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小説「霊南坂の星条旗」 その18 by FUNAYAMA 

2007-08-13 11:04:12 | Weblog
一日の公務を終え、夕食を済ますと書斎に篭もり、愛用のパイプを燻らしながら、その日の出来事をタイプライターで打つのが、グルー大使の習慣だった。時には夜が更けるまで続くのも珍しいことではなく、大使愛飲のジョン・ヘイグ、クラッカーを書斎に運ぶのが、貞吉の仕事になっていた。
「多少のアルコールは脳を刺激し、頭の回転に役立つものです」と、よく大使は言い、どんな些細な仕事にも微笑を浮かべ、必ず「ありがとう」と労う大使に貞吉は敬愛の情を抱いた。
このとき、五十二歳を迎えたばかりのグルーは、ゴルフ、テニス、水泳などスポーツで鍛えた均整のとれた体躯、太い眉と豊な口髭をたくわえ、穏やかな微笑を決して絶やすことなく、見るからに知的で品位ある紳士である。
しかも人をそらさぬ巧みな話術と何事においても率直に語る誠実な態度は、日本人はもとより国籍を問わず多くの人々を魅了せずにはおかなかった。
ただ右耳が難聴のため、後ろから声をかけても気がつかぬことが時々あった。貞吉はそれを知ってから、さりげなくグルーの左側に立って、できるだけ明瞭に受け答えするように心がけていた。
そのグルーが館員たちや貞吉に、こう語ったことがある。
「大使の任務は日本におけるアメリカの権益の保護と、日米両国の友好を深め、親善に尽くし、その関係を維持することである」
荒野に一人だけ住んでいた時代とは異なり、交通網が発達した今日の組織された共同社会では、個人は、彼だけの損得や欲望だけでは生活できない。共同社会の利害関係も考えなければならない。
隣同士の二人が憎しみ合う間柄であろうが、友好的であろうが、両者の関係は共同社会全体の関心事になってくる。これは今日の国際関係にもあてはまることだと思う。政治的、経済的、軍事的と、いろいろな利害関係をもつ特定の二国間の紛争は、単に二国間の問題にとどまらず、今日ではその他の多くの国の利害や国交関係に、必然的に影響してくるのだ」
グルーの英語もキングス・イングリシュで、貞吉たちに話し掛けるときは、貞吉たちにも理解できるようにゆっくりと言葉を選んでくれた。
「太平洋を挟んで経済的にも政治的にも強力な日本とアメリカがあり、この両国は太平洋の運命を握っている。将来、太平洋が果てしない嫉妬と疑惑と軋轢の場となるのか、それとも文化や物資を運ぶ友好的な平和な海、静かな海になるのか。その決定は日米両国にかかっている。
しかも両国の政策と行動は太平洋を取り巻く国々のみならず、全世界の国際関係に大きく影響してくるのだ。
日米関係は両国のみの関係ではない。両国の友好関係を続ける努力をしなければならないが、それ以上に我々は全世界に対してより大きな義務を背負っている。この義務とは来るべき太平洋時代を、平和と厚い友情の時代として発展させることにあるのです」
日米両国が平和と友好のうちに共存し、お互いに協力しあうのに何の問題があると言うのか。
過去の世界史に見られた紛争には経済的利害関係が絡んでいたが、両国の間には相反するものは無い。むしろお互いに補い合うものが多い。
日米はお互いに競合しない原料供給の立場にあり、同時に両国は世界のマーケットに製品を供給しているが、これもお互いに競合しないものになっている。日本は伝統的な手の器用さを生かした製品を供給し、アメリカはオートマティックに生産された製品を供給している。それゆえに日米の経済的利害関係は必ずしも衝突せず、他の国々のような軋轢となるような原因は取り除かれているのだ」
グルーの口調は次第に熱を帯びてきた。
「日米の主戦論者が常に言う衝突の原因は、忍耐強い態度と相互扶助の精神によって、疑いもなく、調停させることができる。
日米両国がその運命を握っている。来るべき太平洋時代が世界の福祉増進に捧げられるための、平和と友情の時代になることを阻む理由を、私は何一つ見出すことができず、我々が力を合わせれば、これは実現できるのです」
日米両国の友情と平和を希求するグルーの烈々たる想いを聞いているうちに、貞吉の胸にも何か滾る(たぎる)ものがこみ上げてくる。
当時、巷では、
「大陸進出の日本の政策にアメリカが反対するのは、アメリカの傲慢だ。日本を侮っている証拠だ」という声があり、少しでも貞吉がアメリカを擁護するような態度を見せると、
「お前は西洋かぶれか?アメリカかぶれか?一体何様だと思っているんだ」と罵られたものだ。だがいま貞吉は嬉しかった。勇気付けられた。アメリカの大使が、ここまで情熱を傾けてくれれば、きっと日米は力強い友好関係を結んでくれるだろう。
グルー大使の下で働ける喜びを貞吉は噛み締めていた。
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