泉飛鳥塾

「古(いにしえ)の都・飛鳥」の原風景と共に、小さな旅で出会った風景等を紹介したいと思います!

奥飛鳥の 「晩秋の風景・2018」

2018年12月07日 17時10分19秒 | 散歩

季節的には初冬ですが、飛鳥はまだ晩秋の景色を見ることが出来ます。特に、奥飛鳥と呼ばれている地域の風景は、「日本の原風景」そのもののように感じます。

今回は、奥飛鳥の「晩秋の風景・2018」を紹介したいと思います。

奥飛鳥とは、明日香村稲渕・栢森・入谷大字の全域と阪田・祝戸大字の一部ですが、この地域は国の重要文化的景観「奥飛鳥の文化的景観」として平成23年に選定されました。

奥飛鳥地域は、田およびそれを維持してきた農業の仕組が存在しています。 このような飛鳥川上流域において展開される地形に即して営まれてきた居住の在り方と、農業を中心とした生業の在り方を現在にまで引き継がれています。

今回紹介するのは、稲渕地区の景色です。稲渕地区は、中世(平安~室町時代)に開墾され、現在日本の棚田百選にも選ばれました。稲渕の棚田は、300枚あまりの水田と畑により形作られ、明日香村の美しい歴史的景観の一部となっており、農村の原風景を強く残しています。特に、秋に棚田の畔や土手に咲く「彼岸花」の景色は、奈良県下有数の風景です。

棚田周辺に遊歩道が整備されており約4km位ですが、高低差も少なくのんびりと歩くことが出来ます。私の大好きな場所の一つで、よく散策しています。

この日、晩秋の風景を見ながら気持ちよく散策することが出来ました!

                             

コメント

「竹内街道・横大路(大路)まつり・2018」

2018年12月04日 16時39分47秒 | 散歩

日本遺産「竹内街道・横大路(大路)」沿いの10市町村(橿原市、桜井市、大和高田市、葛城市、明日香村、堺市、松原市、羽曳野市、大阪市、太子町)が集結して、12月1日に、奈良県橿原市役所分庁舎ミグランスと八木駅前商店街等で、「竹内街道・横大路(大路)まつり」が行われました。

今回は、「竹内街道・横大路(大路)まつり・2018」の様子を紹介したいと思います。

「竹内街道・横大路(大路)」は、2017年4月5日に開催された日本遺産審査委員会(文化庁)の審議を経て、『1400年に渡る悠久の歴史を伝える日本最古の国道「竹内街道・横大路(大道)」』が、府内で初めて「日本遺産」に認定されました。

「竹内街道・横大路(大路)」は、推古天皇時代の613年、東西の直線で敷設された幅20mを越える大道(竹内街道・横大路)です。古代には、大陸からの使節団が難波宮から飛鳥京を訪れ、先進技術や仏教文化を伝えました。中世には経済は都市を結び、近世には伊勢参りの宿場町としての賑わいを見せ、場所ごとに様々な表情を浮かべています。1400年の歴史の移り変わりを、周辺の歴史遺産を通して感じさせる日本最古の国道です。それが「竹内街道と横大路(大道)」です。

「竹内街道(たけのうちかいどう)」は、大阪府堺市から東へ向かい二上山の南麓・竹内峠を越えて、奈良県葛城市の長尾神社付近に至る約26 kmの日本最古の道です。 東側は奈良盆地南部を東西に横切る官道「横大路に繋がっています。「横大路」は、葛城市の長尾神社から桜井市の慈恩寺北交差点まで東西にほぼまっすぐに進む道です。約14 kmあります。元々は古代、難波京と飛鳥京を結ぶ官道のひとつとして整備された大路でした。 江戸時代には伊勢参りの道として使われ、伊勢街道(伊勢本街道)とも呼ばれ賑わったようです。 西側では、堺からの竹内街道と長尾神社で接続し、東側では慈恩寺北交差点で初瀬街道に接続して、堺、大阪方面から伊勢神宮へ至ることができます。

古道に大変興味があり以前、竹内街道(一部)・横大路を歴史散策しました。その時の様子を、「泉飛鳥塾」のブログで紹介させていただきました。その関係もあって、今回「竹内街道・横大路(大路)まつり」に参加してきました。

毎年、街道沿線市町村において「竹内街道・横大路(大道)まつり」が実施されていますが、今年度は、橿原市役所分庁舎及び周辺商店街を会場として開催されました。

橿原市役所分庁舎ミグランスでは、午前中にオープニングとして地元の橿原市立真菅小学校ブラスバンド演奏が行われました。その後、開会式・竹内街道・横大路(大道)フォトコンテスト表彰式・街道PR大使である「あまゆーず」や橿原市観光PR大使である「さんみゅ~」の音楽ステージや、「オリックスバファローズ吉田一将投手」の凱旋トークショー、「陸上自衛隊信太山駐屯地音楽隊」や「ヴァイオリニストSHOGO」によるミニコンサート等、様々な出演者によるステージで盛り上がりました。可愛い小学校生のブラスバンドの演奏が、とても上手でした。

八木駅前商店街(歩行者天国)では、八木駅前商店街を歩行者天国として、商店街の各店舗が自慢のメニューを露店で提供されていました。また、街道沿線10市町村の人気のパン屋さんが勢ぞろいするベーカリーフェスティバルも同時開催され、多くの方が来られていました。 

近鉄八木駅近くの横大路と下ツ道が交差する日本遺産構成文化財でもある「八木札の辻交流館」において、「竹内街道・横大路(大道)」の街道の歴史や由来、街道を通じて伝わった文化、日本遺産構成文化財の紹介を3部構成で講演会が実施されていました。第2部の「竹内街道・王陵の谷に眠る大王たち」に興味・関心があり、講演会に参加してきました。約1時間位の講演会でしたが、とても勉強になりました。

「竹内街道・横大路(大路)まつり」に参加して、再び「古道の歴史散策」をしてみようと思いました!

                         

 

コメント

「京都・伏見史跡等」散策

2018年11月30日 21時51分03秒 | 旅行

明日香村で一緒にボランティアガイドを行っている仲間と貸し切りバスで、11月29日に京都府京都市伏見区伏見に行ってきました。

今回は、「京都・伏見史跡等」散策の様子を紹介したいと思います。

(行程)

明日香村ー伏見桃山陵ー御香宮神社ー昼食「キザクラカッパカントリー」ー月桂冠大倉記念館ー十石舟川下りー寺田屋ー明日香村

明日香村から伏見までバスで約2時間位かかりました。今回、伏見桃山陵・御香宮神社では、地元のボランティアガイドさんに案内していただきました。いつもは明日香村でガイドしているのですが、今日はガイドしていただきました。ガイドの仕方が、とても勉強になりました。昼食は、「キザクラカッパカントリー」でいただきました。ここで、京都土産として新酒のにごり酒と酒まんじゅうを買ってきました。

昼食後、「十石舟(じっこくぶね)」に乗りのんびりと遊覧を楽しみました。船内では、江戸時代からの伝統の鼻歌や観光ガイドのアナウンスが流れており、伏見の歴史を知ることができました。

 この船は、江戸時代に活躍した船で、もとは伏見に立ち並ぶ酒蔵の水運輸送を担った船です。現在は、月桂冠大倉記念館・裏乗船場から「十石舟」、大倉記念館近くにある老舗宿・寺田屋の寺田屋浜乗船場からは「三十石船」が運航しています。

 伏見といえば、日本でも代表的な酒の生産地です。せっかくなので、酒蔵巡りに出かけました。月桂冠やカッパでお馴染みの黄桜などの酒蔵があります。

 伏見酒蔵群の中にある「キザクラカッパカントリー」は、カッパのキャラクターでおなじみの大手酒造メーカー「黄桜」が手掛ける観光施設です。黄桜の歴史が分かる黄桜記念館の他、黄桜の商品を多く取り揃えている販売所や、お酒と食事を楽しめるレストラン「黄桜酒場」も併設しています。 

 大手酒造メーカー「月桂冠」は、ここ京都伏見が発祥です。徳川三代将軍家光の時代に、初代大倉治右衛門が京都南部の笠置から伏見に出て、酒屋を創業したことが始まりです。その月桂冠の資料館である「月桂冠大倉記念館」は、伏見を代表する観光スポットとなっています。月桂冠大倉記念館では、酒造りに用いられてきた用具類や明治以降の広告用ポスター、量り売りの時代に使われた酒器など、月桂冠の歴史が分かるものが数多く展示されています。また、月桂冠のお酒を3種類楽しむことができる利き酒コーナーもありました。勿論、試飲してきました。

「桂冠大倉記念館」には、おみやげ処(売店)も併設されています。月桂冠大倉記念館限定の日本酒(大吟醸)や酒粕クッキー、酒まんじゅう、井筒八ツ橋本舗の八ツ橋(純米大吟醸入り)などが販売されていました。 

「伏見桃山陵(ふしみのももやまのみささぎ、ふしみももやまりょう)」は、の桃山丘陵にある明治天皇の陵です。

1912年、明治天皇は東京の宮城で崩御されました。同年に東京・青山の現在の神宮外苑にて大喪儀が執り行なわれた後、1913年に伏見桃山陵埋葬されました。陵の敷地の桃山は、豊臣秀吉の築いた伏見城本丸跡地で、京都に墓所が営まれたのは明治天皇の遺言によるものといわれています。すぐ東には、皇后の伏見桃山東陵(ふしみのももやまのひがしのみささぎ)が隣接します。参道には、伏見城で使用されたかもしれない石を見ることが出来ました。また、すぐ近くには桓武天皇の柏原陵があります。こちらは現在、以前の台風の影響で倒木が多く通行止めになっていました。伏見桃山陵の墳丘は、古式に範を採った上円下方墳で、下段の方形壇の一辺は約60メートル、上段の円丘部の高さは約6.3メートル、表面にはさざれ石が葺かれています。方形の墓坑を掘って内壁をコンクリートで固め、その中に棺を入れた木槨を納めました。槨内の隙間には石灰を、石蓋をしてコンクリートで固めました。上円下方墳の墳形は天智天皇陵がモデルにされたといわれています。

〇「御香宮神社(ごこうのみやじんじゃ、ごこうぐうじんじゃ)」は京都市伏見区にある神社です。式内社で、旧社格は府社。通称御香宮、御幸宮。伏見地区の産土神です。 神功皇后を主祭神とし、夫の仲哀天皇、子の応神天皇ほか六神を祀ります。創建の由緒は不詳ですが、862年に社殿を修造した記録があります。伝承によるとこの年、境内より良い香りの水が湧き出し、その水を飲むと病が治ったので、時の清和天皇から「御香宮」の名を賜ったといわれています。この湧き出た水は「御香水」として名水百選に選定されています。試飲すると、とてもまろやかな味がしました。

「御香宮神社」は、豊臣秀吉によって伏見城築城の際に当社を城内に移し、鬼門の守護神としました。後に徳川家康によって元の位置に戻され、本殿が造営されました。表門は伏見城の大手門を移築したものといわれています。1868年に起こった鳥羽・伏見の戦いでは、伏見町内における官軍である薩摩藩の本営でしたが、本殿等は無事でした。鳥羽伏見の戦いとは、「京都市南区鳥羽・京都市伏見区」の一帯で繰り広げられ、徳川幕府軍と新政府軍(薩摩藩・長州藩・土佐藩連合軍)との戦いのことです。

〇「寺田屋」は、江戸時代から続く旅館です。鳥羽・伏見の戦いで焼けたあと、隣接する場所に当時の様子を再現して再建されています。坂本龍馬が伏見奉行所の捕吏に取り囲まれ、のちに妻となるおりょうが風呂から飛び出し、裸で報せたおかげで窮地を脱した「寺田屋事件」が起きた史跡で、幕末を代表する史跡のひとつです。1866年に起きた、伏見奉行による坂本龍馬暗殺未遂事件です。
建物の中へ上がると、坂本龍馬や維新の志士に関係する史料類がいっぱい飾られています。風呂に入っていたおりょうが捕吏に気づき、龍馬に報せるために駆け上がった階段を再現したものがありました。他に、寺田屋の2階には、騒動が起こった当日の「刀傷」や龍馬が放ったとされるピストルの弾のメリ込んだ「弾痕」が残されています。残念ながら、建物が再建されたあとにつくられたもののようです。おりょうが入っていた風呂を再現したものもありました。おりょうも窓の外に捕吏たちを見たときには、さぞや驚いたことでしょうね。

寺田屋の横には庭園があります。この庭園には、かつて「本物の寺田屋」が建っていました。現在の寺田屋は「本物の寺田屋」を模して1950年代に造営されたものです。本物の寺田屋は、1868年に勃発した「鳥羽伏見の戦い」で焼失したようです。後に造営された「寺田屋」でしたが、幕末の騒乱を感じさせられる建物でした。この辺りを坂本龍馬が歩いていたと思うだけで、感慨深いものがありました。この日はとても天気が良く、初めて行く所ばかりでしたので、とても興味深く散策することができました!

                                                   

 

コメント

「第30回たかとり城まつり・2018」

2018年11月26日 20時32分04秒 | 散歩

 奈良県高市郡高取町上土佐において、2018年11月23 日(金・祝)に「第30回たかとり城まつり」 が行われました。

今回は、「第30回たかとり城まつり・2018」の様子を紹介したいと思います。

「たかとり城まつり」は、日本百名城に認定された日本一の山城「高取城」の城下町一帯を舞台に繰り広げる秋の祭典です。迫力満点の火縄銃の実演や鎧武者や奴隊が城下町を練り歩く時代行列が見どころです。他に、各種踊り、居合術、殺陣などが演舞されます。城下町を利用したかごかき競争も開催され、毎年、1万人近くの方が訪れる城下町秋の祭典です。

特にメイン会場の児童公園では、火縄銃や居合術・殺陣の実演など大迫力のパフォーマンスの披露がありました。また多くの屋台も出て、秋晴れの中多くの方が城下町一帯を舞台に繰り広げる秋の祭典を楽しまれていました!

                                             

コメント

実験考古学 「古代の曲物に迫る」

2018年11月22日 17時04分44秒 | 歴史

奈良県明日香村奥山にある「奈良文化財研究所飛鳥資料館」において、11月9日(金) 午後1時30分から「古代の曲物技術でしおり作り」の体験会が行われました。

「曲げ物(まげもの)」の木製品が出土した「飛鳥池工房遺跡」をテーマにした、特別展の関連イベントです。

今回は、実験考古学「古代の曲物に迫る」の様子を紹介したいと思います。

現代も暮らしの道具としてお弁当箱や柄杓などに使われる「曲物」。その技術のはじまりは、古代にまで遡ります。飛鳥時代から現代まで使われる曲物の技術の詳細に学習するとともに、曲物の皮綴じ技術をいかした簡単な作品をつくる体験をしてきました。 

今回のイベントでは、出土木製品の研究者や現代の曲物職人と一緒に、古代の遺跡から出土した曲物の実物を見ながら、現代にも通用する古代の曲物づくりの技に迫るというものです。また、曲物を桜の樹皮で綴じる「樺綴じ」を応用した「しおり」づくりを、曲物の材料をつかって体験しました。

前半は、出土木製品の研究者と、現代の曲物職人による解説が行われました。遺跡から出土した古代の曲物の実物と、現代の曲物を比較し曲物がつくられる際に用いられる技術などについて詳しく解説されました。

特に曲物の「綴じ」部分にスポットを当て、綴じる際に必要となる桜の樹皮の採集から加工の方法まで、映像と合わせて学習しました。

後半は、ミニワークショップ「しおり」作りでした。桜の樹皮で紐をつくり、それを薄い木の板に綴じて「しおり」にします。完成したしおりは、持ち帰ることができます。何とか、専門家のアドバイスを受けながら完成することが出来ました。

今回の実験考古学「古代の曲物に迫る」は、専門家のトークと工作体験を通して、古代のものづくりの技について学べる内容でした。古代の木材加工の技術を体験できて、とても有意義なひと時を過ごすことが出来ました!

                         

コメント