イワシの翻訳LOVE

はしくれトランスレータ「イワシ」が、翻訳への愛をつれづれなるままに記します。

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ケアレスミス

2006年04月13日 00時05分41秒 | Weblog
よく、几帳面な性格の人は、翻訳に向いていると言われますが、
私も、そのとおりだと思います。
翻訳という作業には、地道な、コツコツとした作業が延々と
続くことが多く、調べモノや、マニュアルに多い繰り返し作業
などを確実にこなしていくことが求められます。
特に、IT関連のマニュアルには、従うべきスタイルガイドというものが
あって、それに準拠して作業することもまた大変な労力を要することなのです。
初めて翻訳する人は、こんな単調でがんじがらめの作業は、
とてもやっていられないと思うことでしょう。

残念ながら、私はかなりいい加減な性格で、
たとえば書類を作成したりすると結構ケアレスミスが多く、
以前は良く上司から「お前は翻訳者に向いていない、
翻訳者はこんなケアレスミスをしない」などと言われたものでした。
まだ、翻訳の仕事を本格的に開始する前のこと
(当時は翻訳会社で営業をやっていました)だったので、
ミスの多い自分には本当に翻訳の作業ができるのだろうか? と不安でした。

実際、翻訳者として仕事を始めたばかりのころは、ミスを連発し、
自信喪失することが連日続きました。
でも、不思議なことに、作業に慣れてくるにつれて
次第にイージーミスが減り、
今では他人のチェックをするときには、自分でも不思議な
くらい神経質に細かい点が気になったりします。

何度も何度も似たような作業を繰り返していくうちに、
だんだんと角が取れ、細かいところにまで気を配ることが
できるようになったのでしょう。

もちろん、以前の自分と比較しての話で、
今でもミスは多いし、おおざっぱな性格は
一生直りそうにありません。

何を言いたいのかというと、几帳面な性格だから翻訳ができる、
そうでない人は向いていない、
というような単純な論理には眉唾で望むべきだと思うのです。

もちろん、ある基準の確実さというのは翻訳に限らず
どんな仕事でも求められることだと思います。
ただ、几帳面さというのは、経験によってある程度カバーすることが
できるのではないか、と(期待を込めて)考えて見たいのです。

そして、ある程度の確実さを経験によって得ることができれば、
そこから先は、几帳面さとは対極にあるはずの、大胆さや創造性を発揮できる
世界が広がっているのではないかと信じたいのです。

翻訳の面白さとは、ある程度の几帳面さ(=原文の内容の範囲から飛躍しない)
を守りつつ、そこからいかに自由な発想ができるか、
というところにあると思うからです。




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