元サラリーマン大家!山田里志のリタイア徒然記

元サラリーマン大家の山田里志が、主に海外暮らし中の更新用に新規開設したブログ(徒然記)です。よろしくお願いいたします。

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元側近中の側近(一番弟子)が語る池田大作の本性

2015年06月22日 | 創価学会
日本の平和とくらしを毀損し続けるサイコパス総理&自公政権が暴走を続けられるのは、安倍自民党&公明党の選挙を支えている創価学会の存在があり、創価学会本部(信濃町の貴族)らが思考停止の貧困集団を選挙活動に駆り出すことで、自公政権安泰という政治状況にあるからである。
 
創価学会婦人部―最強集票軍団の解剖 

したがって戦争や原発再稼働、庶民の貧困化などの悪政を止める為には、カルト教団である「創価学会」の真の姿を公にして学会員の洗脳を解き、弱体化させることが急務である。

池上彰が選挙特番でタブーにツッコミまくりww

http://girlschannel.net/topics/30026/

なおマインドコントロールされた学会員は、こうした池田大作や創価学会を批判するマスコミや記事等は「見ない、読まない、買わない」そうだが、もしもこれを見ているあなた(学会員)がこれを避けようとするならば、それは真実から目をそむける現実逃避であり、自分がマインドコントロール状態にあることを疑った方がよい。

池上彰が選挙特番でタブーにツッコミまくりww 

http://girlschannel.net/topics/30026/

【週刊ポスト】 公明党の支援がなかったら落選していた自民党代議士77人リストhttp://blog.goo.ne.jp/sora559977/e/bef1116cc5ac6e1042d3c8ebd8301ee7

■創価学会三大地獄 http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/44.html

『マイ聖教』
「マイ聖教」と呼ばれる聖教新聞購読のノルマがあり、3~5部以上を半ば強制的に購読させられる。

『財務(広布基金)』
「寄付すると功徳、寄付しないと地獄へ落ちる」と脅し、信者間で寄付の多寡を競わせ、生活保護家庭や年金生活者からも年収の数割に当たる寄付や、高額な出版物の購入を強要する。

『友人葬(学会葬)』
戒名を付けて貰えないだけでなく、実勢価格の数倍~数十倍の高価な仏壇や墓石の購入を強要し、香典や遺産まで事実上半強制的に寄付させられる。


池田大作の本性について

http://blog.zaq.ne.jp/taazan/article/7/


平成19年に出版された、原島 崇氏(元創価学会教学部長)の

『 絶望の淵より甦る』

この本を読み返してみた。

池田大作を師匠と仰ぎ、また、池田大作も原島崇氏を一番弟子としたほど頼りにした存在であったようだ。

その一番弟子の原島崇氏が昭和55年創価学会から脱会したが、昭和35年の会長就任より、側近中の側近として、20年間に亘って池田大作に仕え、表も裏も知りつくし、池田の本性を痛いほど見尽くして来た氏の遺言ともいえる書ではないかと思う。

ぜひご一読願いたき本だ。

氏の書きとどめた “ 池田大作の本性 ” を原文から少し紹介したいと思う。



●すべては幼少期のコンプレックスに発している

  
昭和55年に入り、私は池田大作に直接会って、数多くの誤ちを諫言しなければならないと心に誓いました。間に人を介してはダメだ、私自身がじかに池田に会うしかないと決断し、私の意思が通じて、2月26日、本部一階の応接室で、一対一で6時間にわたって私の思いをありったけぶつけました。

「本尊模刻」の大謗法と「正本堂が御遺命の戒壇」と偽った大謗法を鋭く指摘しました。
また、池田大作の人間性についても、私の感ずることを「生理的嫌悪感を感ずる」と直言しました。 
これにつての詳細は別の機会に譲ることとして、ここでは池田大作の本性について、最側近にいた私のありのままの真実の告白を綴らさせていただきます。
 

1.コンプレックスの固まりのような存在 

これは彼の幼少期の体験が大きく影響しているようです。

彼は母の「いち」さんには様々な機会にふれていますが、父のことについては、ほとんど言及していません。ただ氏名が「子の吉」であること、「ノリ業者」であること、「強情様」といわれたことぐらいの記述しかわかりません。 

昭和20年代後半に池田は父のもとを去ってアパート生活をしていたこと、父を最後まで日蓮正宗の信仰につけさせることができず、結局、真言宗の葬儀をするという結果に終わったのです。池田は一番大切な実の父すら折伏できなかったのです。

結局、母に対しては信頼し、尊敬をしていましたが、父には何かしら憎悪すらいだいていたように受けとれます。こうした「父親不在」ともいうべき幼少期、青年期を経た人特有の「暗い影」すら池田には漂っています。 

加えて、彼は病弱であり、貧しい家庭環境にあったこと、高学歴を経てないことなど複合的原因が、彼の「コンプレックス」を形成したものと思われます。 

それが、たとえば実際には卒業していないのにもかかわらず、東大出身の桐村泰次氏に、40歳代になった昭和40年代の前半、卒論を「代作」させて、富士短大卒としたり、最近では、数多くの勲章とともに「名誉博士号」を取得し、「池田博士」といわれることでご満悦になっている根っことなっているのではないかと思います。



2.「ウソつき」の天才 

すべてがウソで固められているといっても過言ではないくらいです。

・彼の「入信神話」のウソ
・「戸田二代会長からエレベータ相承を受けた」というウソ
・「池田本仏化」の自作自演の数々のウソ、
・すべてての著述等を自分で書いてきたという大ウソ
・会員から一銭も寄付を受けないと約束したことのウソ
・学会としてお墓を作らないといったウソ
・「名誉もいらない、勲章もいらない」といったウソ
・「言論出版問題」で大誠実を装い「関係者の方々に直接お詫びしたい」 と宣言した ことを実現しなかったウソ
・日達上人をごまかした数多くのウソ、政教分離を約束したウソ 

などなど、数えあげればきりがありません。



3.全くの無反省体質 

私は、池田が心から反省したことなど、ついに一度も見たことがありません。彼が社会や宗門に誓った様々な「お詫び」を口にした「猛省」など、ことごとく虚偽です。

自己をを省みる尊さ、強さなど、まるでわかっていません。



4.権力欲の権化 

彼は若い頃から「天下を取る」ことが口癖でした。 

仏法は権力欲とはまったく関係がありません。むしろ仏法の始祖・釈尊は、王たる身を捨てて出家し、仏道を成就したのです。 末法の御本仏日蓮大聖人様も、世俗の権力者を諌められましたが、みずから権力者になることなど毛頭考えておられませんでした。

檀越の方々にも「天下を取れ」とか、それに類いすることは一切仰せられていません。

むしろ「御みやづかい(仕官)を法華経とおぼしめせ」と仰せられたように、良き社会人であることをご教示になられているのです。 

彼の権勢欲と共に、名誉欲も他にぬきん出た激しいものがあります。

彼はかつて「名誉もいらない、勲章もいらない」といっていたのです。

それは表向きのきれいごとであって、本心は名誉欲の権化だったのです。

これは今日の池田大作の勲章の数、名誉市民など名誉称号の数の多さが証明しております。彼はそれを誇らしげにしていますが、仏法では「名聞名利」を強く戒められています。 

第九世日有上人の「化儀抄」には

「一、名聞名利は世事なり。仏法は自他の執情の尽き足る所なり。出家して此の心有る時は、清浄の仏法を盗んで名聞名利のあきないになす処は仏法を盗むなり。厳に然るべからず心中なり。尤も嗜むべし云云」とあります。

これは出家の戒めを説かれていますが、「法盗人」とまで厳しく言われています。

池田の場合も、勲章の数を誇り世界各地から名誉称号を数多くもらっていることを自慢のタネにしていることは「名聞名利」そのものであり、それは「世事」であって、しかも世間的にも卑しいことであって、仏法とはまったく関係ないのです。

しかも、そうした称号を得るために、会員から収奪した金を利用していることは、「法盗人」であり、世間的にも醜い根性の見本みたいなものです



5.支配欲の凄まじさ 

彼は、会員を彼に仕える「奴隷」のように扱っています。

池田は常々、「私のために死ねる人間」「私のために死ねない人間」と幹部を色分けし、池田のために死ねるという人間だけを重んじてきました。

“池田本仏化”も、第六天の魔王(他化自在天)のような、他も自在に操る魔性を持った人間の振る舞いそのものです。 

支配欲は、創価学会のみにとどまりませんでした。

日蓮正宗までも支配下に納めようとしたのです。

それは正本堂建立以後あらわとなり、日達上人を悩ませたのです。 さらに前述したように、国家支配を長年めざしてきました。若い時からの口癖は「天下を取ろう」であり、創価学会の「総体革命」もその路線そのものです。



6.「慢心」のかたまり 

私は最側近にいて、彼が

「どうだ、私はすごいだろう」「私には日本の中に語り合える人はいない。世界的に著名な人のみを相手にする」「私にはもう叶う人は世界にもいない。私は宇宙と語る」

と聞いたことがあります。

「私の記憶力は抜群だ。そうでなければ、30年前の『人間革命』など書けるわけがない」(『人間革命』は故・篠原善太郎氏の代作)・・・ 

こうした慢心は著名人にも及んでいます。

「中曽根康弘(元総理)はこちら(創価学会)の小僧だ。ケネディ気取りで、よしよしと言っておいた」「トインビーは過去の人で、また机上の空論の人だ。私は実践の人だ。そう、トインビーもいっていた」 

こうした池田発言を受けて、「聖教新聞」では「世界の偉人に並ぶ」といったマハトマ・ガンジー、キング博士、アインシュタイン等の人類の「偉人」を数多く並べ、それらの人々の偉大さを全部そなえた「偉人」として奉っているのです。 

第67世日顕上人は、御登座以来、

「十四誹謗」「1にきょう慢、2に懈怠、3に計我、4に浅識、5に著欲、6に不解、7に不信、8に顰蹙、9に疑惑、10に誹謗、11に軽善、12に憎善、13に嫉善、14に恨善」(松野殿御返事)

を通して、第一の「きょう慢」の恐しさをご指南あそばされていました。

御隠尊日顕上人は、27年間の長きにわたって御法主上人の重責を担われ、平成17年12月12日に日如上人に「唯授一人の血脈」をご相承あそばされました。

その日顕上人が最も憂えられたのが、池田大作の「きょう慢」謗法でした。

正本堂にしても「御遺命の戒壇を私が達成した」とし、自分が大聖人さえできなかったことをやりとげた、自分は大聖人の「再誕」もしくはそれ以上の存在であると誇示していましたが、これこそきょう慢謗法の最たるものです。




http://www.youtube.com/watch?v=oyzJ7yo2aTg

 

7.「人を信ずることができない」性格の持主 

池田から「私は誰も信じない」という言葉を何度聞いたことでしょうか。

私はその言葉を聞くたびに、「人を信じれない」ということは最も不幸なことだと哀れに思っていました。 

仏法上の「信」は「道の母」ともいわれ、仏法を会得する上で一切の源であることは、諸御書に明らかです。 

生活と社会の場においても、「信」は人間関係の基本であり、社会のルールも「信」を欠いては成り立ちません。家族も「信」によって結ばれてこそ、円満な家庭がありうるのです。

一般世間の師匠と弟子、学校の教師と生徒、会社の社長と社員、友だち同士、みな「信」を基本に置いてこそ、良好な関係がありうるのです。世の中に「信」というものをなくせば、殺伐とした社会になっていくことでしょう。 

池田大作が「誰も信じられない」というのは、人間関係の基本の欠如であり、より根源的には、仏法そのものの「信」が欠如しているからにほかなりません。彼が「信」という言葉を使うとき、必ず「無疑曰信」(疑い無きを信と曰う)という言葉で語るだけです。 

「無疑曰信」とは本来「疑うな」という意味ではありません。最高の仏法は「真実」であって疑いの余地のないことを指しております。「疑い無きを信と曰う」という意味も、疑って疑いぬいて、なおかつ疑うことのできないところを「信という」との意で、「信」の尊さを教えているのです。

むしろ、第26世日寛上人は「大疑は大悟に通ず」と仰せられています。疑うのは「信」のためであり、最終的には「信」に到達しなければなりません。そして疑うことのみで終始すれば、それはやましい「猜疑心」であり、ここには真実の幸福は生まれません。 

しかし、池田が使う時は、「私を疑うな、私を信じろ」ということの意であり、むしろ、これはあえていえば「不疑曰信」といえるでしょう。



8.「被害者意識」がきわめて強い 

自分が加害者であっても、被害者を装うことが常でありました。

言論出版問題の時も、〝創価学会=池田大作”が加害者であるにもかかわらず、「処女が強姦されたような心境です」と高瀬広居氏に語るなど、まさに「被害者」を装っています。

あの時も「法難」という言葉がしきりと語られました。

法難というのは正法を広めて難にあうことであって、世間法を犯して社会から指弾を受けることは、法難とはいわないのです。 

日蓮大聖人は「世間の失一分も無し」と仰せられて、正法を護持し、広めていった結果の難であって、「世間の失」は一分たりともないと示されています。

池田大作の場合は、「世間の失」ばかりです。これでは大聖人のお叱りを受けるばかりであり、かえって大聖人の法を下げる行為といえましょう。 

大聖人の仏法は、みじんも「被害者意識」などありません。むしろ、「苦をば苦とさとり、楽をば楽と開き」という、いかなる事態にあっても悠然たる不動の境地に立つことをご教示になられています。



9.批判拒否体質 

彼は自身への批判を最も恐れおののき、すべて拒否します。

これは池田の絶対化、無謬性と無関係ではありません。人間に絶対などということは、誰人もできません。また、「無謬」などといえる人もいません。みな等しく、誤ち多き人間の集まりです。 

しかし、もし誤ったとわかれば、即座に改めればよいのです。批判を拒否するというのは愚かな、本性は弱い人間のやることです。

すなわち、度量の小さい人物です。

批判にも、正当な内容はたくさんあるのです。それを受け入れる度量をもつ人こそ、賢明な態度をもっているといえましょう。 

池田は批判に対して神経質なぐらい気にします。自分の人格が傷つけられると思うのでしょうか。かえって批判を受け入れて、もし誤ちがあれば改めることの方が、人格的にすぐれていると私は思います。 

その人の人格の泉、常日頃、「徳」を積んでいるかどうかにかかわっています。人がどう思うか、人々の評価がどうか、ということにこだわりすぎて、人々から称賛されたいとの願望のみに生きていることは、仏法上「八風におかされた人」というのです。

ちなみに「八風」とは「利・衰・毀・誉・称・譏・苦・楽」です。



10.「万能感」「優越感」「ナルシスト」

ナルシストは、自身の姿にうっとりし、自分はなんでもできる、他の人とはまったく違う存在であると思い込んでいる人間です。 

そしていつも他を意識して、自分が常にすぐれていると考えることが、習性のようになっているのです。

これに「それ仏法と申すは勝負を先とし」というご金言を悪用することが長いあいだ続いた結果、「勝他」(他に勝つ)との思いがありありとうかがえます。

これは劣等感の裏返しでもあり、これも仏法上「修羅のおごり」と教えられております。



11.大衆の「人身操縦術」に長けている。 

直観力は鋭く、鋭敏であり、人々の心理を巧みにキャッチし、うまく丸め込んでしまうのを得意としております。

しかし、それは「うまい」という印象にはなりましたが、同時に「ずるがしこい」という感想もいだいたこともあります。 

彼には英知も高邁な理想もなく、また仏法においては、全くトンチンカンな理解力しかない のです。何もかも知っているかのような言動が多くみられますが、本当はなにもわかっていないのです。 

昭和55年、私は中西治雄氏と個人的に何回も話し合ったことがありますが、長年、池田に仕えきってきた中西氏は

「あの人(池田)は教学が全くないから」

と言っていましたが、私の知っている限りにおいても、全くその通りでした。 



池田の本性を以上の諸点に絞りましたが、それ以外にも色欲のすさまじさ金銭欲、物欲の執念等、数えあげればきりがありません。要するに、ことごとく「仏法違背」の本性をむき出しにしていたのです。

 池田大作レイプ事件を追う!!

 http://www.toride.org/rape.html


池田大作「創価学会」名誉会長 担当していた元看護師が語る「厳戒病室」本当の病状

Photo

(世界各国から犯罪組織(カルト)だと指定されている、 「創価学会」の「池田大作名誉会長」の病状がスクープされた。)

2ケ所の脳梗塞、車イス、夜も病室の電気を消さない理由

昨年五月以来、公の場から姿を消した創価学会・池田大作名誉会長。重病説が取りざたされる中、数カ月前まで看護師として池田氏を担当していたAさんが重いロを開いた。車椅子、言語障害、意思疎通も困難――。厳戒体制の病室で何が起きていたのか。衝撃の証言。

「新聞や雑誌では、池田先生が今も元気で活動されているように書かれています。しかし、私がお側で世話をした数カ月前には」歩くこともままならず、読み書ぎや他人と話すことも難しい状態でした。二十四時間体制で医師や看護師が常駐し、病室には、秘書が先生の様子を見守っている。いつ何があってもおかしくない状況だったのです」
 緊張した表情でそう語るのは、東京・信濃町にある創価学会の医療関連施設「南元センター」で看護師として勤務していたAさんだ。
 彼女が語る「池田先生」とは、今なお創価学会のカリスマとして君臨する池田大作名誉会長(83)のことを指す。Aさんによると、池田氏は現在、南元センターの五階にある特別な病室に入っているという。
 昨年の五月中旬以降、池田氏が公の場に姿を見せなくなって一年以上が経過している。そのため、これまでも重病説が囁かれてきた。
 Aさんによれば、学会内でも池田氏の健康状態や入院先に関しては、ごく一部の関係者しか知らない超極秘事項だ。数カ月にわたり看護を担当したAさんが、池田氏の病状を明かす。
「先生の病気は、脳梗塞です。梗塞は二ヵ所にあり、もともと糖尿病という持病をお持ちなので、合併症を誘発する恐れもあります。自力で歩くことはできず、移動は車椅子でした」
 Aさんが池田氏の担当になったのは昨年のことだ。そもそも南元センターは、創価学会の健康保険組合に所属する組合員が健康診断を行う医療施設である。一階から四階までは普通の病院と大差はないと、Aさんは説明する。
「おそらく南元センターで働いている職員の大半が、五階に池田先生がいらっしゃることを知らないと思います。下のフロアで勤務していた私も、まさか最上階に先生がいるとは夢にも思いませんでした」
 Aさんは婦長から五階の勤務を命じられ、最上階へ向かった。エレベーターを降りるとう制服に身を包んだ警備員の刺すような視線が容赦なく注がれた。フロア全体のピリピリとした空気を感じながら病室の扉を開けると、生花の香りが鼻の中に広がる。そして、大きなベッドに痩せた老人が横たわっていたのである。
「それが池田先生でした。尊敬する先生が目の前にいらっしゃって驚きました。大変名誉なことだと思い、嬉しくて涙が出そうになったことを覚えています。
 私が担当し始めた頃はまだお元気で、週に一、二度、屋上で外の空気を吸ってらっしゃいました」

著作や写真を投げ始め……

 その後、池田氏の容態は悪化。病室の外へ出ることができなくなったと、Aさんは振り返る。
「担当した当初から、先生はご病気の影響で言語障害が出ることもあり、お話も聞き取りづらい部分はありました。でもその頃は、なんとか会話もでき、幹部の方など関係者がお見舞いに来ていろいろお話しされていたようです。 食事も自分でされ、病室の大きなテレビを見たり、読書をなさっていました。
 ただ、屋上へ上がったり、読み書きができたのも今年の一月頃までだったと思います。高齢や脳梗塞のせいで認知症の症状が進行してしまったからなんです」
 東日本大震災が起きる前、池田氏の病室である〝出来事〟が起こったという。
「病室には、池田先生の著作や、各界の著名人と撮られたお写真などが飾られていました。一月の終わりから二月のはじめ頃だったと思いますが、先生が車椅子に乗ってらっしゃったとき、突然、奇声を上げてご自分の著作や写真を投げ始めたのです。慌てて、秘書や看護スタッフでお止めしました。
 この後、先生の近くにモノを置いておくのは危ないということになって、そういった展示品は撤去されました。メガネも自分で割られてしまうかもしれない、と外すことになりました」
 三月に入ると、池田氏の症状はさらに進んだという。
「他の人を認識できていないのでは、と思う日もあり、看護師や来客の方とも意思疎通ができないこともありました」
 また、その他の能力も日を追うごとに衰えていった。
「咀嚼(そしゃく)が困難になり、食事もきちんと摂れなくなりました。看護する側としても、誤嚥(ごえん)が怖い。誤嚥性肺炎を起こしてお亡くなりになる高齢者が非常に多いからです。そこで首から一日三回、経管注入で栄養剤を入れることになりました。
 口から食事を摂れないと、どんどん痩せていきます。みなさんがご覧になられている写真より十キロ以上痩せ、お元気な頃の面影がなくなっていました。顔のつやがなくなり、頬がこけてゲッソりした感じでした」

車椅子ごと入れる浴槽を使用

 なぜ、熱心な学会員でもあったAさんが池田氏の病状を明らかにすることを決意したのか。
「私は池田先生をお慕いして創価学会へ入りました。今も、その尊敬の思いは変わっていません。
 私が先生の看護スタッフを始めた頃は、まだ先生もお元気で、〝神様〟だと思っていました。しかし、先生のお世話をするうちに、先生も寿命のある人間なんだ、と痛感したのです。
 幹部の方々は、心配する我々学会員に対して『先生は元気です』とアピールするばかりです。しかし、それは学会員を欺き、池田先生を冒漬(ぽうとく)しているのと同じではないでしょうか。
 末端の学会員にも先生の現状をお知らせして、先生のために大勤行会を開いたほうがいいと思うのです。それが、今回、私がお話しした理由です」
 話を池田氏の病室に戻そう。
 Aさんは、衰弱してゆく池田氏の看護をしながら心を痛める日々が続いた、と振り返る。「以前は病室の隣に大理石のお風呂があってよく入られていたのですが、その浴室は使われなくなりました。大理石の浴槽のそばに車椅子ごと入れる介護用の浴槽があって、そちらを利用するようになったのです。入浴は四、五人がかりの作業でした。回数も、私が勤務していた当時は週二回ほどになっていました。
 看護師がオムツを交換し、婦長など地位の高い方が、病衣を着た先生のお顔などを拭いでいました」
 池田氏専用のフロアにいる看護師は、日勤三名、夜勤二名の計五名。二十四時間体制で勤務していたという。そのほかにも警備員が警備室に三名、土レベーター前に一名、病室の前に一名配置されている。病室には秘書とともに、監視カメラが設置され、ナースステーションでチエックできるようになっていた。
 階段には防火扉が設置され、普段は鍵がかけられていた。そのため、昇り降りできるのはエレベーターのみ。そこで警備員が出入すの人間を見張っていた。
「まず驚いたのは、最上階の物々しい雰囲気です。警備員は第一警備の方々でした。どの人も体格がよくて、何か格闘技でもやってらっしゃるような人だと思います。目つきが鋭くて、通常の業務をしている私たちも常に監視下に置かれているような感じでした。四階以下は金城会の方が警備をしています」
 第一警備や金城会とはどんな部署なのか。学会に詳しい人物によれば、「第一警備は」池田名誉会長直属のエリート警備部隊。また、金城会は全国各地域から集められた一般の会員で柔道や合気道の有段者が多いことでも有名です。こちらも池田会長の警護が主な業務といわれていてます」
 警護体制だけでなく、病室の作りにも秘密が隠されていた、とAさんは話す。
「先生の病室は縦が約七メートル、横が約五メートルの広さです。白っぽい壁は鉄製で、『マシンガンで撃たれてもびくともしない』と説明を受けました。病室の窓ガラスも防弾ガラスだと聞きました」
 まるで軍事施設のような堅牢さだが、一歩病室へ入ると、そこには瀟洒(しょうしゃ)な洋間が広がっているという。
「先生の病室にはキングサイズのベッドがあり、シーツ、掛布団カバー、枕は全て金色のペーズリー柄でした。ベッドの側には、小さなテーブルと椅子が置いてあり、お元気なときには、そこでよく筆ペンを手にとって和歌を詠んでいらっしゃいました。
 他に来客用の応接セットもあります。テーブル、ソファーと椅子が二つ。
 また病室には絨毯が敷かれているのですが、『バッキンガム宮殿に使われている絨毯と同様のもの』と言われました。一般の病室とは全く違い、外国の洋館みたいなお部屋なのです」
 備え付けの棚には、大きなテレビ、先述した著作や写真などが並ぶ。花瓶には様々な種類の生花が飾られていた。

病室でも髪型はオールバック

 「香峯子(かねこ)夫人が週に何度か病室にいらっしゃって花を取り換えていました。エレベーターで五階へ上がるときは、警備員や看護師などのスタッフは整列してお迎えするのです。夫人は長居することもなくて、一時間くらいでご自宅に戻られることが多かった」 また、池田氏の病室では重要なルールがあった。
「一番初めに注意されたことは『病室の電気は切ってはいけない』ということでした。先生は明かりが消えるとよく眠れないそうなんです。昼夜逆転されることも少なくなく、昼間に眠ってらっしゃることも多かったですね。病室の天井は折上天井になっていて、蛍光灯が何十本も取りつけられていました」
 実際、南元センターの周囲から池田氏の病室とされる場所を見上げると、記者が確認を行った夜には、いつもブラインドの隙間からかすかに明かりが漏れていた。
 厳重に警護された池田氏の病室。そこに足を踏み入れるのは夫人など池田氏の家族と医療スタッフ、ごく限られた学会の幹部だけだったという。
「池田先生の側近の方はいらしています。幹部の中でも本当に重職の方がいらしていました。先生が話ができたときには、病室の隣にある会議室でいろいろ話をされていたようです。
 髪の毛やお顔は来客があるので、二日に一度くらい手入れしていました。髪型も皆さんがご存知のオールバックです。先生はいつも身ぎれいにしていらっしゃいました。髭は電気カミソリなどで丁寧に剃らせていただいています。夫人からも見た目には気を遣うように指示が出ていて、きちんとさせていただきました」
 先述したように、池田氏は一年以上も公の場に姿を見せていないが、
「学会系の新聞や雑誌には、池田先生のメッセージや対談の様子が描かれています。先生はそんなことが出来るようなお体ではないのに……」(Aさん)
 確かに、学会の機関紙『聖教新聞』によれば、地震発生後の三月二十一日、池田名誉会長は東京・新宿区の創価学会第二別館で勤行を行ったと報じた。また、五月三日付の同紙には夫人とのツーショット写真が掲載されており」キャプションには〈4月19日、東京・新宿区で〉と記している。

 南元センター取材は「拒否」

 学会系の総合誌『潮』でも、海外の要人たちとの対談を連載。六月号からは、モスクワ大学総長、ヴィクトル・A・サドーヴニチィ氏との対談が掲載された。この連載対談の中では、東日本大震災などにも触れられ、池田氏が、「本年五月、ロシア国立交響楽団が来日公演し、各地で大きな反響を呼びました」と言及しているが、そんなことが可能なのか。 創価学会に尋ねると、
「(聖教新聞の夫人との写真ば)今年の四月十九日に撮影されたもの。また、連載対談は近年の往復書簡をまとめたものです」
 さらにAさんの真摯な証言に対しては、
「ご指摘は全て事実無根です」(創価学会広報室)
 否定するのであれば、南元センターの五階を見せてほしいと求めたが、「部外者の方を入れたことはありません。もしそこに名誉会長がおられなければ、どこかに移した、と言われるだけでしょう」と受け入れられなかった。
 別の学会関係者も言下に否定する。
「南元センターは一般の学会員も利用する施設。五階に入ったことはありませんが、そこに池田先生がおられるなら、隠しておけるはずがありません。
 今も池田先生は、秘書を通じてさまざまな指示をなされています」
 だが、先述したように、下の階で働いていたAさんでさえ、五階勤務になるまでは、そこに池田氏がいるなどとは、想像だにしていなかったのだ。そもそも家族やごく一握りの幹部を除き、池田氏の所在や現状が、彼の健在を祈る一般の学会員にさえ隠し通されていること自体に無理があるのではないか。一刻も早い真実の開示が待たれる。

週刊文春』2011年10月27日号


脱会者には励ましに、学会に残っている人には「気付く」一助に、学会に無関係の方には学会の実態を知る手引きになる http://www.toride.org/book/ikedama.htm

同会長は名誉称号や勲章マニアと知られ、その数は200件を遥かに超す。
 人望や力のない人間が「虎の衣を借りて」強く偉そうに見せる小道具であり他力本願を地で行く方だ。この虎の衣と自己満足を満たすための寄付金は1件当たり数千万から億の単位とみられ、信者から巻き上げた金でインチキ00000img_0勲章を買い続け、正に「他人のふんどしで相撲を取る」姿を生涯実践し続けたことになる。

  また池田大先生は、自称「日蓮大聖人の生まれ変わり」と吹聴したこともある。
  昭和40年、37歳当時には、
1)『私は現代の救世主である』
2)『釈迦以上であり、日蓮大聖人を超える存在である』
3)『世界の盟主である』
4)『私には日本の中に語り合える人はいない。世界的に著名な人のみを相手にする』
5)『私にはもう叶う人は世界にもいない。私は宇宙と語る』
6)『私は太陽の帝王だ』
  と語ったそうだ。
 この大ぼらの言動からは、オウム真理教の「ただ一人の最終解脱者」を自称する麻原彰晃(本名・松本智津夫)教祖を彷彿させるが、何か一つでも実現したのだろうか。


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