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小説「霊南坂の星条旗」 その31 by FUNAYAMA 

2007-08-30 11:08:03 | Weblog
グルーは昭和天皇に敬愛の念を抱いていた。
末娘エルシィによれば、
「父は天皇を日本の古代からの連綿たる歴史や伝統、そして日本独自の文化や政治の構図の上に成り立ち、国民の崇拝を受けるに相応しいお方と理解していたのです」
すなわちグルーは日本における皇室の価値を認め、天皇に敬愛の情を寄せていた。
グルーが初めて天皇に拝謁したのは、着任して間もない昭和七年六月十四日の信任状捧呈式の時であった。
その日は生憎、梅雨の最中で朝から雨が降り続いていたが、グルー大使、アリス夫人、エルシィたちは宮中差し回しの馬車に乗り、大使館から皇居に向かった。
馬車の前後には、羽飾りのついた帽子をかぶり、美しく着飾った近衛の騎兵隊が付き従う。
途中、通行人のお辞儀に会うと、グルーは帽子の庇に手をやり答礼をする。もちろんグルーには嬉しい市民の歓迎である。
帰ってきてから貞吉にこう語った。
「非常に美しい皇居に入ると、儀杖兵の一隊が気を付けの姿勢で並び、ラッパを高々と鳴らし、予定の十時五十分ちょうどに一秒の狂いも無く、馬車は玄関に到着した」
それはまさにお伽の国の出来事のようだったという。
グルー家の人々はしばしば「日本はお伽の国のよう」と貞吉に語ったものだ。
謁見の場に通されたグルーは、まず部屋の豪華さや衝立、漆塗りの扉の見事さに感嘆した。
天皇の前では扉のところでお辞儀をし、半分ほど進んでお辞儀をし、すぐ前に行ったところで三度目のお辞儀をした。そして信任状を捧呈する。すべてが時計のように正確に厳かに行われた。グルーにはこうした作法はいささかも苦痛ではなかった。
こういう天皇との謁見はそうしばしばあるものではないが、他国の外交官のなかには窮屈だと不満を洩らすものもいた。しかしグルーは宮中の作法を、伝統ある厳粛な行事と理解していた。
このあとの饗応のテーブルで両陛下とグルーたちは共々に会話に打ち解け、グルーたちはこれまでの人生の経歴から旅行、前任地のこと、果てはエルシィの黒海遠泳のことまで披露したのだ。
このように腹蔵なく会話が交わせる皇室に、限りない敬愛の念と親近感をグルー家の人々は肌で感じていた
ちいさな口髭を蓄え、眼鏡をかけ、話をされるとき心地よい微笑を浮かべられる陛下との会見の体験は、後々まで天皇家とグルー大使を結ぶ見えざる絆と繋がっていくのである
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