Credo, quia absurdum.

旧「Mani_Mani」。ちょっと改名気分でしたので。主に映画、音楽、本について。ときどき日記。

「砂時計サナトリウム」ヴォイチェフ・J・ハス

2009-08-11 22:54:51 | cinema
砂時計サナトリウムSanatorium pod klepsydra
1973ポーランド
監督・脚本:ヴォイチェフ・イエジー・ハス
原作:ブルーノ・シュルツ
撮影:ヴィトルド・ソボチンスキ
音楽:イエジー・マクシミウク
出演:ヤン・ノビツキ、タデウシュ・コンドラット、ほか

およそ20年ぶりに再見することになりました、73年ポーランド映画『砂時計サナトリウム』。ポーランド、というかもっと限定的に「ドロホビチの」というべきかもしれない作家ブルーノ・シュルツの短編『クレプシドラ・サナトリウム』に基づく映画です。

以前観たときはシネマテーク・ジャポネーゼという自主配給・上映団体がフィルムを入手しての上映で、やはりハス監督の『人形』と併映でアテネ・フランセでの鑑賞だったようです。当時のパンフレットを実家から持ってきていたので、その内容を見ると、商業映画の流通の仕方に相当に不満を感じている人々による団体だったことがわかります。ほとんどアジ文のような編集記が付いておりました。シュルツの原作の訳者である工藤幸雄氏が寄稿しており、またシナリオ採録もありの充実した内容です。
日本語字幕のフィルムが当時はあったわけですが、今はどこにあるのでしょうか。今回はポーランド~東欧系文学ではおなじみ沼野充義氏とその門下生による「ブルーノ・シュルツ祭」での、DVD(英語字幕)による上映会でした。

*****

さて、映画のほうですけれど、やはり記憶とは大分違っておりました^^;。明確に覚えていたのは、サナトリウムの大きな黒い門と、主人公ユゼフがなにやらごちゃごちゃとモノが詰まっているベッド下をごそごそ潜り抜けるシーンの二つだけ。あとは非常に新鮮にみえました。
タッチとしては、実に東欧的としか言いようがない感じ。寒々しく、乱雑で汚れていて、色はくすみ、でも妙にざわざわしている。同じくポーランドの監督イエジ・スコリモフスキ『フェルディドゥルケ』や、シュヴァンクマイエル『悦楽共犯者』、これは東欧ではありませんがフィリップ・ド・ブロカ『まぼろしの市街戦』を思わせる幻想的でしかしバイタリティを持つ作品でした。

冒頭ユゼフが父ヤクブのいるサナトリウムを訪れるために乗っている列車の内部からしてまず列車らしからぬ、細々とした物が異様に散乱して、それも埃にまみれくもの巣が張り大変なことになっています。非常にいい感じです。この列車がラストシーンではまた意味ありげな役割を持つわけですが、そこに車掌さんが出てきます。この車掌さん、原作ではわりと地味なんですが、映画では重厚な車掌服を着た大柄な男ですごい存在感があります。車掌服もまたラストでは重要なモチーフとなります。この辺は原作をよく読みこんでいるという印象です。

列車を降りサナトリウムに向かう道がまた変で、なぜか墓石の乱立する中を狭そうに通り抜け、雪の降る中枯れ枝をばきばきかきわけたり、サナトリウムの巨大な門をこじ開けてみると入り口は岩で塞がっていて、しかたなく高いところにある窓によじ登って入る、と、難儀な道です。思えばこの、狭く難儀なところをかきわけて通ってゆくということが、これから映画のなかで何度も何度も繰り返される、移動のモチーフとなっているわけです。

サナトリウム内部も人気がなくくすんだ暗い色なのですが、モノは散乱していてやはりくもの巣が張っている。汚い。埃っぽい。いいですね~。看護婦に出会い父や医者の居所を訊いてみると、今はみんな眠っています、との答え。食堂でお待ちくださいといわれて食堂に行くと、そこにはいつこしらえたともわからぬ食べ物やケーキがある。食欲を感じてユゼフがケーキを手にすると看護婦が現れ、先生がお会いになります。ユゼフはばつが悪そうにケーキを元に戻す。うん。原作どおりです。
でも原作では父親の眠っている姿をみてユゼフがいろいろ内省するなど、沈痛な感じがありましたが、映画はシュルツのほかの短編を翻案して盛り込んでおり、全体としてユゼフがサナトリウムと父の店を探索し不思議な出来事や人物と出会う冒険譚のようになっています。布地商である父の店の人でごった返してどうしようもない感じや、店の二階で鳥をたくさん飼っているところなどは他の短編からの引用です。シュルツの短編集としての『クレプシドラ・サナトリウム』は「父の存在」をめぐる徹底した戯画でもあり、父が生前から衰えてゆく様や、死後も得体の知れない生物のように生者にちょっかいを出す、いわば否定しても消えてなくならないやっかいものとして描かれており、そういう父の主題を映画でもとりこもうとしたのでしょう。

はっとするイメージもところどころで見られ、人物が倒れると顔がガチャンと壊れ、人形だったことがわかり、安っぽい作り物の割れた顔面からやはり作り物の目玉がぽよんと飛び出す、しかし赤い血が一筋流れ落ちる、というシーンなどは、後にシュルツ『大鰐通り』をアニメ化したクエイ兄弟の作風を彷彿とさせます。この人形も、やはりシュルツが短編集『肉桂色の店』に残した人形論に基づく主題なのですね。

最後にサナトリウムを後に再び列車に乗るユゼフですが、彼はどういうわけか列車から降りることが出来ず、列車に住み着き、服もぼろぼろになり、車掌の服を与えられます。shibataさんはこれを、鉄郎が車掌さんになってしまう物語と表現しましたが、う~ん、そう思うとあの999の車掌さんもなにやらあやしい背景を持つ存在に思えてきましたね~

***

それとあと目を引くのは、女性の胸、ですね^^;。女性が出るときはほぼ例外なく胸をはだけているか、裸体か、胸をはだけた後か(笑)というこのこだわりは一体なにか?シュルツ祭での討議でも話題になりましたが、シュルツのもう一つの才能である画業を振り返ると、執拗に女性の脚とそれにかしづく男たちという構図が出てくる。そういうフェティッシュな側面を、映画では胸に置き換えていると読むこともできそうです。なぜ置き換えたかというと、脚への偏愛のほうがより変態的で(笑)73年ころの政権下での表現としてよりノーマルな胸にしたのかも?という憶測も(by沼田氏)。

****

ハス監督作では、他にポトツキによる奇書の名高い『サラゴサ手稿』の映画化など、興味深いフィルモグラフィがあり、ぜひ見てみたいものです。40年代からキャリアがある人のようですが、日本ではあまり知られていない監督なので残念です。
調べてわかったのですが、作品によって監督名のクレジットが微妙に違うものがあるらしく、ほとんどの作品はヴォイチェフ・ハス名義のようですね。『砂時計サナトリウム』はヴォイチェフ・J・ハス名義らしいです。

ついでにハス監督は2000年に亡くなられていたんですね。認識しておりませんでした。


73年カンヌ審査員賞受賞。


リージョン1ですがDVDがあります。
今は取扱できませんとでていますが。。

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原作はこちら
シュルツ全小説 (平凡社ライブラリー)
ブルーノ シュルツ
平凡社

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2 コメント

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あしふぇち (かえる)
2009-08-15 14:36:02
幻想的なのに、バイタリティがありましたねぇ。
ちょっと寝そうになったりもしたけど、とてもわくわく好みな世界が展開されていました。
ハス監督は全然知らなかったんですが、他のも観てみたいものですー。

しかーし、結局「シュルツ全小説」は全部読み終わらず返却しちゃいました・・・。
だって、いよいよ「1Q84」がまわってきたのですもの。
むねふぇち (manimani)
2009-08-16 10:06:24
☆かえるさま☆
あのバイタリティの感じはちょっと原作(クレプシドラ・サナトリウムに限り)にはないところでしたね。アテネフランセさんとかにハス上映を期待しましょう。

「シュルツ全小説」は読むのに1ヶ月くらいかかります~^^;(ワタシ基準)
1Q84は数日でいけるのに

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