ビジネスと法律

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訴訟における当事者、弁護士、裁判官について

2005年11月20日 | 判例一般
 私は、訴訟において、弁護士の方の力量、その事件に掛ける熱意、そして、費やす時間の三つの要素によっては、勝訴できる事件でも敗訴になる可能性があるとこれまで推測していました。 今回、元裁判官で、現在は、弁護士で中央大学の升田純教授の著書から、弁護士のみならず、当事者本人も裁判官と直接会話したりするので、本人の性格、人相、言動が、裁判官に重要な影響を与えることを知りました(升田純著『要件事実の実践と裁判 裁判例と事例で学ぶ』13~16頁 金融財政事情研究会、平成16年6月18日発行)。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-NIPS=9978363742

 さらには、裁判官についてですが、

 ①裁判官の能力、認識、性格が裁判に影響を与えており、問題は、どの程度影響を与えているのかが明らかでないことだそうです。

 ②升田教授が弁護士になられて、裁判官は他の裁判官の法廷の訴訟指揮を見聞する機会は非常に少ないため、裁判官によっては裁判の仕方が非常に異なることを実感されたそうです。

 ③裁判官の中には、「どちらでも書けるぞ」と和解を勧めた事例等を見聞したことがあるそうです。

 ④裁判官の属性は多様であり、このような多様な属性が裁判にどのような影響を与えているかは、ほとんどわからない実情であるという認識を持たれています。

 裁判官については、“ブラックボックス”の状態ということでしょうか? 司法修習生の教育のみならず、裁判実務を研究されている司法研修所において、さらなる解明が待たれるところだと思います。

新刊紹介 新堂幸司著『新民事訴訟法(第三版補正版)』

2005年11月18日 | 民事訴訟法
 弁護士で、愛知大学の新堂幸司教授著『新民事訴訟法』(弘文堂)の補正版が出ました。たしか『民事訴訟法』の初版は、筑摩書房から刊行されましたね。なつかしい本です。ちなみに、私は、民訴では「新堂世代」(笑)です。
http://www.koubundou.co.jp/books/pages/kbn2251.html

 (参考)
  新堂教授の経歴
http://www.mhmjapan.com/home/lawyers/allLawyers/mhm00000376.html

ADR japanの紹介について

2005年11月17日 | 法律一般
 ADR(裁判外紛争解決)という団体をご紹介します。
http://www.adr.gr.jp/index.html

 メーリングリスト
http://www.adr.gr.jp/maillist.html

 訴訟件数は着実に増えていますが、裁判官の増員は多くはなさそうです(正確には、退官者を補充分と若干の増員だと思います。)。訴訟を提起せざるを得ない場合は当然あるでしょうが、裁判外で法律知識をよく承知されている方からの助言に基づき、和解されることがあくまでも一般論ですが、当事者にとっては、最もベストな手段だと思います。

 ADRのメリットについて、京都産業大学の中野貞一郎教授は、『民事裁判入門』37頁(有斐閣、2002年11月10日発行。現在は第2版補訂版が刊行されています。)で、次のように述べられています。
http://www.yuhikaku.co.jp/bookhtml/012/012388.html

「ADRのメリットとして、次のような点が挙げられる。
① 手続が簡単・迅速であり、費用も低廉で、訴訟への途を事実上、閉ざされてきた多くの人びとに救済のルートが拓かれる。また、手続が非公開なので、プライバシーや営業秘密が保持される利点もある。

② 個別の紛争の実態に即した、柔軟な解決基準を求め、実質的に妥当な処理が可能である。

③ 法律家以外の人たち、とくに各専門領域のエキスパートの関与による紛争処理が可能である。

④ 行政系・民間系のADRの活動により、裁判所の過重な負担を軽減し、司法の健全化を促すことができる。

⑤ ADRは、国家の司法権の作用ではないので、国際的・渉外的な紛争に対応した解決を導くことができる。

 しかし、その反面、ADRでは、相手方を強制的に手続に引っ張り込むことができず、手続の開始なり決着について相手方の同意がなければならない。また、手続のうえで十分な主張・立証の機会が確保されるかどうか、あるいは紛争処理機関の中立性などについての懸念も、なくはないし、上訴の制度をもたないので1審限りとなる点に格別の注意を要する。
 ADRの展開と盛行は、常に、訴訟による実態法規を基準とした強制的紛争解決が正常に機能しうることを必須の前提とするといわなければならない(なお、後述(4))。」

学者の誤解では?

2005年11月09日 | 法律一般
 東京大学の内田貴教授は、『民法1-総則・物権総論(第2版補訂版)』3頁(東京大学出版会、2002年3月15日発行)で、次のように書かれています(現在は、第3版が刊行されています。)。
http://www.utp.or.jp/shelf/200508/032331.html

「暗記か理解か
 民法の入門書の古典といえる故我妻栄博士の『新版民法案内』の第1巻「私法の道しるべ」の冒頭は、「法律を学ぶには、暗記しないで、理解しなければならないという項目から始まる。このことは、今日でもしばしば授業等で指摘されるし、私自身もそのようなに教わった。しかし、法律学の勉強が外国語の学習にたと得るなら、暗記せず理解せよ、というアドバイスはやや奇異である。外国語の勉強に、暗記せず理解せよ、などと助言する人はいないだろう。」

 私は、初めてこの文章を読んだ時、「本当にそのとおりだ!」と、内田教授の見解に賛成したのです。さらに、内田教授は、「重要なのは、適切な情報を、その内容を十分に理解したうえで、適切な順序で記憶することである。そのためにも、そのような配慮のゆきとどいた教科書が必要である。」という言葉で結んでおられます。この最後の見解に対しても、私は賛成でした。

 しかし、「適切な情報」とは何でしょうか? やはり、その説明が必要だと思います。適切な情報とは、法律を適用するための「事実」・・・・すべての事実ではなく、「法律を適用すべき事実」に対して、法律の何を適用するか、ということでないでしょうか。では、「何を適用」するのでしょうか? それは、法律に規定されている法律用語の意義・要件・効果を適用することだと思うのです。
 ですから、法律用語の意義・要件・効果をまず、理解して、記憶することが大切です。さらにいえば、この投稿記事の主眼は、上記の「意義・要件・効果」についてではないのです。主眼は、内田教授は、我妻博士の見解を誤解されているのではないか、と疑問を持ったことです。

 どういうことかと言いますと、我妻博士の思いは、次のものであったのではないかと思うようになったからです。

「みなさんは、法律書よりもさらに抽象度の高い哲学書を読んでいるから、私が書いた『民法講義(7分冊)』など、2~3回も読めば、もうそれだけで私の法解釈の論理の展開と結論を『暗記』されるだろう。」

 しかし、大切なことは、私が本に書いた論理展開と結論を覚えることではなく、その論理の道筋は、ほんとうに正しいのか、他の道はないのか、を考えることが大切なことだ。」

と言われているのではないか、と思ったからです。つまり、我妻博士と内田教授とは、「学生(読者)の読解力・記憶力」という前提条件を大幅に異にしているのではないか、と気づきました。

離婚後に出産し、不倫が発覚。慰謝料はいくらか?

2005年11月07日 | 民法(親族、相続)
 某MLに東京の行政書士の方から次のような質問がありました(一部事実を変更しています。)。

 Q 元妻は離婚後6ヶ月経過し、300日以内に出産しました。その事実から元夫に婚姻中の浮気を知られて、元夫から慰謝料を請求されています。慰謝料を支払う必要はあるのでしょうか? もし支払う必要があるなら、いくら支払えばよいのでしょうか? 探偵事務所のサイトには、第二東京弁護士会(二弁)が、浮気の慰謝料として120万円という金額を提示しているのですが?
 それから、結婚をしていても、実質的な婚姻関係が破綻していたら、慰謝料は支払う必要がないという最高裁判例がありますが、それと今回の場合はどうなるのでしょうか?

 A 原則として支払義務はあります。
   慰謝料の金額については、元妻の所得・資産、婚姻期間等でかなり異なりますので、正確に具体的な金額を出すことはできません。あえて標準的なことをいえば、あくまで私見ですが、離婚後に婚姻時の浮気だけの問題でしたら、数十万円の金額だと思います。
 ただし、この件では、浮気相手の子供を出産という事実が存在しますから、50万円ぐらいが妥当ではないかと考えます。
 それから、二弁に問い合せましたが、「過去にそのような基準を試案として提示したことはあるが、慰謝料額が120万円である、という見解を表明したことはない。」という回答をいただいています。

 また、私の上記の回答に対して、他の行政書士の方が、「100万円、いや200万円ぐらいの支払義務がある。」と述べられていました。
 では、なぜ、私と慰謝料額について、このような開きがあるのでしょうか? あくまで、一つの推測として、それは、訴訟になれば、原告である元夫から被告である浮気相手(現夫)の行為によって、良好な婚姻間関係を破綻されたと主張される可能性が高く、それが立証されれば、300万円ほどの金額になるからではないでしょうか?

 しかし、逆に,被告側(現夫・元妻)から、すでに婚姻関係は破綻していたと主張・立証があれば、質問者が指摘しているように慰謝料を支払う義務はありません(最判平8年3月26日民集50巻4号993頁)。このように、どちらの立場に立つかによって金額が異なりますから、他の行政書士の方と見解が異なる可能性があります。

交通事故における債務不存在確認訴訟について

2005年11月06日 | 民事訴訟法
 1 問題提起 

 交通事故訴訟の本人訴訟を支援している神奈川県の行政書士の方から次の質問を受けました。

 Q 「交通事故の被害者(被告)が、加害者(原告)から債務不存在確認訴訟を受けた場合、その被告のなすべき対応は、『反訴か、和解か』ですか? 
 私の知人である行政書士は、反訴か和解のいずれかをとるように助言していますが、ほんとうにそれで正しいのでしょうか?」

 ここで、債務不存在確認訴訟とは、「債務者が原告となり債権者を被告として、特定の債務が存在しないことの確認を求めて提起される確認訴訟を指す。債権者たる被告が債権発生事実について証明責任を負うので、この訴訟には提訴強制機能があるといわれている」(『コンサイス法律学用語辞典』三省堂発行、2003年12月20日発行)。

 そして、確認訴訟(確認の訴え)とは、「訴えの内容である権利関係について、原告がその存在または不存在を主張し、それを確認する判決を求める訴えの形式を指す。」(同書)。

 また、反訴とは、「係属中の訴訟手続を利用して被告が原告を相手方として提起する訴え(民訴146条)」(同書)です。

 A  債務不存在確認を訴えられた被告の対応は、ほとんどの場合、反訴を提起するか、和解をするかのいずれかだと思います。
 しかし、「反訴か、和解か」と、最初からそのような大前提を立てずに、通常の給付訴訟と同じく、原告の請求を却下または棄却を求めたり、反訴の提起、または、相手方の訴えの取下げを求めたり、裁判上の和解、裁判外の和解を検討されるべきだと思います。

 2 理由
 
 まず第一に、債務不存在確認訴訟は、当然のことながら確認訴訟ですから、確認の利益が必要です。例えば、原告(加害者)が被告(被害者)と何ら損害賠償について、話合いを持たずに、直ちに訴えを提起した場合は、請求を却下すべきでしょう(私見)。

 第二に被告(被害者)が病院に入院中で、訴えの利益はあるが、具体的な被害額が算定できない場合には、請求を棄却すべきでしょう(私見)。

 被告(被害者)が、上記のような状態であれば、反訴や和解という手段ではなく、請求の却下または棄却を求める対応も考慮すべきではないでしょうか。
 それから、なぜ、「反訴か和解か」という命題が出されるのかですが、判例・通説が、債務不存在確認訴訟の場合における“証明責任”の責任の所在を、給付請求訴訟とは逆に被告(被害者)に負担させているからだと思います。

 ここで、証明責任とは、ある事実の存否について裁判所がいずれとも確定できない場合に、その事実を要件とする自己に有利な法律効果の発生が認められないことになる当事者の不利益をいいます。
 また、給付訴訟とは、請求内容として、被告に対する特定の給付請求権の存在を主張し、給付を命ずる判決を求める訴えです。この判例・通説が想定する債務不存在確認訴訟は、主に貸金訴訟を念頭においているものだと推測します。

 現在は、私も上述のような考えに至りましたが、つい数年前でしたら、「反訴か、和解しか、手段はないんじゃないの?」と知人に答えていました(笑)。考えが変わった理由は、次の岐阜簡易裁判所の宮崎富士美判事(発行当時)著『設例 民事の実務』291頁 (三協法規出版、平成3年10月31日発行。発行後、増補版が刊行されたが、現在は、絶版の状態です。)の記述に接したからです。この本は、現在も簡裁判事に影響力を持つといわれており、私としては、簡裁判事による補訂版の刊行を期待するものです。

「この問題は債務不存在確認の訴えにおける判決の既判力の内容と深い関わりを持つ。即ち、原告勝訴の判決のうち、債務額零を確認したものは全額につき、また一定額を超える債務不存在を確認したものは超過額につき、それぞれ債務の不存在が確定するから、被告は原告に対し将来給付の訴えを提起できない(提起しても必ず敗訴となる)。抗弁が排斥されることは、被告から原告に対する給付の訴えが棄却されたのと同じ結果となるのである。

 このため、被告はその訴訟において積極的に債権の存在を主張、立証しておかないと請求権を失ってしまうことになるが、他方、債権者は債権額(損害額)の調査をしたり証拠を収集する都合上、給付の訴えを提起すべき時期を事由に選択する権利を有するから、右両者の利害をどのように調整するかが問題となる。

 しかし、原告の債務不存在の主張には債務の存否及びその金額が確定していることを前提とする筈であるから、被告は、もし債権額が確定しかつその立証が可能であれば、その確定額の存在の主張を尽くすべき義務を負い、債権額を確定し又はその立証が準備不足で応訴不能(事故直後に訴えを提起されたとき等)の場合は、被告において、原告に故意、過失があり、かつ金額が確定できなくても被告が損害を受けたことさえ立証できれば、原告の請求を棄却することができるとするのが妥当であろう。ただし、この場合の判決には債権の存否につき既判力がない。

 前掲講座Ⅰ 375頁は、被告において応訴の準備ができていないときは、訴えの利益を欠くものとして訴えを却下することができるという。一つの解決策とは思うが、にわかに賛同できない。
 そうは言っても、債権額が確定可能の状態にあるのか否か、立証の準備完了可能の状態にあるのか否か、換言すれば債権者側の怠慢の有無を客観的に判断するのは実際には極めて困難な問題であるから、この点で請求の認容、棄却が分かれるとするのは、言うは易く、行うは難い見解と言わねばならないであろう。」

 
 上記の問題に関係する下級審の判決例の関する論稿がありましたので、次にご紹介します。
 弁護士の岡伸浩著『民事訴訟法の基礎』(法学書院、2005年6月20日発行)120~121頁
http://www.hougakushoin.co.jp/emp-bin/pro1.cgi/kikan/all.html?1406

「交通事故における損害賠償債務の不存在確認訴訟 東京地判平成9・7・24判時1621号117頁 

『交通事故による損害賠償に関して、その責任の有無及び損害額の多寡につき、当事者間に争いがある場合、その不安定な法律関係が長く存続することは加害者にとっても望ましいものといえないので、そのような不安定な状態を解消させるために法律関係が長く存続することは加害者にとっても望ましいものとはいえないので、その不安定な状態を解消させるために、加害者側が原告となり、被害者側を相手として、債務不存在確認訴訟を提起することは、許されるというべきである。

 しかし、損害賠償債務に係る不存在確認訴訟は、被害者側が、種々の事情により、訴訟提起が必ずしも適切ではない、或いは時期尚早であると判断しているよな場合、そのような被害者側の意思にもかかわらず、加害者側が、一方的に訴えを提起して、紛争の終局的解決を図るものであることから、被害者は、応訴の負担等で過大な不利益が生じる場合と考えられる』として、債務不存在確認の訴えの提訴強制機能から、被害者側が応訴の負担など不利益を蒙る事態に陥る可能性があることを認めている。

そのうえで、この判決は、『このような観点に照らすならば、交通事故の加害者側から提起する債務不存在確認請求訴訟は、責任の有無及び損害額の多寡につき、当事者間に争いがある場合には、特段の事情のないかぎり、許るされるものというべきでるが、他方、事故による被害が流動的ないし未確定の状態にあり、当事者のいずれにとっても、損害の全容が把握できない時期に、訴えが提起されたような場合、訴訟外の交渉において、加害者側に著しく不誠実な態度が認められ、そのような交渉態度によって訴訟外の解決が図られなかった場合、

或いは、専ら被害者を困惑させる動機により訴えが提起された場合等で、訴えの提起が権利の濫用にわたると解されるときには、加害者側から提起された債務不存在確認訴訟は、確認の利益がないものとして不適法となるというべきである』として、債務不存在請求の訴えを不適法とする余地を認めている。

債務不存在確認の訴えの特殊性を踏まえて、相手方となる被告の立場を不当に害することのないように確認の利益を厳密に要求しようとする考え方として賛成することができる。」