2月11日の建国記念の日は、神武天皇が橿原の地で初代天皇として御即位されたことに由来する祝日です。
しかしGHQは、国柄の中心にある皇室を国民から切り離すための様々な改変を迫り、「紀元節」は廃止。
昭和28年のサンフランシスコ講和条約発効後、神社界をはじめ、国民有志の各団体、心ある政治家や学識経験者を中心に建国記念日・紀元節を国民の祝日に盛り込むべく、祝日法改正を求める運動が展開されましたが、当時の革新政党や一部の学者、マスコミ等が執拗に反対し、7度も廃案の憂き目に遭い、祝日法が改正に至ったのは、独立から13年も経た昭和41年6月25日、そして、政令で定められるまで、さらなる国民運動を要したのです。
また以前は、政府行事が行われていた紀元節。建国記念の日となり政府行事主催では実施されず、これを政府行事とするべきであるという運動にも関わりましたが、今年も断念。
そして、今回歴代政権として初めてメッセージを発表しました。一歩一歩進んでいる実感がありますが、また予算委員会あたりで変な質問が出て来ないとも限りませんねぇ。
因に、今日は亡き両親の結婚記念日でもあります、蛇足。
しかしGHQは、国柄の中心にある皇室を国民から切り離すための様々な改変を迫り、「紀元節」は廃止。
昭和28年のサンフランシスコ講和条約発効後、神社界をはじめ、国民有志の各団体、心ある政治家や学識経験者を中心に建国記念日・紀元節を国民の祝日に盛り込むべく、祝日法改正を求める運動が展開されましたが、当時の革新政党や一部の学者、マスコミ等が執拗に反対し、7度も廃案の憂き目に遭い、祝日法が改正に至ったのは、独立から13年も経た昭和41年6月25日、そして、政令で定められるまで、さらなる国民運動を要したのです。
また以前は、政府行事が行われていた紀元節。建国記念の日となり政府行事主催では実施されず、これを政府行事とするべきであるという運動にも関わりましたが、今年も断念。
そして、今回歴代政権として初めてメッセージを発表しました。一歩一歩進んでいる実感がありますが、また予算委員会あたりで変な質問が出て来ないとも限りませんねぇ。
因に、今日は亡き両親の結婚記念日でもあります、蛇足。








《前科者「紀元節」の復活版 「建国記念の日」は廃止すべきです。》
きょうは祝日「建国記念の日」、実質は戦前の祭日「紀元節」(1948年廃止)の焼き直しで、天皇崇拝主義者や皇国史観の持ち主、右翼、皇室ファンの皆さんにとっては、「天皇誕生日」や「昭和の日」(前天皇裕仁氏の誕生日)と並ぶ大切な日のようです。
彼らによれば、今から2674年前のきょう、神武天皇が初代天皇として即位し統一国家日本が建国されたとのこと。 日本国の誕生日だというわけです。
しかし、2674年前(=西暦紀元前660年)といえば縄文時代。 そんな時期に統一国家が成立していたはずのないことは、まともな人ならすぐ分かります。
さらに、邪馬台国(2世紀から3世紀にかけて存在)とヤマト王権との関係すら解明されていません。
現在学問的に分かっていることは、3世紀ないし5世紀頃に西日本を中心とした統一王権が存立したらしいということだけ。
「2674年前のきょう神武天皇即位日本建国」は、まったく学問的根拠はありません。
実は明治政権が、それまで死に体だった天皇を君主に担ぎ上げたことで、その神格的権威を高める必要が生じました。 そこでその方策の一つとして、「日本書紀」の神話的記載である「西暦紀元前660年2月11日神武天皇即位日本建国」を強引に事実とみなし、1873年に「紀元節」として祭日にしたのです。
その結果、冒頭に述べた天皇のことが大好きな人達が、それを歴史的事実として祝い、さらにこう自慢するようになりました、「日本は世界で最長最古の天皇を中心に戴く神の国である」と。
またそれが、戦前・戦時中、皇国史観や国粋主義、右翼思想、軍国主義の醸成を促し、無謀な戦争遂行の正当化を幇助することとなり、国民を苦しめました。
こうした凶悪犯としての前科を持つ「紀元節」の復活版が、「建国記念の日」なのです。
また先に述べたように、学問的に日本建国の経緯はよく分からないというのが本当のところです。
実際は、国の誕生日など分からなくても何の不都合もありません。 「建国記念の日」は廃止すべきです。
なお私のブログとfacebookにも、特に皇室の問題について論じていますので、さらに私の基本姿勢をお知りになりたければご覧ください。
ブログ:http://ameblo.jp/hirai-h/
facebook:https://www.facebook.com/hiraihiroaki
> 2674年前(=西暦紀元前660年)といえば縄文時代。
> そんな時期に統一国家が成立していたはずのないことは、まともな人ならすぐ分かります。
> 「2674年前のきょう神武天皇即位日本建国」は、まったく学問的根拠はありません。
まぁ、そんなつれない事は言わずに…。日本書紀は事実無根なことばかり書いてあるのでしょうか?
日本書紀が編纂されたという720年ころの日本人ですが、平井宏明さんが言っているほどバカだとは思われません。それなりに伝え聞いていることを、忠実に伝えようとしたと側面は認めてあげたいと僕は思いたいです。
で、天皇嫌いのあなたに何を言っても通じないかも知れませんが、ご存じの様に「八木倍年説」があり、それによると「神武天皇の寿命は127歳の半分の63歳」だとしています。
一方で八木氏は、魏志倭人伝などから神武天皇即位の年は、西暦146年から189年の間の辛酉年‥西暦181年ではないかと考察しています。
この二つの仮説 ▼神武天皇即位は西暦181年 ▼神武天皇の寿命は63歳 …を元に八木氏は国内・国外の文献を検証した結果、整合性があるとしています。推察ではあるものの、一考の価値があると信じています。
僕は天皇を崇拝するほどの学が有りませんし、島根県在住の無学な現役の百姓ですから高尚なことは分かりません。しかし、アイデンティティーを失ったら農業も人間もやってられません。
国の成り立ちにロマンを感じ誇りを持つことが、凶悪であり無駄なことだと言われると悲しく惨めな思いです。平井宏明さんのブログで、基本姿勢を見させていただきました。申し訳ないですが、一介の百姓にはとてもじゃ無いけれども付いていけません。