長尾たかしの・・・未来へのメッセージ

自民党衆議院議員長尾たかしのブログ。平成11年からネット上で情報発信を継続。サラリーマン生活を経て政界へ。

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非嫡出子相続同等問題・・・道徳的理念としての家族制度は脆弱化されるものではない

2013-09-20 12:05:15 | 社会
嫡出子と非嫡出子の相続同等分問題について考えてみたいと思います。

賛成派の方々と対峙して、私が反論し辛いのは「生まれた子どもには罪はないでしょっ!!!」と問われれば、「罪はない」と答えるしかありません。ここです。ならば同等相続でいいじゃないかとなってしまうのです。

これを非とし、百歩譲って現行法のままで良いという私としてはこの議論の戦い方を変えていく、戦う土俵を変えていく、論点を変えていく必要があるのではないかと思っています。子どもの立場に立って考える事に加えて、親の都合に立って考える土俵に相手を引きずり込む論戦をしなければなりません。

以下、これまで私達が使ってきた反論が、「敢えて反論し辛いケース」を考えてみました。

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・他界した夫と妻との間には2人の子どもがいる。
・この場合、5000万円の財産は、妻に2500万円、子どもそれぞれに1250万円ずつ財産分与される。
・ところが、夫が以前交際をしていた女性との間に子どもがいたという事を夫が他界するまで妻は知らなかった。
・この非嫡出子は夫が「認知」をしていた。
・認知をされた非嫡出子は相続権を持つ。
・となると、5000万円の財産は、妻に2500万円、非嫡出子は嫡出子の1/2の相続裏権利があるので、嫡出子にはそれぞれ1000万円ずつ、非嫡出子には500万円となる。
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これは、現行民法での相続財産分与です。
「何だ酷いじゃないか、非嫡出子は差別されている」と声が上がりそうですが、その土俵で戦ってはなりません。勝てません。

ここでいくつかの論点を整理したいと思います。
・このケースには不貞はありません。不貞による非嫡出子を議論しがちですが、非嫡出子は必ずしも不貞により生まれるものではないのです。相続同等分を主張する勢力は非嫡出子という言葉を使わず「婚外子」という言葉を好んで使います。これは不貞ではない非嫡出子の存在を際立たせる為の論法だと思っています。マスコミが挙ってこの単語を使う事には違和感を覚えます。

・認知をしなければ非嫡出子には相続権は発生しません。この場合は認知をしていますので権利が発生しています。

・遺言が残されていて、仮に「財産は全て妻に相続する」となっていても、嫡出子には1/10、非嫡出子には1/20の遺留分が認められる。当然、認知されている事が条件。

やはり、ここで重要なポイントとなっていることは、「認知」です。このケースでも、不貞によるケースでも「認知」されれば、非嫡出子にし相続の権利が発生し、認知がされていなければ発生しないのです。

今回の訴訟は、「相続権は手に入れているが、1/2ではなく、同等とせよ」というものです。

では、なんで1/2だけは認められたのでしょうか?ここは私にとって謎です。おそらく、生まれた子どもには罪はない、しかし、道徳的な事も考えれば1/2が妥当という事でしょうか?

私はこの問題、百歩譲って現行法のままで良いと思っています。

チョッと蛇足ですが頭の体操です。「昔の旦那さん」はわきまえがあったので、私生児(認知されていない非嫡出子)にも不自由させないように、金銭的にも社会的地位からも面倒をみていたので、相続の権利を要求しなくても良かったのではないか?日本男子の矜持と言うか責任があったのだと思います。

さて、
日本国憲法以前の民法は、「親族法」は家制度、「相続法」は家督相続を主とした制度を採用していました。両者は「家という概念」を通じて不可分の関係にあり、両者を統一的に把握するのが自然とされていたのですが、日本国憲法の施行日と同日に施行された「日本国憲法の施行に伴う民法の応急的措置に関する法律」の施行により家制度が廃止され、現在では、親族法と相続法との不可分性が希薄になってしまったのです。

以下、
国立公文書館資料より

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民法改正のうち最大の問題は、旧民法の「家族制度」を廃止すべきか否か、という問題でした。つまり日本国憲法第24条に定める「個人の尊厳」、「両性の本質的平等」の原則に照らして、家は戸主と家族とにより構成され、戸主は戸主権という一家統率の権力を有し、家族に対して身分上の統制力を持ち、また家督相続が戸主権の承継として長男子一人が遺産の全部を相続し、家を守るという法律制度がその存続を許されるかどうか、ということでした。 

昭和21年10月23・24日の臨時法制調査会第3回総会に提出された「民法改正要綱と家族制度との関係」(我妻栄委員)は、
「本改正要綱は、特定の法律制度としての家族制度を廃止しても、道徳的理念としての家族制度は脆弱化されるものではない。否これによって却って新しき時代に即応した家族制度を発展せしめ得るという考えに立脚するものである。」
と述べ、法律案要綱は、「民法の戸主及家族に関する規定を削除し親族共同生活を現実に即して規律すること」とすることが決定されます。

なお、6月の衆議院の憲法審議においては、「新憲法ができても家の制度は廃止する必要はない」旨の政府の方針が答弁されていましたが、臨時法制調査会における民法改正の議論などから、9月の貴族院審議においては、「憲法24条の結果、戸主を中心とする家族制度というものはなくなる」と司法大臣から明言されるに至ります。
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「特定の法律制度としての家族制度を廃止しても、道徳的理念としての家族制度は脆弱化されるものではない」それでも、強引に削除されてしまった・・・・・。

これ大変重要な論点です。法律の専門家達は口々に現行法においては家制度というものは削除されているのが常識であると言います。しかし、資料にあるとおり「道徳的理念としての議論」はまだまだ十分通用するのです!!!!!!

堂々と「道徳的理念としての家族制度は脆弱化されるものではない」を土俵に議論を進める事が必要だと思います。やはり、憲法24条の改正が必要です。

更に、婚姻の重要性を法的に更に高い上位概念とする必要もあります。夫婦別姓問題に波及するからです。
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1 コメント

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Unknown (通行人)
2013-09-23 15:10:03
役所や議会の中では、理詰めで議論しなければいけませんが、もう一つ、国民運動として(市民=外国人運動としてhではなく・笑)、不道徳なことに血税を投入することは許さないという方向性で世論を盛り上げることはできないかなぁと考え中です。

世論が強く反発することに、役所も裁判所も反対できません。

イスラム諸国が、欧米が主張するところの「女性の人権」をそのままの形では受け入れないのも、不道徳(反イスラム的)という認識があるからです。とはいえ、最近のイスラム諸国は半歩ずつ譲歩してきていますが。

法律が、家庭崩壊や不倫、不道徳を助長するようなことはあってはならないと思います。最後の抑止力であるとすら思います。

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