連日、宮崎県議会議員に当選した若手新人の動きが報道され、
若手新人の「新会派」に注目が集まっております。
若手新人の3人とはお付き合いがあり、更に二人は同じ勉強会「若者の集い」のメンバーであります。僕は県議選挙前から「若手で新会派組むのが、いいんじゃないですか?」と言っていましたので、この若手「新会派」の動きが大変気になっております。一体、どのようになるのでしょう?
「若手を中心」とした、こうした動きは大変意義があるもので、
これからの宮崎を大きく動かしていく原動力に彼ら若手新人はなるのではないでしょうか。
ただ、この「新会派」に気になるポイントもあります。
それは、「会派」を組む以上は、政策や目的を共有していただき、数合わせの「野合」であってはならないということです。
以前、国政において新党ブームがあった際も、政策的な相違から同じ非自民の連立政権を組んでいた社会党は排除され、残りの政党だけで新会派「改新」(のちの新進党)を発足させるという動きもありました。それほど、「会派」にとって政策や理念は重要なものだと思います。
それぞれのマニフェストを読みますと、「議員定数削減」の削減数が大きく異なっておりますので、それらの折り合いはどのようにつけていくのでしょうか?
選挙でマニフェストに掲げた以上は「県民との契約」も守ってもらわなければならないし、それの解決なくして「会派」を組めば、選挙で掲げたマニフェストは名前だけのもので終わってしまう可能性もあります。
僕は選挙において候補者個々人がマニフェストを掲げることに違和感を覚えます(首長選挙は除く。いわゆる‘公約’と‘マニフェスト’は区別しております。)。選挙における「マニフェスト」は、首長候補以外では、政党や、志を同じにする仲間が共同で掲げるものであり、そのマニフェストに掲げた政策を共に実現していき、有権者がそれらの「マニフェスト」がどれくらい達成されたのかチェックする。それが、本来の「マニフェスト選挙」だと僕は考えます。県議が集うある番組を観てたら、ある県議が「私の人生そのものが、マニフェストだ。」と言ってましたが、これってどうなのでしょうか?
話しが、脱線しましたが・・・・・。
とにかく、若手新人の県議の方達には、宮崎県を大きく動かす原動力になって、新しい宮崎を築いていってもらいたいと思います。