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秋の逍遥感に誘われて…。

2007-10-18 11:03:28 | Weblog
先日纏め上げた中島ノブユキの取材原稿に「心の路地へといざなう独創の逍遥感」という仮題をつけてみた。じぶんなりの言葉上の整理がひと段落すると執筆中流して続けて、ある種格闘してきた前作『エテパルマ 夏の印象』と(発売されたばかりの)最新作『パッサカイユ』の印象もまた違って、さらなる輝きを増して耳を通過してゆくから面白い。

前作の5曲に参加した渡辺香津美(g)はある演奏を録ったあとに「水車小屋みたいだったねぇ…」と(彼らしいというか)言い得て妙な感想を述べたらしいが、中島ノブユキの世界をかなり語り明かしている至言ではないかと思う。実際、肌寒さを増してきたこの半月あまり、思わず心がふさぎこんでしまう日には(先日の投稿で触れた)大石学の新作『TOSCA』を聴いては「悲しみの効用」に浸り、平常心へもう一歩という段を迎えると何度、中島の2枚を続けてかけ、その水車小屋のような「美しさの効用」に身をゆだねたことか。

で、その話題の最新作『パッサカイユ』発売記念のライヴが今宵の『JazzToday 2007』@STB139最終日の演目。じつは中島のソロ・アルバム第一弾『エテパルマ』は昨秋の同イベント用に作曲&編曲され、その成果がアルバムに結晶されたといふ経緯を持っているが、今回の第二弾は直前のアルバム発売が実現し、ほぼ同じメンバーでほかほかピッカピカの生演奏が堪能できるといふ見逃せない一夜となる。中島の告白によれば、「じつは昨年のライブでは予定していた2曲がアンコールがなかったために演奏出来なかった(笑)。前作の最後の2曲がそれです」なんていふ秘話もあったそうな。

それはおそらく(じぶんは昨秋、別件があって観れなかった…)、まだ、当時は中島ノブユキ・サウンドの何たるかを初お披露目に居合わせた聴衆の側が受け止めきれてなかったか、その後の結晶アルバムを聴いて後付け的に推測するならば「今、この場で、ほんのさっきまで」蜃気楼のように立ち上っては瞬時に消えていった審美的サウンドに幻惑され、喝采の仕草を忘れてしまったのかも…さて、少し耳慣れてきたといふか、「中島ノブユキを聴きに行くぞ!」といふ意識で本日のステージに向かう人々の反応はいかに? 行くでしょう!
コメント (22)
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「言いだしかねて」があるのなら…。

2007-10-17 04:09:25 | Weblog
一ヶ月程前、南博(p)と一時間前後の対話をして話題がスタンダードに及んだ際、「僕はあんまり歌詞については考えないですね。ボーカリストと演る時はまた別ですけど」という発言を聞いて「なるほど、そうか…」と妙に腑に落ちた感触を得た。似たような発言は過去にも幾人かの音楽家から拝聴した記憶はあるものの、とかく歌詞の大意を鑑賞や曲解釈の糸口にしてしまいがちなじぶんはついぞそれを忘れて「旋律」に触れていたりする傾向があるので、南の言葉を改めて新鮮な想いで受け止めたのだろう。

ライヴが始まる直前、指を鍵盤に下ろしてポロンと数音試奏するだけでもその場の空気を変えてしまう南特有の「霊性」と、その正体については以前から言葉に変換できそうでそのじつ掴みかねてきたが、先の言葉は今後の採集作業に大いなるヒントを与えてくれそうだ。で、その日の南は「言葉と音楽の関係性」について、「ベートーヴェンとかはやはりドイツ語の音楽だと思う」と前置きし、「ドビュッシーやラヴェル、それとサティはやはりフランス語じゃないかな」「ビバップ特有のフレーズにしてもたぶん、当時の黒人たちはスラングを交えてああいうふうな喋り方をしていただと僕は思うんですよ」との見解を述べた。

ここに「あんまり歌詞については考えない」といふ南の、それでも歌詞の大意が感情表現として十分伝播してくる運指の鍵が隠されているのではないか、とじぶんの拙い耳が脳髄の路地で推測する。で、今宵の『JazzToday 2007@STB139』は南博ファンには必見・必聴のプログラム。一部は「研太くんがリーダーで活動するとしたら誰とやりたい?」といふ南の発案から「外山(明:ds)さんと水谷(浩章:b)!!」との津上の即答で結成されたBOZOのライヴ。津上作品を名うての達人4人で奏でるBOZOの特筆ものの現況に関しては少し前の本欄でも熱弁したとおりであるが、BOZO未体験ながらも興味津々の向きには今宵が初体験の絶好のチャンスと推薦しておこう。

といふのも二部は、芳垣安洋(ds)&鈴木正人(b)との三つ巴が神秘的な新生・南博Trio+弦楽四重奏の希少な豪華共演。南の霊性が水谷or鈴木のベース、外山or芳垣のドラムスで一石二鳥×2で堪能でき、しかも『Touches & Velvets』や『Elegy』で展開された中島ノブユキ編曲のwith ストリングスものが味わえて、年内発売予定の同Trio作『My Foolish Heart』の審美的な世界が生で先行体験できるであるから、今夜はいったい願いましては何石何鳥のお耳ハンティングとなるのだろう…募る思いを寄せている相手がいるならば、言い出しかねている言葉を駆使するよりも今宵の本ライヴに誘うべし!
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「研究する人生」から「アドリブする人生」へ。

2007-10-16 08:49:23 | Weblog
今年の夏から初秋にかけて(じぶんとしては珍しく)コミック本を結構読んだ。いずれも未完といふか現在進行形の作品を入手できる先から読破してみた。まずは今更ながら作・雁屋哲/画・花咲アキラの『美味しんぼ』にハマり、次いでハロルド作石のロック漫画『BECK』に溺れ、先日は浦沢直樹の『20世紀少年』(+『21世紀少年』)も刊行済みの巻まで読み終えてしまった。「さて、次は『もやしもん』かな…」と考えているうちに、先週から深夜のアニメ版が始まったので「読む」より「観る」が先行しているが、第一回の放映を観るかぎり、かなり面白そうなので「読む」のは暫し先送りにしておこうと思う。

ところで多種多彩な「研究する人生」のなかでいったい、蘚苔類の研究を選ぶ(選んだ)人の人口比率がどれくらいのものかは定かでないけれども、最近のわが書斎のヘヴィーローテーションBGMと化しているジャズ・フルーティストの新鋭・太田朱美といふ女性はかつて「その道の最先端」である広島大学で蘚苔類を研究していたといふ(少なくとも)ジャズ界では異色の経歴の持ち主。本人によれば「本気で研究者を目指して入学したのですが、なにぶん算数が苦手なもので…」苔を齧る程度で進路を頓挫。「博物館の学芸員といふ道もあるにはありますが、なんせ需要が少なくて…」完全にそちら方向は諦めたとか。

が、捨てる神あれば拾う神ありの訓えどおり、同大のジャズ研で「演奏する人生」の魅力に取り付かれた彼女は「アドリブする人生」に自らの活路を見いだし、生来の行動力も手伝って、その音楽的センスが広島入りする東京の中堅組にも評価されて卒業後の上京=ジャズ人生を英断。今秋はとうとう初自己名義のデビュー盤『太田朱美/Risk Facter』を発表するまでに至ったのだから面白いというか、人生どう転ぶか分からないし、その音楽的個性は「苔が生える」どころか、ピッカピカに輝いて不思議な世界観を放っている。

Risk Facter(危険因子)とは彼女も含むカルテットの名称でもあるが、その記念すべき一枚目はナント、水谷浩章の全面プロデュース作にして大半のアレンジも水谷が手がけている話題盤。とりわけ太田の筆による大作<アメリカ自然史博物館組曲>が最大の聴き所だが、学芸員志望を断念した雪辱が顕微鏡からフルートに持ち替えて音楽で晴らされた(といふわけでもなかろうが)!? 一時は蘚苔類研究の道を目指したといふ彼女の視点が独創的で、それ自体希少なジャズ・フルート奏者の新たな傑作として今後話題を集めるのは必至だろう。

なんせRisk Facterの4人組+大儀見元(per)の特別編成に加え、水谷率いるPhonoliteの選抜アンサンブル隊が全篇に渡って後方支援した「超新人級」の豪華アルバム。しかも本日、今宵の『JazzToday2007@STB139』では彼らの共演というか、二部構成で「Risk Facterの世界」と(太田朱美も参加している)「Phonoliteの世界」が一気に満喫できるのだから見逃すテはない。「醸すぞ!」とは『もやしもん』が生んだ流行語だが、一体この豪華な顔ぶれがどんな魅惑のサウンドをそれぞれ醸しだすのか、御用とお急ぎを保留にしても観よ!
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今日から六本木で…

2007-10-15 09:10:19 | Weblog
先日、初のソロ作品『TOSCA』を発表した直後の大石学の取材記事を纏めていて、近年の五木寛之本には“悲しみの効用”を肯定的に説く世界各地の言葉が存在し、この美しい話題作はそれらの言葉から多くのインスパイアを受けて誕生したという件が興味深かったが、それ以外にも没後10年を機に発売された様々な武満徹作品を聴き、武満本から興味が枝葉して触れた『瀧口修造の詩的実験』等の読後感も少なからず新作に影を落としているという秘話が面白かった。

じぶんの場合、音楽(界)ならば音楽(界)の流行とか現象と自らの興味の潮流が重なるコトは結構稀なのだが、今夏に限ってはじぶんの中でもちょっとした武満ブームが巻き起こってCDや関連本にかなり溺れた。直接のきっかけは猛暑の中で汗と一緒に流れたのか、もはや失念してしまったが、とにかく2007年8月が「武満の夏」であったのは確か。

いや、思い起こせば何もじぶんなりの武満作品への再接近現象は今夏に始まったコトではなく、それは渡辺香津美&吉田美奈子の珠玉デュオによる傑作<翼>を聴いた昨年の初夏以降、徐々に加熱していったに違いない。その夢の共演を『Guitar Renaissance Ⅲ <翼>』で聴いて感動の落雷に打たれ、その夏のPIT INNのDUOライヴで蜃気楼の如く魅せられて以来、武満作品はそれまで以上にわが書斎に響いてきたコトを今になって思い出す。

さて、本日から開幕する『JazzToday 2007@STB139』の初日はナント、贅沢にも件の二人による豪華共演ライヴ。昨夏のPIT INNでは<翼>は勿論のコト、こんなに…あれも…それまで…と、美奈子ファンならば垂涎どころか悶絶するくらいの名曲オンパレードで、しかも世界の香津美のアコースティック伴奏で次から次へと名唱/名演が繰り出されたのであったが、さあ、今夜のDUOはいったいどんなサプライズが飛び出すのであろうか。注目!
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「生きていた」って言ってみる。

2007-10-11 08:08:04 | Weblog
先日、藤原大輔の取材記事をリライトしていて字数の関係上から触れられなかった部分について書き留めておこうかと思う。プレス資料上で明かされている新作の制作秘話を本人の口から聞きなおすといふQ&Aをよしとしない場合、どうしても当時の質問事項は大いなる抽象性に満ち、質す側のこちらでさえ展開が読めないといふ流れにならざるを得ないもの。

そうやって嬉しい誤算的なコメントが豊作できれば取材は成功といふわけなのだが、その場や帰路で大いに盛り上がってもいざ「纏める段」を迎えると事情はべつで、紙幅の限界や現場ならではの高揚感(を感じつつも実際活字に起こすと意外に面白くない内容だったりとか)、書く時点での(取材から数日経過後の)こちらの志向性の変化や時にはそれこそ体調までが作用して、当初は「こう書こう」とか「ここをクローズアップして纏めよう」とか想定していた筋道が大幅に軌道修正されたりすることはリライト作業で日常茶飯事だ。

たとえば、現にこうして上記の如く冒頭の行を書き始めながら徐々に想定外の支流へと流されている例からも歴然のように(笑)。まあ、凡そ2000字で纏められた藤原大輔の完成原稿自体が「(音楽の発展が)取りこぼしたもの」や「源流を遡ってから自分の川を創る」といふテーマが中心となったのであるが…それにしてもこの文章は本流から外れすぎか!?

要は「書きこぼしたコト」とはこうである。新世紀が明けて以降、じぶんのなかではもう便宜的なジャンル(分け)用語や一見「言いえて妙な」音楽用語にふり回されて誰かの音楽を聴くのは戒めよう。そういう邪念を極力排し、常に「彼の(彼女の)音楽」「彼の(彼らの)新作」として接しよう、と心がけてきたのだが…そして、それは前世紀から自律としてきた姿勢ではあるのだが…PHAT時代の藤原大輔からquartz-head名義で活性化している現在の彼のサウンドに接する度、いかにじぶんが「ジャズ」や「テクノ」等の既存用語に呪縛されてきた余り、「感じるコト」の妨げを自らが設けてきたかを最近になって改めて気づいたのだ。って、なんか書いてるコトがヘン!? もしかして通じてないか…。

まあ、件の原稿を編むに際して、じつはそこいらへんの内面の変遷事情から書き始めようかと当初はつらつらと考えていたのだが(…といふ仮面の告白的な裏話がココでの主題なのだが)、その第一行目を何度書き直しても一向に先へは遅々として進まない「五・十日(って、どう書くのよ!?)のATM前」状態が続いたので、この前の三連休もふて寝のまま過ごして、結局は大いに軌道修正した流れの原稿を仕上げたのだが、そういう「使わなかった部品」的な「幻の試作品」ふうの見解(?)を未完のまま掲示してしまうのはそれはそれで便秘解消後の爽快感にも似て痛快、(少なくとも書き記す本人のみには)ブログ力の意義があると今思った次第だ。

そんなこんなで(何が何やら、ああしてこうして)、quatrz-head (a.k.a 藤原大輔) talk 05の最新ライヴは11月4日にクアトロで行なわれるのだが、情報の詳細はJazzTodayのHPで確認して頂いた上、ぜひ当日は足を運んでいただきたい。って、じぶんばかりがすっきりしての久方再開投稿だったけれども、来週の月曜日から『JazzToday 2007』@STB139がいよいよ始まるコトは皆さん、既にチェック済みかしらん。前述の11月編も注目だけど、10月編も内容充実よ!
って、お前は「広告塔」か!? たとえ号泣してもエリカ様には到底なれないけれども…。
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JazzToday2007@スーパー・デラックスの…

2007-09-11 14:08:17 | Weblog
最終日となる日曜日は、開演時間と渡辺香津美の取材時間が重なってしまい、取材後の恵比寿からかけつけた時には既に最後の演目の前の休憩時間。その日の全体の空気を読めないまま、ピアノ+ダンス+ヴォイスによるパフォーマンスを堪能したが「未知との遭遇」を謳った今回のイベントにふさわしい終幕だったといえる。で、この日に関しては報告者の資格に欠けるので、今回のある意味での「主役」であるプリペアドピアノといふかセッティングの内側を(スタッフ撮影の写真で)横顔紹介しておこう。とにかく毎年恒例の@STB139のJazzToday(今年も来月開催!詳細はwww.jazztoday.jp/でご確認を)と一味違った西麻布での5日間、来年も行なわれるしたらさて、どんなサプライズが仕込まれるのであろうか…。
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8日の土曜日は…

2007-09-11 13:36:26 | Weblog
即日完売のスペシャル共演、ub-x meets kikucihi、つまり橋本一子(p),井野信義(b),藤本敦夫(ds)のトリオに、菊地成孔(sax) が一夜だけ絡むといふ豪華な演目がスーパー・デラックスにて繰り広げられたわけだが、かつては音楽学校の先生(一子)と生徒(成孔)の関係であった都合上、橋本先生は演奏前から「教え子としての菊地成孔(の存在感)」を紹介MCで語りだそうとし、菊地成孔が「センセイ、もう止めましょうよ。早く演奏に入りましょうよ(苦笑)」と照れる場面が冒頭にあった。

じぶんにとっては意外といふか、想定外だったのは曲によって菊地が加わるといふ構成ではなく、全曲に「完全共演」した点だ。いわゆる華を添えに的なチョコっとゲストではなく「一夜だけのサプライズ」に双方本気で取り組んだ証し。が、そこはこの面子、「サウンドチェックと行き方を多少決めただけで」本番に臨んだといふ。で、これまた意外といふか、菊地の参加といふ増量感が決して「やかましさ」には結びつかず、むしろ通常のトリオ演奏よりも「深い静けさ」を伴なったようなサウンドに化学反応していたあたりがいかにもub-xらしいといふか、この4人らしい全体的な響きの印象として記憶された。

じつは「整体師つながり」であったとか、一子作品に菊地が参加していた際のPV秘話だとか、MCのそれぞれも「いかにも」の応酬の一夜だったが、演奏中はいつもどこやらか「水の(流れる)気配」のようなものが幻聴然として響いてきたのはなぜだろうか…アンコールは待ってましたの、<マシュケナダ>!! 橋本+藤本+菊地のボーカルが絡むといふ希少な曲で最後の喝采を誘っていた。そういえば「マイルスつながり」でもあるんだなぁ…。
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今年100冊目の読み倒し本は…

2007-09-09 15:27:54 | Weblog
池田晶子のオン!(埴谷雄高との形而上対話)にしようと一昨日は(13時からの林夕紀子の取材から戻って遅い昼寝のあと)家を出たのだが、自宅/スーパー・デラックスの往復で残り半分を読了するはずの昨日は(昼間の取材がなかったので午前中、中央図書館に足を運んで借りてきた)田中和生のあの戦場を越えて(日本現代文学論)が割り込んできて読みだしてしまい、どうやら今年の100冊目は後者となりそうな気配である。

JazzToday2007@スーパー・デラックスの3日目(7日)のステージはExotic grammarと題しての一夜。1部がB.G.M(南博/パードン木村/ツガミケンタ)、2部がnumb×坪口昌恭の出演だったが、大半の面子と面識があるとはいえ、それぞれのユニット自体に触れるのはじぶんも当夜が初めて。どういふ出遭いや意気投合を経て各ユニットが組まれたのかといふ経緯的な部分も「ツガミケンタ」とカタカタ表記しているあたりの心理もとくに訊いてはいないが、それなりに(音色の個性も)知っている人たちの「違う一面」を鑑賞できるのもこうしたイベントの愉しみな部分。実際、ほぉ/へえ/ふ~ん/そうくるか…の連続で各1時間前後の瞬時に消える物語を堪能できた。

それにしてもこうやって「一夜限りのセッション」であれ「意外と長く続いて」いたり、いずれは「違うユニットに変貌していったり」離合集散を繰り返している音楽家たちの動態に触れる度に思うのは、(編集といふ行為もこうやってジャムな気分で進められたら素敵なのになぁ…)といふ羨望感である。なんやかんや云おうが紆余曲折を経ようが結果、かたちとして残る単行本や雑誌に比べ、鳴り響いた端から虚空への消えてしまう音楽の場合、それゆえのスリリングさや一回性の感動に満ちていたりするのだが、どうにもそこが羨ましい次第。さて、3ヶ月連続企画のJazzToday2007、5日間に渡る9月編は本日(9日)が千秋楽となりますが、今夜のプリペアド・ナイトはいかなる展開となるのか、期待大!!
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昨日は出かける時間が迫ったため…

2007-09-07 10:40:18 | Weblog
初日(5日)の後半セットに関しては一言も触れられなかったし、(今週はあまりにも取材が立て込んでいるため)ライヴの直前に芳垣安洋に時間を割いてもらい、「グラマラスレーベルとアルゼンチン音響派の邂逅」について語ってもらったという記述も抜け落ちていた。その芳垣(per)をはじめ、中島ノブユキ(p)も参加して完全即興の圧倒的凄みで魅せてくれたのが初日の第二部だった。

こういふ空中に消えてしまっても、その場にいた耳の被験者たちの脳内には確実な印象を数日残響させてやまない音(楽)の報告を綴るコトはどこかもどかしい…それこそ今日も明日の演目でもいったい何が起きるか分からない、事前には誰も予測記事など書けない、始まってみなければ意識が「どこへ」連れていかれるかも定かではない、からこそ面白いのであり、その未測性に関しては『JazzToday2007』制作者も自信がありそうなのでお薦めしている次第なのである。

初日の二部では分離されたドラムキットが壁の両側にセットされ、客席の中央あたりに白い大太鼓が鎮座し、知ったかぶってもとても全部の名称は記せない数の、雑多な種類の打楽器やいわゆる鳴り物が会場の隅々に配置されてパフォーマーたちの登場まで沈黙を貫いていた。(のだが、)芳垣らが最初の一音を発した瞬間からこのスーパーデラックスといふライヴ空間そのものが「いちばん大きな楽器」だったコトに改めて気づく。前述の二人に高田陽平(per)、梅田哲也(自作サウンドツール)の加わった4人の奏者たちは「鳴るのなら鳴らしてみよう壁さえも」の心意気で怒涛の音の洪水によって終始、聴き手を驚愕の渦のなかへ巻き込んだ。

今回掲載した写真は、文字どおり「自作サウンドツール」としか記しようのない、当夜の梅田が“奏でた楽器”であるが、なぜ電熱器がライヴ会場に必要なのかについては是非今後、何かの機会に彼の名前を見かけたらそのライヴに足をお運びになって自分の眼と耳で確かめられてはいかがだろうか。それはたとえば「07年9月5日pmの芳垣安洋」、その演奏スタイルについて数千字を用いて表わしてみても「音」の細部の表情は一向に伝わらないのと同様、やはり直に体験した者にしか、その独自性は理解できないわけで…それは昨夜(2日目)の中川賢一による「中島ノブユキの内面を推理する」演目の素晴らしさもそう。あの嵐のなか、雨の西麻布に足を向けた人のみが知る一夜限りの感動であり、今夜はいったい何が起きるのやらについてはイベント関係者も予測できないし、ひたすら情報(www.jazztoday.jp/)を見て判断してもらうしかないが、じぶんとしては午前中から待ち遠しい。
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今週は、♪月曜日は市場へ出かけ~的な…

2007-09-06 17:09:41 | Weblog
怒涛の取材&ライヴ週間となっている。月曜日は19時から作・編曲家の中島ノブユキに「YMO体験と新作について」拝聴し、火曜日は15時からピアニストの大石学と再会して新作『TOSCA』の制作舞台裏を聴き、昨日はやはり15時から「デビュー盤秘話」を南 博自身に語ってもらい、本日は13時から藤原大輔と「quartz-headの3部作について」歓談したあと、一時帰宅してこれを書いているのだが、じき日が暮れたら西麻布のスーパー・デラックスに向かうといふ流れは昨日と同じ。そう、昨晩から(11月まで3ヵ月連続で敢行される)『JazzToday2007』が同空間で初日を迎え、スタートしたのである!

初日の昨晩はプリペアードピアノの生演奏に触れるといふ(おそらく/かなり)希少な眼と耳の体験を堪能した。連日の出演ミュージシャンと本日以降の内容の詳細については、JazzTodayのサイト(www.jazztoday.jp/)を参照してほしいのだけれども、昨晩のような音楽的“未知との遭遇”をしてしまふとやはり「観ないと損よ!」といふ我田引水な常套推薦句をつい記したくなってしまうもの。今年の、といふか今年も、と表現すべきか、JazzToday2007の演目はかなりヘン…だって5日間に渡る初っ端の9月編、通称「ピアノ・ナイト」の初日(昨晩)と最終日(9日)は「ジョン・ケージ作品の演奏」と「ケージのプリペアードピアノセッティングによる」コレクティブ・インプロヴィゼーションですからね…ナンじゃ、そりゃ!? と、反応する方のほうが大勢だろう。

じぶんもこれまで高橋悠治のCDで触れた程度で、そのような「生演奏」を鑑賞するのは初体験の一夜だったわけで。演奏開始当初の率直な感想は「なんだか秋竜山描くところのチャカポコチャカポコのような響きであるなぁ…」といふユーモラスにしてシュールでキュートな耳障りであった。中川賢一が紡ぎだすケージ作品の触感はどこか遠近が曖昧で、氷上を滑走しこれから離陸する鶴の脚元をオペラグラス越しに凝視しているかのような、といふか、それでいて「この世の森羅万象には喩え難い」ような響きにも聴こえ、とても面白いひとときを過ごした次第。上手く言えないが正直、「東京で音楽を聴く」特権のような満足感をひさしぶりに覚えた。同じ中川賢一は今夜、バッハ、ラヴェル、ドビュッシー、リストを弾く。これからでも間に合う、読んで心騒いだ方はヒルズ横の地下空間へ急げ!
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