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小説「霊南坂の星条旗」 その30 by FUNAYAMA 

2007-08-29 10:54:10 | Weblog
殿様にご恩がありながら、色に溺れたばっかりに大事な場所にも居合わせなかった。しかし仇討ちに加わりたいと必死に思うあまりに、大変な大罪を犯してしまった。今は死んでお詫びをするばかりと、勘平は無念の涙でいう。
その言葉に数右衛門が余市兵衛の体を改めると、鉄砲傷ではなく、刀傷だった。この犯人は定九郎と判明し、誤解は解けたが、勘平はすでに虫の息。
数右衛門は仇討ちの連判状に血判をさせ、勘平も義士の一人に加わったと告げるのである。
勘平は魂魄この世に留まりて、敵討ちのお供をせずにいられるか、と言い残して死んで行くのだった。
ドューマンはさらに言葉を続けて、四十七士が討ち入りを果たす忠臣蔵の結末まで解説した。
「役に入れば、日本人になりきれる」
舞台を終えた外交官たちは口々に言った。
しかし、同時に、
「なぜ勘平は自分から死ぬのか。それは自暴自棄なのか」
「死を恐れないのは何故か」
「日本人の責任の取り方は死ぬことなのか」
「面目とは何か」
「日本人のいう忠義、義理、情けとはどこから生まれるのか」
「なぜ彼らは復讐したのか」
「なぜ日本人は『忠臣蔵』を好むのか」
等々の疑問がアメリカ人たちの間に雲のように湧き上がったのだ。そして貞吉たちも巻き込んで、喧々諤々の議論が展開された。
日本の理解に意欲を燃やす外交官たちは、グルーを交えて日本人の心を理解するキイ・ワードは何かと真剣に取り組んでいた。
「義と情に挟まれたとき、日本人はその二つにともに誠を尽くそうとして、その解決策として死を選ぶ」
彼らは一応こう結論を下した。こうしてグルーは歌舞伎にとどまらず、あらゆる機会を通して日本人の深層心理を掘り下げようと努力を重ねていた。
それにしても、と貞吉は思った。アメリカの外交官たちが、日本と日本人について、これほど熱心に学ぼうとしているのだから、日米間に戦争など起きるはずはない、と。
しかも彼らは日本とそこに住んでいる人々が好きなのだ。この人たちがいる限り、日本とアメリカは友好を保っていける。そう貞吉は信じたのだ
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