選した議員たち」も、「民主党の協力や支援を受けて当選した議員たち」も、評判が悪くなっている「鳩山由紀夫内閣」や「民主党」と一蓮托生であるということだけは絶対に忘れてはもらいたくないものです。ちなみに当時は「政治家」という肩書きを付けていなかった私自身が「『非ブタ』の論理からの脱却が必要」(2009/6/18付。http://www.jchiba.net/message/090618-1.htm)を書いたのはまだ約7カ月前の話です。今、この文章を読んでくださっている読者の皆さんは「『非ブタ』の論理」をどのようにお考えになっているのでしょうか?

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「『紅衛兵』の論理」(2010/1/20)

2010-01-20 08:39:22 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/20(水)です。

「『紅衛兵』の論理」(2010/1/20)

 きのう日本航空が東京地裁に会社更生法の適用を申請、そして企業再生支援機構が支援することが決まりました。負債総額は2兆3221億円だそうです。昨年秋から時間を費やしてきた最終結果は「法的整理」ということになりました。現時点ではあえてこれ以上のコメントはしないことにしておきます。

 ちなみにきのうは日米安全保障条約の署名から50年でもありました。どれだけ多くの人たちがそのニュースに関心を持っていたのか…。

 さて、最近の民主党内ではいくつか危険な兆候が見え始めています。約1週間前からは選挙で多数になれば「免罪符」(参考:2010/1/14付)か何かが与えられるかのような妙な主張を唱え始める人間たちが出てきています。そしてどうやら今度は徒党を組んで検察やマスコミなどをやり玉に挙げようとする人間たちも出てきているようです。さらに言えば、少し前の「事業仕分け」騒動でも、テレビカメラの前で議員バッチを付けただけの専門的な知識もなければ能力もないような人間たちが与党の「数」の力を背景にしてデタラメな騒ぎを引き起こしていたということを思い出します。

 言うまでもなく民主主義とは「数」ではありません。民主主義社会では多数決でも絶対に決めることができないものがあるはずです。民主主義という制度は「多数派」による暴挙や専制などを認めない制度でもあるはずです。それにもかかわらず「数」の力を背景に民主主義の精神や制度を踏みにじる様々なデタラメなことを強行しようというのならば、もはや「紅衛兵(こうえいへい)」の論理などと呼ばざるを得なくなってしまうと私は思っています。ちなみに「紅衛兵」については、当時はまだ「政治家」という肩書きを付けていなかった私自身が約4年前に書いた長文(2009/6/18付。http://www.jchiba.net/message/060512-1.htm)などを参考にしてください。

 繰り返しになりますが、そもそも「政権交代」とはいったいどういうことだったのでしょうか? ただ単に「表紙」が「自民」から「非自民」、あるいは、「ブタ」から「非ブタ」に交代するだけで「中身」はほとんど変わらないという話だったのでしょうか? あくまでも念のために言っておきますが、有権者の側から見れば、「小選挙区比例代表並立制」では、「民主党の公認で当選した議員たち」も、「民主党の協力や支援を受けて当選した議員たち」も、評判が悪くなっている「鳩山由紀夫内閣」や「民主党」と一蓮托生であるということだけは絶対に忘れてはもらいたくないものです。ちなみに当時は「政治家」という肩書きを付けていなかった私自身が「『非ブタ』の論理からの脱却が必要」(2009/6/18付。http://www.jchiba.net/message/090618-1.htm)を書いたのはまだ約7カ月前の話です。今、この文章を読んでくださっている読者の皆さんは「『非ブタ』の論理」をどのようにお考えになっているのでしょうか? もっとも「紅衛兵」の論理と比べれば、「非ブタ」の論理はまだずっとましな方なのかもしれませんが…。

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「誰の『いのちを守る予算』なのか」(2010/1/19)

2010-01-19 07:44:17 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/19(火)です。

「誰の『いのちを守る予算』なのか」(2010/1/19)

 きのう第174通常国会が召集されました(会期は6/16までの150日間の予定)。きょうは衆議院本会議で代表質問が行われます。まだしばらくの間は2009年度第2次補正予算案の審議が続きます。

 鳩山由紀夫内閣が使っている「いのちを守る予算」という2010年度予算案のキャッチフレーズ(?)に違和感を覚えている人たちも少なくはないのではないかと私は思っています。私に言わせれば、これから多くの普通の人たちが予算案の「中身」とキャッチフレーズとのミスマッチを実際にどのように受け止めることになるのかが心配です。

 確かに政府・与党は「コンクリートから人へ」という掛け声の下、「子ども手当」や「高校の実質無償化」、そして「雇用調整助成金」や「農業の戸別所得補償」などを2010年度予算案に盛り込んでいます。しかし、今現在、仕事を失っている人たち、そしてこれからも仕事が減ったり仕事を失ったりする危険性が高いと感じている人たちの不安を本当に解消することができるのかどうかは私には疑問です。そして「子ども手当」などの恩恵を受けることになる人たちの中にも、国の財政事情などを冷静に判断して将来に不安を抱き続けている人たちも多いのではないかと私は思っています。そうした状況では、政府が「いのちを守る予算」などというキャッチフレーズを使えば使うほど、「いったい誰の『いのちを守る予算』なのだろうか」などという素朴な疑問を抱く人たちの数が増えていくのではないかと私は思っています。このままでは民主党を中心とする政治勢力を「期待外れ」だと感じてしまう人たちの数がますます増えていくことになるのかもしれません。もちろん熱狂的な一部の民主党支持者ではない多くの普通の人たちにとっては、民主党を中心とする政治勢力がどうなっても構わないのかもしれません。でも、自民党に続いて、民主党を中心とする政治勢力も多くの普通の人たちの期待を大きく裏切ることになるのならば、日本の政治に与える影響はかなり深刻なものになるはずです。

 くどいようですが、そもそも「政権交代」とはいったいどういうことだったのでしょうか? ただ単に「表紙」が「自民」から「非自民」、あるいは、「ブタ」から「非ブタ」に交代するだけで「中身」はほとんど変わらないというだけの話だったのでしょうか? あくまでも念のために言っておきますが、有権者の側から見れば、「小選挙区比例代表並立制」では、「民主党の公認で当選した議員たち」も、「民主党の協力や支援を受けて当選した議員たち」も、評判が悪くなっている「鳩山由紀夫内閣」や「民主党」と一蓮托生であるということだけは絶対に忘れてはもらいたくないものです。ちなみに当時は「政治家」という肩書きを付けていなかった私自身が「『非ブタ』の論理からの脱却が必要」(2009/6/18付。http://www.jchiba.net/message/090618-1.htm)を書いたのはまだ約7カ月前の話です。今、この文章を読んでくださっている読者の皆さんは「『非ブタ』の論理」をどのようにお考えになっているのでしょうか?

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「一蓮托生」(2010/1/18)

2010-01-18 08:00:41 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/18(月)です。

「一蓮托生」(2010/1/18)

 きょう第174通常国会が召集されます。

 相変わらず民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件の波紋が広がっています。いくつかのマスコミの世論調査結果では内閣支持率がさらに低下して支持率と不支持率がほぼ並んだり、幹事長の辞任を求める意見が約70%に上ったりしています。もしも鳩山由紀夫首相が今、国民に「トラスト・ミー」などと言ったとしても、なかなか厳しい状態になってきているようです。

 例によって例のごとく、政党やその党首の評判が悪くなってくると、「このままでは選挙を戦えない」などという声がどこからともなく聞こえてくるようです。永田町周辺では、野党側を見ても、与党側を見ても、自分だけは「泥舟」や「難破船」から一刻も早く逃げ出そうとするような自己中心的な政治家たちがあまりにも多すぎます。ひどいのになると、選挙のときには「民主党公認」や「民主党と協力」などと唱えながら「政権交代」という言葉の「魔力」を最大限に利用して当選したにもかかわらず、少し評判が悪くなってくると、まるで自分だけは与党内で無関係であるかのように鳩山由紀夫内閣や民主党を厳しく批判するという形で有権者を愚弄している政治家たちも出てきています。

 2009年夏の総選挙で民主党を中心とする勢力に投票した多くの人たちは、どこかの内閣総理大臣のように、民主党を中心とする勢力を「信じています」などとまだ言ってくれるのかどうかはよく分かりません。でも、「泥舟」などの中で「どうぞ戦ってください」とはまだ言ってくれるのではないかと私は思っています。あくまでも念のために言ってきますが、有権者の側から見れば、「小選挙区比例代表並立制」では、「民主党の公認で当選した議員たち」も、「民主党の協力や支援を受けて当選した議員たち」も、評判が悪くなっている「鳩山由紀夫内閣」や「民主党」と一蓮托生であるということだけは絶対に忘れてはもらいたくないものです。

 そもそも「政権交代」とはいったいどういうことだったのでしょうか? ただ単に「表紙」が「自民」から「非自民」、あるいは、「ブタ」から「非ブタ」に交代するだけで「中身」はほとんど変わらないというだけの話だったのでしょうか? ちなみに当時は「政治家」という肩書きを付けていなかった私自身が「『非ブタ』の論理からの脱却が必要」(2009/6/18付。http://www.jchiba.net/message/090618-1.htm)を書いたのはまだ約7カ月前の話です。今、この文章を読んでくださっている読者の皆さんは「『非ブタ』の論理」をどのようにお考えになっているのでしょうか?

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「信じている」(2010/1/17)

2010-01-17 08:51:11 | 政治・時事
 

きょうは2010/1/17()です。

「信じている」(2010/1/17)

 民主党の小沢一郎幹事長の資金管理団体「陸山会」の土地購入をめぐる政治資金規正法違反事件の波紋は広がっています。きのうの民主党大会で小沢一郎幹事長は「私は、断固として…、このようなやり方について、毅然として、自らの信念を通し、そして、戦っていく決意」などと言っていました。そして鳩山由紀夫首相はそんな小沢一郎幹事長に「信じている」「どうぞ戦ってください」などと言って続投させるそうです。検察側の主張やマスコミ報道と全く同じように、現時点では小沢一郎幹事長ら政治家側の主張も正しいかどうかを判断することはできませんから新たにコメントしなければならないことはありません。でも、この場合の小沢一郎幹事長の「信念」とはいったい何を意味しているのかが私にはよく分からないということだけはあえて指摘しておくことにします。

 そしてさらに「素朴な疑問」も示しておくことにします。永田町周辺では「信じているということ」はそのうち裏切られるという意味なのでしょうか? これはあくまでも一般論ですが、信じている秘書や政治家らがその信頼にきちんと応えてくれているような政治家が「信じている」などと言えばそれなりに説得力はあるのだろうと私は思います。でも、信じていた秘書や政治家らから裏切られ続けている政治家がいくら「信じている」などと自信を持って言っても「また裏切られるのではないか」と心配になってしまう人たちも少なくはないのではないかと私は思います。いずれにしても、「政権交代」は魔法の言葉ではないし、選挙というものは「免罪符」でも「禊(みそぎ)の場」でもないということです。

 きょうで阪神大震災から15年になります。あれからもう15年です。そして大学入試センター試験は2日目です。何にしても永田町周辺の騒動以外にも考えなければならないことは多いはずですが…。

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