IVYポサリのディープな港区

港区のちょっと変わった情報パークどす

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東芝高輪寮

2007-06-30 17:19:22 | Weblog
相変わらず木立が邪魔して、全体が見えにくいが、素敵な建物です。プレートにはいつの間にか「東芝山口記念会館」となっていた。寮と記念館では税金が違うのかな。白亜にエンジの瓦が乗ったこの建物、元々は三井の四天王と言われた朝吹英二(1849~1918,カッコヨイ名前ですね)の屋敷。大正4年にウイリアム・メレル・ヴォーリスによって完成。このヴォーレス、元々は滋賀県に赴任した米国籍の英語教師。1904年、24歳で来日。教育、伝道、医療、出版に加え、建築設計にも才を出すという、多才・多彩な人。「建築物の形は人に優しさと温もりを与えなければいけない」という信念で、なんと日本各地に1600棟近くを設計。すんごいですねえ。日本に帰化して、日本名は一柳米来留。米国から来て留まっちゃったという、分かりやすい名前ですねえ。今なら落語家になれるかも、快楽亭ブラックも金(借金まみれ)と女で立川流を除名されたし。この建築がなぜ東芝のものになったか、朝吹は特に東芝には関与しなかったようだけれど、三井グループの優等生東芝が引き取ったのかもしれない。そのときの東芝の社長さんが山口さんという人だったということにしましょうか。(7月の途中より、鬼才FUNAYAMA氏の小説「銀蝶」が始まります。FUNAYAMA氏は親子2代のアメリカ大使館勤務を経て、司会者を中心にしたCMタレント、作家として今もご活躍です。僕らの知りえない昭和の都心部の生活ぶりや歴史に出てこなかった部分も併せて紹介されると思います。)
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とらや

2007-06-29 15:09:10 | Weblog
「とらや」初めて見た時は、てっきり「虎屋」の支店か親戚筋の店かと思った。次に寅さんの「とらや」の縁戚かなとも思ったが、草団子は売っていない。ちょっとややこしい連想をさせてしまう店のようですね。昭和24年創業ということで、かれこれ58年の歴史。建物は一説には大正期、昭和初期とも言われているが、果たして、、。高い煙突があり、当初は石炭で飴を煮ていたが、今は換気の為の煙突らしい。ボクは虎屋黒川の親戚で無いという理由ではなく、なぜかここでは買ったことがない。和菓子は秋色最中で有名な三田の「大坂屋」(ここも講談で有名な秋色娘の実家)になってしまう。「とらや」の建物も見飽きはしないが、周辺には大石内蔵助の切腹の地や、細川家の幽霊樹や都営アパートにしては素敵な建物群(本来公共住宅はこうあるべき)など面白いところは結構ある。この都営住宅、建て直す前は、作曲家の都倉俊一が入っており、おかしいなと思ったら、なんとここを麻雀ルームとしてのみ使っていた。彼の父親が外務省の外交官だったので完成時に簡単に入居使用できたのであろう。実をいうとその外交官と筆者の母親はかって見合いをしている。断っちゃったらしいが、もし一緒になっていたら、あのスケベな都倉俊一の兄になっていたのかと思うとゾっとする。今度「とらや」の和菓子を買って、広尾の都倉俊一邸を訪ねてみましょうかね。
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あの和泉雅子さんのホテルが、、、

2007-06-28 12:16:13 | Weblog
最近とんと噂を聴かなくなった、北極オバサンの和泉雅子さん。久々に彼女が所有している「ホテルメイツ」でも見てみようかと思ったら、あららららら、あらら、「レンタル収納スペースプリンスメイツ」となっていました。外観は昔のホテルのまんま。このホテル、和泉雅子さんの所有という以外には興味はなかったのですが、昔、付近で腹痛に襲われ、一階のカフェに飛び込んだことがあります。紅茶を頼んだけど旨くなかった。だいぶたって、あらためてコーヒーでもと思って行ったら、和食堂になっていたので困った事がありました。どうも相性が良くないみたい。久々の訪問はホテル廃業ということで驚いてしまいましたが、7階までの客室をそのままカーテン付きトランクルームに。5ヘーベから11ヘーベまであり、お値段は月3万強から4万2千円ぐらいまで。「ホテルメイツ」の完成はいつだったか記憶が定かではないけれど、「スクールメイツ」なんてグループがNHKで踊ってたころかなあ?建物の8階と9階のペントハウスはそのままだったので、多分和泉家はそのまま住んで、時々北極に向かって「礼!パンパン!」をやっていることでしょう。「あなた、ホテル住まいさせてあげるわよ」なんて言われて収納されないよう気をつけてください。
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高輪消防署

2007-06-27 12:28:23 | Weblog
隣に高輪警察署があるせいか、この消防署を「高輪消防署」と呼んでいたが、正式には「高輪消防署二本榎出張所」というらしい。消防署は派出所ではなく出張所という言葉を使うことを知った。元々は明治41年に出張所として開設され、昭和8年にこの建物が完成した時に「高輪消防署」に昇格。昭和59年に再び出張所に降格。面倒くさい世界ですね。この場所は海抜25mで東京タワーの基底部と同じ。当時は回りに高い建物はなく、海上からもよく見え、「陸の灯台」「陸の軍艦」などと言われたらしい。中に入ると昭和初期の照明と古式豊かな受付があり、若い消防官が座っている。時間のある人は3階にある古き良き円形講堂なども見学できる。隣の高輪警察署も同時期につくられたレンガ作りの様式美を持った建物で、この二つの建築はとても目だっていたが、高輪警察署の方は建てなおしてしまい、まあ、変哲の無い建物になってしまった。戦後にモダニズムという建築様式が日本を席巻したが、おかげで特徴のあるビルは消え、つまらないビルばかり、この消防署だけは残して欲しい。そうしないと火をつけちゃうぞ。
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今のお受験はこちら

2007-06-26 12:32:43 | Weblog
ちょっとこわもて風建物。一階は駐車場で隅に申し訳程度にマリア像が、その奥に小さなお遊技場が見えた。しかしこの窓の無い建物は威圧感があり、とてもカトリック系とは思えない。有名子女を預かっているための防御策か。「(財)枝光会付属幼稚園」が正式名称。駒場にも幼稚園を持っているが、枝光会の基となる教会が無いのが不思議。しかしお受験界ではトップエリートで、今年の6月9日に創立60周年を迎えた。「聖心」に入りたい子はここが一番!の評価。男女共学なので有名卒園生もたくさん。60周年記念パーティは、新高輪プリンスホテルの「飛天の間」、たしか郷ひろみここで結婚披露をやったよね。相手は誰だったか忘れちゃったけど。
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