過去の今日の出来事etSETOraですヨ(=^◇^=)

過去の今日のMr.Childrenだヨ(=^◇^=)

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 ┃ ap bank fes'07 現地レポート 7月16日  ┃
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7月16日(月・祝) ap bank fes'07最終日 <第二部> 
Bank Band 
一部が終わった後も、何か細かいアレンジを詰めるわけでもなく、呼吸を整えながらリラックスしていたメンバー。実は櫻井和寿から昨日、こんな話をしてもらった。
「今回、Mr.ChildrenのJENの怪我による振り替え公演のこともあって、リハーサルのスケジュールが凄いタイトだったんです。でも非常にスムーズに行って。そこで思ったんだけど、みんなあれだけのミュージシャンですから、練習をしてもそれは『その日のその人の演奏』であって、他の日や当日はそれはそれで違ってくるんですよ。僕ぐらいだと決まったことをきっちりやるだけなんですけど(笑)、でもみんなはその日によって演奏が変わってくる、それぐらい凄いんですよね、Bank Bandの人達は。だから細かくアレンジとかを詰めて何度も練習しても、いい意味で当日は当日なんだということに気付いて(笑)。だから今年は、今まで(過去2年間)当日の午前中にやっていた『通しリハーサル』をやめたんです」 
そのグレイト・バンドの07年最後のステージ、その時があっけないほど早くやってきた――。
ステージ袖にみんなが集まった。1曲やった後での登場を控えている大貫妙子が、櫻井と丁寧な挨拶を交わしている。そしてステージに上がろうとした時、スタッフから「ちょーっと待っていてください!」というストップサインが入った。小林武史が「どうしたんだ?」と問うてまわると、何と櫻井のマイクがないのだと言う。一同、苦笑いの図。1日だけのフェスに、ハプニングは付きものである。何といっても今日は「初日」なのだ。
マイクも見つかってセットされ、「さぁ行こう!」となった時、櫻井がメンバー全員に大声でこう放った――「イントロなしで行きましょう! 僕の歌からスタートしましょう!!」。そしてその櫻井を先頭に、Bank Bandがステージに姿を現して行った。本当に自由なバンドが、放たれて行った。 
ちょうどその時、陽射しが射し込んできた。演奏のテンションも気持ち高ぶってきたBank Band。フェスのテンションもバンドのグルーヴも、もっともっと高くなる確信を抱くに十分なトップ・チューンだった。 
“歌うたいのバラッド”
大貫妙子 
「このアーティストのリハーサルは、いつもと違ってとても繊細なものになりました。ベースの亀ちゃん(亀田誠治)なんかは『あなた、音が大っきいわね』とクギを刺されたりしてたよね(笑)。とても繊細で静かな音楽ですが、でもその中だからこそ強いメッセージが聴こえてくると思います。それを感じてください。紹介します、大貫妙子」と小林がアナウンスして、とても小さなアーティストが登場した。
80年代の日本のサブカルチャーを作り、大村憲司、YMO、山下達郎、矢野顕子……多くの素晴らしきアーティストと共に素晴らしいポップの連鎖を起こし、 
その繊細にして緊張感に満ちた音楽で、ディープな音楽リスナーをうならせてきた大貫妙子。 小林武史もまた、彼女とのコラボレートによって自らのサウンドワークを確立していったアーティストのひとりでもある。その大貫が、ステージに上がった。ちなみに大貫は当初15日出演の予定だったが、スケジュールを合わせてこの日に飛び入りすることになったアーティストである。
「そもそもap bank fesはap bankが運営しているわけですが、その母体には『アーティスト・パワー:ap』という団体があって、それは私と、坂本龍一と小林さんと櫻井さんと、SUGIZOくんで開設したものだったんです。だからこうやってフェスにまで大きくなって行ったのが嬉しくて……みんなも一緒に、うん、一緒にいろいろやって行きましょうよ。やれますから、何でも」
そんなメッセージを放ちながら、大貫妙子の「元祖ウィスパー・ヴォイス」が歌を奏で始めた。
静かに、そして透明なるスピリットが音と音の隙間にある「間」を埋めて行き、独特のミュージック・アートフォームができ上がっていく。極端に言えば、ポエトリー・リーディングのような音楽である。メロディーを歌がなぞるのではなく、言葉を、歌声を、歌詞をメロディーが追従して行くような音楽。
僕のような40歳前半の音楽ジャンキーにとって「聖歌」のような名曲が2曲目に届いた。80年代のサブカルチャーの優雅さが、Bank Bandのアレンジと共に蘇ってくる。
「音楽というのは国境を超えて伝わるコミュニケーションで、そんなコミュニケーション・ツールをもっと探さなくてはならないんです。でもそれは簡単なことで、『願うこと』だったりするんです。こう世の中になって欲しいと願うことによって、何かしたり伝えたりする。そこからコミュニケーションは生まれますよね。それだけでいいんです」
丁寧に、そして諭すように話しながら、音楽が始まるとウィスパーで歌う大貫は、その繊細さとメッセージの自然な融合によってap bankのスピリットの本質を見事に代弁していた。 
“突然の贈り物”
“色彩都市”
“Dreamland” 
KAN 
大貫に続いてもうひとり、中止になった日に出演する予定だったアーティストがやって来た。14日出演予定だったKANである。櫻井がKANを如何にリスペクトし、影響を受けたのかについてはファンには馴染みな話なので割愛するが、遂にapにおいてもそのコラボレートが実現した。
「尊敬しているアーティストをお呼びします。初日に出る予定で、豪雨の中、一度戻られて、そしてもう一度来てくれました。小さなギャグを入れながらリハーサルを行っていたら、普通はひとりだいたい1時間だったものが、3時間になってしまった方です(笑)」 
という櫻井のアナウンスに呼ばれて出てきたアーティスト――いや、あららスポーツマン!?
そう、なんとKANはアメフトのフルセットユニフォームで登場してきたのであった。櫻井から「いちいち芸が細かい」と指摘されたように、肘あてまで完璧にセットし「ほら、ピアノ弾く時に肘が当たっちゃうから大変で」とうそぶくKANは、日除け用の目の下のクマまでくっきり塗りながら(曇りの天気でまったく必要ないのに!)、イントロを奏で始めた。そして、途端に世界が音楽的なシリアスさに包まれていった。櫻井も、そのイントロを目をつむって愛しそうに聴き入っている。多くの参加者も、その櫻井がリスペクトするアーティストの本性がどんなものなのか――そのギャグ通りの徹底的に楽しいポップスなのか、それとも全編“愛は勝つ”のような世界なのか――興味深そうに凝視していた。そんな中、KANのスウィングするような軽快かつAOR的に洗練されたポップがピアノやヴォーカルからきめ細やかな表現として聴こええてきた。
しかし。
1曲終わるとまた、「台風の中、ウワンウワンと小学生のように泣きながら帰りました。そして今日は、もう一度ということで、新幹線を自分で運転してきました! 今日はとっても嬉しい、44歳です(だからユニフォームのゼッケン、44だったのか……)………何か僕に言うこと、ありませんか? 櫻井くん(笑)」というAMラジオのような見事なMCが。櫻井のなおも「(笑)………尊敬しています」という返事に、「それでも(つまり、こんなカッコでこんなことしか言わないのに)尊敬すると言ってくれるんですか!」と返しながら、「去年、出したものなんですけど、その時にすぐに櫻井くんから『いい』と言ってもらった曲です」と再び歌を歌い始めたKANだった。
きっとすべては「照れ隠し」なんだと思う。照れ隠しせねばならないほど、深い部分からこみ上げてくるラヴソングを描き、歌っているのだと思う。実際にKANのライヴを観て驚いた人もいたことと思うが、非常に洗練された、そしてスティーヴィー・ワンダーらのブラック・ミュージック的なグルーヴと、ベン・フォールズ・ファイヴ的なピアノ・ロックがセンスよく合わさった素晴らしい表現をするアーティスト、それがKANであった。2曲目も櫻井はずっとマイクレスで歌い続けている。本当に、KANを愛していることが、伝わってくる。
「みんなも一緒に歌って欲しいと思います。1、2、3、4!」と自ら声を張り上げながら、最後に“愛は勝つ”が始まった。もちろん、大歓声の中、えらい盛り上がりだ。ラヴソングが復権しているここ何年かのシーンの中で、リリース当時は「愛は勝つなんて、よく言えたもんだ」という囁きも聞かれた歌が、リスナーの願いを代弁する説得力のある歌になっている。そんな本質的なポテンシャルをまざまざと見せつける素晴らしいライヴと、時に失笑を誘いつつも人を優しい気持ちにさせるギャグを織り交ぜながら、素敵な時間はあっという間に過ぎて行った。
KAN コメント
「今回の僕はもう乗っからせてもらっただけなので……今日は本当に呼んでもらえて嬉しい。楽しいっすねぇ。バンドだけじゃなくてすべてのことに凄く時間がかけられてるイベントで。だから、お客さんに観てもらえない部分があったっていうのは凄く悔しいと思うけど、でもそれもお客さんの安全を第一に考えての判断だからね…………今年観られなかったお客さんも、来年は絶対観たいと思うから、うん。あとね、なんかリハーサルが僕だけ長かったみたい(笑)。でも小林さんに『時間はどれくらいですか?』って聞いたら、『もう気が済むまで』って言ってもらったから気が済むまでやらせてもらいました(笑)。したら、3時間経ってました、ははは。今日の“愛は勝つ”の演奏は、初めてやってみた種類の演奏だったんです……途中、間奏の後に僕ひとりだけになるんですよ。小林さんが、そうやってより言葉を伝えるっていうことをやってみようと提案してくれて。さすが名プロデューサーですね!」
◆ところで、なんでアメフトの格好だったんですか?
「え、野外だから。それだけです(笑)」 
“MAN”
“世界で一番好きな人”
“愛は勝つ” 
加藤登紀子 
「まだまだ最高のシンガーがいます……心して味わってください……加藤登紀子」という、若干緊張しながらお招きする櫻井の声に導かれて登場した加藤登紀子は、なんとなんと、まるでウェディングドレスのような衣装を纏いながら、満面の笑みをフィールドに投げかけてくれた。
去年の井上陽水のような、圧倒的なる歌声の力が竜巻のように心に襲って来る。歌を歌うために生まれてきたような人、という言い方が正しいかどうかわからないが、ずっと歌い続けてきたことによって凄まじいアーティストになったというより、あらかじめ歌が何なのかを、歌詞を伝えることが何なのかを、 
わかっているから伝達者として歌を歌っていますという意識を感じる。 そしてバンドの音と自分の意識が混ざって出てくる化学反応を楽しんでいる。
「素晴らしい演奏で、飛べそうな気がするぐらいです(このMCは1曲目“この空を飛べたら”にかけています)。このバンドは素晴らしくて、音楽人としての誇り……プライドを持ってるんですよね。素晴らしい(笑)。1曲目は中島みゆきさんが78年に贈ってくれた曲で、次は映画『紅の豚』ではジーナが歌う曲なんです」と語りながら、次の曲へ向かった。
背筋が通ったシャンソンである。プライド自身が音を鳴らしているかのような歌である。その歌と、ストリングス、そしてリズムが合わさると、音楽と人と自然が理想的なバランスで共鳴し合っているように響いてくる。音楽と人と自然――共鳴し合うのは必然なはずだが、どうなんだろう……決して僕らの関係は上手く行ってなくて、だから昨今、環境やエコなどの運動やメッセージが増えているし、このap bankが生まれたりしている。しかし、加藤登紀子の歌は、その音楽と人と自然のバランスを示唆してくれるような、奇跡のハーモニーが聴こえてくるのだ。
「なんで人間ってどうしょうもないのかな……でもなんとかならないのかなぁって頑張ってきた歴史も、確かに存在していたんです。まだ今は『戦争の20世紀』の後始末をしているだけで……でも私は信じている。信じなくても、自分がそんな争いの時代を変えればいいんだから。今日はもう一曲、フランスの戦争の後で生まれたLOVE SONGを歌います。恋人が戦争で死んだ後で歌われた曲です」――大きく深呼吸をし、五感を整えてから、最後の曲が歌われた。誰もが知っている、歴史的な愛の名曲である。そのシャンソンが、最後にBank Bandのアレンジによって、マーチ=行進曲になった。素晴らしい、素晴らし過ぎるアレンジだった。愛が行進している……愛を讃える歌が、行進していた。確かに愛が前へ前へと進んでいたのだ。 
“この空を飛べたら”
“さくらんぼの実る頃”
“愛の賛歌” 
藤巻亮太(レミオロメン) 
小林と櫻井が「引き込まれちゃったね」、「素晴らしかったね」と感嘆し合っている。そして次なるプレシャス・アーティストを紹介した。
櫻井「次は予定にないアーティストです。そもそもバンドで登場するはずだったんだけど」
小林「ひとりでよかったら、1曲でも力になれたらって、昨日、突然電話をくれて」
このやり取りを聞きながら、筆者の真後ろにいた恋人同士から「ほんと、豪華だねえ」というため息のような声が漏れてきた。 
そしてそのため息をついた恋人達は、5分後に涙で顔がグショグショになってしまうのであった―― ここで突然、レミオロメンの藤巻亮太がひとりっきりでステージに登場したのである。
「今日は想いだけでここまで来てしまって、めちゃくちゃ緊張しています。でも、時には想いだけでいいんじゃないかって思ったので、歌います」
と言いながら、椅子に座ってアコギをひとりで弾き始めた。ちなみに藤巻はひとりでライヴをしたことなど今まで一度もなく、もちろんこの日の「ひとり粉雪」もレパートリーにあったわけじゃない。本当に、完璧に、想いだけなのである。
「それでも1億人から君を見つけたよ 根拠はないけど 本気でそう思っているんだ」という歌詞が、このフィールドと28000人の心を射したものは、あまりにも確かな願いと覚悟だった。最初は緊張していた藤巻だったが、最後のほうでは嬉しそうにギターを爪弾き、そして最後はホッとした表情を浮かべながら歌い切った。
フィールドのいたるところに、涙が落ちていた。
藤巻亮太 コメント
「本当に気持ちだけで出て行っちゃったもんだから、すっごい緊張しちゃいました。キーが低いからどうしようかなとかいろいろと試行錯誤したんだけど、今年は『チャレンジ2007』なんです、マイ・テーマが(笑)。だからよかったなぁと思ってます。今回のことが(apにも自分にも)何かの足しになっていったらいいかなと思います。でも! ひとりなんて初めてですからね。こういう気分なんだぁっていうのを味わって勉強しました」 
“粉雪”
コブクロ 
「いい奴だな(藤巻は)、柴犬のような目をしていた(笑)」と、心からの感謝の気持ちを櫻井が表し、そしてきりっとした視線で次のゲストを紹介した。
「それでは2度目の出演です。大っきいほうの人のステップ、ちょっとだけ覚えたんだけど」と言いながら、さながら野茂がボークを冒した時のようなけったいなステップを踏んだ。場内、大ウケ。そしてコブクロが登場した。
まず「大っきいほうの人」(黒田俊介)が、どこか気まずそうに入ってきたのが、どこか彼らの音楽の丁寧過ぎるほど丁寧なスタンスを表している気がした。
「小さなほうの人」(小渕健太郎)が、「今日はもう、感じることがいっぱいで、言葉にならないんですけど……みんな『たったひとつ』を積み重ねて、それが音符になって、そしてみんなに届くんですよね。……僕らも感動しています」と話しながら、フィールドの誰もが知っている曲を、静かに熱く、立て続けに響かせて行った。
彼らの音楽は「ポップス」である。言葉尻な話になってしまうが、「たかがポップス」の部分をよく口にする輩はマスコミ含めてとても多いが、「されどポップス」の部分を言葉にする人は案外少ない。世の中で一番消費されている=耳にされている音楽がポップスなのに、である。きっと、その消費が前面に出てくることに対して、演じ手も受け手もひけ目を感じている部分があるからだと思う。しかし、コブクロはその「されどポップス」をきっちり前面に出す歌を歌い、そしてパフォーマンスをする。その潔さが彼らの今のブレイクに繋がっていると思う。そして、そういうふうに「ポップスである意味や責任を、もう一度明確に示してメッセージにして行く」ということときっちり向かい合い、その行動原理がロックとなっているバンドこそがMr.Childrenである。櫻井とコブクロ、音楽もキャリアも立場もまったく異なるが、お互いがお互いのやり方でポップスを復権させていることが伝わるセッションが、確かに聴こえてきた。
コブクロがなぜ今、こんなにも多くの人に聴かれるのだろうか? それはいい音楽だからだけでなく、「世界が痛いから」な部分が大きいと思う。そんなことを聴きながら感じたのも、もしかしたらここがap bank fesだったからかもしれない。みんなはコブクロのヒット曲を聴きながら、何か考えていたのだろうか?
それにしても。
それにしてもである。
なぜ、あのステップなのだろうか? なぜ、あの大きな体を斜め横にくねらせながら、つまづいちゃったかのようなステップを意図的に踏むのだろうか? 時にアーティストと音楽の関係は奇妙なデザインを浮かべるが、コブクロ、まさにそれである。 
“蕾”
“風”
“君という名の翼” 
コブクロ×絢香
コブクロからの紹介で、今年のapのディーヴァが、再度ステージにぴょこっと現われた。そして、まるでこの国の07年のカントリーソングのようなあの歌を響かせることになった。瑞々しい絢香とコブクロと櫻井のハーモニーがフィールドに木霊し、ここまでで一番の手拍子がステージに届けられた。たった1曲だけで、空気がガラッと変わった瞬間だった。「曲がりくねった道の その先に」――その先に、ap bank fesがあったのだろうか。
それにしても絢香の応用力と順応力とエネルギーは、櫻井の次にこの日のカラーを染めて行くものだった。このヴァイタリティは凄いし、「何しろ創るんだ、私の歌を、そしてみんなの歌を――」という意識の高さには論理を超えたものがあった。まだ芽生え始めたばかりのこのアーティストは、どこまで伸びるのだろうか? 
“WINDING ROAD” 
シークレット・ゲスト
氷室京介 
「さらにお知らせしていなかった、素晴らしいヴォーカリストを紹介します。心して……氷室京介」
フィールドが揺れた、そしてどよめいた。たぶん、氷室京介という選択肢は、ほとんどの参加者の中にはなかったのではなかろうか。
日本のロックの文体を作った、BOOWY。そのヴォーカリストであり、「日本のミック・ジャガー」のような役割を果たす氷室である。そもそも彼がイベントに出演することはほとんどなく、他のアーティストや音楽の世界とは相容れない孤高のスタイルを貫いてきた氷室が、いつもより随分と穏やかな表情で両手を広げて 
ゆっくりと入ってきた(去年、GLAYとの共演を1曲果たしたが、もしかしたらそこから芽生えた感情なのかもしれない)。そして、「楽しんでますか!」と一声張り上げた後、歌い始めた。
右足を前へ突き出しながら、Bank Bandの大きなロック・ビートに、ヒムロックが乗り込んで行く。何度も書くが、氷室の歌い方や言葉の乗せ方がなかったら、日本語ロックの文体は大きく変わったはずである。バンド・ロックという定義に基づけば、それは尾崎豊やサザンオールスターズより大きな影響をもたらしたものであろう。そんな独特のアタックの強い歌唱法が、つま恋にぶつかって行く。
これも前記したことだが、今年のBank Bandの選曲はミドルとバラードが大半を占めるものとなった。小林にその要因を問うたので後ほど答えを記すが、そんな今年のapのムードに介することなく、「俺の道」としてのロックをやりに来て、そしてBank Bandのメンバーにも今年の中では異質な演奏をさせる圧倒的な神通力に、確かな氷室京介を見た。
そんな轟音のロックンロールを立て続けに2発かまし、その最後の音が鳴り止まぬ中、ヒムロックは再び大きく両手を広げながら、ステージとフィールドに感謝の意を示し、晴れ晴れした表情のまま、去って行った。
スターという言葉の意味など言葉にしなくていい。そんなテンションが氷室の一挙一動から滲み出ていた。
氷室京介 コメント
「あまりこういうフェスティバルとかに出たことがないので緊張しましたけど、楽しんでやらせてもらいました。俺、長いことずっと櫻井くんのファンだったので、同じステージに立てて嬉しかったですね。(いつもと違うバンドと演奏するのは)新鮮でしたね。今度はもっと勢いのある曲を作ったら、もう一度やらせて欲しいなぁ!」 
“B・E・L・I・E・V・E”
“CALLING” 
Bank Band
「もう誰も出てこない! しょうがないから、僕が歌います(笑)」と満面の笑みで櫻井が唱えたその時、17時ちょっと前。どうにか開催できたこの日へに対する「自然」からの最後の挨拶なのか、西日がつま恋に射し込んで来た。
光という彩が、音楽に射し込んで来たのだ。
その西日の中、Bank Bandもさらにスウィングしながら、最高にプロフェッショナルで最高に無邪気なポップ楽団の有り様を見せつける名演を響かせてくれた。
最後の曲の前、「いよいよ最後の曲です。こんなにライヴをやれる喜びを感じた日はないです。誰に感謝していいのか、わからん(笑)。……でも、次の歌の出だしの1ラインで、すべてが表せている気がします」という櫻井からの挨拶があった。そして、歌い始めた。
「こんな僕でも やれることがある」
櫻井は、そしてBank Bandは、野に咲く最高の花なんだと思う。力強くて、誰もが見ることができて、そしていつも気付かれるわけじゃないけど、たまに気付かれると最高の元気を花粉のように飛ばす野に咲く花。それが、この楽団なんだと思う。
今年もap fesと一緒に音楽時間を過ごせたことに安堵と歓びを抱いた人が多かったことと思う。今年は彼らと一緒に過ごせなくて、自然を憎んだ人も多かったことと思う。
みんな、このフェスがあったから、「反応した」んだと思います。
その反応こそが、apが唱えるレゾナンスであり、そして彼らが音楽を鳴らす目的なんだと思います。
今年のBank Bandを耳にした人、耳にすることができなかった人、名曲はあなたの周りをいつも飛んでいます。どうかキャッチしてください。すると今度はまた来年かな? Bank Bandが新しい服を着せた名曲を響かせてくれると思います。
そんな気にさせるたった1日だけのBank Bandの07年が終わった――。 
“イロトリドリノセカイ”
“MR.LONELY” 
しかし、まだまだap bank fesは終わらない。
ウルフルズとMr.Childrenがさらに控えているのだ――。 
(つづく)鹿野 淳(fact-mag.com)
 http://fes.apbank.jp/07/report/0716_2.html
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 ┃ ap bank fes'07 現地レポート 7月16日  ┃
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7月16日(月・祝) ap bank fes'07最終日 <第三部> 
ウルフルズ 
台風によって中止になった初日と2日目の出演予定者のうち、一部の方々がこの日に出演したことによって、1日のアクト数としては過去2年間より多くのゲストを迎えたBank Band。終演した後のメンバーを出迎える人の波の大きさが例年の3倍以上になっていて、本当に大団円の中、祝祭の一部は終わった。特に、Bank Bandを満面の笑みで出迎える氷室京介と加藤登紀子の姿からは、音楽の歴史というのは本当に素敵な流れで、その中には「温故知新」も「温新知故」もあって、だからこうやっていろいろな世代のアクトと名曲が一堂に会するのはとても大事なことなんだということが、ダイレクトに伝わってきた。
そんな祝福の波を、プレハブの楽屋の2階から見ているバンドがいた。
「ウルフルズ」である。
当たり前の話だ、彼らの本番はまさに今から始まるのである。祝っている場合じゃない。
祝福の波がまだ収まらない中、トータス松本を先頭に4人はステージへ向かった。
前記したように、今回は人の波が大きくて、そして、この日だけでも開催されたことがとても感動的かつ大事なことだったので、バック・エリアの喧騒はずっと続いていて、治まる気配もなかった。
その端っこを通ってステージへ向かおうとしたウルフルズだったが、ステージにたどり着くちょっと前の場所でトータスがバックエリアへ向かって大きな声で叫んだ。
「それでは行ってきます!」
そこで初めてバックエリアが、いつもの雰囲気に戻った。
「まだ終わっていないんだ」――そんなテンションを、トータスの一言が放ってくれた。こういう何気ないけど、言っておかなくてはいけないことをきちんと言い放つトータスは、もうそれだけで素晴らしいブルースマンだと思う。そこでap bank fesに次なるギアが入った。
ステージ袖で円陣を組み、腹から声を出し合い、さらにトータスはひとり天を見上げありったけの高音を張り上げながら、フィールドで待つみんなの前へ出て行った。その時、17時30分。
いきなり“ええねん”である。日本のロックンロールの代名詞のように、4拍子おきの祭りごとのように「ええねん」という合言葉がリフレインされる、この上ないパーティー・チューンである。この1曲、というかワンコーラスでフィールドの参加者に完全に火が点いた。着火着火で着火されまくった。2曲目のタイトルではないが、音楽自体が太陽となって陽がサンサンと地面に降り注ぎ、大地に立つすべての生物の足元がガツガツ耕されるみたいな、そんな感じ。
フィールドのみんなの気持ちが心の中というポケットから取り出され、もう「気持ち玉」をみんな両手で握り締めているような、前へ前へというテンションがステージに迫ってくる。凄い! これぞロックンロール・コミュニケイションである。
手拍子足拍子、えらやっちゃえらやっちゃよいよいよいよい!みたいな祭りステップももちろんありありあり。本能的に会場全体が容赦なく盛り上がっていく。誤解を恐れずに言うなら、みんな「脱いじゃった」感じ。本当に凄く純粋なエネルギーが爆裂しまくる時間となった。そこでロックンロールが鳴っているだけで4小節おきにガーッとクライマックスが来るのは、そして心と体がまっすぐ運動していくのは、何よりもエコと直結しているように思える。
ウルフルズは偉大である。
「つま恋が好きだーーーーぁぁ!!」とトータスが叫ぶ。そこで祭りがさらに華やかなものになる。
「天気はカラッとしていないかもしれないけど、これぐらいのほうがいいかもしれないし――」。正直、そんなに面白いことを言っているわけじゃない。しかし、みんな笑ってる。何言っても、何鳴らしても、フィールドが全部笑っている。何を言うかでもなく、何を鳴らすかでもない。何を込めるか?である。ウルフルズは、「人間万歳」というか、「生命万歳」という気持ちを満タンに詰めこんで、爆発的なモーターを回すことによって燃焼させていく。そして心と体が踊る。簡単なことだけど、誰もができるロックンロールじゃない。しかし、そもそもそれこそが「生命の音楽=ソウル・ミュージック&ロックンロール」である。
最後の“ガッツだぜ!!”が始まった。まさにフィールドの最後方まで波打っている。みんなが普通に感極まって歌い、そして感極まって踊っている。
彼らの音楽の多くは、聴いている瞬間、感じている瞬間には何も考えない。ただただ頭真っ白で騒ぎ、そして踊る。でもそれって、とても大事なことで。人間はみんなシャワーを浴びて身体を洗ったり、洋服を洗濯したりしないと痒くなったり臭くなったり気持ちが悪くなったりする。ウルフルズはシャワーである。浴びている時に直接何かを考えるわけじゃないが、それがあるからこそフレッシュなったり、考える隙間ができたり、何かが思い浮かんだりする。とても重要なバンドの本質的なエネルギーが飛び出したライヴだった。
わずか30分間だけのロックンロール・ショーはあっという間に終わった。最後はフィールド全体から、大きなアンコールの拍手と歓声が上がり続けた。その鳴り止まぬレスポンスを背に受けウルフルズがバック・エリアに帰ってきた。
今度は、バック・エリアの多くの人々が、メンバー4人に喝采を浴びせかけた。
あぁ、音楽が生み出すコミュニケーションは、やはり素晴らしい。トータスの笑顔が何よりもそれを物語っていた。
“ええねん”
“SUN SUN SUN ‘95”
“泣けてくる”
“バンザイ~好きでよかった~”
“ガッツだぜ!!”
バック・エリアの飲食スペースに、ほぼすべてのゲスト・アーティストと小林と櫻井が集まった。
Mr.Childrenのアンコールで予定されている“to U”の「歌割り」をするためである。
前日までの台風の影響で交通がまだ完璧な状態でなかったこともあり、例年のように午前中に通しリハーサルをしなかったので、急遽ここで誰がどのフレーズを歌うのかの確認会をすることになった。
これだけのアーティストが、飲食スペースに集まり座り、歌割り表を見ながらカラオケに合わせて歌い合う光景は正直かなりレアであり、感動的なものがあった。自分の前に歌う人を見つめ、次に歌う人へと目で合図し、そうやって“to U”が歌い継がれていく。
わすか1回通しただけ、その後何箇所か細かい部分の確認をして「リハーサル」は終わった。そして櫻井は、Mr.Childrenの楽屋へ帰っていった――。
Mr.Children 
ウルフルズと同様にプレハブの2階に楽屋があったMr.Childrenのメンバーは、まずステージから戻ってきたウルフルズを丁寧に拍手で迎え入れ、それから自分達の「臨戦態勢」へ入っていった。そして“to U”の歌い合わせから帰ってきた櫻井が桜井に変わり(ご存じない方のために記すと、Mr.Childrenの時は桜井なのが、それ以外の活動の時は櫻井と名乗るのである)、Mr.Childrenがステージへ向かっていった。
実はその直前の18時15分頃、空から涙が落ちてきていた。最後の最後に、雨が降ってきて、最後の最後にMr.Childrenが音を鳴らしにステージに登場した。
もう雨がいいとか悪いとか関係ない。自然が動き、そしてMr.Childrenが鳴り響いた、それだけのことに思える時間だった。
6時25分、ライヴが始まった。
「昔と違って、今はそんなに空気や風がよくなくて、そんな『今』に向けて、この歌を歌いたいと思いました」とMCして、大気に透明なサウンドとメロディーが鳴り響いた。フィールドは吸い込まれるようにその音色とメロディーに耳を澄まし、ステージの光を凝視している。
「風は知っているんだ 本当のこと」という歌詞が、今まで聴いてきたどんな時よりも残酷かつリアルに聴こえたのは、きっと筆者だけではないと思う。
ちなみに今回のMr.Childrenは、メンバー4人と小林武史、そしてBank Bandのホーンズふたりと同じくBank Bandのバックヴォーカル:登坂亮太による8人編成。構成を見ればわかる通り、柔らかくてしなやかな演奏が、空気や草木に溶け込むアンサンブルを描いている。Mr.Children自体のツアーもそうだったが、今の彼らは刺したり突っ込んでいくのではなく溶け込んで柔らかく人の中に入り込み、ジワジワと染みこみ、やがて人と音楽が完全に一体化するような「真ん丸いカタルシス」を感じさせるバンドになっている。それがap bank fesと折り重なって、さらに色濃く鮮やかに響くものになっている。
だからといって、余裕がある雰囲気が満ちているわけじゃない。実際にドラムのJENは、2曲目にして既に雨をザブーッと被ったかのように濡れた髪を揺らしながら、激しい表情でドラムを叩いている。中川もよりエモーショナルな力を右手の指に込めて4本の弦を震わせているし、田原は何か覚悟が決まったかのような、いつになくタフな表情でストロークを続けている。フィールドもさらに強まる雨足を含め、けしていいコンディションとはいえない中、「タフな優しさ」が音楽によって空間を潤していった。
まだまだ雨足が衰えない中盤戦、4曲目で桜井が「久しぶりにやる曲です。手紙がまだ62円だった頃の歌です」と話し、“my life”が始まった。
この辺りで今回のMr.Childrenのセットが、とても「身近な歌」によって組まれていることに気付いたことと思う。そう、もちろん、彼らは毎年、このフェスのために特別な選曲リストを作って臨んできた。1年目は、反戦的な匂いの濃い剥き出しの曲を中心にした構成、そして去年は後にアルバム『HOME』の背骨にもなった“彩り”を軸に「愛と日常」の間に生きる僕らの生を表したセット……そして、今年は去年以上に距離感のない、というか「肌そのもの」のような曲が集まっていた。当たり前過ぎることの中にあることをどうでもいい人に言われると本当にどうでもいいが、それを愛する人や好きな人に言われると、改めてその本質にはっとさせられ、今この時を自分が踏みしめていることに対するシフクの気持ちが湧いてくる。そんなことをわかっているMr.Childrenが語りかけるように鳴らす音楽、そして雨が落ちるフィールド、音楽を感じ、そして観ている参加者のみんな。すべてのお互いがみんなで納得し合ってここに集まって存在しているみたいな空気が、音を鳴らすことによって生まれている。
「一昨日と昨日のフェスが中止になって、風呂で『いいことばっかあるわけないよ、それがmy life』ってとこをずっと鼻歌で歌ってました。(今日、この時)これからはいいことをするよ(笑)」と言いながら歌う桜井のヴォーカルから伝わる信頼感は、圧倒的な安心を映し出していた。
次に前記した「身近な歌」の新しい象徴のような曲“ひびき”が始まった。
それぞれに違う大切な存在の人がいて、それが響き合うことによってコミュニケート、音楽、そして愛が生まれる。それがいかに人生に贅沢な感慨をもたらしているかを、当たり前過ぎるが故に気付かないまま過ぎ去っていくことを歌った歌。
「きみがすきで きみがすきで せつなさがやってくんだよ」というサビで優しい大合唱が生まれる。
「好き」だと発言するのは、とても心と身体にいいことだし、それってある意味、エコロジーや環境を「考える前に感じる」本質的なことだと思う。今年のapにおけるMr.Childrenの「しるし」を刻む歌、それが“ひびき”だったと感じた。
アコースティックなアレンジで、まるでちっぽけなオルゴールのような始まりを鳴らした“I’ll be”が終わろうとする、その時18時55分。西から陽光が射し始め、雨がやんだ。
そして。
次の曲。
それが“通り雨”。
何というドラマチックで素敵な音楽と自然の付き合い方なのだろう。
なぜ、こんなことが起こってしまうんだろう。だから素晴らしい音楽は今日も魔法のような存在として、僕らの心に響くのだろう。
終演後、「あれはないよねぇ、ズルいよねぇ」とGAKU-MCに話しかけたら、「ですよねぇ! でも実は初日の前のステージ・リハーサルでも同じことが起こったんですよ。あの曲の前でピタっと雨が止んでね。何なんでしょうね、あのバンドは(笑)」という奇跡を教えてくれた。
だからMr.Childrenはやめられない。
終盤戦、満を持して“しるし”が登場した。この瞬間、今日を、今を、自分を、世界を感じてかみ締めた人が多いことと思う。もう、イントロが鳴った瞬間に、そのモードに直結した人が多かったことと思う。素晴らしい、小林のピアノから入る旋律……旋律………旋律が、ちょっと壊れた。会話でいうところの「かむ」みたいな、そんなトーン・ミスをピアノが浮かべた。
あれ?
フィールドがざわめく。
数秒後、小林のピアノが止まった。
そして苦笑い。他のメンバーはみんな、いたずら笑い。
音楽的には、そして誰よりも小林的にはシャレにならなかったかもしれないが、なんかとても幸せなことに思える。
そして桜井が満面の笑顔で「一緒に歌うか!」とフィールドに投げかけ、アコギ始まりでイントロなしの「たった一度だけの“しるし”」が始まった。
最高な音楽夜だった。
「名残惜しいですが、今日を締めくくる曲になりました。この緑と草木に囲まれた今日にぴったりの曲です」と言って、音楽が穏やかに鳴り始めた。楽曲も、緑も、ステージもフィールドも、みんながいい表情をしていた。
音楽が鳴り止むと、大抵の場合、そのいい表情は途端に崩れたりする。無表情になったり、あるいは寂しそうな顔になったり。
でもここは違った。
鳴り止んだ後もみんなが同じ表情で笑っていた。それだけのコミュニケーションが音楽を通じて生まれたんだと実感した。
そしてMr.Childrenの本編が終わった。
“風”
“未来”
“抱きしめたい”
“my life”
“ひびき”
“I’ll be”
“通り雨”
“しるし”
“空っ風の帰り道”
to U 
アンコールは3年連続の“to U”である。
 今年の“to U”はステージ向かって左から「絢香→AI→加藤登紀子→大貫妙子→桜井和寿→KAN→ウルフルズ、トータス松本→コブクロ黒田俊介→コブクロ小渕健太郎→KREVA→GAKU-MC」が横一線に並んで歌った。
「今年もまた俺から」という台詞と共に、KREVAの16小節のフリーライムが始まり、その自由のバトンがGAKU-MCに繋がり、彼の「届けつま恋の夜空を超えて to U」というライムを合図に本編が始まった。
いろいろなアーティストがいて、いろいろな歌い方があって、いろいろな表情が生まれる。あらためてこの歌は「七色の歌」だと思った。七色にして無限の色彩の歌が、夜空に向かって、優しく語り掛ける。今年は特にみんなが目を見つめ合って歌い合う瞬間が多くて、これだけのアーティストを一体化させ、しかもみんなの表情を全部引き出すことができる“to U”という名曲の力を、あらためて感じるアンコールとなった。
桜井の「素晴らしい!」という叫びで、本当に今年のap bank fesのすべてが終わった。ステージからもフィールドからも鳴り止まないもの、それは「ありがとう」と交わし合う姿だった。
最後の最後にステージに出演者全員が集まり、フィールドの参加者と共に全員がおさまる恒例の記念撮影を行った。もう、凄い数の虫が飛んでいる。ステージの光を頼りに集まってきた虫の数が凄くて、みんな苦笑いしながら、そんなことも全部がこの瞬間を鳴らしているような、おかしくて楽しい出来事だった。
19時40分、ステージに誰もいなくなり、そしてバックエリアへみんなが帰ってきた。
そして、フィールドの上空には溢れんばかりの花火があがった。
台風が来て、中止になった2日間、さっきまで雨が降っていた今日、それでも最後に夜空に花火が打ちあがり、巨大な弧を描いている。
たった1日だけのフェスだったが、本当にいろいろなことがあった今年のap bank fesが終わった。
“to U” 
小林武史コメント 
「やっぱり1日で終わっちゃうのは本当に寂しいよねぇ。3日間でゲストが全部違うじゃない?そういうBank Bandのコラボレーションが凄く面白いと思うから、やっぱり非常に残念ですよね。喪失感がでかいなぁ……本当にもったいないなぁと思う曲ばっかりだからね、今回聴かせられなかった曲は。まぁ今日何組かやってくれたからよかったですけどね。本当に嬉しかったです、初日と2日目に予定だった人達が今日来てくれたのは。……本当に、このフェスは参加してくれた人達が繋がっていくフェスだと思う。そこがいいところだなぁと思うんです、自分でやっていてね」
★今年は全体にミディアムからバラッドの選曲が多いフェスでした。これはなぜ?
「それは意識してやったの、いろいろと。去年はすべてがメインディッシュ過ぎて、トイレも行けないっていう感じがあったから(笑)。だから今年はもうちょっと、メインディッシュだけじゃなくて、もうちょっとユルッとした感じでやれればいいねっていう話を最初にしてたんだよね。でも結果、ユルい曲でも盛り上がったけど(笑)。この構成がフェスのロマンティックさを高めた?……うん、そうかもしれないね(笑)。ありがとう」
桜井和寿コメント 
「Mr.Childrenでは沖縄で1回、台風でコンサートが中止になったことはあったけど、ここまで大事の中で中止を目の当たりにしたのは初めてで。だからだけじゃないけど――年々、歌を歌うことの大切さは身に染みているもので――今年ほど『やりたいなぁ、歌いたいなぁ』と思ったことはなかったです。その気持ちになれたことがよかったです。今日はね、Mr.Childrenもそうだけど、必ずしもいい演奏ができたわけじゃないんです。でもこの日だからこその演奏だったなぁと思うんですよね。それってきっと、いい演奏だったってことだとも思えるし……もう、来年が楽しみです(笑)」
打ち上げ 
つま恋エリアで、打ち上げが行われた。
例年の如くGAKU-MCが見事な司会業をこなし、宴会は大いに盛り上がった――今年はスキマスイッチという「宴会名人×2」がいないので、そのことだけが心残りだったが――。スタッフの子供達をひとりで面倒看まくって、走るはでんぐり返しするはの自然児AI。本当にグテングテンに酔っ払い、何話しているのかわからないが、それでもやっぱり面白くて笑ってしまうトータス松本のご挨拶。初日に出演する予定だったがその願いが叶わず、それでも今日フードエリアでずっと歌っていたヨースケ@HOMEの即興演奏、そしてその場でヨースケのアコギ1本をバックに、新しいアルバムの曲を瞬時にラップしだしたKREVA。さらには普段は絶対に打ち上げで挨拶をしないシャイな小林がした感謝の挨拶。環境問題をとくとくと説き、最後は「だからみんな米を今、作りましょう」で締めた大貫妙子。
いろいろな人の本音が酒と食べ物と共に飛び交う打ち上げだった。
加藤登紀子が挨拶の時にジョン・レノンの“POWER TO THE PEOPLE”を歌い、みんなも同調し、手拍子と共に大合唱が起こった。
信じることはいいことだと思った。
ここにいる素晴らしいアーティストは、鋭く疑う視線を持って、果敢にこの世界に音楽でもの言ったり鳴らしたりする人ばかりである。
そんな人達だからこそ、酒を呑みながら“POWER TO THE PEOPLE”を大声で歌い、人間と音楽の力の共鳴を信じ合う。
いい夜だった。
いい日だった
いい音楽が今年も一期一会で生まれたap bank fes 07だった。
きっと、また来年がある。
たぶん、今年の台風による中止と、そのドラマが来年のフェスには圧し掛かるだろう。
しかし、何よりここには気持ちと音楽がある。
来年のap bank fes 08で咲く花が観たい。そして、それを歌いたい。
そう思わせる1日だった。
今年もありがとう。
鹿野 淳(fact-mag.com)
 http://fes.apbank.jp/07/report/0716_3.html

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