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小説「霊南坂の星条旗」 その16 by FUNAYAMA 

2007-08-09 10:39:30 | Weblog
霊南坂の中腹を過ぎると、大使館の塀にアーチ風にくり抜かれた通用門が見える。門をくくぐと、そこはもうアメリカだった。
夫妻の車が二台駐車できるガレージがあり、官邸の地下室にあたる部分になっている。
勝手口とでもいうのだろうか、網戸のドアをあけ、貞吉が来意を告げると、出てきた日本人は、
「どうぞ、こちらへ」と、階段をあがり、豪華な邸内を貞吉の先に立ち、まるで迷路のような廊下をいくつか伝い、書斎に案内してくれた。そして、
「ここでしばらく待つように」と云い、部屋を出ていった。
貞吉は雨に濡れた洋服から手早く持参の羽織袴に着替え、高ぶる心の動悸を押さえながら椅子に威儀を正して腰かけていた。
やがて、華やいだ空気がさっと流れこみ、裾のながい踝(くるぶし)まであるドレスを着た見るからに品に良い大使夫人アリスが軽やかに入ってきた。
「お待たせして、ご免なさい。貴方のことは公使から連絡を頂いています。私たちのため働いてくださるのね」
きれいなキングス・イングリシュだった。
「はい。今日こちらに伺うについてパブスト公使からレコマンデーションをお預かりしています」と、貞吉はそれを差し出した。
微笑みを浮かべ推薦状に目を通したアリスは晴れやかに言った。
「大変結構ですわ。今夜、お客様を大勢お呼びしてますの。大使付きとして、さっそく今夜から働いてくださるわね」
示された給料は住み込みを条件に月九十円だった。当時米一升(一・四キロ)二十七銭の時代である。好条件だ。第一、職を得るのが大変な時代だった。貞吉は五人の子供の顔を思い浮かべた。しかも今日六月六日は末っ子の満二歳の誕生日でもある。即日就職決定は素晴らしいプレゼントだ。貞吉は嬉しかった。パブスト公使の好意が身に沁み、目の前の気品に満ちた美しい大使夫人に述べる感謝の言葉にも思わず力が入っていた。
その夜の大使夫妻無事着任を祝って催されたパーティは、貞吉にはアメリカ大使館公邸初のお目見え仕事だったが、さすがにオランダ公使の元で培った長年の腕がものを云い、すべてが流れるように進行し、貞吉は面目を施した。
「いい人が来てくれました」と大使夫妻の賛辞を受け、その夜はおこうの元へ飛ぶように帰った。確かに銀蝶では浮いた存在だが、仔細を聞かされたおこうの喜びは如何ばかりか。この日を期におこうは五人の子供、ゲーム取りのお姐さん、そして二人のお手伝いさんを抱え、ビリヤード銀蝶の女主人に専念し、これが人生の綾なす運命なのか、貞吉は霊南坂の星条旗のもと、アメリカ大使館公邸に身を置く境遇となった。
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