ただの映画好き日記

観た映画と読んだ本の自分用メモ。

冷血 / 高村薫 著

2013-04-28 | 本 女性作家


  冷血

  高村 薫 著     毎日新聞社 / 2012.11


  2002年クリスマス前夜。東京郊外で発生した「医師一家殺人事件」。
  衝動のままATMを破壊し、通りすがりのコンビニを襲い、目についた住宅に侵入、
  一家殺害という凶行におよんだ犯人たち。
  彼らはいったいどういう人間か?何のために一家を殺害したのか?ひとつの事件をめぐり、幾層にも重なっていく事実。
  都市の外れに広がる<荒野>を前に、合田刑事は立ちすくむ― 人間存在の根源を問う、高村文学の金字塔!

  「この身もふたもない世界は、何ものかがあるという以上の理解を拒絶して、とにかく在る。俺たちはその一部だ」
  犯行までの数日間を被害者の視点、犯人の視点から描く第一章『事件』、
  容疑者確保までの緊迫の2ヶ月間を捜査側から描く第二章『警察』を収録。






久しぶりの高村薫さんです。
感想が難しくて、感想を書くことが、ではなくて、自分が何を感じたのか?をハッキリさせることが難しいと言いますか…。
犯罪が始まる直前から、その後の捜査、犯人逮捕、起訴、公判、刑執行まで、事細かに描かれていて、その都度、思うことはあったのですが、読み終わった直後の今として、自分の気持ちを探ってみると、今の時代はもう世直しはできないんだなということでした。

常識を持ち合わせていない人にイライラするのは無意味であって、自分が嫌な思いをしたくないのなら目をつぶるしかないんだなって、人に対する期待(期待しているのとは違う)も無意味なんだなって、人の心はあまりにも複雑過ぎて、興味を持ったからといってそこに触れようとしてはいけないのかもしれなくて、所謂、世知辛い世の中で、気楽に人と繋がろうとするのは危険な時代であり環境なのかなと思いました。
それは、とても残念なことであり、つまりは諦めでもあると思うので、自分の気持ちとして、正直、忸怩たる思いでいっぱいになりました。

完全にズレてきているのだと思います、躾や教育が。
戦後の貧困、困窮を子供には味わわせたくないという親心から子供を甘く育てたのがそもそもかな…と戦争を経験された方が仰っていたのを思い出しました。
その子供が親になり、またその子供が親になり…、何代かに渡り少しずつズレてきて現在に至っているのかもしれません。
このズレは修正できないだろうし、これからもっとズレていくのだとも思います。
何処かで断ち切れたかもしれない鎖が、断ち切る太さの段階で断ち切らなかったばかりに、時既に遅し…なのかもしれません、残念なことですが。

常識とか、普通とか、妥当とか、そんな言葉が通用しなくなるのも近い将来かもしれません。
人の心が理解できないことから、人を理解しようとしなくなり、そうやって、人と人との関わりが薄くなっていくのだろうと思います。
人と関ることがなくなると、自分以外の人がどうなろうと知ったこっちゃないってことだろうし、殺意が無くても殺人ができるようになっていくのだろうとも思います。

成育環境がどうであれ、人と関ることで自分に有るもの無いものに気付き、思いやりの気持ちが養われて、少しずつ軌道修正できればいいのだけど、人との関わりがなければ何かを学ぶことも感じることもないはずで、そうなると、本当にもう何もなくなってしまいます。
そうやって出来上がってしまったのが、井上と戸田だったのだろうと思うと、本当に涙が出てくるくらい悲観的になってしまいました。
これが『冷血』を読んだ正直な感想だろうと思います。
人に対して、ただただ、本当にただひたすら悲観的になりました。


これで終わるには収穫が何もなくなってしまうので、少し、気持ちを明るくして、作品全体、合田雄一郎を振り返ってみたいと思います。
合田シリーズですが、第一章は犯人側のお話のため、長いこと合田は出てきません。
しかも、犯人2人の感情を理解することができないため、1ページ読んでは閉じ、数週間経ってからまた1ページ読んでは閉じ…を繰り返していました。
しかも、しかも、2段組なので、“読んだ感"を得られないこともあり、本当に苦痛で仕方ありませんでした。
でも、これを読んでしまわないと次の本に進めない!というなんともはやな理由から頑張りました。

でもって、ようやく第二章の警察側からのお話に入り、そこからは一気です。
しかも、その第二章の入り方が素晴らしかったです。
仕合せそうな家族をどうぞ放っておいて…と願いながら読んでいた第一章の後半だったため、事件発覚のその刹那、鳥肌が立ちました。
こんなにもいとも簡単に事件を発生させてしまった著者に対して、言葉では言い表せない感情が鳥肌になって出てきたように感じました。
高村薫はやはり普通じゃないです(もちろん、いい意味で)。


上巻第一章の犯人である井上、戸田の状況や感情に辟易し、第二章の警察側である合田の状況や心情に一気に引き込まれ読み進めたワケですが、ところが、合田の心情は、警察の捜査状況メインで進んでいきました。
何月何日の何時、誰々が何をした…というように、捜査状況の詳細を模しただけとも受け取れると思います。
最後(上巻)の方では、正直、飽きてきました。
事件の詳細や犯人の追跡など、もちろん、興味深さはあるのですが、私は警察ではないですし、そこまでの詳細は必要ないと思いました。
本当に細かかったです。
そして、上巻のクライマックスで、戸田も井上も逮捕されます。
気持ちとしては、あ~、犯人も捕まって、この後、下巻丸々、何を書いたんだろう?と思いました。


そして、下巻。
犯人の井上、戸田の犯行動機、否、成育環境、否、人格形成…、などなど、どうすれば一家四人殺害、しかも、そもそもは強盗が主体のはずで、どうすれば、人間四人を殺害できたのか?とまず犯人を理解しなくてならず、その過程がやはり、事細かに、調書を始め、その調書をもとに合田が犯人を、犯人の動機を解明(理解?納得?)するのが下巻でした。
なので、上巻のいちいちの捜査状況はこの下巻へと、下巻の役割へと繋げるために必要だったんだなと感じました。
本当に細かくて、つまりはリアルで、なんとも言えないものを感じました。
一般人は犯人の動機や犯人そのものを理解しなくてもいいはずなのですが、警察はそうはいかないんだな~と実感し、捜査の大変さはもちろん、その後の起訴までの道のりも大変な作業なんだなと感じました。


戸田は公判を待たずに病死します。
その後は、井上と合田のやり取りが始まるのですが、他人に興味が無く、自分が殺害した被害者についても何も思わない、そんな井上が合田に宛てる嘘なのか真実なのか少しも伝わらない手紙に不気味さを感じました。
井上の公判が始まりますが、やはり被害者に対するの気持ちは微塵もなく、それなのに、周りの人間は井上のことを考え、合田も然りで、常に井上の気持ちを読み取ろうとしていて、この一方通行はどうすればいいのだろう?と、まったく子供相手に大人が振り回されているような裁判でした。
犯罪者の気持ちなど、つまり、動機はなに?と探ろうとすることすら無意味であって、動機もないのに殺人ができる時代がきたということなのでしょうか……。

検察の論告はもっともで、弁護人の弁論にも実は頷ける部分もあり、ここで、井上に対する印象がちょっと変ってきている自分に気付きました。
これは、合田の井上に対する気持ちの変化に同調したということでもあると思います。
ただ、井上の生育環境に同情したのは違うし、井上に気持ちを寄せたわけでもないと、思わず、自分にブレーキをかけていたかもしれません。
そして、判決。
弁論で一瞬、迷ってしまった私でしたが、判決は納得できるものでした。
裁判というのは、全体を通さないとシッカリと見えてこないものだなと感じました。
最後に読まれる主文は、恥ずかしながらウルッときました。
どういうウルッかは自分でも判りませんでしたが…。

更にその後、被害者遺族と合田の会話があり、そこでも感じるのは複雑で理解するのが難しいということでした。
被害者遺族といえども、みんながみんな喪失感でいっぱいでもなくて、そんなものかと言われれば、そんなものなのかもしれませんし、いずれにしても、人って何なんだろう…、常識や普通や妥当など、当たり前であるはずべきものが通用しなくなるくらい複雑化してしまったんだな~と、やはり、悲観的であり、諦めの気持ちが強く残りました。

これが『冷血』を読んだ感想です。



以下、気になったことを…。
ちょっと気になると言いますか…、合田が使う、“とまれ”と“否”がかなり気になりました。
私には、この“とまれ”とは、なんぞや?です。
合田特有なのか、それとも、高村さんの常用語なのか、大変失礼とは思いつつ、いやいや、私が無知なだけだと願いつつ、率直に言うと言葉が古いと言いますか…。
特にこの“とまれ"が出てくる度に静止させられました(井上の公判あたりから“ともあれ”になっていたので、やはり、意味があるのかもしれませんが…。ついでに、井上が合田に宛てた手紙の中でも“とまれ”が使われていて、使わないのは私だけ?と今更思っていますが、どうでしょうか?)。
“否”はもしかしたら、警察用語かも?と思ったのですが、これもしつこかったです(すみません)。
“幸せ”が“仕合せ”で、これにも意味があるのかな~?とか、やはり、出てくる度に静止…。


読み終わるのに長い時間がかかってしまいましたが、このお話を書かれた高村薫さんはどれだけのご苦労をされたのだろうかと、感心の前に心配してしまいました。
井上や戸田の気持ちにならなければならない時や、公判時の検事、弁護人、裁判官とそれぞれ違う立場にならなければならない時など、簡単に想像はできないですが、大変だっただろうなと思いました。
心から、お疲れ様でした。

でもって、人に対してとても悲観的になってしまいましたが、この感想を書き終えたところで悲観的な部分は忘れることにします(笑)。
理解できないものは理解できないとして、もちろん、その複雑さに飛び込むことはしませんし、できるだけ、当たらず障らずでいたいと思いますが(笑)、でも、それ以前に、明るく元気に暮らしたいと強く思いました。

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