経営コンサルタント田上康朗の雑感帳

経営コンサルタント田上康朗が、気ままに本音で記す雑感帳です。書く日もあれば書かないときもあります。

とうりゃんせ

2009年09月05日 | Weblog
昨日の話を続けたい。


こんな事例がたびたびあるとか、
いつも何か得をしている、ということではない。

が、断言できることは、自販機でこうした対応を
してもらったことは一度もない、ということだ。

この自販機を「マニアル」や「定型文」と置き換えてみれば、
巷の商店街やWEB商店は、自動販売機だらけである。


手間暇をいとえば、「マニアル」や「定型文」。
自分都合を優先すれば、「マニアル」や「定型文」。
合理化、効率化には、「マニアル」や「定型文」。
人減らし、リストラには、 「マニアル」や「定型文」。

この作り手、売り手、自分にとってのプラスによって、

個別対応から遠くなる。
消費者との距離も遠くなる。
消費者接点を失う
五感共有できず。
消費者が、背を向ける。

こうしたマイナスが作り手、売り手、自分に
戻り矢としてふりかかりはじめた。
これが今、これから続く潮流。

この潮流そのものが、戻り潮流。
このポロロッカは、どこへ戻るのか。

原点、本質、起点、当然、当たり前・・・・
すべからく、こうしたところへ帰着する。

えさ代を惜しむのが釣り人の仕事か。
違う。
えさを投じて、みあう魚を釣るのが仕事。

人件費など経費を惜しむのが、経営か。
違う。経費を投じて、みあう売上を上げるのが経営。

なぜ、こうした主客転倒の流れができたのか。
なぜ、こんなおかしげな縛り、刷り込みに支配されるのか、
これぞ経営学、といった話も本も、
作り手・売り手良かれを、これ良し、こうやればうまくいく
この道、とうりゃんせ、とうりゃんせと、かしましい。
が、もう反面、片面、帰りは「こわい」は伏せる

        *
『通りゃんせ』
作詞・不詳 本居長世 編・作曲

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちょっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ
この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ




怖いながらも、私たちはもう一度
原点、本質、起点、当然、当たり前に
戻らなければならないのだ。