斑尾の住人

斑尾の開発当時から居座っている人間の裏話。

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スキースクール

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久しぶりにスクールでインチキラクター・・・・じゃない
    インストラクターやりました。

今日のゲレンデはどうしたんでしょう・・?
   ものすごい混みようです。ゲレンデ入口は黒山の人のようです。
ほとんどがボードの初心者ということもあり・・・その辺にべたべたと座り放題。

 小学生の5年生2人、6年生2人の4人を連れて、そこを脱出するのに一苦労

大阪の枚方からのスキー教室かな・・・
    最初は止まる事も出来なかったほとんど初心者の4人でしたが、最後はプルークボーゲンでスーィスイ。
    4人の満足そうな顔が印象的でした。

 欲を言えば、レンタルのスキーがひどすぎます。
          20年も前のスキーを貸すのは、いくらただとは言え問題。
あのスキーであそこまで滑れるようになったんだから、今のスキーだったらもっと上達が早かったかも・・・
    スキーがもっと楽しく、またスキーに来ようと思ったかも・・・

 そんなことを感じて夜一杯やったら・・・
          ご飯を食べながら、い眠ってしまいました。
  一杯ではなく、いっぱい飲んだこともありますが・・・
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今日・・また

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今日の報道に「鍵盤の帝王」オスカー・ピーターソンさん死去の記事がありました。
  23日の夜、腎臓疾患の為カナダの自宅で亡くなったとのこと。
また、一人の巨人がいなくなってしまった。

  ピーターソンさんはプロモーターなどの関係で斑尾JAZZには来る事は無かったんですが、おらっちは彼のピアノは好きでCDの数も多いいほうです。

昨年から好きなジャズメンが次から次へと旅立ち寂しい限りです。
  2006・3・31にはジャッキー・マクリーンが73歳で、2007・1・13にはマイケル・ブレッカーが57歳、8・16にはマックス・ローチ83歳、9・11にはジョー・ザビヌルが75歳で・・・・

 マクリーンは好きで好きで、斑尾に是非と言うことで”87年マル・ウォルドロンとのカルテットでプログラムしたんですが、都合でマクリーンがステージに立てなくて、山中湖でのマウント・フジのJAZZ・FESに行き直接逢って残念な意を伝え、おらっちデザインの斑尾JAZZのTシャツを渡したことを思い出します。

マイケル・ブレッカーは斑尾JAZZに”85年にステップスアヘッドで”99年にはスペシャルゲストとして
         ジョー・ザビヌルは”89年、”91年にザビヌルシンジケートとして

  斑尾でのすばらしいステージやオフタイムでの一面・・・ただただ懐かしく寂しい・・・。

  斑尾JAZZ FESの演奏、映像、聴きながら見ながら・・・今夜はちょっと一杯です。
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今シーズンの初すべり

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昨晩からの雪が約40cm
          6時に起床・・・除雪
  なんですが・・・

  年でしょうか・・? 6時に目が覚めてしまうんです。

とりあえず、除雪を済ませて「とてちりちん」じゃない・・「ちりとてちん」を見ながら朝食、さてさっそく意気込んで初すべり・・へと思いきや

  かみさん曰く・・今日、病院でのレントゲンの日じゃ・・ない!!

  げっ・・・
    という訳でレッドクロス・・ホテル・・?に直行。

 ハッキリしない・・。  写真8枚も取りました。
        やっぱり・・・だめ!。
  ドクター曰く・・・どう?。
                 おらっち曰く・・この頃痛みかんじるんです~。
   ドクター・・・骨動くんで、痛み出るのかも・・・
痛みおさえる為に、固定用に針金・・・2本いれるか!!。

    やめて下さい!!。    そんなに痛くないんですから・・・。

  という訳で、
          午後3時くらいから・・・初すべりに、ニュースキーをはいて行ちゃいました。

   初すべりとは思えない!・・おらっちって・・・結構やるじゃん!!。

  シーズン前にはたっぷり歩いたし・・・スキーの性能のおかげ?
               しかし、やはり左膝が・・・痛ェ~。 
プロテクターは必要なんだ・・・ちょっとガッカリ。

      でも、気持ちよかったっす。
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八ヶ岳

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長野県を代表する新聞に「信濃毎日新聞」がありますが、その中の特集という紙面に連載されている「八ヶ岳」というのがあります。
  題字は「田部井 淳子」さんのものです。
     田部井さんは斑尾にも2度いらしておられますが、斑尾高原のトレイルと信越トレイルのイベントでした。
   2度とも、おらっちが現地のガイドとしてご一緒させていただいています。

 18日の紙面で「八ヶ岳」も50回になりました。
       今回は、八ヶ岳に入る登山者の安全を守る諏訪地区山岳遭難防止対策協会の隊員の方々の現況が書かれています。

   山に入る人たちの状況や学校における山岳部の実態、山で起こる事故に対処する隊員の問題など・・・・

   やはり直面している問題は、高齢化という問題のようです。
主要な母体である山岳会員の減少と高齢化傾向が原因の一つでもあるといえます。

  遭難救助となると年のことは忘れ、「気持ちを切り替え、誰も泣き言を言わない」という人ばかりという頼もしくもあり尊敬さえも感じる。

 下界にいる我々には想像も付かない、意志と体力と使命感をもった人たちの集まりのような気がします。

    山が好きだけでは勤まらないしごとであります。

 この記事の最後に、諏訪地区遭体協の隊長が、「ほそぼそとも山岳会の入ってくる若者を少しずつ育てるしかない、山岳救助は命を預けあう厳しい面があるのだから、本当の山好きにこそ入って来て欲しい」と期待を込めて呼びかけている。と結ばれています。

   ちなみにこの隊長は、おらっちの実兄であります。
        この冬も事故が無いことを願うばかりです。
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祝 スキー場開き

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本日、無事斑尾高原スキー場がオープンしました。

  昨日まで雨交じりの天気でしたが、朝がたより雪になり昼間の間に30cmほど積もり滑走が一部可能になりました。
  明日は、リフトも数箇所稼動。
            おらっちも、早速今シーズンの初すべりに・・・・。

  てことで、今日の午後はスキー4本にしっかりとワックスを塗り
     
            準備・・・万端!!。
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スキーの準備

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雪も無いんでウォーキング・・・なんていってたら朝から雪降りです。

   積雪は1日で30cmくらいですが、まだ降ってます。

 いよいよトレーニングの成果を見せなきゃ・・ってことで
              明日はスキーのワックスがけ。

14日はスキー場のプレオープン、15日からは状況にもよるけど数箇所リフトも稼動開始。

 14日は、11時30分よりスキー場開きの神事に出席だけど
                  その前に・・ちょっとひとすべり・・・

  仲間には、絶対一つも二つも何か言われそう。
                  アホッ・・か・・って。
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今日も元気に!

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今日も元気に・・・・ノルディックウォーキング
   それもシューズはモントレーのハリケーンのまま。
歩くにはまだまだそんなにつらくない気候だけど、スキー場としては・・・心配
 
   さすがにこの時期になると16時を過ぎると薄暗くなります。
ということで、15時になると歩き始めます。
    ゲレンデやトレイルランニングの大会でのトレイルは、いま平均50cmの積雪なんで
             おらっちん家から車道を大池方面へが主なルート

 家の前から大池往復だと、ちょうど8km
             往路は下りがほとんどなんで走り、復路はポールを使ってのウォーキング
  時間がちょうど1時間。

   全てをポールを使ってのウォーキングだと、1時間で6kmです。
 足がけっして長いとはいえないおらっちとしては、結構いいペース。・・・だとおもうんですが・・。

 道路に積雪にならなければ、まだまだ続けます。

  これだけやってるんだから、今シーズンの滑りはちょっと違うかも・・・
そして、来年はトレイルマラソンレースに・・・出場。

       と本人は張り切ってるんですが
友人は、皆口をそろえて・・・・・

                怪我するなよ・・・・周りに迷惑かけんなよ!・・・だって!!。

              
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野ネズミ今年は現れず

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新聞に中に、「野ネズミ今年は現れず」なんて記事を見つけました。
  木曽地方や大北地方(大町・白馬方面)では、昨年秋にヒメネズミと見られる野ネズミが大量に人家に出没して、役場などには殺鼠剤の注文が殺到したり、ホームセンターなどでもネズミ対策商品が大量に売れたとのこと。

  しかし、今年はネズミがほとんど確認されず、各地方でも殺鼠剤の注文は例年並にとどまり、ホームセンターでも昨年同時期の15%にとどまっているらしい。

 専門家の話として、今年は山のドングリが豊作で熊の出没も減っていることから、ヒメネズミも同様に餌が豊富な為山から下りてこないのでは・・・と推測。

 という内容の記事なんです。
確かに、おらっち達山を歩く者たちの間でも、今年はドングリは豊作だったと感じてますが、その反面ブナの実は本当に不作だよね~・・・が実感。

   ブナは同じ固体から雌花と雄花を一緒に咲かせる「雌雄同株」の木なんです。
りっぱな種子を付けるには、異なる個体から受粉する「他家受粉」が必要なんだって。
          花を咲かせても、他家受粉できず自家受粉してしまったり、虫による害にあったりすれば立派な実が付かないことが多い。今年は、自家受粉で不作になったような気が、おらっちはします。

  この様なことから、ブナは毎年決まって実をつけず、数年のサイクルで豊作と凶作を繰り返します。これを「マスティング現象」と言いますが、その仕組みは解明されていないそうです。

ブナの実は、タンパク質や脂質が豊富な栄養価の高い実です。
          そのため、ネズミは豊作の年に大量の実を食べ冬を乗り越え春の繁殖期を向かえ、豊作の翌年にはネズミが大発生するわけです。

 ブナは自分の子孫を増やし残す為に、実をつけずネズミを減らす為に「マスティング」を行なっているとも言われています。

  ヒメネズミは、日本しか生息しない貴重な日本固有のネズミでしっぽが長く木登りが得意で半樹上生活をしている。
   落ち葉が厚い森林を好んで、実や昆虫などを食べ年1~2回繁殖し1度に2~9匹の子供を産む・・・・だから大量発生するんですね。

  それにしても、ブナがネズミとの関係でマスティングしているとしたら・・・・すごい!!。

     おらっちガイドでブナの話をするときは・・こっちだな。
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信濃の国・・その2

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おらっち達、長野県人は海を見るとどうしてもはしゃいでしまいます。
海が無い県として、海への憧れや山ばっかし見ているせいで、あの広々とした大きさに心がうきうきして、あの山の向こうには何があるんだろう・・・より、あの海の向こうには何があるんだろう・・の方が想像したときわくわくするのかも・・・

 「信濃の国」の1番にも、「海こそなけれ 物さわに」ってあるとうり海に遠い県で、海は憧れだっかもしれないのが、3番に出てくる「諏訪の湖には 魚多し」の湖を「うみ」って読ませています。
  きっと、作詞の浅井 さんも松本の人なんで海には憧れがあったもかも・・・

12月5日の信濃毎日新聞に、「琵琶湖就航の歌」の記事が出てました。
 作詞者と作曲者の不思議なつながりを長い間調べ、自費出版をした元NHKアナウンサーの飯田 忠義さんの記事です。

 「琵琶湖就航の歌」・・・「我はうみの子・・・」ですが
         「我は海の子 白波の~」ってのは文部省唱歌の「海」で
         「我は湖の子 さすらいの~」ってのが、「琵琶湖就航の歌」

加藤 登紀子さんが歌って大ヒットしたんで、印象が強く「海」を歌うときうっかり「琵琶湖就航・・・」の調子で歌っちゃうこと・・・・ありません・・?

ここに出てくる「湖 (みずうみ)」はもちろん琵琶湖のことだけど
  これを作詞したのは、諏訪湖のほとり岡谷市出身の「小口 太郎(1897~1924)」って人。
    小口 太郎が、旧制三高(今の京都大学)のボート部で部員とボートで琵琶湖を巡っているとき書かれたそうです。きっと生まれ育った諏訪湖の情景を思い出しながらとも想像できます。1917年(大正6年)のことです。

 それと、明治33年に発表された「信濃の国」の歌詞に湖が「うみ」となってることも影響し、湖を「うみ」としたもかも・・・。

ちなみに、作曲者は新潟市出身の「吉田 千秋(1895~1919)」って人。
 独学で作曲を学び、1915年に発表された曲で、当時三高で「ひつじぐさ」という歌で流行ってたこの曲に、この詞をあてて新入生の歓迎会で歌ったところ評判になり広がった・・と書かれています。

  また、この二人は一度も会うことなくこの歌が誕生し、二人とも二十歳代でこの世を去っており、好奇心旺盛で穏やかな性格など、「二人はいろいろな面で似ていた」と長年取材をしてきた飯田さんはコメントしています。

  岡谷市の釜口水門に近い諏訪湖畔には、小口 太郎の銅像が諏訪湖を見つめるように建ってます。

それと、加藤 登紀子と小椋 桂は共に東京大学のボート部に籍を置いたことがあるらしいですが、今でも歌い継がれている京都大学ボート部の「琵琶湖就航の歌」と加藤登紀子が歌うのとは、ちょっとメロディーが違うということを聞いたことがありますが、知ってる方・・・教えてください・
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