原題は直訳すれば「すべての季節の男」ですが、これでは意味がわかりません。「信頼にたる男」といったニュアンスでしょう。
劇作家として著名なロバート・ボルトの同名の戯曲が映画化された作品です。ボルトはこの映画の脚本を担当しましたが,デヴィット・リーン監督の「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジパゴ」「ライアンの娘」などの名画の脚本も手がけた巨匠です。
この作品は歴史的事実を丁寧に跡付けながら、モアの高邁な精神、高潔な生き方を全編に感じさせる秀作です。台詞のひとつひとつ、演技の一挙手一投足に力があります。その結果、緊張感が作品全体に行き届き、イギリス映画らしい折り目の正しさと品格のある作品となっています。
16世紀初頭のイギリスが舞台。国王ヘンリー8世(ロバート・ショウ)とクロムェルの陰謀に対し、高潔な信念を持って国王、枢機卿とたたかい、最後は断頭台の露と消えたトマス・モア(ポール・スコフィールド)の生涯です。トマス・モアは空想的な社会主義のひとつである理想社会『ユートピア』を著わした人物ですが、ここでは厳格な旧教徒として描かれています。
16世紀初頭、トマス・モアは深い学識を買われ、大法官に任命されました。モアと国王との反目は離婚問題に端を発したローマ教皇との対立と結びついていました。対立の原因は、ヘンリー8世が後継ぎの男子を産めない王妃キャサリンと離婚し、アン・ブーリン(バネッサ・レッドグレイヴ)との結婚を進めようとし、ローマ教皇の許可をとることでモアに後ろ盾になって欲しいという国王の要望がモアその人に拒絶されたことにありました。
国王の離婚を認め、アンの子の王位継承を認める王位相続法は議会を通過しましたが、モアは法令の序文に前皇后との結婚が非合法と書かれていることにこだわり、理由は言いませんが、宣誓を拒否しました。国王、枢密院側はモアの妻と娘を利用してモアに翻意を迫ります。神は心を重んじるのだから、言葉や口先で法令への同意を宣誓しても、神を裏切ることにはならないではないか、と。モアは「人間は一度誓ったら両手でしっかり支えるのだ。指をひらけば自分を失ってしまう。お前の父親はそんな人間じゃない」と言って断固、首を縦にふりません。
法廷で有罪の判決を受けたあと、モアはロンドン塔に幽閉された後、処刑されました。
有罪判決後のモアの言明には重みがあります。起訴状は議会の法令にもとづくというのですが、法令は神の掟にそむくものである、キリスト教徒を法の力で服従させることはできない、教会の最高首長権を俗界の人間が手にすることはできない、教会の治外法権は大憲章と戴冠式宣誓で守られている、と。
第39回(1966年)アカデミー賞作品賞、監督賞受賞。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます