聖餐
2015-04-16 | 使徒
もうしばらく忍耐が必要でした。「夜が明けかけたころ、パウロは一同に食事をするように勧めた。「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません」」(使徒27:33-34)と、新たな場面が輝きます。イエスの言葉のような響きすらもつが、ユダヤではよくある言い回しなのかもしれない。髪一本すら失われない、と。全く食べないというのはやや大袈裟である可能性が高いが、それにしても、食糧も投げ落としていたと思われ、不安と不自由の中で暮らしていたことでしょう。その中でよく不必要な争いや暴動が起こらなかったものです。この勧めは、神が人に呼びかけるかのような意味合いでもあるでしょう。上よりの知恵、上よりの言葉が今、絶望した人間のもとへ届くのです。パウロの言葉は、パウロ自身がどうのこうのということは別として、天よりの知恵のように、助けとなり、救いをもたらす言葉となるわけです。状況は正確には分からないけれども、倹約をしていたのかもしれないし、食欲自体失われていたのかもしれません。統率が取れていた様子も信じがたいほどですが、とにかくこの描写があるというのは、次のパウロの態度のためだと言えます。「こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。そこで、一同も元気づいて食事をした」(使徒27:35-36)のです。すなわちここで、聖餐が執り行われたのです。もちろん、これは聖餐式ではありません。が、パウロの行動が、イエスのもたらした食べ物の救いと重ねられて告げられるのです。これにより元気になります。気概が調えられます。さらに「船にいたわたしたちは、全部で二百七十六人であった。十分に食べてから、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした」(使徒27:37-38)と記されています。なかなかの人数です。数字の記録が遺されていたのだでしょう。五千人の給食のように、数字があるべきと考えたのかもしれません。食事をした人数というのは、あるべきだ、と。ただし、この人数、概ね写本では276となっていますが、記録の方法によっては、それは76に変化する可能性を否定できないといい、こちらに信憑性を置く人もいるようです。パウロには確証があったと思われます。もう上陸は近い、と。もしかすると、他の乗組員たちも、それを認めていたのかみもしれません。穀物を不要として安全を図ったということなのでしょうか。