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小説「霊南坂の星条旗」 その17 by FUNAYAMA 

2007-08-10 10:53:31 | Weblog
公邸には前の大使キャメロン・フォーブス時代のチーフ下田をはじめ岡田料理長、二人の運転手露木と平野、ボイラーマン、ベッドメーキング、掃除洗濯アイロン掛けのメイドや食事係まで計十五人の日本人使用人がいた。貞吉はアリス夫人が直接面談採用した故か、下田の補佐役(ナンバーツウ)になり、大使付きとして勤務できることになった。
大使夫妻と四女エルシィが住む公邸には、趣のある豪荘さとゆったりとした寛ぎがあった。
この大使館で気がついたのは『次の一戦』と、そのあとに書かれた『興亡の此一戦』が館員たち、とくに武官たちの間で必読書のように読まれていることだった。
この二冊の本は退役海軍中佐水野広徳が日米戦を想定して著した未来小説で『次に一戦』は著者不明として発表されたが、出版後三ヶ月で著者自ら絶版とし、『興亡の此一戦』は当局から発禁処分を受けたものだった。
この本はオランダ武官のみならず、貞吉の知る限り、他の駐日大使館付き武官たちにも広く読まれ、このアメリカ大使館でも例外ではなかった。
『次の一戦』は以下のような序文から始まっていた。
「日米果たして戦うか?日米終(つい)に戦はざるか?是れ二十世紀上半期における世界の一大疑問にして、又帝国の最大重要問題たり。
否戦説者は乃ち曰く(すなわちいわく)、日本の財力は到底戦費の負担に堪えず、米国の兵力は到底日本を犯す能はず。是れ日米終に戦わざる所以なりと。開戦説者は乃ち曰く、米国の帝国主義は今や顕然として掩うべからず。帝国の海外発展亦実に己む能はず。相対進せる二物の衝突するは科学の原則なり。是れ日米必ず戦う所以なりと。いずれが是、いずれが非。
著者と謂えども未だ之を断ずるを得ず。然るに敢えてここに日米戦を説く所以のものは何ぞ。惟うに戦うと言い、戦わずと言うも、共に是れ相対にして絶対にあらず。日本縦令(たとえ)貧なりと謂えども、亡国の恥じに甘んずる能わず。米兵或いは強ならずとも数多ければ勢を為す。誰か日米終に戦わずと保証するものぞ。
米国の帝国主義は多く国民の虚栄欲より起こり、帝国の海外発展は主として国民の向上心より発す。共に国家存亡の大義にあらず。誰か日米必ず戦うと断言するものぞ。由是観之(これによってこれをみるに)、日米戦うと戦わざるとは一に両国民の自制と自覚とに由るものと言わざるべからず。
是に(ここに)おいてか敢えて問う。米国民は果たして克く戦いを避くるの自制ありや、帝国国民は果たして克く戦いを除くの自覚ありや。
(中略)
著者は嘗て(かつて)軍陣に臨みて親しく戦争の惨状を目撃し、又屡々(またしばしば)戦史を紐解いて深く戦争の禍害を認識せるもの。其の衷心平和を望むの情や決して人後に落ちざるを期す。然りと謂えども米国国民の暴慢既往の如く、帝国軍備の欠陥、今日の如くんば、太平洋の波は安んぞ(いずくんぞ)永く平かなるを得ん」
(後略)
そして『興亡の比一戦』ではついに日米は交戦状態に入り、日本海軍がサンフランシスコを攻撃し、やがて東京が米軍の大空襲で壊滅してしまうという、まことに暗示的な未来小説であった。
無論、一介の使用人にすぎぬ貞吉ではあったが、若いときから外国人と交際があり、国際情勢や日本の立場をそれなりに理解していた彼は、この本にも興味を持っていた。そしてこれはあくまでも架空の話であるとの心得はあった。しかし、もしかしたら、あるいはと、ふと心の片隅によぎる不安を否定できぬほど、迫真に満ちた筆の運びであった。
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