改札を出ると、岸本怜美が駅の出口に立っているのが目に入った。俺は慌てて近くの柱に身を隠した。さいわいこっちを見ていない。怜美の目は駅前のロータリーのほうへ向いている。
怜美は俺が所属している課の上司だから、どこかで会えば会釈の一つもして挨拶しなければならない。が、俺は今日、会社をズル欠してしまっている。中山競馬場へ行っていた。春の重賞レースが抗いがたい力で俺を引き寄せてしまったのだ。これはしかたない。が、急な腹痛のため家で寝ています。と連絡したのが、武蔵野線のホームから出てきたところを見られたら、嘘がバレてしまう。バレたら事である。
恐る恐る、柱のかげから怜美のようすを観察した。髪は長めで先のほうが肩の下まである。横顔だったが、大きな瞳、ちょっと尖った形のいい唇。美人だ。そのまま女性誌のモデルとかできちゃうんじゃないか。と思えるくらい。が、しかし、鑑賞に浸っている場合ではない。顔がいいわりに怜美は性格がめっちゃきつい。企画課では宣伝班の班長で、別名『オニ長』と呼ばれている。同僚の岡田なんか、出先のイベント会場でうっかり居眠りしたために、肋骨をへし折られているのだ。
背中が冷たい汗でびっしょり濡れた。見つかったらどうしよう。とはいえ、怖いことと男心ってのはまたちがったもので、俺のハートは怜美の美貌にくすぐられる。ブルブル震えながらも、なんだかいい気持ちになってしまう。ああホントいい女だよなと感嘆したとき、くわえていた焼き鳥の串がよだれと一緒に落ちた。
突然、怜美が動いた。足早に向かって行く先を見ると、駅前のタクシー乗り場で、そこに男が二人いる。驚いたことに二人ともよく知った顔だ。というか会社の上役たちだ。横幅のある大きい体のハゲ頭は熊川専務だし、細くて背丈のある黒縁眼鏡は課長の鹿島である。怜美班長が仕事で二人と待ち合わせ? と思ったが、どうやらそうではないようだ。上役二人はどこかの宴会の帰りらしく、酔っぱらって上機嫌だ。これから仕事の打ち合わせって様子ではない。そして、彼らに近づいて行く怜美は、肩をそびやかして腕を振り、怒っているようなのである。
「熊川専務、お話があります!」
怜美の言葉に、それまでにこやかだった熊川専務の顔色が一変した。
「南野ひなのことです、どうするおつもりなのかはっきりお聞きしたいのです」
詰め寄るように言う。
「なんだねきみは、こんなところまで追いかけて来たのか」
黒川専務が、いかにも不愉快そうに怜美に向いた。
帰宅時刻の駅頭である。人通りが多い。彼らのすぐ近くを大勢の人たちが往来していた。二人は声を落として押し問答をし、鹿島課長は周りを気にしておろおろしていた。話はなかなか結着がつかず、熊川専務の四角い顔がだんだんどす黒い色に変わり、歯をむき出していた。
「ひなを元通りにして返せってんだ、この人でなしのハゲおやじ!」
やがて怜美が大声を上げた。
そのとたん、鹿島課長が怜美に何かしたらしく、怜美がよろけて尻もちをつきそうになった。
俺は思わず柱のかげから飛び出していた。俺たちの宣伝班は現場仕事が主だから、社内の事務方と意見が食い違うことはよくある。が、これほど険悪な対立になるなんてことはなかった。よほど重大な何かがあったにちがいない。
「明日出社したら、一番にわたしのデスクに出頭したまえ!」
押し込むようにして熊川専務をタクシーに乗せた鹿島課長が、厳しい口調で怜美に命令した。 俺が着く前に、二人を乗せたタクシーは駅のロータリーを走り出て行った。
「班長、大丈夫ですか」
声をかけながら、しまった自分から出て来てズル欠をバラシちまったと思ったが、こうなったらしかたない。叱られるのは覚悟だった。
振り向いた怜美は顔がまっ赤だった。
「鹿島課長は班長に何をしたんです」
「平気よ、ちょっと胸を突かれただけ。それよりひなが、ひなが専務にひどいことを……」
言うなり、おれに顔を押し付けて、おいおい泣き始めた。ひなとは同じ宣伝班にいる南野ひなのことらしかった。
駅頭を往き来する人混みから、女に抱き着かれて泣かれている俺を怪しんだり非難する視線をいくつも感じた。冷やかすようなひそひそ声も聞いた。が、気にならなかった。
実をいうと、以前から怜美にほれていた。が、相手は二つ年上だったし、上司でもあった。ずっと言いだせなかったのだ。それが、偶然の成り行きでも、こうして恋人同士みたいにして抱き合っている。周りの目なんか気にならなかった。夢がかなった気持ちで俺はただうれしかった。
送ってきたマンションで、怜美はほとんど口を利かなかった。思いつめた様子で項垂れたまま、リビングのソファに座っていた。
怜美は全部は語らなかったが、言葉の端々から大よその察しはついた。熊川専務は変わった性癖の持ち主で、過去にも何人かの女子社員がひどい目に合わされたといううわさがあった。どんなことをされたのかは知らないが、熊川専務の言いなりにされたために神経を病み、ずっと医務室通いをしている女子社員もいるという。それがこのたび、宣伝班のアイドル的な存在の南野ひなが目をつけられ、そして、ひなはすでにその犠牲者になったらしいのだ。
ひなは怜美の部下だ。だから怒るのはわかるし、その正義感も立派だと思う。それでも、相手が悪い。黒川専務は次期社長を狙おうかという実力者だ。俺たち下っ端が歯向かえる相手じゃない。俺はウィスキーソーダを作って、二杯立て続けにあおった。
「社内じゃよくある話ですよ。それにこういう問題は本人がそれでいいなら、傍からとやかく言えることではないんだし」
俺は、いつまでも深刻な表情を変えない怜美に、だんだん苛立ってきていた。聞き分けのない子供じゃあるまいし、組織にいる人間なら、どんな理屈に合わない、たとえ正義にもとることであっても、上には逆らわない分別が必要だって道理はわかっていそうなものだ。それが会社で生きて行くということなのだ。
怜美がふいに顔を上げた。目がどこかの宙の一点を見つめている。そして、何事かを決心したように、アイスボックスの中から氷を砕くピックを掴み取ると、それを持ったまま部屋を出て行こうとした。
「どこへ行くんです、そんなもので何をするつもりです」
とっさに怜美の手を掴んだが、怜美はまるで気が狂ったように俺の手を振りほどいた。
「ひなを取り返すのよ!」
「ばかな」
俺は飛びついて、暴れる怜美を抱きすくめた。
「ばかなことを考えちゃだめだ。そんなことをしたら、クビどころか犯罪者になってしまう」
「放しなさい、あなた、ひなが専務に何をされたか知っているの!」
凄まじい力で押し返してきた。
「ひなは、ひなはね……」
俺はこんどは本気で、怜美を押さえつけた。このまま部屋を出て行かせることはできなかった。怜美は抵抗したが、男の力にはかなうはずがなかった。
「ばか! おれは怜美さんがひなを思う以上に怜美さんのことが大事なんだ!」
アイスピックを取り上げられた怜美は、その場にわっと声を上げて泣き崩れた。
その姿が痛ましくて、後ろから背中を抱くと、せぐりあげる怜美の身体のふるえと、心臓がはげしく打つ音が伝わってきた。
「そこまでひなのことを。なんて部下思いのいい人なのだろう」
知らず知らず俺の目にも涙が浮かんでいた。
やがて、慟哭が止み、伝わって来る脈もおだやかになった。
覗き込むと、泣き腫らした貌はしもぶくれに膨らんで、瞳を黒く焦がしていた炎もいまは消えてなかった。あどけないようにさえ見える顔つきは、思いがけず、まるで子供がべそをかいているようだった。
そっと抱き上げて、寝室へはこんでやった。
翌朝、俺はマンションのリビングで、窓辺に置かれたチューリップの鉢をながめて一人でにやにやしていた。職場では『オニ長』と怖がられているが、チューリップを育てる乙女チックなところがあったのだ。
「鎌田くん」
上司に名前を呼ばれると、条件反射的に緊張するのは、会社勤めの性であるらしい。棒立ちのままくるりと怜美を向いて頭を下げた。
「いま帰るところです、長々お邪魔して申し訳ありませんでした!」
「そう、早く帰って支度しないと遅刻するわよ」
昨夜はあれから、頭に枕をあてがってやったり、涙で汚れた顔を拭いてやったりとずいぶん介抱してやった。だから、目が覚めたら感謝の一つも言われ、もしかしてキスなんてしちゃうのかなと、あらぬ妄想にちょっとわくわくしていたのだが、やっぱり職場の関係以上には進展しないようだ。ま、現実なんてこんなものだろう。残念である。が、それほど悪い気もしなかった。怜美はあんまし色気のないブルーのパジャマ姿だったが、リビングから出ていく後ろ姿は、女性的な曲線で尻が大きかった。なんか『オニ長』はやっぱり女だった。
『ブレーメンの音楽隊クッキー』は専務の発案で開発された新商品である。キャンペーン会場は大入りで、ステージではイベントの寸劇が行なわれている。
白いタイツをはいて、胴の部分だけ着ぐるみのにわとりが、とさかのついた帽子をかぶってコケコッコーと羽根をパタパタするたびに、どっと会場から笑いが起こった。
直々に出演し、熊の着ぐるみを着た熊川専務と、鹿の姿の鹿島専務が、四つ這いの台になって、にわとりのひなを支えている。ひなはにわとりの声の真似をしたあと、背中に背負ったラッパも吹く。
劇は大ウケだったが、にわとりの役をさせられているひなは、顔を赤くして恥ずかしさで今にも気を失いそうだった。
「ひな、がんばるのよ!」
一番前で、怜美が涙声で声援を叫んでいた。
怜美は俺が所属している課の上司だから、どこかで会えば会釈の一つもして挨拶しなければならない。が、俺は今日、会社をズル欠してしまっている。中山競馬場へ行っていた。春の重賞レースが抗いがたい力で俺を引き寄せてしまったのだ。これはしかたない。が、急な腹痛のため家で寝ています。と連絡したのが、武蔵野線のホームから出てきたところを見られたら、嘘がバレてしまう。バレたら事である。
恐る恐る、柱のかげから怜美のようすを観察した。髪は長めで先のほうが肩の下まである。横顔だったが、大きな瞳、ちょっと尖った形のいい唇。美人だ。そのまま女性誌のモデルとかできちゃうんじゃないか。と思えるくらい。が、しかし、鑑賞に浸っている場合ではない。顔がいいわりに怜美は性格がめっちゃきつい。企画課では宣伝班の班長で、別名『オニ長』と呼ばれている。同僚の岡田なんか、出先のイベント会場でうっかり居眠りしたために、肋骨をへし折られているのだ。
背中が冷たい汗でびっしょり濡れた。見つかったらどうしよう。とはいえ、怖いことと男心ってのはまたちがったもので、俺のハートは怜美の美貌にくすぐられる。ブルブル震えながらも、なんだかいい気持ちになってしまう。ああホントいい女だよなと感嘆したとき、くわえていた焼き鳥の串がよだれと一緒に落ちた。
突然、怜美が動いた。足早に向かって行く先を見ると、駅前のタクシー乗り場で、そこに男が二人いる。驚いたことに二人ともよく知った顔だ。というか会社の上役たちだ。横幅のある大きい体のハゲ頭は熊川専務だし、細くて背丈のある黒縁眼鏡は課長の鹿島である。怜美班長が仕事で二人と待ち合わせ? と思ったが、どうやらそうではないようだ。上役二人はどこかの宴会の帰りらしく、酔っぱらって上機嫌だ。これから仕事の打ち合わせって様子ではない。そして、彼らに近づいて行く怜美は、肩をそびやかして腕を振り、怒っているようなのである。
「熊川専務、お話があります!」
怜美の言葉に、それまでにこやかだった熊川専務の顔色が一変した。
「南野ひなのことです、どうするおつもりなのかはっきりお聞きしたいのです」
詰め寄るように言う。
「なんだねきみは、こんなところまで追いかけて来たのか」
黒川専務が、いかにも不愉快そうに怜美に向いた。
帰宅時刻の駅頭である。人通りが多い。彼らのすぐ近くを大勢の人たちが往来していた。二人は声を落として押し問答をし、鹿島課長は周りを気にしておろおろしていた。話はなかなか結着がつかず、熊川専務の四角い顔がだんだんどす黒い色に変わり、歯をむき出していた。
「ひなを元通りにして返せってんだ、この人でなしのハゲおやじ!」
やがて怜美が大声を上げた。
そのとたん、鹿島課長が怜美に何かしたらしく、怜美がよろけて尻もちをつきそうになった。
俺は思わず柱のかげから飛び出していた。俺たちの宣伝班は現場仕事が主だから、社内の事務方と意見が食い違うことはよくある。が、これほど険悪な対立になるなんてことはなかった。よほど重大な何かがあったにちがいない。
「明日出社したら、一番にわたしのデスクに出頭したまえ!」
押し込むようにして熊川専務をタクシーに乗せた鹿島課長が、厳しい口調で怜美に命令した。 俺が着く前に、二人を乗せたタクシーは駅のロータリーを走り出て行った。
「班長、大丈夫ですか」
声をかけながら、しまった自分から出て来てズル欠をバラシちまったと思ったが、こうなったらしかたない。叱られるのは覚悟だった。
振り向いた怜美は顔がまっ赤だった。
「鹿島課長は班長に何をしたんです」
「平気よ、ちょっと胸を突かれただけ。それよりひなが、ひなが専務にひどいことを……」
言うなり、おれに顔を押し付けて、おいおい泣き始めた。ひなとは同じ宣伝班にいる南野ひなのことらしかった。
駅頭を往き来する人混みから、女に抱き着かれて泣かれている俺を怪しんだり非難する視線をいくつも感じた。冷やかすようなひそひそ声も聞いた。が、気にならなかった。
実をいうと、以前から怜美にほれていた。が、相手は二つ年上だったし、上司でもあった。ずっと言いだせなかったのだ。それが、偶然の成り行きでも、こうして恋人同士みたいにして抱き合っている。周りの目なんか気にならなかった。夢がかなった気持ちで俺はただうれしかった。
送ってきたマンションで、怜美はほとんど口を利かなかった。思いつめた様子で項垂れたまま、リビングのソファに座っていた。
怜美は全部は語らなかったが、言葉の端々から大よその察しはついた。熊川専務は変わった性癖の持ち主で、過去にも何人かの女子社員がひどい目に合わされたといううわさがあった。どんなことをされたのかは知らないが、熊川専務の言いなりにされたために神経を病み、ずっと医務室通いをしている女子社員もいるという。それがこのたび、宣伝班のアイドル的な存在の南野ひなが目をつけられ、そして、ひなはすでにその犠牲者になったらしいのだ。
ひなは怜美の部下だ。だから怒るのはわかるし、その正義感も立派だと思う。それでも、相手が悪い。黒川専務は次期社長を狙おうかという実力者だ。俺たち下っ端が歯向かえる相手じゃない。俺はウィスキーソーダを作って、二杯立て続けにあおった。
「社内じゃよくある話ですよ。それにこういう問題は本人がそれでいいなら、傍からとやかく言えることではないんだし」
俺は、いつまでも深刻な表情を変えない怜美に、だんだん苛立ってきていた。聞き分けのない子供じゃあるまいし、組織にいる人間なら、どんな理屈に合わない、たとえ正義にもとることであっても、上には逆らわない分別が必要だって道理はわかっていそうなものだ。それが会社で生きて行くということなのだ。
怜美がふいに顔を上げた。目がどこかの宙の一点を見つめている。そして、何事かを決心したように、アイスボックスの中から氷を砕くピックを掴み取ると、それを持ったまま部屋を出て行こうとした。
「どこへ行くんです、そんなもので何をするつもりです」
とっさに怜美の手を掴んだが、怜美はまるで気が狂ったように俺の手を振りほどいた。
「ひなを取り返すのよ!」
「ばかな」
俺は飛びついて、暴れる怜美を抱きすくめた。
「ばかなことを考えちゃだめだ。そんなことをしたら、クビどころか犯罪者になってしまう」
「放しなさい、あなた、ひなが専務に何をされたか知っているの!」
凄まじい力で押し返してきた。
「ひなは、ひなはね……」
俺はこんどは本気で、怜美を押さえつけた。このまま部屋を出て行かせることはできなかった。怜美は抵抗したが、男の力にはかなうはずがなかった。
「ばか! おれは怜美さんがひなを思う以上に怜美さんのことが大事なんだ!」
アイスピックを取り上げられた怜美は、その場にわっと声を上げて泣き崩れた。
その姿が痛ましくて、後ろから背中を抱くと、せぐりあげる怜美の身体のふるえと、心臓がはげしく打つ音が伝わってきた。
「そこまでひなのことを。なんて部下思いのいい人なのだろう」
知らず知らず俺の目にも涙が浮かんでいた。
やがて、慟哭が止み、伝わって来る脈もおだやかになった。
覗き込むと、泣き腫らした貌はしもぶくれに膨らんで、瞳を黒く焦がしていた炎もいまは消えてなかった。あどけないようにさえ見える顔つきは、思いがけず、まるで子供がべそをかいているようだった。
そっと抱き上げて、寝室へはこんでやった。
翌朝、俺はマンションのリビングで、窓辺に置かれたチューリップの鉢をながめて一人でにやにやしていた。職場では『オニ長』と怖がられているが、チューリップを育てる乙女チックなところがあったのだ。
「鎌田くん」
上司に名前を呼ばれると、条件反射的に緊張するのは、会社勤めの性であるらしい。棒立ちのままくるりと怜美を向いて頭を下げた。
「いま帰るところです、長々お邪魔して申し訳ありませんでした!」
「そう、早く帰って支度しないと遅刻するわよ」
昨夜はあれから、頭に枕をあてがってやったり、涙で汚れた顔を拭いてやったりとずいぶん介抱してやった。だから、目が覚めたら感謝の一つも言われ、もしかしてキスなんてしちゃうのかなと、あらぬ妄想にちょっとわくわくしていたのだが、やっぱり職場の関係以上には進展しないようだ。ま、現実なんてこんなものだろう。残念である。が、それほど悪い気もしなかった。怜美はあんまし色気のないブルーのパジャマ姿だったが、リビングから出ていく後ろ姿は、女性的な曲線で尻が大きかった。なんか『オニ長』はやっぱり女だった。
『ブレーメンの音楽隊クッキー』は専務の発案で開発された新商品である。キャンペーン会場は大入りで、ステージではイベントの寸劇が行なわれている。
白いタイツをはいて、胴の部分だけ着ぐるみのにわとりが、とさかのついた帽子をかぶってコケコッコーと羽根をパタパタするたびに、どっと会場から笑いが起こった。
直々に出演し、熊の着ぐるみを着た熊川専務と、鹿の姿の鹿島専務が、四つ這いの台になって、にわとりのひなを支えている。ひなはにわとりの声の真似をしたあと、背中に背負ったラッパも吹く。
劇は大ウケだったが、にわとりの役をさせられているひなは、顔を赤くして恥ずかしさで今にも気を失いそうだった。
「ひな、がんばるのよ!」
一番前で、怜美が涙声で声援を叫んでいた。