斑尾の住人

斑尾の開発当時から居座っている人間の裏話。

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斑尾山麓開発の成り立ち 12

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菅平方式による提供予定地の現状について

 妙高村
  予定地の大半が官行及び公団造林地となっていて、この解除手続きを村において進めているが、
  官行造林地については、46年3月、林野庁が6月解除の方針を決め融雪をまって現地の細部調査を実施する旨連絡があった。
  また、公団造林地については、林野庁の方針に従うという事になっている。

 信濃町
  当初予定していた町有地が地形的にみて難点があるということで、古海地区の民地を提供する方針を固め地元調整を進めていたが、
  民地を町に寄付する方向が決まり近くその範囲を決定し、所有権移転の事務を早急に進め、
  5月に寄付の議決をしたいとの意思表示がなされている。

今後の方針

  42年度に着工した飯山地区について、45年度までに、この取り付け道路約10,5kmが完成し、
  地区内幹線の一部も実施されていて、その投資額も5億円に達している。このため効率投資の観点から、
  46年度に約333ha(10万坪)の分譲を行う計画になっているが、円滑な分譲業務を推進する意味からも、
  スキー場計画を含めた全体計画を早急に策定するとともに、基幹道路を早急に開設する必要がある。

  このため、6月県議会をめどに、妙高村、信濃町の寄付受納を進め、47年のシーズンには、
  1期計画のスキー場を完成させるよう強力に進めるべきと考えている。

    このように、報告されています。
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リトマス花 ?

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いま日当たりのよい野山に咲いている紫色のウツボグサ
  和名は「靫 草」花の形が弓矢を入れるうつぼに似ていることから、
この名がついたとされています。

   花穂から花を引き抜き吸うと、ほんのり甘味を感じます。



この花を、カラマツの葉を集めアリ塚をつくるエゾアカヤマアリの巣を見つけ
   その中にいれると、紫色の花がみるみるうちにきれいな紅色に変わります。

 異物が入ってきたと、アリたちが花に群がり「蟻酸」(ギサン)を腹の先から噴射することで
   みられる現象です。
 ツユクサをいれると、きれいなピンク色になるのが見られます。



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森の中のおとしもの

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森の中のトレイルを歩いていると、白樺の木の下に数多く落ちています。

  オトシブミ です。


葉っぱを広げると、先の方にちいちゃな黄色いたまごが産み付けられています。



オトシブミ   甲虫目・オトシブミ科(Attelabidae)
分布      沖縄を除く日本全国
オトシブミは、 ゾウムシ(象のように長い口を持った虫)に近いカブトムシの仲間の昆虫です。
種類      日本には22種
大きさ     5~7mmくらいの小型種が多く、大きなもので1cmほど、最も小さなものは3mm程度のものもいる。
5~6月にかけて山や林の中のトレイル上でもよく見かけことがある。直系1cm長さ2.5cmくらいの、葉が巻物のように丸まって落ちているものです。

(その昔、直接渡せないような内容の手紙(恋文・密告・政治批判)は、わざと気が付くように落としておいた様で、「落とし文」「落書」「落首」と言われていました。当時の手紙は巻紙に書かれていたので形が似ていたと思われます。また、これを鳥の仕業と見立て、「ほととぎすの落とし文」とか「かっこうのたまずさ(手紙・消息)」と呼んでいました。)
「おとしぶみ」は中の幼虫が成長し成虫になるまでの食料兼シェルター(揺籃=ようらん)で成虫したものが「オトシブミ」です。
 春から初夏にかけて成虫が現れ、同じ場所で、約一ヵ月半ほど見ることが出来る。
 棲息場所は林緑部の比較的明るい場所を好む種が多く、深い森の中や、針葉樹林ではほとんど見ることはできない。

生態 
 全ての種が若葉を切って揺籃を作るが、葉の切り方は種によって特徴がある。種によっては揺籃を切り落としてから「おとしぶみ」にする。
    利用する葉は種毎に決まっているが時期や地域によって異なり、数十種の葉を利用するものから、数種の葉しか巻かないものまでいる。

蛹化・羽化・後食・越冬

    幼虫は揺籃の内部を食べ成長し、3ヶ月で成熟。幼虫は揺籃の中で蛹となり、羽化し体が固まるまで数日揺籃の中で過ごし、揺籃に小さな穴をあけ脱出する。
    新成虫はしばらく葉を食べ(後食)越冬態勢に入る。種によっては、揺籃を後食とせず、また後食の期間もまちまちであり、ほとんど後食せず越冬態勢に入るのもあれば、秋になるまで一ヶ月以上もみられるのもある。
    一部の種では、夏から秋にかけ揺籃を作る場合があり、一年に2化しているようである。全ての種が越冬をしている様であり、落ち葉の下や樹皮の下でするようである。
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斑尾山麓開発の成り立ち 11

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問題点 及び その処理方法として
            以下のようになっています。

 スキー場計画について

  斑尾山麓の開発は、スキー場の開設が絶対条件ともいえるものであり、これが強力な推進こそ開発の成否を左右するものである。

  このような観点からスキー場計画は、中小規模でなく国際級の大規模な計画としたものであり、
従って菅平方式による還元施設では投資額の面からみて中途半端なものとなると判断し、民間資本の導入を企図したものである。

 民間資本の導入は、いち企業による利益の吸収であるという論議もあろうと考えられるが、
これによってスキー場開設に要する還元投資額が他の方面に振り向けられるものであり、
基盤整備の進展とともに民宿の開設等による地域の利益は飛躍的に増大するものであって、県の計画に従っての秩序ある開発を進めることにより充分カバーできるものと考えている。

  また、関係市町村の考え方は、スキー場開設に伴っての宿泊施設の充実を考えており、
周辺部落の民宿化と共同宿泊施設の開設に意欲をみせていて、スキー場用地の確保についても、
関係市町村有地を全面的に貸付する方向で固まっており、
保健休養地の価値を高めるという認識にたって全面的な協力態勢をとっている。

              
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斑尾山麓開発の成り立ち 10

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スキー場開発計画

 全体計画
    スキー場用地  全体面積 232ha
            内訳   飯山市有地      36,7ha
                 妙高村有地      66,7ha
                 私有地        55,3ha
                      江野氏 所有地 53,3ha
                      五千尺      2,0ha
                 信濃町関係      40,0ha
                 センター地区用地   33,3ha

    
    スキーリフト    1号リフト    400m
              2号リフト    580m
              3号リフト    330m
              4号リフト    580m
              5号リフト    670m (ダブル)
              6号リフト    620m
              7号リフト    600m
              8号リフト    300m
              9号リフト    300m
             10号リフト    350m
             11号リフト    630m
               計      5360m
    ロッジ
          延 1408㎡(426坪) 250人収容(当面一期計画分)

   
宿泊施設
      全体計画の完成した時点でのスキー客の動向を近接の黒姫スキー場等の実績をもと
 にスキー場の規模、地場等から、シーズン総入込数20万人、1日最高入込数8000人、1日最高宿泊人数2400人として、スキー場周辺に宿泊施設(ロッジ団地)地区を設定すると共に地元の民宿等を主体とした宿泊施設の整備、拡充を進める計画である。

      ロッジ団地 (飯山地区)46300㎡    400人
           (信濃町地区)99200㎡    800人
     スキー場センター地区   66100㎡    560人
     民宿等を主体としたその他の宿泊施設      640人
              計            2400人

  当面1期計画においては、シーズン総入込数5万人1日最高入込数2000人、1日最高宿泊人数600人として、スキー場センター地区周辺に250人収容のロッジを建設するとともに、更に2~3のロッジを誘致する計画である。

                このようになっていました。
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おばけミズバショウ

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斑尾高原観光協会のホームページに、「山の家 スタッフブログ」があります。

梅雨入り直前の「沼の原湿原」からのリポートに、「おばけミズバショウ」の写真が載っていました。

春を告げるミズバショウも、現在は葉っぱのみで大きなものは一メートル近くにもなっていて、まさに「おばけミズバショウ」芭蕉の木の葉にそっくりです。



そこで、バショウに関しての一言知識

ミズバショウとシーボルト(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト 1796~1866)の関係。

シーボルトは1796年ドイツに生まれ、医師である両親の影響を受け医学を学ぶかたわら動物学、植物学、民俗学に興味をもち大学で学んでいます。

1822年オランダ大使館の医師としてバタビア(現ジャカルタ)に務め、1823年に日本の長崎出島にオランダ商館の医師として来日、日本人に医学、植物学を教え、当時はオランダ人でなければ来日が無理の為オランダ人に成りすましていたらしい。

江戸への4年に一度の旅の中で、植物採集や地理を調べ、1828には富士山の高さを測っており、その時は3794メートルと記されています。

この年、日本地図等の持ち出しが発覚し1830年日本追放となっていす。

1858年オランダとの間で通商条約が結ばれ、1859年に再来日、1862年に帰国しています。長崎滞在時は、「おたき」(瀧1806~1859)という妻と「いね」(イネ1827~1903)という娘がいて、「いね」は日本最初の女医であり「オランダおイネ」として知られています。

シーボルトが出島に来る前に、出島にはケンベルやシュンベルクが来ていて植物の種を盛んに収集、東洋の珍しい香辛料を探していたらしい。

ケンベル(1690年来日)は植物学に詳しくシーボルトも影響を受けていて、ケンベルやシーボルトは日本の植物をオランダをはじめヨーロッパに紹介していて数々の植物に名前をつけています。

ケンベルはウメ、ヤマブキ、シュウカイドウ、サザンカをヨーロッパに紹介。イロバモミジ、フジ、テッセン、ウツギ、アジサイはシーボルトが命名者で、特にアジサイには、「おたきさん」学名ヒドランゲア・オタクサとなっています。

バショウ=学名「ムサ・バショウ」中国原産の多年草であり、草といっても大型で幹の部分だけで2,5メートルにもなり全体では4メートルにもなりバナナの木に似ており小さなバナナができます。大きく目印にもなり木陰も提供する為に「旅人の木」とも呼ばれ、このバショウの学名もシーボルトが命名者であます。成長した葉がバショウに良く似ており、水辺に咲くことからミズバショウ(水芭蕉)と呼ばれ、バショウは水芭蕉の名づけ親であると言えます。

シーボルトは多くの江戸時代の生活用品や生物の標本をオランダに持ち帰っており、トキ(朱鷺)や1905年に絶滅したニホンオオカミの剥製も含まれていて、シーボルトがオランダに送ったトキの標本に1871年学名が「ニッポニア・ニッポン」になり、ニホンオオカミは、1905年(明治38)が日本で最後の捕獲の記録であり、ニホンオオカミの剥製は現在、日本に3体、イギリスに1体、オランダに1体あるのみであるそうです。

ついでに、松尾芭蕉

松尾芭蕉は1644年伊賀上野赤坂村(三重県上野市赤坂町)に生まれ、幼名は金作、のちに宗房と名乗り、俳句発表初期の頃(1675)の号は「桃青」であった。1681年春、38歳の時、門下の「李下」よりバショウを一株譲り受け庵に植え、その葉がみごとなことから評判になり「芭蕉庵」と呼ばれるようになり、「ばせを植ゑてまづ憎む萩の二葉かな」と詠んでいます。

1682年 39歳のとき初めて公に「芭蕉」号を使用しています。1688年8月11日 45歳の時、美濃の国から信濃の国更科に、仲秋の名月を見るために訪れ、長野善光寺に立ち寄り浅間山の麓を抜け、江戸に戻っています。このときの旅を「更科紀行」として残しています。

更科の姨捨山にかかる月は平安時代から多くのものに詠まれており、芭蕉が訪れた後もその評判は各方面に知れ渡り、この月を見るのが風流とされ多くの旅人が訪れるようになったそうです。
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斑尾山麓開発の成り立ち 9

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開発の方式

  開発の主体は、飯山市、妙高村、信濃町を対象とした、約337ヘクタールを菅平方式により実施する計画であるが、
スキー場計画については国際的な大規模スキー場とする構想でもあり、効率的は投資をする観点から一部民間資本を導入する計画である。

  民間資本の導入に当っては、あくまで全体計画の一環として県の方針にもとづいて実施することとし、
このため県をはじめとして、関係市町村、民間会社の開発担当者それぞれ2~3名により、開発計画検討のチームを編成し、
 計画面、事業執行計画等について定期的な研究会をもつようにする計画である。

  また、開発の根幹でもある飯山市~野尻湖の基幹道路、妙高村上樽との同路線を結ぶ取り付け道路の一部等については、
 開発面積比により建設費用配分を行う計画である。

     とされています。
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チガヤの花穂

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チガヤの花穂から風に乗って綿毛が飛び始めました。






 茅萱(チガヤ)は白萱とも書きます。昔はこの葉で餅を包んだ物を「茅巻き」と
 呼ぶようになったと言われています。

春先の葉が出る前に咲く褐色の花穂(かすい)をツバナといって、なめると甘い味がします。

江戸時代には、チガヤのこの褐色の甘い味のする花穂(かすい)を売り歩いたといい
    「つばな売りよくよく見れば女の子」という川柳があるらしい。

 こんなのも見つけました、
  古典の「万葉集」巻八の紀郎女(きのいらつめ)が大伴家持(おおとものやかもち)に
「戯奴(わけ)がため 我が手もすまに春の野に 抜ける茅花(つばな)そ 召して肥えませ」
     春の野で採ったツバナを食べて太ってくださいという意味になる。


チガヤの名前の由来は、和名のチガヤのチは千(1,000)の意味で、多数をあらわして
  チガヤが、群生することからチガヤが名付けられたということです。

 繁殖力が強いために、亜熱帯地方では「世界最強の雑草」とまで言われているそうですが
斑尾高原では、数か所に小さな群れを見る程度で、そのようなイメージはありません。
      
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もうすぐ満開

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飯山から斑尾高原に向かう道路沿いに、木に頼り枝いっぱいに巻きつき花を付ける

  「イワガラミ」の花。
大きな岩や木に絡みついてはいのぼる姿から、このような名がついています。
  似たような「ツルアジサイ」との区別は
      装飾花のがく片が一枚で、ツルアジサイは四枚なので解りやすいです。

 飯山から600mくらい上り、直線に差し掛かった右手にありますが
         見るときは、停車して見てください。 わき見運転は危険です。



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今年も帰ってきました。

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 観光協会の事務局がある「斑尾高原山の家」のすぐ近くに
     今年も、「モリアオガエル」が今産卵中です。

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