|狭間|。

生き続ける事で
面白い事が見つけられる
あなたがその花を見つけたように
あたしがあなたを見つけたように

~~挨拶の一言~~

皆さんこんにちは
いずもと申します。
上海出身の中国人で、今大学三年です。
去年(2010年)9月から東京のK大に一年間交換留学しています。
海外もこれが初めてです。
日本でいっぱいいい思い出が作れればいいですね。
日本語が上達できるようGOOのホームとブログを開設させていただきました。日記的なものを書いてます。
ここで友達がたくさんできればうれしいと思います。
どうぞ気軽にメッセージやコメントをください。
もしブログで不自然なところや間違ったところがあったらぜひ遠慮なくご指摘ください。
Mixi: いずも♪
Twitter:izumo325
どうぞ、よろしくお願いします☆

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意気投合ってマジむずい

2010-05-29 18:08:13 | 狭間ノート
皆さん最近どうしてるのだろう?
私は、学校内での二つのシンガーコンクールで忙しく過ごしています。こんなものはやっぱりはじめの頃はバリバリ状態なんだけど、リハーサルや準備仕事が次々とやってくるとイヤになっちゃうんだね。

特に私の場合、二つのコンクールとも友達と組んで行ってるんで(違う友達だけど)、何かコンクール委員会に通知されると、そのパートナーと一緒に行かなくちゃいけなくなります。それにコンクール参加申し込みのときも、両方も私が「一緒にやろう」と提案してたから、その二人の友達に私が「どうせいずもちゃんがいるから別に私頑張らなくてもいい」の感じがした。が、言いづらい。なんといっても、先に誘ったのが私、曲選びの打ち合わせの時提案したのも私、どう見ても私が参加したい優勝したいように見える。その一人の友は音感も良くて反応も早くて、二人のペースがすぐ合うのでまだましで、もう一人はいつも「別に私はいいけど、あなたに任せる」みたいに言いながら、こっちから何かのアイディアを出すと眉をひそめていやいや引き受け、二人の練習も時々彼女に寝過ごされて最後にあわてて済ませるしかなかった。決勝まで行ったとはいえ、やっぱ私は、たまに悔しい気持ちがする。

本当に疲れますね。意気投合っていうのも難しい。二人が同じ趣味を持ってるだけだから気が合うなんていえるわけではない。すごく「何かをやりたい」と思う人は、よくぴんと考えが頭に浮かび、そして「できるだけ早く実行に移したい」と思ったことがあるだろうと思う。そこで周りの人に「これをやりたいよ」とか「これどう考える」とかを聞いて、もし興味ありそうに考えてもらえたり、あるいはその人と二人で「このことが一緒にやり遂げられたら役立つ」のやる気と情熱を分かち合えたらいいね。これはまた生活態度に深くかかわるけどね、できる限りやるか、それともただごまかすだけでいいか、という問題になる。

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よく父と一緒に問題を検討したり、一緒に自分で何かを作ったりする。父はかつて工場で働いてたから、いすや棚、引き出しからラジオ、テレビまでも自分ひとりで作ったことがある。その影響か、私も、もし家の何かが故障したらまず自分で模索していって、直せるなら自分で直す、という考え方になってる。発明のような発想があるときも、すぐ手を動かしてやって、父と検討しながらそれをいっそう改善すると考えてる。しかしこういう、私たちで見るとアイディアのものが、母によく無視されて、つまらないことばっかり考えてってしかられもするのだ。

学校でもこういう状況。大学一年のときはアニメ祭りで「声優になろう」の活動を提案し、みんな「いいね」「いいね」って賛成してくれたけど結局私は人手を集めるだけで大変で、提案者の私一人だけが頑張ってるということになってしまった。十数年もかかってやっと分かってきた。味方っていうのは、いつも賛成してほめてくれる人じゃなくて、一緒に頑張って最後までやり続ける人なんだ。意見が違っても自分の利益だけじゃなく目標のため進んでいく人なんだ。周りによく驚いた顔で「すごいね」とかをいう人がいる。駆られ荷とっての私は、たぶんうらやましいところがなく、ただおかしい願望を抱いてるだけ。彼らが望んでいるのはたぶん、いつか他人の成功の中にいくら少なくても自分がいてほしい、ということではないかと思う。それはあくまでも、生活・人生を豊かにするためではなく、少し短期な考えでも言えるのだろう。

つまり意気投合の人とでないと、どんな相談も提案も無意味になるわけだ。興味なさそうな「ほ、すごい」とかは自分にとってすごく打撃になる、「この人大丈夫?」のように聞こえる。この世には、スターのファンがたくさんいて、コンサートのときにはみんな何時間も会場の外で待つ;アイドルに会えるように遠く離れてるにもかかわらず、一週間も前に飛行機に乗っていく。何かこれよりもっと情熱的な、クレージーなものを思いつかないのかな。この辺では意気投合の人は割りと多いんだね。私の周りにもこういったような友がたくさんいるのに、少しも身近なことにこのパッションが分けてあげられないのは、実に残念なことだ。

実際一人でもやれることが一体となる二人、もしくは三人や四人でやるほうがいいではないかと思う。起業とかも、友達と一緒だったことが少なくない。たぶん私の場合は、その二人の友達が「一人じゃない、二人いる」じゃなく「一人じゃない、もう一人がいる」って思ってるのだろう。まっ、私ばかり勘違いしてるかもしれない。そもそも何十億人もいるこの星では、いい人が見つかること自身がごく幸運かつ幸せなことなんだから。
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上海はこういう町ではない!『月の恋人』、大げさだ!

2010-05-14 08:55:44 | 狭間ノート
昨日、話題になってる人気泥真『月の恋人』の第一話を見ました。

別にうわさの木村拓哉のため見たわけではないけど、こんな豪華なキャストを集めたドラマわどんな雰囲気になるだろうと、台湾名モデルリン・チーリンさんの出演もすごく楽しみだったわけです。
そして何しろ、地元上海で撮影してたんですから、日本人・日本ドラマの目に映ってる上海はどんな色だかも知りたくて。

それで見まして。情熱満載で。
さすが木村拓哉、かっこいい
篠原涼子も、北川景子もすごく美人でした。
リン・チーリンさんのかわいい日本語にも大変驚いたが演技となればも熱演していて、すばらしい表現だったと思います。

そして初めて東方真珠タワー、静安寺が目に入ったときはちょっと興奮しちゃって、不思議な気がしました。これが、私たち普通行く場所、通う場所。今は外国人に撮られて、彼らの写真に納まってて、彼らの眺めてる景色になってます。誇りにでも思ってるぐらいでした。

しかし次の瞬間は完全にがっかり。工場でのプロテストのシーン、そしてアナウンサーがテレビで話してるシーンも、錆びた鍋に米一粒もないシーンも、あんまりにもショック。

上海の閘北区では確かに今でもドラマの中のようなあばら家がたくさん残っていて、貧しい地区ともいえます。貧困層の存在は納得できますが、北朝鮮のように描かれてる工員たちの姿、20年前の中国のテレビアナウンサーの声、今になっても田舎にしか見られない工場ポスター、これはまさに不現実的です。ストライキはまずありえない、ましてテレビ局で報じられるなんて。。

やっぱり中国は、ほかの世界のどの国でもこういう風に見られてるのか、という疑問が浮かび上がりました。ある外国ドラマで「中国に行ったらロレックス(偽物)でも買って帰って来い」などのせりふ、あとはいつも苦難に囲まれる百姓(この言葉はめったに使われないそうですけど一応ここで使わせてもらいましょう)たちのシーンが、もう中国を描く外国作品に必ず出てくる不可欠な幕になってます。たとえ繁華な上海でもこの運命から逃れられないのか、と、怒りがこみ上げて、当てなく問い続ける声が絶えません。

あともうひとつ大きな問題が出ています。出ているって言うか、議論がこのドラマがきっかけでもっともっと激しくなる一方です。外国の方はたぶん知らないと思いますけど、それは言葉での地域軽蔑、歪んでる心理による口喧嘩です。中国各地方の一部のおろかな人々が、上海に対する不満、文句、軽蔑をまたもらしてるんだ、その汚いクチで。今回私たちは、何を言われてしまうのでしょう。

どこにも貧富格差があります。けど今の上海は決してそういう貧しさではありません。そういう20年前の風景ではありません。『月の恋人』は大げさだと思います。「貧しい」が必要だから中国で、上海で撮影しに来たって言うんじゃありませんよね。もっと客観的になればいいかもしれません。外国の方も、新たに中国を見直したほうがいいかもしれません、せめて上海を。ばかばかしく騒いでる愚痴の国民も良く見ろ、「中国ならここでしか万博が開催できない」この都市があなたたちをはるかにしのぐ理由を、それは、物質的かつ精神的な豊かさなのである。

*これが、あくまでも私一人上海生まれ上海育ちの個人的意見です。
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タイトルは思いつかない

2010-05-07 10:04:27 | 狭間ノート
最近の記事のタイトルは大体、「近況レポート」や「**レポート」で、始めも「久しぶりに更新した」などの文が多くなってきた。
なんか記事に収めたいことがなさそうな感じで無理してるような気がする。けど、本当はそうではなかった。
出来事がいっぱいある毎日だった。同じようでも違う毎日だった。何かを書きたいと思うたびに何をするのも億劫になってしまう毎日だった。
せっかくこの間実習場で時間が作れてブログを書いたが、パソコンの関係で文字化けしちゃって、到底何も人に読んでもらえなかった。
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二つの歌唱コンクールとインターンで忙しく過ごしてる。二ヶ月ぐらい前のある出来事でできた、「人との付き合いをもう二度としたくないほど」の苦しみが、なんとなく今の歌と、ほかの仕事で治まっている。友達と組んで、一生懸命歌を練習して、ステージに立って応援してくれる友達に気持ちをこめて歌う。初めて、ある程度の友情と信頼を感じた。第二回戦のとき、声が出なくなるほどハスキーの声だったが、どうしても最後まで歌い続けたいという気持ちが強かった。審査員もこんな私に感動したせいか、なんと決勝進出が決まった。

生活も、こんな劇的なもんだね。
いくら願ってもかなわないことと、思いがけなくやってくることや、笑ってくれたりまた裏切ったり人、気まぐれな人も重なっていく生活が人を混乱させてしまう。
もしかしてあした全てが覆る、もしかして高まる掛け声の後はまた暗闇とこどくになる。

なんか重い話になっちゃいそう。
やめます。

明日も、大切にしていく、輝く一日になるように。
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