斑尾の住人

斑尾の開発当時から居座っている人間の裏話。

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妙高山・その2

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妙高山・その1から裸形上人(らぎょうしょうにん)でちょっと広がりが出るような気配です。

  300年も生きてることがおかしいよねって思っていたんですが
熊野のお寺の寺伝によれば、
「この浜辺に漂着したインドの裸形上人が那智の滝で修行し、滝つぼから黄金の観音像を引き上げ、この寺院を開いたという。上人は720年生きた後浜辺から船出し、観音の浄土「補陀洛島」(ふだらくじま)へ去ったと伝えられる」

とのことがありました。
 
 しかし、いくら極めた人でも270年は生きないだろう。
では、裸形上人とは固有名詞ではないのでは・・・・?

 裸形とはなんじゃ。
      裸で修行をする僧たち・・・ジャイナ教だ!

  裸形上人とは一人でなく、何人もそう呼ばれる僧がいたんだ。
「南インドの霊山「補陀洛迦」サンスクリット語でポータカラに住み、観音信仰を広めた為、土地の人たちはその長(極めた人?)を裸形上人と呼んだ。」
  
  このインド人たちは、シュメール系のドラヴィダ族では無いかと・・・

何所が妙高山・その2だ!。
   妙高山出てこ無いじゃん・・・・てか。

   今日はこの辺で勘弁して・・・起きてることが困難です。
インドの歴史が効いたのかも
  次は絶対、・・・妙高山。

 
  
   
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妙高山・その一

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様々なところに表示されていることについて不思議なこと・・・・気が着きました。
  天気の良い日には必ず見ている妙高山ですが、その紹介文は、この様になっています。

「妙高山は、古くから信仰の対象として山の神と仏教の思想とが習合した信仰の厚い山と言われています。その歴史は、今から約1300年前の和銅元年(708年)に裸形上人が妙高山頂を極め、開山したのが始まりとされています。」

  ここで疑問なのは、708年に誰かが妙高山頂を極め開山したのは良いのですが、
    裸形上人というのが問題になるのです。
 裸形上人という人は、インドの人で仁徳天皇の時代に熊野の海岸に漂着した人とされているんです。
    仁徳天皇は第16代天皇で、その年代といえば313年から399年なんです。
   もし、その年代からちょっと外れたとしても、708年に妙高山に登った時は年齢が約300歳になってしまうんです。

 熊野に神が祭られたのは崇神天皇の頃(紀元前97年~紀元前30年)と言われてるし、熊野の神社や寺には、裸形上人が開祖として関係してるし・・・どうなってるんでしょうね。

 妙高山に関しては、インドから漂着した裸形上人とは別の裸形上人を名乗った人であるか、この時代にこの地方に関係のある「泰澄法師」(682年生まれ) 「行基」(668年生まれ) 「役行者」(634年生まれ)の誰かか・・・?。

 708年とすれば、泰澄法師は26歳・行基は40歳・役行者は74歳である。

違いのあるのは、それぞれの伝承で当然とは思いますが
    こんな話いっぱいあるんで
 おらっち、おしゃべりガイドとしては話題等には事欠かないのであります。
      
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あれから25日です。

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本日13時、罪を許されて足からオモリを外していただきました。
       3週間ぶりです。・・・そして悪夢から25日たちます。

  見るも無残な青白く細~ィ・・・・左足を想像してたのですが
ぱっくりと割れた白~ィオモリから出てきたのは・・・・

      桃太郎でした。・・てな訳あるわけね~よな。

  ドクターいわく、がっちりとした良い足してるんだ~。  関節の骨もきれいだし、ゆっくりと動かして行きましょう。・・・だって!
リハビリも家で、風呂にはいって暖めてから自分でやればいいよ。・・・だって!。

  しかし、ふくらはぎ・大腿部の筋肉は、ギブスをつけていた時のトレーニングが効いたのかバッチシなんだけど、かんじんな膝に力が無く ふにゃって行きそう。
でも、膝は痛みもなく90度までは曲がりました。

実は、入院中右足の筋トレしすぎて親指に痛風でちゃったんです。
    ドクターいわく、病院の食事で入院中に痛風?かぁ~~・・・・ハッハッハァ~~だって。
  
   痛いんで薬くださ~い。
   薬なんてねェ~よ。 まッいっぱい水分とって尿酸出すのがいちばんの薬だな。
 
その夜、3リットルちかいあらゆる水分とって、朝までのうちに痛い足ひきずって(どっちの足悪いんだかわかんなくなっちゃいました)
    10回近く必死に尿酸出しました。
 そしたらどうでしょう・・・・痛みがひいたんです。
    やっと、怪我したのは左足だったんだと思えました。

    今夜はシャワーでなく、ゆっくり湯船につかるぞ~~。
        ドクターいわく、もう1日がまんして・・・傷の所の抜糸したんで。・・・だって。  トホホ。

   膝曲がるんで、足上げてつかるぞ~。 お祝いに酒も飲んじゃうぞ~。

 足は自由でなく痛くも無くで、内蔵はなんともなく、こうゆうのって困るよね。
楽しみは食って、飲んで、寝るだけなんで・・・体重が心配

  まずは一安心です。体重は2キロ減ってました。

ご心配いただいた方々にはご報告かたがたお礼をもうしあげます。
     そして、様々なご迷惑をお掛けしました。   感謝・感謝です。
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予期せぬ出来事

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7月2日、雨が降ったり止んだりの午前でしたが、午後になって日差しも強く暑くなったのでちょっと体を休めに、食事つきで昼夜を問わず全てをケアしていただけるホテル・・・?に12日間ほど滞在して来ました。
        フィットネスルームもあり終わった後はマッサージもしてくれるんです。
   部屋には、車椅子も用意されていて移動も歩かなくていいし、手が痛いといえば後ろから押してくれたりもします。

ホテルに行く時には連絡(62-0119)は必要ですが、
        前もっての予約は必要ありません。

    急ぎの場合、赤色灯を点けピーポーピーポーと音が出る車で迎えに来てくれますし、入ると直ぐにレントゲン・CT・心電図などの全身チェック等があり、傷などがあると直ぐに処置してくれます。
   また、傷が少々大きいと痛みが無いように注射なんかして、傷口を縫ってくれます。
  せっかく休みに来たんだからとあまり歩き回らないように、足にはけっこう重たく硬いもの巻きつけたりもしてくれます。
  チェックが終わると、ベッドに寝たまま部屋までつれてってくれるし、元気の出る水を直接血管に入れてくれます。
    
   とにかくいたれりつくせり・・・・です。
 
14日には、どこか遠くに行かないようにと左足には足かせを付けたままでしたが、名残惜しく家に戻って来ました。

滞在中は、多くの友人が部屋まで訪ねてくれたり、一人の友人は3日間ほどわざわざ、おらっちの部屋の近くに部屋を取り滞在し時々顔を見せてくれたりしてくれました。
    皆さんの心づかい本当にうれしかたっし・・・ありがとうございました。

 滞在中、いろんなことを考えましたが人間一度に二つのことは出来ないんだな~と、つくずく思いました。
  例えば、車を運転しながらお昼寝はむりだとか・・・・。
 確実に一つづつ、運転する時は運転。昼寝するときは昼寝。

  休み癖がついたのか、家に帰っても元気になるように、食事後必ず錠剤の栄養剤・・・?を飲み、関節にはあまり太くならないように冷たいものを貼ったりして休養の毎日です。

  休養中多くの皆さんにご迷惑をお掛けしまして、またご心配をいただき
      誠にありがとうございました。

  ただただ、自分ひとりでよかった。人に痛い思いさせなくて良かった。

不幸中の幸いって思うしか・・・・・。
         家族の皆にも感謝、感謝。
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