IYAMAN

フィリピンベンゲット州にて、活動する現地のNGOIYAMANの活動を紹介

2007年5月~8月3

2008年03月01日 | ニュースレター
保健プログラムの活動報告  

ロリト・ティワン

We must turn to nature itself, to the observations of the body in health and in disease to learn the truth. Hippocrates.

これは数世紀前に発表されたヒポクラテスの「Father of Medicine (医療の父)」に記されている言葉です。自然こそが健康を保つため一番重要かつ必要な要素を与えてくれていると言っています。私たちは、2006年8月に行った環境調査の“農村における健康状態”の結果、全ての村で、基本的な健康や衛生についての知識が必要だと感じていることが分かり、保健プログラムを行うことにしました。
  まず、2006年11月14、15日に保健衛生基礎研修を実施しました。この研修の1日目は、村人が健康な生活をおくることができるように、病気予防について話し合われました。土地に合った生活様式や気候など健康に関する問題点を明確にし、それらと向き合うことの重要性が話し合われ、その解決策をみなで、考えました。2日目には、中国から紹介された指圧、つぼマッサージも紹介しました。そこに参加していた数名のラメウ村の参加者が、自分たちの村でもぜひ、指圧と体のしくみについての研修をしてほしいと、要望があり、急遽、2007年6月1日から4日にかけて、研修が行われました。
また、母子健康と薬草研修については、2007年7月9日からシナクバット・プロパーで行われました。この研修には、シュントックの母子保健担当者を講師として、お招きして研修を行いました。1日目は、フィリピン政府の保健衛生に関するスタンスと現状、国民としての権利について話しがあり、自分たちがおかれている現状についても話し合いがもたれました。その後、母子保健に関する基本的な知識、起こりうる問題とその対処方法の指導がありました。2日目には、村で入手可能な薬草の利用について話し合われ、情報の共有と4種類の薬草の作り方が紹介されました。

2007年5月~8月2

2008年03月01日 | ニュースレター
環境教育プログラム(EEP)の活動報告 

ベンゲット州の各地域への広がり
メアリー・アン・サンティル

「イーヤマンがまた来たよ!」、私たちが学校を訪れるといつも聞こえてくる生徒たちの歓声です。生徒たちは、IYAMANと再び楽しい活動ができることを喜び、期待でいっぱいなのです。
先日、5つの小学校と3年間の契約期間が無事終了しました。この過程で、IYAMANと学校、生徒の間に素晴らしい関係を築くことができました。
そして、2007年環境教育プログラムは、さらに新しい地域への広がりをみせています。2007年~2008年度の新しい地域に、トゥバ地区タロイノルテ村のマリアノ・サバリノ小学校とアトック地区アビアン村のアドユナン小学校が加わることになりました。
マリアノ・サバリノ小学校は、バギオ市から1時間半ほどの移動時間を要する場所にあります。この小学校は、生徒の就学数が少ないため、エネルギッシュな3名の教員によって運営される学年混合の学校です。2棟の建物にある教室は、それぞれデイケアの幼児用、1・2学年用、3・4学年用、5・6学年用に割り当てられています。その他にも家庭科室、教員の宿泊用の部屋などもあります。様々な地区から合計56名の生徒が通学しています。一番遠方から通う生徒は、徒歩で片道1時間半ほどかかります。道路は舗装されているものの、遠隔地の場合、乗り合いジープは毎日運行されていない状況です。

アドユナン小学校もバギオ市から1時間半ほどの移動時間を要します。幸いなことに、この地域を訪れる際には、乗り合いジープが容易に利用できます。アドユナン小学校は、就学児童数が134名と多いため、校長先生の下、学年別に6名の教員がいます。

 2007年6月、IYAMANはこれらの小学校を管轄する教育事務所との業務調整を進め、私たちの活動が歓迎され、新しい2校での保証書を発行してもらいました。そして、マリアノ・サバリノ小学校の学校調整役を務めるアバンス氏とアドユナン小学校の学区長であるサボグ氏より承認状を得て、IYAMANは、これら両校での実施のための学校訪問について、教員と協議を進めました。また、学校の教員と父兄を交えての3年間の活動計画についても話し合いを行いました。
教員は、プログラム実施に前向きであり、IYAMANが自分たちの学校をプログラムのパートナー校として選び、生徒たちが適切に地域資源を活用し、環境保全の技術や知識を発展させるための支援に大変感謝していました。学校側の話によると、NGOが環境啓発に関する活動を学校で実施するのは初めてであり、IYAMANのような団体が生徒に様々な活動を紹介することによって、生徒へ動機付けをできることは、大変有意義なことであると言っていました。 教育事務所との調整の後、早速新しく加わった2校での活動を開始しました。
6月には、森林の重要性と利用について、講義と話し合いを行いました。これは、生徒に学校での植林活動の意味を理解してもらうためです。生徒は、この活動に高い関心を示し、講義で学んだことの応用として、2007年7月に植林活動を実施しました。植林活動は教員や生徒、父兄の協力と参加を得て、成功に終わりました。苗木は、学区の気候に適した種類で、よく生育できるものを選び、マリアノ・サバリノ小学校では果樹、アドユナン小学校ではコーヒーの苗木が植えられました。 8月には、環境保全についての講義が行われました。森林の活用や植林活動の重要性に関する話し合いを補足するためのものです。

2007年5月~8月-1代表挨拶

2008年03月01日 | ニュースレター
親愛なる私たちの友人であり、支援者の皆様へ

IYAMAN代表
クリスティ・セグネケン・アーバン



この度のニュースレターの発行にあたっては、IYAMANが大学卒業後に、行っている1年間の研修の中で、かかわることができるIYAMANの活動が、いかに重要かについて焦点をあてさせていただきましたことを最初に申し上げます。
私自身も、IYAMANの保健プログラムの研修に参加し、各地域でいかに、人々が研修に参加し、学びたいという熱意をもっているか目の当たりにしました。
ダリゴアンでの研修は、村人の多忙なスケジュールの合間を縫って、夜間に行われました。私は研修の実施中、IYAMANの今年の卒業生であるロリトとメリアンが、村で活動するにはどのようなことが大切かNGOワークの初歩を学べるように、心がけて研修を行いました。私たちは、研修の目的地ダリンゴアンに定刻どおり到着できるよう大雨の中を山々を横切り歩き続けました。この時、二人の活動に対する熱意と村人のために働く者としての良い資質を実感しました。

他にもうれしい知らせがありました。それは、政府教育機関の評価委員会が、IYAMAN出身のデビー・バグラオがIYAMANで研修中に、地域のために行っていた環境教育などの活動を高く評価し、採用を正式に決定したとのことです。遠隔地の一つバコンの教員として多数の応募者の中から採用されたのです。
そのほか、様々な外部からの評価を受けるにつけ、私は、ますますIYAMANが活動を続けるに十分な意味があると確信しています。

最後に、私たちを信頼し、ともに活動を続けてくださっている皆様に心より感謝申し上げます。

IYAMANのポリシー

2008年01月05日 | IYAMANについて
私たちの活動地域は、遠いところで、8時間片道かかり、平均でも6時間はかかります。これから始まる健康プログラムを実施する村の1つは、山道を6時間歩かなくてはたどり着きません。ですから、活動を行うために村に2泊泊まらなくてはいけません。しかし、そんな村人は私たちを歓迎してくれ、食事と寝るところを分けてくれます。また、活動に必要な情報も提供してくれます。IYAMANのポリシーは、「誰もいきたくない困難な地域にこそ、助けを必要な人々が待っている。だからこそ私たちは、そこへ行く」です。

2006年4月~6月7ページ、8ページ

2008年01月05日 | ニュースレター
イヤマンでの人生経験

アンドレア・タナシオ

人生のすばらしさは経験を通して実感されます。私は2000年6月から2006年2月までの約5年8ヶ月というかなり長い期間を、イヤマン・ファミリーの一員として過ごしました。2000年6月から2004年3月までの4年間は学業に励むと同時にイヤマン・ファミリーと共に過ごした楽しい期間でした。成長していく過程でメンバーの誰もが経験する愛、思いやり、笑い、悲しみ、苦痛を、私はイヤマンのメンバーと分かちあうことができました。そういった経験は言わば人生のスパイスといったところでしょう。ところが、時はあっと言う間に過ぎ去ってしまうようで、私を含めてほとんどのメンバーが卒業することができ、学生から大人へ成長することができました。そうです、ついに卒業できたのです。歓喜で叫んでしまったほどですが、これで全てが終わったわけではないのです。

 イヤマンでのトレーニング期間は私にとって非常に刺激的なものでした。2004年4月に、私のイヤマンに導かれた人生の次のステップが始まりました。それは1年間のトレーニングであり、奨学金給費卒業生はイヤマン・ファミリーのメンバーになった時に約束した責務を果たすために、出身の村およびメンバーの村で地域のために働く訓練を受けるのです。この訓練は、責務を果たす目的以外に、イヤマンがメンバーの成長を助け、知識、態度、スキルおよび能力の開発をサポートする方法のひとつでもあります。私も農民と共に働くためのトレーニングを受ける機会を与えられたひとりです。イヤマンが新たに開始した持続可能な農業(AAP)のプログラム担当者としての仕事は、卒業直後の2004年4月から10月まで7ヶ月間続きました。この仕事は新卒の上に村で初めて仕事をする私にとって、非常に励みとなるものでした。最初は大変緊張して、「私にできるのだろうか?」とか「年長の人たちの前で毅然としていられるのだろうか?」などという思いに駆られたりして、他にもいろいろな心配が頭に浮かんできました。そうです、最初は本当に緊張していました。このプログラムを担当したことによって、農民の前に緊張せずに立つことができるようになり、彼らの農法や生活を学ぶこともでき、微力ですが私なりに貢献することもできて、非常に幸せな気持ちになりました。

 持続可能な農業プログラム以外の仕事として、奨学金給費生の世話が卒業前に既に私に割り当てられていましたが、正式に任務を果たしたのは2004年4月から2005年10月までの期間でした。このプログラムによって、大人としての自覚、そしてイヤマンの奨学金給費生のお姉さん役にふさわしい人間としての自覚を養う機会が与えられました。学生たちを相手にすることは農民たちの場合とかなり異なります。彼らと共に過ごすことは楽しく、またさまざまな生活態度、性格、雰囲気、および身体的・倫理的・精神的・その他の個人的な特徴などを知ることが出来ました。学生たちと親交を深める事は大変すばらしいことで、よい刺激となり元気をもらいました。イヤマンの学生のみなさん、敬意を持って接して下さったことを深く感謝します。また、この親交が今後も続くことを願っています。

 2005年5月にイヤマンのプログラムが拡張され、調査プログラムが追加されました。このプログラムの立ち上げの仕事が私に割り当てられました。最初の目標はシナクバット地区の「バランガイのプロファイル」の改訂版作成と「シナクバット地区の地域別健康状況の評価」と題された調査を実施するということでした。このプロジェクトもまた、私にとって新たな学びのステップであり自分の可能性を知る機会となりました。現在この調査プログラムは半分ぐらいの進捗状況で、検証と調査結果の最終報告書がまだ進行中です。私も調査プロジェクト完了まで、「ベンゲットネットワーク」で働きながら調査チームに参加する時間的余裕があればよいと思っています。

 上述の私が担当したプログラムに加えて、私は環境教育プログラム活動の支援も担当しました。このプログラムへの参加によって、私が学校で学んだ基本的な事柄を生徒たちに教える機会をついに得ることができ、非常に嬉しく思いました。とうとう勉強して得た知識やスキルを活用することができました。その上、村からさらに多くを学ぶこともできたのです。

 現在、私は地域に密着したNGOのベンゲット・ネットワークで2006年3月から既に働いています。つきましては、イヤマンから愛、思いやり、訓練、笑い、そして他のいろいろな経験を積む機会をいただいたことに対し感謝の気持ちを述べたいと思います。イヤマン・ファミリーのメンバーになったことで大きなチャンスをつかみました。担当した仕事からも多くのことを学ぶことができたことを感謝いたします。イヤマンで過ごした時間はかけ替えのないものであり、みなさんが与えてくださったものは、たとえ他の組織で働いていても私が仕事の中で成長し続けるための武器となるでしょう。私個人としてはイヤマンでみなさんといっしょに働きたいのですが、メンバーはみな成長しているわけですから、若いイヤマンの弟や妹たちに喜んで席をゆずって、彼らもイヤマンで私と同じように学んで経験する機会を持ってもらいたいと思います。イヤマンの私の弟や妹たちもまたこれから経験するトレーニングを楽しんで受け、自分を成長・成熟させ、コミュニティの仕事の素晴らしさそして人生の素晴らしさを理解できるようになることを願っています。

 本当に有難うございました。

2006年4月~6月6ページ目

2008年01月05日 | ニュースレター
夏のコミュニティ・イマージョンマリーアン・サンティル  

Mary Anne Santil

 “人は誰かとつながっている”、コミュニティ・イマージョンクラスを担当する、明るく元気の良いシルベスター・エイベン教授がよく言われる言葉です。  
4年生の教育学部生の実習として、2006年5月15日から18日まで、ビニング・バランガイのアンパシット研修センターでコミュニティ・イマージョンを行いました。この活動はある村に滞在し、私たちがクラスで学んできたことを実習し、地域の人達と交わりコミュニケーションを取ることが目的としています。  
私たちはアンパシット研修センターに到着し、メンバーと友情を育み、小さな村の様子を知るための時間を持ちました。その後数日間をビニング・バランガイで過ごし、それは村の実際の様子を理解する、暖かな時間となりました。私たちは、親切で責任感のある村の役人と村人達に会いました。私たちはバランガイホールに滞在しました。バランガイの道を掃除することで、各世帯の村人たちと話すことができ、村のことをよりよく知ることができました。  
この活動を通して私は、村を訪れるときに、村人を尊敬し、謙遜の気持ちを持つこと、不適切な態度を取らないこと、地域の人々の規則・信念・習慣を考慮し、妨げてはいけないということを学びました。村人の性質を尊重し、自分たちがそれに合わせる、ということも学びました。この数日間で私は、人々と友情を育み、親密な関係を築けるように対話する能力を習得しました。私たちは、生きていくために他の人々と助け合っていかなければなりません。  
このプログラムに参加するには、参加費が必要ですが、私の家族からそれをまかなうことはできません。ですから、IYAMANにこのような貴重な機会をいただき、大変感謝しています。また、この休みに参加した、IYAYMANの環境教育プログラムと持続可能な農業プログラムのおかげで、私たちはより豊かな経験をすることができました。ありがとうございました。

2006年4月~6月3ページ、5ページ

2008年01月05日 | ニュースレター
スカラシッププログラム

奨学生の選考

  2006年4月、新年度奨学生の募集を開始しました。募集は許可を得て学生課、教育学部、農学部、環境科学大学と事務局の掲示板に貼り出しました。5月第2、3週まで、多くの学生の申し込みがありました。うち27名はベンゲット州、1名がイフガオ州、1名がイサベラ州の出身でしたが、ベンゲット州出身ではない2名は残念ながらIYAMANによる選考基準を満たしておらず、1次面接に進むことができませんでした。スタッフが1次面接を行い、その結果10名が代表クリスティーナ・セグネケン・アバンとの最終面接に進みました。アバンさんの厳しい面接には上位5名が合格し、他の学生は補欠となりました。

選考は3段階で行います。
1. スタッフによる1次面接
2. 代表クリスティーナによる2次面接
3. スタッフによる家庭訪問

選考基準は以下のとおりです。
1. 家庭環境
2. 専攻への興味、関心
3. IYAMANのミッション、ヴィジョン、ポリシーを支持、遵守する姿勢
4. 人生のヴィジョン
5. IYAMANがその学生の出身地域で活動が可能かどうか

募集人数5名

<特別枠>1名
一般の募集のほかに、セルジオ・カマチョというカパンガン郡タバアオ地区で議員を行っている彼が、地域のために、もっと学びたいとの意向があり、学費に問題があるとのことから、他の地元NGOから推薦を受け、急遽IYAMANファミリーに加わりました。今後、彼は公共政策学士コースに入学します。
 彼は以前、カパンガン郡唯一の教育機関である教育短大にて学んでいましたが、さまざまな理由からそれを断念しました。数年にわたって教育の本質について考えてきた彼は今、公共政策という実践的なコースに進み、出身の村とNGOに役立てる人間になりたいと願っています。彼はすでに代表クリスティーナとの面接を終え、必要書類を8月中に提出することになっています。

<奨学生の紹介>

フェデリナ・カミロ  

 1987年2月23日の寒い朝、カミロ家の6番目の子供がベンゲット州ラ・トリニダッドのベンゲット総合病院で誕生しました。ベンゲット州イトゴン郡ダラプラップバランガイ、カルーに住む、ティト・M・カミロとメリリン・C・カミロの子として、9人兄弟の6番目として生まれた私は、フェデリナと名づけられました。私は4歳でカルー・デイケアセンターという幼稚園に入園しました。6歳になる前にフィアンツァ小学校に入学しました。小学校にいた6年の間に私は、教師になることを考え始め、教育の大切さを知りました。教室で多くのことを経験し、努力した結果優秀な成績で2000年に卒業しました。更に学び続けたかったので、国立フィアンツァ記念高校に入学し2004年に首席で卒業しました。  家は貧しかったのですが、大学に進学したかった私は、ベンゲット州立大学を受験し、幸運にも合格することができました。両親には私の学費をすべて賄うだけの収入が無かったため、私はいくつかの奨学金に応募しました。そして運の良いことに、IYAMAN奨学金制度に合格することができました。現在、BSE3年に在籍し、数学を専攻しています。私のモットーは“小さな障害は、何かをあきらめるためではなく、自分を高めるためにある”です。何かが足りないからといって逃げてしまわずに、それを前進するための糧と捉えるようにしています。いただく励ましと、努力と、絶えることのない神さまの支えとによって、夢を叶えていきたいです。

2006年4月~6月2ページ目

2008年01月05日 | ニュースレター
環境教育プログラム(EEP)

2006年6月、環境教育プロジェクト(EEP)の活動状況を示す報告書を地方行政および、小学校に提出しました。同月には2006-2007年3月までのEEP実施に際して、内容のすり合わせを学校側と行い、7月にはIYAMANと現場の教師、PTAとで、最終的な活動計画について話し合います。今年度は、最終年として、特に、学校側が今後、IYAMANの支援がなくなっても、独自でプログラムを運営していけるように、プログラムの環境を整えていきます。

持続可能な農業プログラム(AAP)

アジア農民交流センターの企画で、タイのNGOスタッフガイ氏、WE21ジャパンの皆さんが
シナクバット有機農業住民組織(SOFO)を訪問し、交流を深めました。

 4月18日にSuttichai Kunlabut氏(愛称ガイ氏)がフィリピンに到着し、7月7日まで、滞在し、英語やこの地域の文化や農業について学んでいきました。彼は、2003年にタイの農民達と日本人NGOスタッフと共に私たちの活動を訪れて以来、2度目の訪問で、タイでは、レインボープランという生ごみを町の人々の協力で、堆肥にし、農地に還元するというプロジェクトをすすめています。
 滞在中、彼はNGOや住民組織(PO)を訪問し、活動を見学する機会がありました。ベンゲット州バコン郡シナクバットでは、IYAMANが支援している有機農業住民組織(SOFO)を訪ねました。彼はベンゲットの農業、特に有機農業に関心があり、多くの農家が化学農業を行っている理由も知りたがっていました。彼がSOFOのメンバーと分かち合ったのは、グローバリゼーションの悪影響に立ち向かうために、組織間の関係を築いていくことの重要性です。グローバリゼーションは大きな問題だが、協力しあうことで代替案を見つけていける、と彼は付け加えました。
 6月にはWE21ジャパンの郡司真弓さんと大上文さんがベンゲットに再来し、支援先のNGO、住民組織を訪問されました。彼女達が支援している「ベンゲットネットワーク」にSOFOも加入しているため、訪問されました。SOFOによる交流会で、SOFOのメンバーの結束力と鉱山開発などの環境破壊への取り組みを聞いていきました。
 ガイ氏とWE21ジャパンの方々の訪問は、タイ、日本、そしてフィリピンが育ててきた繋がりが、よい状態にあることを示します。この関係が、私たちの共通の問題を解決していく支えとなることを願います。

遠隔地の農村健康プログラム

  村人が抱えている問題の1つに、貧困による健康問題があります。保健医療施設と政府のサービスへのアクセスは、村が山岳部の遠隔地であることと経済的な問題で利用が非常に限られています。さらに保健関係者の海外への人材流出が、地方の医療問題をさらに、悪化させています。このような状況下で、村のニーズに的を絞りNGOが活動を行っています。IYAMANはこれらの試みの一翼を担うために、活動を開始しました。2005年には、1年をかけて環境調査を行いその内容を、2006年5月に村人に発表しました。6月にはNGOシュントックの保健スタッフである、アイダ・バヤンガンさんの協力で最初のプレゼンテーションを行いました。8月には企画の最終認可が行政から下りる予定です。保健プロジェクトは主に保健に焦点を絞り活動していきます。

2006年4月~6月1ページ目代表の挨拶

2008年01月05日 | ニュースレター
親愛なる私たちの友人であり、支援者の皆様へ



2006年7月24日、フィリピンのグロリア・アロヨ大統領は、ベンゲット州の人口の多くを占める農民の救済のための支援策として、ベンゲット州からマニラに野菜を運ぶための冷蔵車をベンゲットの農民に支援することを約束した。これらは、一見農民への支援策にみえ、確かにこのようなプロジェクトは、農民にとって必要だが、これらの冷蔵車が、農民に届くことはなく、農民を苦しめている仲買人のものとなるのが現実だ。
農民の最も大きな問題は、農民が野菜を育てるために必要な化学肥料などを含む資材の価格が年々上がっていることだ。農民たちは、借金を余儀なくされ、彼らの貧困をあおっている要因となっている。これらの状況を何とか改善しようと、NGOなどの非営利組織は、有機農業の指導や農民組織の立ち上げなど様々な農民のための支援を行っているが、国は、それらを支援しようとはしない。NGOと農民はともに、様々な困難な問題に今も挑戦している。

IYAMANでは、これらの問題を解決させるために、何ができるだろうか。現段階では決定的な解決策を打ち出すことはできない。しかし、私たちは、環境、農業、健康、教育のプログラムを通して、その種を撒いていると言えると思う。IYAMANのスタッフと学生たちもまた、個々に、私たちイゴロの民族の伝統を守り、育てるために、何が自分にできるかと一人一人、日々自分自身に問いかけている。

団体概要(日本語)

2008年01月05日 | IYAMANについて
  


IYAMAN活動紹介

団体名:IYAMAN ASSOCIATION INC
 
政府NGO登録:2000年6月

ビジョン:IYAMANの思い描いていることは、一人一人が人間として向上し能力を磨くことによって、この国や、外国にいるすべての人の道徳意識、社会秩序、環境に対する配慮を向上させることに、少しでも貢献できること。また、コルディレラ地方に住む人々が自分たちの周囲でおきていることに対し意識し、実際に行動できるようその手伝いができること。

ミッション:IYAMANは、自分の生まれ育った地域のために働きたいと願っている山岳民族(イゴロ)出身の若者たちに、研修と様々な経験を提供していきます。その経験によって、村によりよく貢献でき、プログラムを円滑に進めることを学ぶことができます。中でも、スタディーツアーなどの異文化交流プログラムは、人々がお互いの違いを尊重し、理解し合うことを学びます。 他者との関係を築くことにより、平和的共存を推し進めていきます。

ゴール:
1.困難な立場や助けを必要とする人々が、教育を通して知識、信念、技術、自信を獲得し、自らを発展させ強めていく手助けを行う。
2.コルディレラ地方の村の生活の質が向上し、自立し、自活できることを目指した開発を行う。

目的:
1.コルディレラ地方に住む経済的に恵まれない将来性のある若者の能力を、その資質にあわせて伸ばしていく。
2.住民が自然資源を有効に利用し、保護していく手助けを行う。
3.伝統的知識に配慮した方法で、住民の抱える問題に一緒に取り組んでいく。



「IYAMANの名前の由来」IYAMANは、カンカナイ語、タガログ語、イロカノ語および日本語できた造語です。“I”はカンカナイ語で“~から”を意味し、“YAMA”は日本語の“山”、“YAMAN”はタガログ語で“豊富”、“IYAMAN”はイロカノ語で“感謝”を意味します。“YA”と“MA”は、スカラシップが生まれるにいたった最初のサポーターの方々に敬意を表し、それぞれのイニシャルでもあります。“IYAMAN”の総合的な意味は、“山から来た人々は、この活動を支援してくださるすべての方々の豊かな心に感謝する”という意味を表すものです。

第1フェーズ(教育)
1.奨学金を受けている間下記のプログラムを行う
① 月1回の全体会議にて、現状の報告を行う
② 研修への派遣と研修後のメンバーへのシェアー
③ 訪問者が来たときのプログラムの準備と村へのアテンド
④ IYAMAN事務所にて、事務仕事を行う
⑤ ニュースレターの作成
⑥ 大学の休暇時に、メンバーの村に行き、プログラムの実施
⑦ 環境教育等のIYAMANとしての活動への参加

2000年6月より日本の支援を受けて始められたスカラシップでは、現在、教育、社会福祉、環境、助産婦など様々な分野で学生たちが学んでいます。このスカラシップには、いくつかのユニークな条件があり、彼らが学ぶことのできるコースは、上記のような、村で必要とされているものや、人々のためによりよく働けるスキルあるいは、NGOで働くために必要なものに限ります。休暇期間には、各々の出身の村でのボランティア活動が要求されます。また、卒業後に確実に村のために働く人材となっていくために、家族に、この制度の意味を理解してもらう「親子で学ぶ場」も大事なトレーニングの1つとして行っています。通常、毎月1回の定例ミーティングおよび研修会等が実施されていますが、IYAMANスタッフの指導のもと、協力、責任、自信、リーダーシップなど個人の資質を伸ばし、また、実際に村などで活動をする際に必要なスキルを学ぶための課題が与えられます。

第2フェーズ(研修)
1.1年目:出身地域で活動を行っているNGOにて、ボランティア活動を行う
       但し、NGO等が入っていない場合は、IYAMANとして活動を行う 
2.2年目:自分の専門性に合わせたスキルアップ期間
3.3年目:自分の能力と専門性を活かし、地域拠点に自らが中心となり活動を始める

IYAMANの活動
・持続可能な農業の推進及び農民のための研修プログラムの組み立てと運営
・環境教育(村や小学校と一緒に活動を展開していく)
・地域開発(地域に必要なものに対しサポートしていく)
1) 遠隔地の農村健康プログラム
2) 持続可能な農業
3) 豚基金

団体概要(英語)

2008年01月05日 | IYAMANについて

2005/8/22

what is IYAMAN

- Is a non-government institution that provides scholarship to and trainings to the Cordilleran people who wants to take up social sciences courses. The association also promotes information dissemination to people about environmental awareness and protection and the promotion of sustainable agriculture.


vision
IYAMAN envisions for the upliftment and polishing of one’s potentials in contribution to the development of moral consciousness, social order and environment awareness to every individual here and abroad; and to be effective instrument for the awakening of the Cordillera people on what is going on in their environment.

MISSION
IYAMAN exist to provide trainings and exposures to the scholars in preparing them to work in the village and to facilitate exposure programs locally and internationally for better understanding and building cooperation of people towards the development o


GOALS

1. Help the needy and deserving individuals to acquire, develop and strengthen their attitude and skills through education.
2. Improve the quality of life of the villagers.
3. Develop self-reliant and self-sustaining community.

OBJECTIVES:

1. To provide educational support to indigent villagers.
2. To help in awakening people in the villages on the proper use and protection of natural resources.
3. To enhance the capabilities of every potential individuals in the villages to have progress depending on what they have.


PROGRAMS
Sustainable Environment
- Environmental Education Project
- Tree Planting
Alternative Agriculture Program/Sustainable Agriculture
- Organic Farming
Scholarship Program


HISTORY

IYAMAN is a combination of some Philippine languages and the Japanese language. I is a Kankanaey term, which means FROM. YAMA is a Japanese term for MOUNTAIN. YAMAN is a Tagalog term for TREASURE. IYAMAN is an Ilocano term for BEING GRATEFUL. YA and MA came from the names of two important Japanese persons in the formation of the scholarship program. Hence, IYAMAN is a program for the benefit of the people from the mountains; in grateful appreciation of the treasures shared by the Japanese friends led by these two important individuals.
IYAMAN Association, Inc. was born out of the friendship that was established between Japanese exposurists and a Filipina NGO worker. One of these Japanese exposurists took the initiative to bridge the gap of communication due to language barrier when she stayed in the Philippines for a year to learn English and Filipino culture. When communication became possible, she began to understand the plight of the students in the remote villages and started supporting one student in 1998. She brought used clothing’s in the Philippines and the Filipina partner sold them. The proceeds were used to pay one student’s tuition fee. This first scholar graduated as an engineer and is now employed in a good company in Manila
In 2002, more Japanese individuals offered their support for students coming from the villages. More than a dozen students were accepted as scholars and meet once a month for short activities and updates. These students, together with their parents signed a contract to serve for at least 3 years in their respective communities after graduating from college.
At first, the objective was to provide support to the students. However, with trainings, the groups widened their vision. They felt the need to register the groups with the SEC for proper identification. Furthermore they made their by-laws and policies that serve as their guidelines. A monthly training was created aside from the regular meetings.
IYAMAN believes in people’s participation, starting with what they know, building on what they have, and working among them. This is the reason why we got scholars from the villages, even those who are not intellectually gifted. We demand for all equal access to knowledge and information, to contribute to the development of a moral consciousness and social order where in every man, woman and child are provided the opportunity to develop his/he potential. IYAMAN hopes to contribute its modest share with the awakening of the people in Cordillera.
This financial assistance and trainings aim to empower people in the villages towards becoming self-reliant and self-sustaining communities. Furthermore, IYAMAN programs locally and internationally for better understanding of people and towards the development of a sense of solidarity and a peaceful co-existence.
At present, IYAMAN is concentrating on the trainings of the graduates and exposures of the scholars to prepare them to work in the villages after they graduate. The members are currently running an office now as part of their training. Programs are also designed to meet the needs of these graduates, the scholars in the lower years and other incoming scholars.
On April 2004, after the graduation of five scholars, IYAMAN started its Environmental Education Project in six selected elementary schools and the Alternative Agriculture in Sinacbat, Bakun, Benguet.

奨学生名簿

2007年12月28日 | スカラシッププログラム
IYAMAN Scholars (Students)

1. Zenaida Bacdayan Female
2. Denshia Bolas Female
3. Elizabeth Aplat Female
4. Leizle Galletes Female
5. Amy Padilla Female
6. Fedilina Camilo Female
7. Lailanie Ngiwas Female
8. Safera Cotde Female
9. Maribel Patangan Female
10. Jaedarhlyn Paquito Female
11. Alizer Menes Male
12. Jonathan Wag-e Male
13. Junery Bosilo Male
14. Rodnie Benny Male
15. Joeylito Patricio Male
16. Sergio Camacho Male

現在総勢16名

活動内容

2007年12月28日 | IYAMANについて
1.スカラシッププログラム
2.環境教育プログラム
3.持続可能な農業プログラム
4.遠隔地の農村健康プログラム
5.豚基金プログラム

National Award for Volunteer (成人部門)受賞

2007年12月28日 | 受賞
この度、IYAMAN代表クリスティーヌ・セグネケン・アーバンが、2011年度国民ボランティア賞を受賞することができました。授賞式は、2011年12月16日マニラにてとり行われます。このような賞をいただけましたのも、共に活動を見守り、ご協力とご支援を下さった方々のおかげです。この賞を日本の皆さまに捧げます。


IYAMANの意味

2007年12月28日 | IYAMANについて
「IYAMANの意味」カンカナイ語、タガログ語、イロカノ語及び、日本語できた造語です。“I”はカンカナイ語で“~から”を意味し、“YAMA”は日本語の“山”、“YAMAN”はタガログ語で“豊富”、“IYAMAN”はイロカノ語で“感謝”を意味し、“YA”と“MA”は、スカラシップが生まれるに至った最初の支援者の方々に敬意を表し、それぞれのイニシャルでもあります。“IYAMAN”の総合的な意味は、“山から来た私たちは、この活動を支援し、関わってくださるすべての方々の豊かな心に感謝する”という意味を表すものです。